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柳家喬太郎の怪談噺(昼夜通し)@兵庫芸文

5月29日(日)兵庫県立芸術文化センター 中ホールへ。

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【昼公演】

  • 柳家小太郎:弥次郎
  • 柳家喬太郎:夜の慣用句(喬太郎 作)
  • 三増紋之助:江戸曲独楽
  • 柳家喬太郎:怪談牡丹燈籠 お札はがし

【夜公演】

  • 柳家小太郎:あたま山
  • 柳家喬太郎:任侠流山動物園(三遊亭白鳥 作)
  • 三増紋之助:江戸曲独楽
  • 柳家喬太郎:怪談牡丹燈籠 栗橋宿

喬太郎は柳家さん喬の一番弟子で小太郎は九番弟子。小太郎は初めて聴いたが口跡よく、中々達者。

「弥次郎」は上方落語「鉄砲勇助」を改変したもの。逆にシュールな江戸落語「あたま山」は落語作家・小佐田定雄の手で「さくらんぼ」として上方に移植され、桂枝雀/雀々らが演じている。

喬太郎の4つのネタはいずれも聴いたことがあるものばかりで感想も過去の記事に書いているので、こここでは繰り返さない。「任侠流山動物園」の出囃子はウルトラQ!「三遊亭圓朝の玄孫(やしゃご)弟子で、いずれ人間国宝になるであろうと期待されている三遊亭白鳥師匠の新作」という紹介に、場内大爆笑だった。

また小太郎がマクラで「芝浜」を演りたいと言い、それを受けて喬太郎が「私は3分で『芝浜』を演じる手法を編み出しました」と、いしだあゆみ「ブルー・ライト・ヨコハマ」の替え歌「五十両と芝浜」を歌い、やんや、やんやの大喝采。死ぬほど可笑しかった!!

三遊亭圓朝作の「怪談牡丹燈籠」を改めて聴いて、これは潜在意識のことを扱った噺だなと想った。つまり幽霊として現れる旗本の娘・お露とその下女は、浪人・萩原新三郎の潜在意識(無意識)の住人であり、新三郎は潜在意識の中に幽閉され、出られなくなってしまうと解釈出来る。これはスピルバーグの映画「未知との遭遇」の主人公が最後に、マザーシップに乗って宇宙の彼方に飛び立っていくことに呼応している。

あと使用人の夫婦、伴蔵とお峰の関係がマクベスとマクベス夫人みたいだった。

圓朝の「死神」はグリム童話「死神の名付け親」を翻案したものだと言われており、他にもモーパッサン「親殺し」やヴィクトリアン・サルドゥ「トスカ」を原作とする新作落語もある。だから彼がシェイクスピアの「マクベス」を参考にした可能性は十分残る。

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コメント

「牡丹灯籠」の伴蔵とお峰がマクベスとマクベス夫人と言う解釈には驚きましたが、言われてみるとそうですね。僕は落語の「牡丹灯籠」はしりませんが、大西信行が芝居にした「牡丹灯籠は」文学座の巡業、歌舞伎で見たことがあります。この芝居は、幽霊より生きてる人間の方が怖い、男より女の方が怖い、と言う主題だったと覚えています。歌舞伎はずっと前南座で見ました。このときは時蔵・八十助(当時・後の十代目三津五郎)が早変わりでお峰伴蔵・お露新三郎を演りました。この版は早変わりが大変なので、僕の見た南座公演の他は孝夫(当時・現仁左衛門)玉三郎が演じた公演くらいのものでしょう。歌舞伎で難しいのはお国と言う役。お露の父飯島平左衛門の妾で、間夫の宮野辺源次郎をそそのかして平左衛門を殺させる役です。文学座で見た時、これは女優でないと難しいと思いました。後にシネマ歌舞伎でこの「牡丹灯籠」を見ましたが、ここでお国を演っている上村吉弥は見事でした。今書いていて気づいたのですが、このお国源次郎も女が主導権を握っていますね。

投稿: 最後のダンス | 2016年6月 9日 (木) 01時52分

最後のダンスさん、コメントありがとうございます。

伴蔵とお峰は合わせて一つの人格であるとも解釈出来ます。伴蔵=ペルソナ(仮面)であり、世間体とか良識、自制心の象徴。お峰=その内にある本性。悪意、欲望といったドロドロ渦巻くもの。

両者の葛藤の末、仮面は割れ本性が剥き出しになる。でも同じような自我は二ついらないので一方が他方を飲み込む、それが「お峰殺し」。

現代の日本人が怪談に魅了されるのはそれが我々が生来持っている無意識(恐怖心)を物語っているからかも知れません。「牡丹燈籠」を含め、主人公が幽霊と交わる話が出てきますが、本来同一のものだからでしょう。自我+無意識(幽霊)=自己という関係式が成り立ちます。

しかし西洋のモンスター、例えばドラキュラやフランケンシュタイン、ゾンビなどは様相が異なり、彼らは【人は死後復活し、最後の審判を経て永遠の命を授かる者と、地獄に落とさられる者に分けられる】というキリスト教思想に根ざしています。だから日本と違いあちらは土葬なんですね、火葬だと蘇られないから。この風習の違いは幽霊に足があるかないかの違いにも現れています。

投稿: 雅哉 | 2016年6月 9日 (木) 13時05分

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