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蘇る岩井俊二「リップヴァンウィンクルの花嫁」

評価:A-

Lip

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「リップ・ヴァン・ウィンクル」とはアメリカの小説家ワシントン・アーヴィングによる短編小説の題名・および主人公の名前である。1820年に発表され、森鴎外が翻訳。初出の雑誌『少年園』では邦題が「新世界の浦島」、後に最初の著訳集『水沫集』に収めるにあたり、「新浦島」に改められた。アメリカでは「時代遅れの人」、「眠ってばかりいる人」を意味する慣用句にもなっている。リップ・ヴァン・ウィンクルはある日桃源郷に迷い込み、そこの男たちと酒盛りをして酔っ払ってぐっすり眠り込んでしまう。彼が目覚めると20年が経過していたというお話。映画でもヒロインが酔っ払って熟睡する場面が登場する。

黒木華演じる主人公の名前は【七海】。これは七つの海を航海する旅人を連想させる。彼女とルームシェアすることになるのがCocco演じる【真白】。ウエディングドレス=花嫁のイメージに繋がる。

リップヴァンウィンクルとは【真白】がSNS上で用いるハンドル名なのだが、【七海】のハンドル名はクラムポン、後にカンパネルラに改める。クラムポンは宮沢賢治の童話「やまなし」に登場する生き物であり、カンパネルラは言うまでもなく「銀河鉄道の夜」の登場人物である。

つまりこの映画に於けるSNS=インターネットとは物語(フィクション)の世界を意味する。ハンドル名はいわば役名だ。

【七海】と【真白】が生活を共にする豪奢な洋館は虚構の空間である。そこでの暮らしは「不思議の国のアリス」の主人公が、ウサギ穴の底で体験した出来事に該当する。そして綾野剛演じる怪しげな《何でも屋》安室は現実虚構の世界を繋ぐ水先案内人。つまりゲーテ「ファウスト」におけるメフィストフェレスである。ダンテ「神曲」で言えば古代ローマ詩人・ウェルギリウスに相当し、「神曲」に基づく宮﨑駿監督のアニメーション「風立ちぬ」ではカプローニの役回り。面白いのは主人公の悩める魂を救済する女神が「ファウスト」ではマルガレーテ(愛称グレートヒェン)、「神曲」がベアトリーチェ、「風立ちぬ」が菜穂子という異性なのに対し、「リップヴァンウィンクルの花嫁」では同性(七海↔真白)になっている。ここが新機軸と言えるだろう。

映画の最後にヒロインは【ねこかんむり】を冠る。予告編にも登場。

Neko

これはインターネットの匿名性のメタファーでもあり(目隠しした顔写真を想起させる)、 と同時に虚構の世界を見るための装置とも解釈可能である。360度動画を体験出来る「仮想眼鏡」みたいなものと捉えると判り易いだろう。

3d

【七海】は嘘でまみれた世界に生きている。何度も騙される。彼女自身も相手を傷つけないために嘘をつく。でもそれって本当に悪いことなのだろうか?嘘から出た真(まこと)もある。そう本作は語りかけてくる。「リップヴァンウィンクルの花嫁」は21世紀=SNS(ソーシャル・ネットワーク・システム)時代に我々はどう生きればいいのか、何処に幸せを見出だせるのか?その指針(ヒント)を示す黙示録と言えるだろう。ラストシーンが松たか子主演「四月物語」(98)の冒頭部に繋がっているのも洒落てるなと想った。あと【七海】の出身地が岩手県の花巻市だと会話に出てきてドキッとした。花巻は宮沢賢治生誕の地であり、東日本大震災の影もそこに垣間見られた(岩井俊二は宮城県仙台市生まれ、やはり東北地方である)。

幕が上がる」を観た時から女優:黒木華の凄さは判っていたが、今回も素晴らしい。また岩井俊二は「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」の奥菜恵、「LOVE LETTER」の酒井美紀、「花とアリス」の蒼井優の例を挙げるまでもなく、少女が最高に輝く瞬間を捉えてフィルムに永遠に封印することに長けた映画作家である。彼が黒木を撮るとこんなに映えるのか!と驚嘆した。

【真白】はとても痛々しい女性で観ていて切なくなるのだが、シンガーソングライター/絵本作家のCoccoは見事に演じ切った。調べてみると彼女は2009年に拒食症や自傷行為を告白しており、実人生と役柄に重なるものがあったのだろう。もしかしてこの脚本、当て書き?

それからメフィストフェレス役の綾野剛、胡散臭くて(でも時に優しさを垣間見せて)最高だった!非常に複雑で(多面性があって)難しい役柄である。

僕は長いこと岩井俊二の作家としてのピークは「打ち上げ花火」(1993)と「LOVE LETTER」(95)で、現在の彼はオワコン(終わったコンテンツ)だと考えていた(若い頃にピークを迎えた「市民ケーン」のオーソン・ウェルズや「家族ゲーム」「それから」の森田芳光のように)。「スワロウテイル」(96)は大嫌いだし、「リリイ・シュシュのすべて」(2001)は出演している少年たちが撮ったビデオ映像をそのまま挿入していて「ふざけんな!」と猛烈に腹が立った。汚い映画だった。福島原発事故の後は「friends after 3.11」(12)という柄にもないドキュメンタリーを撮り、蒼井優主演でオール・カナダ・ロケした「ヴァンパイア」(12)は全く話題にならなかった。そんな彼を「何やってんだ?」と冷ややかに見ていた。ところが!初のアニメーション「花とアリス殺人事件」(15)が意外と良かったのである。そして「リップヴァンウィンクルの花嫁」で岩井は完全復活を果たした。灰の中から何度でも蘇るフェニックス(不死鳥)の如く。「僕らの」岩井俊二が帰ってきた!

本作が掛け値なしの傑作であることは間違いない。ただ評価にをつけたのは、この物語を語るのに上映時間3時間は長すぎないか?と想ったのと、スローモーションの演出が多く、些か安っぽいMV(ミュージック・ビデオ)みたいだなと感じたためである。

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» 岩井俊二監督12000字ロングインタビュー:映画『リップヴァンウィンクルの花嫁』について【1/8】/2016年3月26日(土)より全国公開中 [INTRO]
実写の日本映画としては久しぶりの新作となる『リップヴァンウィンクルの花嫁』が全国公開中の岩井俊二監督に、作品への思いや映画作りに対する姿勢など創作活動に関するお話を詳しくうかがった。【Page1/8】... [続きを読む]

受信: 2016年3月31日 (木) 19時20分

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