« カンヌ国際映画祭グランプリ/アカデミー外国語映画賞受賞「サウルの息子」とは何か? | トップページ | 「マネー・ショート 華麗なる大逆転」を観る前に知っておくべき2,3の事項 »

2016年3月 5日 (土)

「クラシック音楽とは何か?」〜山田和樹氏の発言を巡って

フランスのブザンソン国際指揮者コンクールで優勝し、現在はスイス・ロマンド管弦楽団の首席客演指揮者及び横浜シンフォニエッタの音楽監督を務める山田和樹(1979年生まれ)氏はヤマカズの愛称で親しまれている。ただヤマカズといえば同じく指揮者の山田一雄(1912-1991)もいるので、前者を新ヤマカズ、後者を旧ヤマカズと区別する必要があるかも知れない。何だかモーツァルトの初期交響曲「旧ランバッハ」「新ランバッハ」みたい(現在は「旧」がヴォルフガング・アマデウスの真作で、「新」が父レオポルドの作とされる)。

そのヤマカズくんがつい先日、FMで次のような旨を発言していたことがクラシック音楽ファンの間で話題になっている。

クラシック音楽に距離を置いてしまう方も是非演奏会に来てほしい。一度駄目でも何度か足を運ぶうちに何かが見つかる筈。一方、自称クラシック通の方はそういう人たちがコンサートに来るのを邪魔しないでほしい。

彼は「」の言動が、初心者に「クラシック音楽は予備知識なしに理解出来ない」という先入観を与えることを牽制していた。

僕は敢えて彼の挑発に乗りたいと想う。

ルネサンス期、クラシック音楽の主体は教会にあった【グレゴリオ聖歌=モノフォニーMonophony(単旋律音楽)から、ポリフォニーPolyphony(複旋律音楽)への発展】。つまりローマ教皇を頂点とする聖職者や、教会に集う王侯貴族のための音楽であった。

バロック期、J.S.バッハは教会のオルガニストや宮廷楽長を歴任した。ヘンデルも宮廷楽長を務めた。

古典派時代になると音楽の主体は教会から離れたが、ハイドンはハンガリー有数の大貴族エステルハージ家に仕えた。シェーンブルン宮殿においてマリー=アントワネットの御前でチェンバロを弾いたこともあるモーツァルトと貴族の関係も言うまでもない。

フランス革命を経て近代市民社会の時代となり、シューマン、リスト、ショパンらが活躍したロマン派に至ると、サロン音楽が栄えた。サロンに集うのはドラクロワやジョルジュ・サンド、ユーゴー、バルザックといった人々。超一級の知識人たちである。

では例えばヴィクトル・ユーゴーの小説「レ・ミゼラブル」に登場する人々、ジャン・バルジャンとかファンテーヌ、テナルディエ夫妻、ジャベール警部とかがクラシック音楽を聴いていただろうか?ベートーヴェンの時代に、ドイツの農民や商人たちがオーケストラの音楽会やオペラハウスに足を運んだか?答えは明白、否である。つまり古今東西を問わず、クラシック音楽が庶民の文化であったことなど一度もないのである

嘗てはオペラ「死の都」で一世を風靡した後に、忘れ去られたエーリヒ・ヴォルフガング・コルンゴルトの再評価がこれほど遅れてしまったのも、彼がハリウッドの映画音楽=大衆娯楽に身を売ったと蔑まれたからではないだろうか?

クラシック音楽を愉しむためにはある程度の教養・音楽的知識が不可欠である。そりゃ「ウィリアム・テル」序曲とか「魔法使いの弟子」、ショパンのワルツみたいな短い曲なら初めて聴いてもそこそこいけるだろう。しかしクラシック・コンサートとなるとそんな曲ばかりではない。ベートーヴェンの交響曲第5番だったら第1/第4楽章がソナタ形式で提示部には第1,第2主題があり、展開部、再現部と続く。第2楽章は主題と変奏。第3楽章はスケルツォで複合三部形式といった知識は、ないよりあった方が断然理解が深まる。漫然と聴いただけでは退屈でしかない。そして楽譜は読めるに越したことはない。

日本においてもクラシック音楽のコンサートに足を運ぶ聴衆のバックグラウンドは高学歴・高所得者に偏っているという調査結果が出ている。幼少期からピアノを習っていたり、楽器演奏を経験している人が多い。家庭が裕福でないとなかなかそういう機会は得られない。

20歳になるまでにクラシック音楽を聴いてこなかった人が、大人になってから好きになる可能性は極めて少ない。それは諦めた方がいい。でもヤマカズくんがクラシック音楽の聴衆の減少、高齢化に危機感を抱く気持ちはよく理解出来る。ではファンを増やすにはどうすれば良いか?僕はベネズエラで始まった音楽教育システム「エル・システマ」がその解決方法を示唆しているのではないかと考えている。

貧しい子供たちに楽器を無償で与え、教育を施す。そうすると未成年の犯罪率が減り、シモン・ボリバル・ユース・オーケストラ・オブ・ベネズエラという途轍もなく優秀な楽団に育った。グスターボ・ドゥダメルというスーパースターも生まれた。これをそのまま日本に当てはめることは出来ないけれど、ヒントにはなる筈。

いま日本の若い指揮者に出来ること。成人は切り捨てて子供たちに未来を託そう。子供たちを招待してコンサートを開くのもいいし(レナード・バーンスタインのYoung People's Concertsみたいに)、小編成のオーケストラを率いて小中学校を訪問するのも効果的なんじゃないかな?鉄は熱いうちに打て、だ。

それから是非、オーケストラの定期演奏会でジョン・ウィリアムズの「スター・ウォーズ」や「E.T.」を取り上げて欲しい。映画音楽を積極的に組み込めば若い人たちが戻ってくると想うよ。クラシック音楽業界の常識を覆そう。

地道な努力が、きっと将来実を結ぶ。期待しています。

| |

« カンヌ国際映画祭グランプリ/アカデミー外国語映画賞受賞「サウルの息子」とは何か? | トップページ | 「マネー・ショート 華麗なる大逆転」を観る前に知っておくべき2,3の事項 »

クラシックの悦楽」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「クラシック音楽とは何か?」〜山田和樹氏の発言を巡って:

« カンヌ国際映画祭グランプリ/アカデミー外国語映画賞受賞「サウルの息子」とは何か? | トップページ | 「マネー・ショート 華麗なる大逆転」を観る前に知っておくべき2,3の事項 »