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Macと私〜映画「スティーブ・ジョブズ」

社会人となり、個人で初めて購入したパーソナル・コンピューターはAppleのMacintosh LC-475だった(セパレート型)。恐らく1994年ごろと思われる(発売は93年10月)。

Lc475

カラー対応のMacとしては、当時最も廉価でコンパクトな機種だった。CD-ROMすら搭載されておらず、フロッピーディスクだった。この頃インターネットは影も形もなく、パソコン通信を介して出会う男女を描く森田芳光監督の映画「(ハル)」が公開されたのは1996年3月である。

次に購入したのが一体型Performa 54X0シリーズ。函(はこ)が黒く塗らてており「黒Mac」と呼ばれた。1996年のことだった。

5440

ここからCD-ROMが搭載され、僕はインターネットを始めた。SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)の黎明期で、僕は劇団四季や映画などのメーリングリストに参加した。チャットが流行っていた時期でもあり、巨大電子掲示板「2ちゃんねる」が開設されるのは1999年である(「電車男」が出版されるのが2004年、映画化・テレビドラマ化が2005年)。

また1996年からサービスが開始されたISDNテレホーダイに加入。深夜23時から翌朝8時までに限り、予め指定した電話番号に対し、通話時間に関わらず料金が月極の一定料金となるもの。どうしてもインターネットの接続が深夜に及ぶため、寝不足の日々が続いた。2-3分の映画予告編を観るために8時間くらいかけてダウンロードし(そうしなければ視聴出来なかった)、しかし途中で止まって結局無駄骨に終わるなんて日常茶飯事だった。当時のMacはよくフリーズした。爆弾マーク(システムエラー)もしょっちゅう見た。

Error

そして1998年にiMac G3が登場、新しく5色のカラーが導入された1999年にタンジェリンを購入した。

L

この頃、僕はジオシティーズ(GeoCities、1997年に日本でサービス開始)にホームページを開設した(2000年3月に日本のジオシティーズ株式会社はYahoo !JAPANと合併し解散、僕はniftyにHPを移行した)。

インターネットで知り合い、電子メールのやり取りで関係を深めていく男女(トム・ハンクス、メグ・ライアン)を描くノーラ・エフロン脚本・監督の映画 「ユー・ガット・メール」が日本で公開されたのは1999年2月のこと。因みに原題"You've Got Mail"はAOLのメール到着を知らせる着信音である。これはエルンスト・ルビッチ監督「街角 桃色の店」(1940)のリメイクであり、オリジナルの通信手段は文通だった。 

2002年には白色に統一され、外観がテーブルランプそっくりのiMac G4に買い替えた。

Imacg3

2005年に発売されたiMac G5はフラットパネル一体型で、それまで白色を貫いてきたiPod(2001年10月発表)に近いものになった。

G5

2007年にはインテルベースの新iMacを購入。素材にアルミニウムとガラスを使用し、iPhone(2007年6月発売)に似た黒とグレーの色彩設計を採用したものだった。

Imac

2007年5月12日から僕はこのブログを開始、Twitterに登録したのは2010年6月である。その翌年に東日本大震災が勃発した。

そして昨年購入したiMacが7代目ということになる。

初代から22年間、Windowsに浮気したことは一度もない。Mac一筋。喜びも悲しみも幾歳月、苦楽を共にして来た。今ではMacBook AirとiPad、iPhoneも我が家の一員である。

ジョブズがアップルコンピューターを解任されたのは1985年5月24日の取締役会である。彼は新しい会社NeXTを立ち上げ、それと平行して1986年にルーカスフィルムのコンピュータ関連部門を1000万ドルで買収し、ピクサーと名付け、そのCEOの座に就いた(ピクサー初の長編「トイ・ストーリー」が完成するのは1995年)。

つまり僕が初めてMacを買った時、ジョブズは不在だった。その後自社内でのOS開発が暗礁に乗り上げ、Appleは深刻な営業不振に陥った。ジョブズが非常勤顧問という形でアップルに復帰するのが1996年12月、暫定CEOになるのが1997年からで正式なCEO就任が2001年である。1998年に発表されたiMacからジョブズの肝いりということになる。そして2003年に膵臓癌(神経内分泌腫瘍)が見つかり、2011年10月5日に彼は亡くなった。

さて、映画「スティーブ・ジョブズ」の評価はA。公式サイトはこちら

脚色はアーロン・ソーキン。Facebookの創始者マーク・ザッカーバーグを描く映画「ソーシャル・ネットワーク」(2010)でアカデミー脚色賞を受賞した。「スティーブ・ジョブズ」も「ソーシャル・ネットワーク」のデヴィッド・フィンチャー監督で企画が進み、クリスチャン・ベイルがジョブズを演じる筈だったのだが、フィンチャーとベイルが降板、結局「スラムドッグ$ミリオネア」のダニー・ボイル監督、マイケル・ファスベンダー主演(当役でアカデミー主演男優賞ノミネート)で完成した。映画会社もソニー・ピクチャーズが手を引き、ユニバーサル・ピクチャーズが権利を買い取った。それにしてもデヴィッド・フィンチャーは才能はあるが気難しい男だ。「ドラゴン・タトゥーの女」(2001)を撮った後、ミレニアム三部作の残り2つには全く興味を示さず、このシリーズの企画は止まったまま。主演のルーニー・マーラはやる気満々なのだが……。閑話休題。

映画は1984年のMacintosh、Appleから放逐された後の1988年のNeXT Cube、Apple復帰後の1998年のiMacという3つの新作発表会にスポットを当てる。僕は原作ウォルター・アイザックソン「スティーブ・ジョブズ」を読んでいるのだが、こういう切り口で来るとは全く予想外だった。やっぱり才人の考えることは凡人の予断を遥かに超越している。ジョブズの生い立ちもiMac以降の大躍進ーiPod,iPad,iPhoneの登場も、ジョブズの死に至る経緯もばっさりカット。それでもポイントはしっかり抑えている。その傑出したセンスに改めて舌を巻いた。

3つのイベントには共通する登場人物がいる。ジョブズがApple社長として引き抜いたジョン・スカリー(元ペプシコーラの事業担当社長)、創業当時からジョブズの片腕だったコンピューター・エンジニアのスティーブ・ウォズニアック、マーケティング担当のジョアンナ・ホフマン(ケイト・ウィンスレット)、そしてジョブズの娘リサである。彼らの関係性が時代と共に次第に変化していくのが非常にスリリングだ。

ジョブズは天才であったが、人間(父親)としては最低のクズだった。(映画「アマデウス」でも判る通り)下品な言葉を好んだモーツァルトと同様、その人の才能と人間性・人格は無関係である。そのことがよく描かれている。

はっきり言ってマイケル・ファスベンダーは顔が全くジョブズに似ていない(そういう意味ではクリスチャン・ベイルの方が相応しかった)。しかし映画を観ているうちに次第に本物に見えてくるのだから大した演技力である。

ジョブズはユーザーによるマシンの改造・拡張性を拒否し、函(はこ)を開けられない構造にした。そしてOS(オペレーティング・システム)とマシンは一体のものと考え、互換性を持たせなかった。だから一旦、MacはMicrosoft Windowsに完敗し、ジョブズは失脚した。しかし今はどうだろう?Apple社は携帯音楽プレーヤーや、タブレットPC,そしてスマートフォンでも世界を席巻している。これはソフトとハードは不可分という信念を貫いたジョブズの最終勝利であり、ハード開発に力を注がなかったマイクロソフト社は明らかに失速した。ジョブズは世界を変え、今ある21世紀を創ったのだ。

最後に、僕が大好きなジョブズの座右の銘をご紹介しよう。

洗練を極めれば簡素になる
(Simplicity is the ultimate sophistication.)

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