映画「ザ・ウォーク」とシーシュポスの神話
評価:A
2008年度米アカデミー賞長編ドキュメンタリー部部門を制した実話の映画化である。ドキュメンタリー映画「マン・オン・ワイヤー」のレビューはこちらに書いた。
僕はドキュメンタリーに負けず劣らず面白いと思った。アカデミー作品賞・監督賞を受賞した「フォレスト・ガンプ」(1994)以降、ロバート・ゼメキスは鳴かず飛ばずだったが、久しぶりにいい仕事をした。あとベートーヴェンの「エリーゼのために」が意外なところで鳴り響き、これがまた摩訶不思議にも似合っていた!びっくりした。
主人公の大道芸人を演じたジョゼフ・ゴードン=レヴィット(ユダヤ系アメリカ人)やその師匠役ベン・キングズレー(イギリス人)は余りフランス人に見えなかったけれど、まぁそこは目を瞑って、中々好演していた。ジョゼフ・ゴードン=レヴィットはフランス語に堪能だった。ベン・キングズレーはアカデミー主演男優賞を受賞した「ガンジー」でインド人を演じたわけだが、アレック・ギネスほど変装の名人とは言えないな(ギネスは「アラビアのロレンス」でイラク国王、「ドクトル・ジバゴ」でソ連人、"A Majority of One"で日本人、「アドルフ・ヒトラー/最後の10日間」でヒトラー、「スター・ウォーズ」でオビ=ワン・ケノービ、「インドへの道」ではインド人を演じた)。
ギリシャ神話に「シシュポス(シーシュポス)の岩」というエピソードがある。小説「異邦人」で有名なアルベール・カミュの随筆「シーシュポスの神話」冒頭部を引用してみよう。
神々がシーシュポスに課した刑罰は、休みなく岩をころがして、ある山の頂まで運び上げるというものであったが、ひとたび山頂にまで達すると、岩はそれ自体の重さでいつもころがり落ちてしまうのであった。無益で希望のない労働ほど怖しい懲罰はないと神々が考えたのは、たしかにいくらかはもっともなことであった。
正にカミュが言うところの「不条理」である。しかし考えてみれば、我々の人生とはこの「不条理」の繰り返しなのではないか?例えば子供を作り、育てる。やがて娘(息子)は成長し、巣立つ。結婚し、遠くで暮らすことになるかも知れない。では、それまでの努力が何の役に立った?あるいは、一生懸命働いて財産を築く。銀行に沢山貯金をする。そして死ぬ。結局、残ったお金は本人にとって無意味となる(勿論、子孫のためにはなるけれど)。
フランスの大道芸人フィリップ・プティは世界貿易センター(World Trade Center、WTC)ビルに不法侵入し、世界一の高さを誇る2つの塔に鋼鉄のワイヤーを渡して綱渡りをした。一体それに何の意味がある?答えは勿論決まっている。綱渡りこそが彼の人生の全て、生きる目的なのだ。それは正に宗教的体験でもある。ワイヤーの上にしか彼の神は存在しない。だからこそ、そこで跪くのだ。そして観客は彼と一緒に世界で最も美しい景色を目撃/共有することになる。
映画「ザ・ウォーク」を観るという行為はこのような哲学的思索の旅でもある。3D効果が絶大で、高所恐怖症なら竦み上がるかも。是非貴方も体験されたし。
最後に、2つの塔を結ぶ綱を渡りきったプティにはWTC最上階への通行許可証が贈与される。そのフリー・パスには有効期限が消されており、"Forever"と書き換えられていた。しかし、2001年の同時多発テロでWTCは呆気なく崩壊した。「永遠」は、なんと短かかったことだろう!人生の有限性という苦味を思い知らされた。
いのち短し 恋せよ乙女 (ゴンドラの唄)
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