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2016年2月12日 (金)

武満徹のシネマ・ミュージック/あるいは、「クラシック音楽愛好家を斬る!」

パーヴォ・ヤルヴィがNHK交響楽団の首席指揮者に就任にするにあたり、「パーヴォ・ヤルヴィ×日本人アーティスト 白熱音楽トーク」という番組がEテレで放送された。そこでのパーヴォの発言を引用しよう。

クラシックの音楽家にはなぜか自分たちが他の芸術家よりも優れている、自分たちの芸術のほうが重要だという意識があるが、これは大きな間違い。より優れているわけがない。
私たちの芸術は他の芸術と同じ程度に重要なだけだ。クラシック音楽の世界には強いエリート意識があり、これが自分たちの首を絞めている。

彼は賢い。よく物事の本質を見抜いている。クラシック音楽の演奏家は勿論その通りなのだが、これは聴く側、すなわち愛好家=クラオタにも当てはまる。

不思議な事にクラシック音楽愛好家は自分たちが高尚な趣味を持っていると勘違いし、それを誇りに思っているフシがある。だから他のジャンルの音楽に見向きもしない。オペラ・ファンの多くはミュージカルを馬鹿にしている。

この何の根拠もない愚かなエリート意識を象徴するのがエーリヒ・ヴォルフガング・コルンゴルトに対する世間の扱いである。

コルンゴルトが時代の寵児としてもて囃されたのはオペラ「死の都」Op.12が1920年にハンブルクとケルンで同時初演された頃である。当時23歳だった。しかしその後ナチスが台頭し、ユダヤ人だった彼はハリウッドに逃れる。そして映画音楽作曲家として名を馳せ、アカデミー賞を2度受賞した。第二次世界大戦後コルンゴルトはワーナー・ブラザースとの契約を更新せず、ウィーン楽壇への復帰に意欲を燃やす。しかし「時代錯誤」「映画に魂を売った男」と蔑まれ、評論家から袋叩きにあって失意のうちにアメリカに戻ることになる。詳しくは下の記事に述べた。

21世紀に入り、漸くコルンゴルトの再評価が進んだ。今では彼の代表作であるヴァイオリン協奏曲(1947年初演、彼の映画音楽から幾つかのモティーフが流用された)が演奏される機会が日本でも増えた(しかし大阪フィルハーモニー交響楽団は未だに一度もこの曲を取り上げたことがない)。僕が彼の音楽に興味を持ち、CDを集め始めたのは今から30年前、1980年代前半のことである。その頃、コルンゴルト:ヴァイオリン協奏曲の国内盤は1枚もなかった。だからハイフェッツやパールマンが演奏するCDを輸入盤で購入した。ドイツ・グラモフォンがこの曲を初めてレコーディングしたのは1993年(シャハム&プレヴィン/ロンドンs.o.)である。初演から46年が経過していた

要するにクラシック音楽世界の住人達は「映画音楽は下等だ」と蔑んでいるわけだ。しかし考えてみれば妙な話である。彼らが毎年1月1日にニューイヤー・コンサートで聴くシュトラウス一家のワルツやポルカは所詮、”ダンス・ミュージック”である。そもそも観賞用に書かれた楽曲ではない。チャイコフスキーやストラヴィンスキーのバレエ音楽が現在の映画音楽と比較して「上等」であるという根拠もない。

ジョン・ウィリアムズの傑作「スター・ウォーズ」(1977年)をウィーン・フィルが初めて演奏したのは2010年(シェーンブルン宮殿夏のコンサート)、ベルリン・フィルは2015年(ヴァルトビューネ野外コンサート)だった。遅過ぎる。正にバーヴォが言う「強いエリート意識が自分たちの首を絞めている」状況である。

さて、2月11日(祝)兵庫県立芸術文化センターへ。

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武満徹の映画音楽を聴く。演奏家は渡辺香津美(ジャズ・ギター)、coba(アコーディオン)、鈴木大介(クラシック・ギター)、ヤヒロトモヒロ(パーカッション)という面々。このコンサートは2008年にワシントンD.C.のケネディー・センターで開催され、その後も松本のサイトウ・キネン・フェスティバルやカーネギー・ホールでも再演を重ねてきたものである。

武満徹は映画を愛し、沢山の映画音楽を残した。またビートルズのアルバム「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」を高く評価 していた。1992年に武満が書いたエッセイ「『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』を聴く 今更ビートルズについて」から引用 しよう。

ビートルズについて、あらためていま語るには、いくらかの躇いと、気後れのようなものを覚える。優しさと悲しさと、滑稽な気分にあふれた、『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』が売り出されたのは1967年。すでに、20年近い時間 が過ぎたのに、いまだに音楽の活気は少しも失われていない。ビートルズは、私のなかで、日々若返っていく。

(中略)

ビートルズが生まれる 要因は、ある意味では十分すぎるほどだったが、それでも、かれらの天才は格別のものだ。かれらが創り出す音楽があれほどの多様さを持ち得たのは、かれら4人の個性が、絶えず動いてやまない磁場として作用したからだろう。4人は、マグネットのように相互に牽き合い、また時に、反発しあう。各自が自分の本能に 正直であったから、この危うい均衡は奇跡的に保たれた。ビートルズは誰ひとりとして、押しつけられた音楽的教養などとは無縁だったから、既成の価値観をもっては測れないような、理想的な共同体を創り得たのだ。

武満はクラシック音楽以外のジャンルに対して何のわだかまりもなく、別け隔てない公平な人だった。それは彼が作曲家を志す契機になったのが、終戦間近の14歳の時に勤労動員先で見習士官からこっそりレコードを聴かせてもらった、リュシエンヌ・ボワイエが唄うシャンソン「聞かせてよ愛の言葉を」(この音源は現在ナクソス・ミュージック・ライブラリーで試聴可能)だったことと無関係ではあるまい。

さて、今回のコンサートで演奏されたのは、

  • 「フォリス」より第一曲(鈴木大介の独奏)
  • 映画「不良少年」より
  • 映画「伊豆の踊子」より
  • 映画「日本の青春」より
  • 映画「太平洋ひとりぼっち」より(芥川也寸志との共作)
  • Tribute to Toru(渡辺香津美/ヤヒロトモヒロの即興)
  • 映画「ホゼー・トレス」より
  • 映画「狂った果実」より
  • 映画「最後の審判」より”3月のうた”
  • 映画「他人の顔」よりワルツ
  • 映画「写楽」より
  • 小さな空(アンコール)

「フォリオス」は荘村清志からの委嘱で作曲されたコンサート用ギター独奏曲。

「不良少年」には哀愁が漂い、「伊豆の踊子」は叙情的。「どですかでん」についてcobaは《天使のメロディー》と評した。「太平洋ひとりぼっち」は海洋冒険家・堀江謙一の手記を元にした映画だが、何と彼が出港したのは地元・兵庫県西宮だった(堀江は現在・兵庫県芦屋市在住)。爽やかな海の風が耳元で囁き、波の高鳴りが音楽から聴こえてきた。

休憩を挟み渡辺香津美とヤヒロトモヒロの即興演奏はグルーヴィーgroovy。「ホゼー・トレス」の音楽はジャジーjazzyで、「狂った果実」はブルースだった。

「他人の顔」ワルツは世界的なアコーディオンの名手cobaのソロが圧巻。dynamicかつpassionateだった。

晩年の傑作「写楽」もジャズの要素が取り入れられているのだが、屈託のない明るさがあり、なんだか仲間たちとワイワイ酒を飲んでいる風景が目に浮かんだ。

アンコールは僕が一番好きな武満のうた「小さな空」(作詞も武満)!とても嬉しかった。

武満の映画音楽は6月にいずみホールで公演があるユーリ・バシュメット&モスクワ・ソロイスツでも聴く予定。詳細は→こちら

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