まずカルト映画の定義をしよう。《公開時、興行的に成功せず、批評家からの評判も芳しくなかったのに、後に一部の熱狂的ファンを生み出した映画》つまり、「エル・トポ」とか「イレイザーヘッド」「ロッキー・ホラー・ショー」が一般的によく知られた代表例と言えるだろう。
本当は岩井俊二監督「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」とか、キャロル・リードの「フォロー・ミー」、ヤノット・シュワルツの「ある日どこかで」もカルト映画の範疇に入れたいのだが、既に「我が生涯、最愛の映画(オールタイム・ベスト)」篇で語ったので、ここでは割愛する。あちらが表ベストでこちらが裏ベスト、そんな関係と思って頂ければ幸いである。
「カルト映画の巨匠」として僕がまず脳裏に思い浮かべる監督は大林宣彦、増村保造、鈴木清順、ロジャー・コーマン、マリオ・バーバである。この5人は絶対外せない。では「カルト映画の名優(怪優)」なら?答えは自ずと決まっている。言うまでもなくクリストファー・リー、ヴィンセント・プライス、そして岸田森だ。ただここで問題が発生する。クリストファー・リーとヴィンセント・プライスならいくらでも代表作を挙げられるが、「和製ドラキュラ」俳優・岸田森は正直、映画に恵まれなかった。強いて挙げるなら「血を吸う薔薇」など”血を吸う”シリーズなのだろうが、僕には作品的に弱いと感じられる。岸田森の魅力が全開しているのは佐々木守(脚本)実相寺昭雄(監督)のテレビドラマ「怪奇大作戦 京都買います」(上映時間正味25分)にとどめを刺す。絶対観てください。しかし今回のお題は「カルト映画」なので、泣く泣く岸田森出演作は外した。
順不同で
- ブレードランナー
- 血とバラ
- 白い肌に狂う鞭
- 恐怖の振り子
- 愛のイエントル
- 日本殉情伝 おかしなふたり ものくるほしきひとびとの群
- HOUSE ハウス
- 赤い天使
- ズーランダー
- 幻の湖
- 月曜日のユカ
- けんかえれじい
- 鴛鴦歌合戦
- 狩人の夜
- オール・オブ・ミー
- ヒズ・ガール・フライデー
- 天国の日々
- いつも二人で
- 風と共に散る
- フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ
「ブレードランナー」(1982)
泣く子も黙るカルトSF映画の代表作。誰も文句ないでしょ?ノワール感たっぷりの夜を主体とする特撮(「未知との遭遇」のダグラス・トランブルが担当)や、ヴァンゲリスの音楽がいい。ハリソン・フォード演じるデッカードはレプリカントなのか?長年議論されてきたこの命題もリドリー・スコット監督の発言でケリがついた(勿論Yes !)。「劇場公開版」「完全版」「最終版」と3つのバージョンがあるのでややこしい。スピルバーグの「未知との遭遇」みたいだね(「劇場公開版」「特別版」「ファイナル・カット版」がある)。ちなみにブレードランナー「劇場公開版」「完全版」にあるラスト・シーンの車でのデッカードとレーチャルの逃避行はスタンリー・キューブリック監督「シャイニング」で使用されなかったカットを撮影所の倉庫から発掘したものというエピソードはあまりにも有名。現在、続編の企画が進行中。
「血とバラ」(1960)
ロジェ・ヴァディム監督の耽美的怪奇映画。女吸血鬼の物語である。大林宣彦監督の16mmカルト映画「EMOTION 伝説の午後 いつか見たドラキュラ」(1967)はのっけから「血とバラ」へのオマージュを高らかに宣言する。後に大林監督と組む脚本家・桂千穂もこの映画に私淑しており(新人シナリオコンクール入賞作が「血と薔薇は暗闇のうた」)、作家・赤川次郎も「血とバラ 懐かしの名画ミステリー」という短編小説を書いている。この3者(大林・桂・赤川)が共犯した(一堂に会した)のが映画「ふたり」と「あした」である。
「白い肌に狂う鞭」(1963)
クリストファー・リー主演。サディスティックな逸品である。監督のジョン・M・オールドとはマリオ・バーヴァ(イタリア)の別名。バーバラ・スティール主演の「血ぬられた墓標」(1960)や、「モデル連続殺人!」(1964)、「呪いの館」(1966)が有名。大林宣彦監督は「HOUSE ハウス」でデビュー当時、マリオ・バーヴァをもじって馬場鞠男というペンネームを考えていたという。で監督の少年時代を描く映画「マヌケ先生」では主人公の名前もズバリ馬場鞠男となっている。
「恐怖の振り子」(1961)
ロジャー・コーマン監督によるエドガー・アラン・ポー・シリーズの1篇。「穴と振子」「早すぎた埋葬」の2つを合わせて映画化している。兎に角、クライマックスに登場する振り子に度肝を抜かれる。主演はヴィンセント・プライスとバーバラ・スティール。バーバラ・スティールは上述した「血ぬられた墓標」も印象的だった。コーマンとプライスのコンビ作は「アッシャー家の惨劇」(フロイド・クロスビー撮影監督によるカラー映像が美しい)や「赤死病の仮面」も捨てがたい魅力がある。あ、あと魔法合戦が愉しい「忍者と悪女」やオムニバス「黒猫の怨霊」も……まぁ、みんな観てください。ちなみにティム・バートンの初監督作品「ヴィンセント」(6分の短編アニメ)とはずばりヴィンセント・プライスのことであり、本人がナレーションを担当。「シザーハンズ」でプライスはマッド・サイエンティスト(狂った科学者)として出演している。さらにプライスはマイケル・ジャクソン「スリラー」のMVでもナレーションを担当している。
「愛のイエントル」 前代未聞、バーブラ・ストライザンドの《ひとりミュージカル映画》である。詳しくはこちらの記事に書いた。
「日本殉情伝 おかしなふたり ものくるほしきひとびとの群 (夕子悲しむ)」は広島県尾道市と福山市鞆の浦を舞台にした大林宣彦監督作品であり、「HOUSE ハウス」(1977)はCMディレクターや16mm自主映画(アングラ = Underground film)の旗手として活躍してきた大林監督の劇場映画デビュー作である。
「おかしなふたり」
本作は1988年公開だが、僕は1987年夏に尾道映画祭で先行上映された際に観ている。主演は三浦友和、竹内力、南果歩。この3人のおかしな三角関係が描かれる。竹内力といえば今やすっかりミナミの帝王のイメージだが、実は大林映画「彼のオートバイ、彼女の島」がデビュー作であり(爽やかな青春映画の傑作)、当時の彼ははにかんだ笑顔のえくぼが印象的な好青年だった。切ない映画だ。「愛は勝つ」でブレイクする前のKANがシンセサイザーで音楽を担当している。
「HOUSE ハウス」
おもちゃ箱をひっくり返したような化猫映画。公開当時、小学生にバカ受けしたというのも頷ける。映画は花も実もある絵空事、正に「電気紙芝居」である。松本潤、上野樹里主演、三木孝浩監督「陽だまりの彼女」は「HOUSE ハウス」への熱烈なオマージュとなっている。
「赤い天使」(1966)
増村保造監督で好きな作品は沢山ある。本格的スパイ映画「陸軍中野学校」を筆頭に「卍」「黒の試走車(テストカー)」「黒の報告書」……。しかし、1本だけ選ぶとしたら、若尾文子は絶対に外せない。増村映画に登場する若尾は驚異的にエロい。な、なんなんだ、このお色気ムンムンは!決して脱ぐわけじゃない(背中とか露出する場面は全てボディダブルである)。でも、うなじとかが官能的なんだよなぁ。「赤い天使」はフランスで最も人気がある増村映画。「フランス人、何考えてるんだ?」と観ていて可笑しくなる。これで若尾に悩殺された貴方、お次は「清作の妻」「刺青」「妻は告白する」あたりをどうぞ。
「ズーランダー」(2001)
ベン・スティーラーが原案・脚本・監督・主演を兼任している。抱腹絶倒のお馬鹿コメディ。大体、ベン・スティーラーとオーエン・ウィルソンがファッションモデル界のスーパースターという設定からしてぶっ飛んでいる。もしも主人公のキメ顔「ブルー・スティール」に大爆笑しない者がいたとしたら、人間として何か間違っている。デヴィッド・ボウイ、パトリス・ヒルトン、ウィノナ・ライダー、ナタリー・ポートマンなどカメオ出演の錚々たる顔ぶれも凄い。2016年には「ズーランダー2」が公開予定で、今度はベネディクト・カンバーバッチが物凄いことになっている!
「幻の湖」 数々の伝説を残した橋本忍(原作・脚本・監督)作品。何の予備知識もなく観て欲しい。最後は目が点、口をあんぐり開けたまま終わることは間違いない。(悪い意味で)想像を絶する映画だ。1982年に東宝創立50周年記念作品として公開されたが客足が全く伸びず、たった2週間と5日で打ち切られることとなった。本作で完全に信用を失った橋本(過去に「羅生門」「生きる」「七人の侍」「切腹」「白い巨塔」「砂の器」「八甲田山」など数々の名シナリオを執筆)は事実上、完全に干されることとなる。長らくビデオ化もテレビ放送もされず、文字通り「幻の」作品だったが、今ではDVDで観ることが出来る。
「月曜日のユカ」(1964) 監督は「狂った果実」の中平康。この映画の編集のリズムって、正にJazzなんだよね。また加賀まりこ(撮影当時20歳)が小悪魔的魅力を発散している。
「けんかえれじい」(1966) 鈴木清順監督でカルト映画として名高いのは宍戸錠主演「殺しの烙印」だろう。日活の社長は完成した作品を観て激怒。翌年の年頭訓示において「わからない映画を作ってもらっては困る」と本作を名指しで非難し、同年4月、鈴木に対し電話で一方的に専属契約の打ち切りを通告した。これを受けて映画人や学生有志による「鈴木清順問題共闘会議」が結成され、裁判沙汰になるなど大騒ぎとなった。「殺しの烙印」を観て「わけがわからない」と僕は全く思わないが、ただ面白くもない。「けんかえれじい」の方が(新藤兼人の脚本がよく練られており)優れている。子供たちの喧嘩=わんぱく戦争がいつしかエスカレートし、大人の戦争に膨張してゆく。まるでモンスターのように。
「鴛鴦歌合戦」(1939) 日本で製作されたミュージカル(オペレッタ)映画の金字塔。脳天気で最高に可笑しい!信じられる、あの志村喬(「生きる」「七人の侍」)が歌うんだぜ!?
「狩人の夜」(1955)
「戦艦バウンティ号の叛乱」「ノートルダムの傴僂男」「情婦」(ビリー・ワイルダー監督)などで知られる名優チャールズ・ロートン生涯唯一の監督作品。公開当時不評だったというのが俄に信じられないフィルム・ノワールの傑作。そのせいで日本では長らくお蔵入りで、漸く公開されたのが1990年だった。ロバート・ミッチャム演じる偽伝道師の狂気がひたすら怖い。考えてみれば本作はミッチャムが7年後に出演する「恐怖の岬」(1962)や、マーティン・スコセッシによるそのリメイク「ケープ・フィアー」にも強烈な影響を与えている。また白黒映像による影絵のような光と影の交差が素晴らしい。先日観直していたら、デヴィッド・リンチの「ツイン・ピークス」とそっくりのショットがあって驚いた。勿論、リンチの方が影響を受けているわけだ。あと被写体の全てにピントを合わせるパン・フォーカス(ディープ・フォーカス)の手法が採られているが、調べてみると撮影監督のスタンリー・コルテスはオーソン・ウェルズ監督「偉大なるアンバーソン家の人々」(1942)を撮った人だった。以前BSで観た時は縦横比1:1.33のスタンダードサイズ(撮影時のまま)だったが、現在は上下をカットした1:1.66のヨーロピアン・ビスタサイズが流通している。このビスタ版が監督が本来意図した画角であり、2010年に北米クライテリオン・コレクションがリリースした愛蔵盤ブルーレイでも1:1.66の画角を採用しているらしい。
「オール・オブ・ミー」
日本未公開。スティーブ・マーティンはどうも日本で人気がない。ジョン・ベルーシとかダン・エイクロイドとかアメリカのコメディアンってそういう人が多い。やはりこれは言葉の問題なのだろう。例えば明石家さんまや笑福亭鶴瓶のお喋りを英語字幕にして海外の人々に見せても、彼らには何が面白いのかさっぱり判らないだろう。体の半身が男で、半身が女になるという設定がバカバカしいやら可笑しいやら。スティーブ・マーティンの演技がシュールで、笑いすぎて涙が出ちゃう。
「ヒズ・ガール・フライデー」 新聞社を舞台としたスクリューボール・コメディ。マシンガンのように早口でまくし立てる会話が凄い。後にビリー・ワイルダーが「フロント・ページ」(1974)というタイトルで再映画化しているが、ハワード・ホークス版(1940)の方が断然良い。
「天国の日々」
映画全編をマジック・アワー(日没後に20分程体験できる薄明の時間帯を指す)に撮影した伝説の映画。ネストール・アルメンドロスがアカデミー撮影賞を受賞。ただし、三谷幸喜 脚本・監督の「ザ・マジックアワー」は痛い映画だった。同じテレンス・マリック監督「ツリー・オブ・ライフ」は難解な映画だがやはり映像美の極み。撮影監督は後に「ゼロ・グラビティ」と「バードマン」でアカデミー賞を連続受賞することになるエマニュエル・ルベツキ。
「いつも2人で」
監督は「雨に唄えば」「シャレード」のスタンリー・ドーネン。キネマ旬報社から発行された「私の一本の映画」という本があり、そこに村上春樹がエッセイを書いたのが本作なのである。彼は高校生の時、当時のガールフレンドと神戸の映画館でこれを観たそうだ。主演はオードリー・ヘップバーンとアルバート・フィニー(「オリエント急行殺人事件」のポアロ役)。中年夫婦の危機を描くが、ふたりの12年間を5つの時間軸が交差する形で描く凝った構成になっている。何より僕は"Two for the Road"という原題が好き!味がある。
「風と共に散る」
《メロドラマの巨匠》ダグラス・サーク監督(本名:ハンス・デトレフ・ジールク。ナチスを逃れドイツからアメリカに亡命)の作品を1本に絞るのは難しい。「風と共に散る」は冒頭の疾走感が凄い!あと「天はすべて許し給う」(日本未公開、上掲したポスターはこちら)は窓や鏡を効果的に使った画面設定に唸らされる。そして鹿!(←観れば判る)「キャロル」(2016年日本公開予定)で話題沸騰のトッド・ヘインズ監督の「エデンより彼方に」(2002)は徹底的な「天はすべて許し給う」へのオマージュである(詳しくはこちら)。またクエンティン・タランティーノはダグラス・サークの「心のともしび」を激賞している(ちょっと僕には理解し難い選択だ)。なお「風と共に散る」「天はすべて許し給う」「心のともしび」で主演したロック・ハドソンは同性愛者(ゲイ)で、後にAIDSで亡くなった。著名人として世界で初めてAIDSであることを公言(カミング・アウト)した人物である。
「フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ」
映画「進撃の巨人」の樋口真嗣監督や原作の諫山創氏はトラウマ映画として「フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ」(監督:本田猪四郎、特技監督:円谷英二という初代「ゴジラ」コンビ)を挙げている(樋口監督が語る「サンダ対ガイラ」は→こちら)。「進撃の巨人」の原点がここにある。また映画「パシフィック・リム」のエンド・クレジットに”モンスター・マスター”本田猪四郎への献辞を書いたギレルモ・デル・トロ監督はメキシコでの少年時代、バスで45分かけて映画館に行って「サンダ対ガイラ」を観たと語っている(→こちら)。
ここまで書いてきてアニメが入っていないことに気が付いた。それならまず押井守監督で
「攻殻機動隊」とその続編「イノセンス」
「マトリックス」に多大な影響を与えたということで今やメジャーな作品だけれど、日本公開当時は全く話題にならなかったし、興行的にも当たらなかった。現在スカーレット・ヨハンソン主演でハリウッド実写映画化の企画が進行中。押井作品でもっとマイナーなところを攻めると、「迷宮物件」とか「天使のたまご」でどうだ!文句あるまい。
「空飛ぶゆうれい船」
子供の頃これを観て、トラウマになったという映画人を何人か知っている。映画評論家・町山智浩氏は小学校1年生の時にこれを観て、その後の映画の見方、世の中の見方に大きな影響を受けたと告白している。また映画監督の岩井俊二は次のようにツィートしている。
原作は石ノ森章太郎。若き日の宮﨑駿が原画で参加していることはあまりにも有名。何しろ「ボアジュース」が強烈!僕はオウム真理教が使っていた「ポア」という言葉を想い出した。
最後に新海誠監督「秒速5センチメートル」も究極のカルト映画で僕は死ぬほど好きなのだが、こちらは既に「我が生涯、最愛の映画(オールタイム・ベスト)」篇に入れてしまった……。

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