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2015年11月

0と1の間〜映画「きっと、星のせいじゃない。」

評価:A

Stars

原作小説の邦題は「さよならを待つふたりのために」。映画公式サイトはこちら

難病(不治の病)ものというジャンルがある。「愛と死をみつめて」「世界の中心で、愛をさけぶ」「余命1ヶ月の花嫁」「ある愛の詩」「フィラデルフィア」などが挙げられる。で概ねそれらのパターンは決まっており、お涙頂戴になりがちだ。

「きっと、星のせいじゃない」は劇場公開を観逃していて、やたらとSNSでの評判が高いのでブルーレイで鑑賞。驚いた!これは紛れもなく「難病もの」の最高傑作である。

主人公の男の子と女の子の生き様が、前向きなのがいい。本作を観て、結局彼らと、健康で長生きしている我々との違いは時間の大小の差でしかないことに気付かされた。所詮人間はいつか死ぬ。最後の日が訪れるのが早いか、遅いか。それだけである。ではその限られた人生をどう生きるか?生きることの目的は何か?そういった普遍的な問いを本作は真摯に投げかけてくる。後で後悔しないように、若い人たちこそ絶対観るべきだ。

母親役のローラ・ダーンや小説家役のウィレム・デフォーがいい味出している。特に小説家がふたりに語る「アキレスと亀(ゼノンのパラドックス)」が含蓄があって考えさせられた。限られた時間の中(0と1の間)に永遠があるんだね!それが生きることの意味なんだ。

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ヴァンスカ/読響のシベリウス

11月21日(土)ザ・シンフォニーホールへ。オスモ・ヴァンスカ/読売日本交響楽団で、

  • シベリウス:交響詩「フィンランディア」
  • ラフマニノフ:ピアノ協奏曲 第2番
    (独奏:リーズ・ドゥ・ラ・サール)
  • シベリウス:交響曲 第2番

ヴァンスカといえばスウェーデンのBISレーベルに夥しいシベリウスの交響曲・管弦楽曲(ほぼ全て?)をラハティ響とレコーディングしたことで知られている。特に交響曲第5番(1915年原典版)とヴァイオリン協奏曲(1903-04年初稿版)のCDは衝撃的だった。

東京では3日間で交響曲1・2・5・6・7番が聴けるプログラムが組まれており、大阪は「名曲コンサート」仕様になっていることが非常に残念だ。どうせなら後期の作品が聴きたかった。シベリウス・イヤーの今年、関西で演奏されるのは1・2番ばかり(唯一の例外が藤岡/関西フィルの6番)。もうウンザリ。

「フィンランディア」でヴァンスカはファゴット・チューバなど低音部を強調。ロシアからの抑圧を描く重々しい序奏は音をグッと押し付ける感じ。それが後半になると開放される。

ラフマニノフはピアノが力強い打鍵でロシアの土の匂いがする。リーズは二の腕が逞しい。第1楽章はゆったりしたテンポでじっくり弾き、第3楽章は一転して快速球で爽やかだった。アンコールはドビュッシー:亜麻色の髪の乙女。粒だった音が美しい。

シベリウスは1900年に三女キルスティをチフスで亡くし、若い頃からの飲酒癖・浪費癖がますます深刻となっていった。そんな中、1901年のイタリア旅行中に交響曲第2番は作曲された。シベリウス一家が豊かな自然に囲まれたアイノラ荘に転居するのは1904年のことである。

第1楽章は丁寧で明朗。イタリアの陽光が感じられる。第2楽章は全休止(ゲネラルパウゼ)をたっぷりとり、行間に語らせるという印象。僕はそこに作曲家の慟哭を聴いた。第3楽章の荒々しいスケルツォはキレキレの演奏で作曲家の心の葛藤を描く。オーボエが静かに歌うトリオは慰めに満ち、その対比が鮮明。そして第4楽章で漸くpositive thinkingとなり、最後は波のうねりとなった。やっぱり餅は餅屋(シベリウスの交響曲はフィンランドの指揮者)だなと想った。

今回聴きながらつくづく感じたのは、この第2番はシベリウスの「人間臭さ」が如実に現れた作品だということ。《苦難を乗り越えて歓喜へ!》というコンセプトはベートーヴェンの5番を髣髴とさせる(第3、4楽章が切れ目なく続くのも一緒)。吹奏楽作品で言えばジェイムズ・バーンズの交響曲第3番も曲想(構成)が同じだ(第3楽章は幼くして亡くなった娘を追悼する「ナタリーのために」)。つまり物語性があって「判り易い」。だから7つある交響曲の中で一番人気なのだろう。これが第3番以降になるとフィンランドの自然が中心となり、第7番に至っては人間の姿が完全に消えてしまう。真のシベリウス・ファン(例えば作曲家・吉松隆)は後期交響曲の方を好む人が圧倒的に多いんだけどね。一般のクラシック音楽愛好家との間には深い溝がある。

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リトルプリンス 星の王子さまと私

評価:A-

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映画公式サイトはこちら

アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリの名作を初めてアニメーション化したフランス映画。プロデューサーふたりはフランス人だが、監督はドリーム・ワークスの「カンフー・パンダ」でアカデミー賞長編アニメーション部門にノミネートされたマーク・オズボーン。音楽は「ライオンキング」でアカデミー賞を受賞した大御所ハンス・ジマー。

物語をそのまま映画にするのではなく、「入れ子構造」にした手法がお見事!つまり劇の中でさらに別の劇が進行する「劇中劇」のことね。「Wの悲劇」とか「赤い靴」「ブラック・スワン」などが代表例。この作劇術により、原作の味わいが些かも損なわれることなく、鮮やかに現代に蘇った。

少女と老人の出会い。現実の物語はCGアニメーションで描かれる。一方、老人が語る「星の王子さま」は最初、原作者の描いた絵そのままで登場する。やがてそれが厚紙を組み合わせた立体構造物となり、チェコの人形アニメを髣髴とさせるストップモーション・アニメーションへと移行してゆく。イマジネーションの飛翔。予定調和な終わり方に些か引っかかったが、それは些事に過ぎない。

ただ日本語吹き替え版の主題歌を松任谷由実が担当しており、これが不愉快だった。ユーミンは現在61歳。老いたガラガラ声は聴くに耐えない。音域も狭く、嘗ての美しい高音域は望むべくもない。英語版は声優陣をジェフ・ブリッジス、ベニチオ・デル・トロ、マリオン・コティヤールらが担当しているという豪華さなので、こちらも観てみたい。

本作が4歳の息子の初映画館体験となった。観終わったあと、「面白かった!」と言ってくれたので、ホッと胸をなでおろした。いつか彼が「大切なものは、目に見えない」「地球の人たちはバラを5000本も咲かせられるのに、自分が探しているものを見つけられないね。たった1本のバラや、 たった1杯の水のなかにあるのに」という、星の王子さまが語った言葉の本当の意味を知る日が来ることを願っている。

Little

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映画「コードネーム U.N.C.L.E.」

評価:B+

公式サイトはこちら

Uncle

1960年代に放映されたテレビドラマ「0011ナポレオン・ソロ」のリメイク。ソロ役のヘンリー・カビルがいい味出している。ヒロインを務めたアリシア・ヴィキャンデル(ビカンダー)がキュートかつセクシーでGood。

Aliciavikander

彼女はスウェーデン・イエーテボリ出身で幼い頃からバレエを習い、ミュージカルも演っていたとか。へぇ、歌えるんだ!英語のウィキを調べると「サウンド・オブ・ミュージック」や「レ・ミゼラブル」(舞台)に出演したと書いてある。是非ミュージカル映画にも出て欲しいな。

ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション」のレベッカ・ファーガソンもスウェーデン出身。グレタ・ガルボ、イングリッド・バーグマンの時代から彼の国は相変わらず美人の産地だね。

スパイものというジャンルは米ソ冷戦を背景に1960年代に発展していった。「007」シリーズやナポレオン・ソロ、そして「スパイ大作戦」がその代表格だろう。さらにマイケル・ケイン主演の映画「国際諜報局」(1965)の原作「イプクレス・ファイル」が発表されたのが1961年で、ジョン・ル・カレの小説「寒い国から帰ってきたスパイ」が1963年、映画「さらばベルリンの灯」の公開が66年といった具合。

しかしペレストロイカを経てソ連の崩壊後、この分野は急速に衰退する。敵となる悪の組織を創作するのが難しくなったのだ。

「007」はダニエル・クレイグが起用されてからリアリティ重視になり、ボンドがマッチョで汗臭く、傷だらけのヒーローになってしまった。しかし1960年代のスパイ映画(ドラマ)はもっとユーモアと遊び心があった。男たちはお洒落で、極上の美女とランデヴーを過ごす余裕があった。

その揺り返しが来たのが「キングスマン」で、次に登場したのが本作というわけ。「007」や「ミッション:インポッシブル」シリーズはあくまで現在を舞台としているのに対し、「コードネーム U.N.C.L.E.」は冷戦時代に戻した。これが大正解。何とも粋でウィットに富んだ作品となっている。また如何にも1960年代イーストマン・カラーを髣髴とさせる色彩に仕上がっており、スプリット(分割)スクリーンという手法もまるで「グラン・プリ」(1966)や「華麗なる賭け」(1968)みたいだ。何だか懐かしい。

考えてみればガイ・リッチー監督はマドンナと結婚した辺りからおかしくなっていったが、デビュー作「ロック、ストック&スモーキング・バレルズ」は洒落た映画だった(Cool !)。復調したということだろう。

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ソンドハイムのミュージカル「パッション」日本初演

11月14日(土)兵庫県立芸術文化センター中ホールへ。ミュージカルの巨匠スティーブン・ソンドハイムの「パッション」日本初演を観劇。

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この作品は1994年のトニー賞で最優秀ミュージカル賞、脚本賞(ジェームズ・ラパイン)、楽曲賞、主演女優賞(ドナ・マーフィー)の4部門に輝いた。因みにこの年にミュージカル作品賞の候補になっていたのは「シラノ・ザ・ミュージカル」や「美女と野獣」などで、最優秀ミュージカル演出賞を受賞したのは「回転木馬」(リヴァイヴァル)のニコラス・ハイトナーだった。

ここで僕が今までに生の舞台で観たソンドハイム作品を整理しておこう。作詞のみを担当した「ウエストサイド物語」を劇団四季と宝塚星組(1999)で、作詞・作曲を担当した「リトル・ナイト・ミュージック」を1999年に近鉄劇場で(出演:細川俊之、麻実れい、安寿ミラ、演出:ジュリア・マッケンジー、訳詞:湯川れい子、音楽監督・指揮:宮川彬良)、「カンパニー」を1999年にシアター・ドラマシティで(出演:山口祐一郎、鳳蘭、麻乃佳世、石川禅、シルビア・グラブ、演出:小池修一郎)、「太平洋序曲」を2000年(初演)、2002年に新国立劇場で(出演:国本武春ほか、演出:宮本亜門)、「Into the Woods」を2004年(初演)に新国立劇場(魔女:諏訪マリー、赤ずきん:神田沙也加、シンデレラ:シルビア・グラブ、演出:宮本亜門)、2006年7日2日に兵庫芸文で、「スウィーニー・トッド」を2007年、11年13年にシアターBRAVA !で(出演:大竹しのぶ、市村正親、演出:宮本亜門)、「メリリー・ウィー・ロール・アロング」初演を2013年にシアター・ドラマシティで(出演:小池徹平、柿澤勇人、演出:宮本亜門)観ている。他にDVDやBSで観たことがあるのが「ジョージの恋人(サンデー・イン・ザ・パーク・ウィズ・ジョージ)」(84)とアンソロジー「Putting It Together」(93/99)。今考えると2009年に石丸幹二、戸田恵子、諏訪マリーらが出演し、宮本亜門が演出した「サンデー・イン・ザ・パーク・ウィズ・ジョージ ~日曜日にジョージと公園で~」は東京まで観に行くべきだったと後悔している(関西での上演はなかった)。

「パッション」は1980年のイタリア=フランス合作映画「パッション・ダモーレ」に基づいたミュージカルである。これにはさらに原作があり、1869年にミラノの雑誌に連載されていた「フォスカ」という小説。作者のタルケッティは連載中の29歳で亡くなっており、肺結核とチフスに罹患していた。その病の影・死の恐怖が作品に反映されている。美しい愛人もいる若い兵士ジョルジオが、転属先で上官の従兄弟の醜女フォスカに追い掛け回されるというお話。Passion(情熱/受難)のみならず、Obsession(妄執)の物語でもある。フォスカの行為はある意味ストーカー的であり、僕は映画「危険な情事」のグレン・クローズのことを想い出した。

ジョルジオを井上芳雄、その愛人クララを和音美桜、フォスカをシルビア・グラブが演じた(考えてみれば上述したようにシルビア・グラブは何度もソンドハイム作品に出演している)。演出は新国立劇場芸術監督の宮田慶子、音楽監督は島健(CHESS THE MUSICALも担当)。

新国立劇場のプロダクションなのでパンフレットが800円と安く、僕としては珍しく購入した。普段ミュージカルのパンフって1500円以上するからバカバカしくて手を出さないんだよね。閑話休題。

よく「男は顔じゃない、中身だ」と言われる。少女漫画が原作で現在映画が公開中の「俺物語!!」もそういう話だ。しかし「女は顔じゃない、中身だ。気心だ」という人は誰もいない。逆は成り立たないのである。世界は残酷だ(by ミカサ・アッカーマン)。「ロミオとジュリエット」を筆頭に、古今東西《一目惚れ》の物語は数限りなくある。しかしそれって《見た目だけ》だよね?要するに《容姿原理主義者》が世の中(特に男たち)の大勢を占めているのである。この問題に鋭く切り込み、《真実の愛》とは何か?を問いかけるのが「パッション」の奥深さなのだ。

今回つくづく感じたのはソンドハイム作品における台本の完成度の高さだ。これは誰と組んだ時も変わらない。やはりソンドハイムの審美眼がどの作品にも浸透しているからだろう。そして「パッション」や、殺人鬼を主人公にした「スウィーニー・トッド」、《本当は恐ろしいグリム童話》的な「Into the Woods」など、内容が極めてユニークである。一見ミュージカルに相応しくないだろうというものを取り上げる冒険心が天晴だ。

「パッション」の楽曲は時にイタリア・オペラのように甘美で、時にアルバン・ベルクのように無機質で奇っ怪な様相を呈する。変幻自在、これぞ匠のなせる技。

観劇中に「パッション」はソンドハイムの最高傑作ではなかろうか?と想ったのだが、考えてみれば同じことを「太平洋序曲」や「スウィーニー・トッド」、「メリリー・ウィー・ロール・アロング」の時にも感じたのだった。

宮田慶子の演出は奥行きの使い方が上手い。舞台手前/中ほど/奥の三層に分かれて芝居が展開され、くっきりとした遠近法が浮かび上がる。宝塚歌劇団の上田久美子に匹敵する、女性演出家のフロントランナーだと認識した。

井上芳雄は彼がデビューした東宝「エリザベート」から観ているが、最初は「なんだかナヨナヨしていてゲイっぽいな。声量もないし」と余り好印象ではなかった。女性たちが彼を《ミュージカル界のプリンス》ともてはやす心情が、僕には全く理解不能だった。「モーツァルト!」もダブル・キャストの中川晃教(アッキー)と比べると、見劣り/聴き劣りがした。その彼が、今回は逞しい青年に成長しており、ちょっと驚いた。歌も力強く、進化している。そして意外にも(?)軍服姿が格好良かった。

和音美桜はそもそも役柄が個性的ではないので損しているが、歌が上手く、過不足なし。

シルビア・グラブはさすがベテランの味わい。クセのある偏執狂的役どころを不気味に、しかし嫌悪感を感じさせる一歩手前の絶妙なさじ加減で抑え、最後はフォスカの純真な想いが観客にひたひたと伝わる最高のパフォーマンスであった。今年の最優秀ミュージカル主演女優賞(私選)は彼女で決まりだね。ちなみに最優秀ミュージカル作品賞は「デス・ノート」、最優秀楽曲賞は「デス・ノート」のフランク・ワイルドホーン、最優秀主演男優賞は「デス・ノート」の浦井健治、最優秀助演女優賞は「デス・ノート」の唯月ふうか、最優秀助演男優賞は「スコット&ゼルダ」の中河内雅貴、最優秀台本賞は宝塚歌劇「星逢一夜」の上田久美子、最優秀演出賞は「パッション」の宮田慶子に贈りたい。

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「光と影」の交差〜村上春樹と佐藤泰志

キネマ旬報ベストワン及び米アカデミー賞外国語映画部門の日本代表に選ばれた「そこのみにて光輝く」は大嫌いな作品で虫酸が走った。しかし、この映画で初めて知った佐藤泰志の小説は何故か読んでみたいという気持ちになった。続けて観た同じ原作者の映画「海炭市叙景」(キネマ旬報ベストテン 第9位)はなかなか味があった。そして佐藤の「移動動物園」を読んで、独特の世界に魅了された。

佐藤泰志はその死後、完全に忘れ去られた作家だった。2008年夏、佐藤の古里・函館のミニシアター「シネマアイリス」の支配人・菅原和博氏は「海炭市叙景」を読み、「この小説を映画で観たい」と想った。そこで北海道・帯広出身の熊切和嘉に打診すると、監督することを快諾。有志による製作実行準備委員会が発足した。映画は2010年に公開され、続けて呉美保監督が綾野剛主演で「そこのみにて光輝く」(2014)を函館で撮った。さらに佐藤泰志原作による函館三部作」最終章として山下敦弘監督の「オーバー・フェンス」が待機中。オダギリジョー、蒼井優、松田翔太が出演し、2016年に公開予定となっている。

こうした映画公開と連動して、「海炭市叙景」を皮切りに長らく絶版となっていた佐藤の小説が次々と文庫本として出版されるようになり、今やちょっとしたブームとなっている。

佐藤泰志は1949年4月26日生まれ。対して毎年のようにノーベル文学賞候補として話題となる村上春樹は1949年1月12日生まれ。たった3ヶ月しか違わない。完全に同世代である。

佐藤は北海道函館市で幼少期を過ごし、高校3年生(18歳)の時「市街戦の中のジャズメン」で有島青少年文芸賞優秀賞を受賞。小説の中でフリージャズを牽引したサックス奏者オーネット・コールマンについて言及している。二浪の後、國學院大學に合格し20歳で上京。23歳の時に同棲していた彼の恋人(後の妻)は國學院大學を中退し、国分寺のジャズ喫茶に務めた

村上春樹は京都市に生まれ、生後まもなく兵庫県西宮市夙川に転居。一浪の後、19歳で早稲田大学第一文学部に入学した。上京した時期もほぼ一致している。1970年代初頭にジャズ喫茶「水道橋スウィング」の従業員となり、在学中の1974年(25歳)、国分寺にジャズ喫茶「ピーター・キャット」を開店した。小説中にしばしば洋楽のタイトルが登場するのも両者に共通した特徴である。

村上は1979年「風の歌を聴け」と翌年の「1973年のピンボール」で2度芥川賞候補となったが、受賞には至らなかった。一方、佐藤は1981年「きみの鳥はうたえる」、82年「空の青み」、83年「水晶の腕」並びに「黄金の服」、85年「オーバー・フェンス」で5回芥川賞候補となったが一度も受賞出来ず。88年「そこのみにて光輝く」は三島由紀夫賞と野間文芸新人賞の候補になったが、やはり選考委員から佐藤の名が呼ばれることはなかった。1990年(平成2年)妻子を残して自殺(東京にある自宅近くの植木畑で縊死)、享年41歳だった。

佐藤の死の原因を文学賞が受賞出来なかったことに求める論調をしばしば見かける。しかしそれは完全に間違いだ。作家というのは自殺するものである。ノーベル文学賞を受賞した川端康成(ガス自殺)やヘミングウェイ(ライフルで頭を撃ち抜く)もそう。名誉/栄光を受けたどうかは関係ない。作家はみな孤独であり、自己を見つめ身を削る作業なので気も滅入るだろう。他に例を挙げるなら北村透谷、有島武郎、芥川龍之介、太宰治、火野葦平、 三島由紀夫、江藤淳、森村桂(「天国にいちばん近い島」)、野沢尚(「破線のマリス」で江戸川乱歩賞受賞)らも自死している。

佐藤は1977年に自律神経失調症の診断を受け通院を始め(医者の勧めで始めた運動療法=ランニングを題材に「草の響き」が書かれている)、1979年12月9日には睡眠薬による自殺未遂で入院した(その翌月に長男が誕生している)。81年、作家として生計を立てることを諦め函館市に転居。職業訓練校の建築科に入学するが(この時の体験が「オーバー・フェンス」を産んだ)、「きみの鳥はうたえる」が第86回芥川賞候補作となり、翌年3月に東京に戻る。函館と東京を行き来する人生だった。

佐藤の小説を読んでいて強く感じるのは息が詰まるような閉塞感である。行き止まり。「黄金の服」で主人公はヒューバート・セルビーの《ブルックリン最終出口》を読んでいる。しかし結局、彼がその小説を読み終わることはない。出口なし。「オーバー・フェンス」で主人公は草野球のグラウンドに立ち、はるか遠方に見えるフェンスの向こう側に思いを馳せるが、最後までそれを超えることはない。函館を舞台にした小説の空間も閉じているし、東京を舞台にしていても同じだ。「黄金の服」には《今、必要なのは東京から逃げ出すことだ。》という一節が登場する。しかし、東京を抜けだしたとしても主人公が自由になれるわけではない。この感覚はやはり自殺した落語家・桂枝雀の創作落語(「夢たまご」「春風屋」「山のあなた」)と相通じるところがある。

佐藤が18歳(高校生)の時に書いた「市街戦のジャズメン」を支配しているのは焦燥感である。ここ(函館)に自分の居場所はないという苛立ち。しかし大学卒業後1976年に書かれた「深い夜から」は東京の映画館を舞台にした短編だが、やはり主人公は苛立ち、怒り、その場から逃げ出そうとしている。彼が心の安らぎを得られる場所は何処にもない。

佐藤泰志にあって村上春樹にないもの。それは《昭和の匂い》。登場人物たちは無闇矢鱈(むやみやたら)とタバコを吸い(まるで宮﨑駿の「風立ちぬ」みたいだ)、男は平気で女の顔を殴る。ブルーカラーが多いのも特徴だろう。市井の人々のささやかな日常。村上文学には欠如した要素だ。実際、昭和に書かれた村上の「風の歌を聴け」も「羊をめぐる冒険」も全く昭和を感じさせない。

佐藤の小説を読んでいると気が滅入るのは確かである。しかし何か心に引っかかる、琴線に触れるものがあることも間違いない。そしてそれは、僕が村上春樹の小説から一度も感じたことがない感情なのだ(エッセイスト/翻訳家としての村上の才能は高く評価しているのだが)。ちなみに今まで僕が読んだ村上の小説は「風の歌を聴け」「1973年のピンボール」「羊をめぐる冒険」「ダンス・ダンス・ダンス」「ノルウェイの森」「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」「ねじまき鳥クロニクル」「少年カフカ」「1Q84」「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」である。

佐藤の死後出版された未完の連作短編集「海炭市叙景」の最後を飾る「しずかな若者」は暗喩に満ちた逸品だ。別荘地でひとり過ごす19歳の大学生が主人公。彼はジャズとジム・ジャームッシュの映画が好き。設定が非常に村上春樹的で、それまで敗者(Loser)のための文学を書き続けてきた佐藤「らしくない」。しかし丘の中腹にある別荘地の上には墓地が広がっており、主人公は来年ここを訪れることはないだろうと考えているー忍び寄る死の影。彼は車に乗り、丘を下ってゆく。周囲は一旦暗くなり、やがて陽だまりに出るという一歩手前で小説はプツンと終わる。僕にはこの《陽のあたる場所》が、村上春樹の世界を象徴しているとしか想えない。佐藤はそこへ必死に手を伸ばすが、結局届かない。花に嵐のたとえもあるさ、さよならだけが人生だ。生は暗く、死もまた暗い。……彼の小説は痛々しく、そして切ない。

村上春樹と佐藤泰志。同世代でありながら作品の性格は全く異なり、光と影の関係にあると言えるだろう。両者を読み比べ、運命の女神の気まぐれに想いを馳せる時、小説世界はどんどん広がり、多様な色彩を帯びて光り輝くのである。

  • 北海道新聞に掲載された佐藤泰志の長女が語る父親像が興味深い→こちら

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ミュージカル「スコット&ゼルダ」(千秋楽)と村上春樹

11月8日(日)新歌舞伎座へ。「スコット&ゼルダ」を鑑賞。東京に続く大阪公演は2回のみで、この日が大千秋楽だった。

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小説「グレート・ギャツビー」を書いたスコット・フィッツジェラルドとその妻ゼルダ・セイヤーを描くミュージカル。作曲はフランク・ワイルドホーン(「ジキル&ハイド」「スカーレット・ピンパーネル」「ルドルフ 〜ザ・ラスト・キス〜」「モンテ・クリスト伯」「MITSUKO 〜愛は国境を超えて〜」「デス・ノート」)、台本・作詞はジャック・マーフィ(「ルドルフ」「モンテ・クリスト伯」「MITSUKO」「デス・ノート」)。

"Waiting for the Moon"というタイトルで2005年ニュー・ジャージー州で初演され、2012年に"Zelda"というタイトルに変えられノース・カロライナで再演された。今回の日本初演が3番目のプロダクションということになる。

ウエンツ瑛士は1994年劇団四季のミュージカル「美女と野獣」チップ役で役者デビューを果たした。当時9歳。その同じ舞台でヒロイン・ベルを演じていたのが濱田めぐみ。20年ぶりの共演となった。

スコット・フィッツジェラルド夫妻の話なんか、一体誰が興味あるんだ?と想ったが、意外にもよく客が入っていた。考えてみればアメリカ人よりも日本人の方が彼らに関心があるのかも知れない。それは村上春樹の存在が大きいだろう。僕自身、「グレート・ギャツビー」の真の面白さを知ったのは村上春樹の翻訳を読んだからだし、短編「バビロンに帰る」など村上の「ザ・スコット・フィッツジェラルド・ブック」には随分お世話になった。バズ・ラーマン監督がレオナルド・ディカプリオ主演で「華麗なるギャツビー」最映画化を企画した際、スタジオ首脳部は「なんで今さらスコット・フィッツジェラルドを?」と難色を示したが、ラーマンが「日本ではあのハルキ・ムラカミが翻訳を手がけているんだぞ」と説得したというのは余りにも有名な話である。

スコットとゼルダは「痛いふたり」である。狂騒の1920年代《ジャズ・エイジ》に時代の寵児となり、《ロスト・ジェネレーション》の旗手に祭り上げられた彼らは「痛いアメリカ人」を象徴する存在だ。だからアメリカ人の観客としては自分たち恥部をわざわざ好き好んで見たくないという気持ちがあるのではないか?故に本作はブロードウェイに進出することが叶わず、地方都市(片田舎)での上演に甘んじてきた。それが我が国に受け入れられたことの不思議。だって天下のトニー賞で最優秀ミュージカル作品賞を受賞しながら日本で上演されていない作品って沢山有るんだぜ(「ビリー・エリオット/リトル・ダンサー」とか「The Book of Mormon」「Fun Home」などなど)。

スコットとゼルダのソロとデュエット、そしてアンサンブルの合唱/群舞の繰り返しで、構成がいささか単調なのが弱点だが、それでもなんだか切なくて味わい深い愛すべき作品である。楽曲も良い。話が重たいので繰り返しの鑑賞はしんどいけれど。再演があればまたぜひ観たい。

ウエンツは容姿からしていかにもフィッツジェラルドではまり役。歌も及第点。濵田のパフォーマンスに文句はないのだが、「アメリカで最初のフラッパー」と呼ばれたゼルダにしては地味な印象を拭えない。ウエンツとの歳の差も気になったし、この役はもっと若い娘のほうが好ましい。

あと何役もこなした中河内雅貴がイケメンで、ダンスもダイナミックで切れがあった。いいね!

余談だが僕は村上春樹(訳)の「夜はやさし」(Tender Is the Night)が出版されることを長らく待ち続けている(現在どういう状況かはこちらのブログに詳しい)。

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ピリス&メネセス/ベートーヴェンを弾く

11月3日(火)兵庫県立芸術文化センターへ。

ポルトガル、リスボン生まれのピアニスト、マリア・ジョアン・ピリス(ピレシュ)とブラジル生まれのチェリスト、アントニオ・メネセスのデュオを聴く。

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  • ベートーヴェン:チェロ・ソナタ 第2番
  • ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第32番
  • J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲 第2番
  • ベートーヴェン:チェロ・ソナタ 第3番
  • J.S.バッハ:パストラーレ BWV590 第3曲(アンコール)
  • ショパン:チェロ・ソナタ 第3楽章(アンコール)

客席数2001席の大ホールが満席。クレーメル&クレメラータ・バルティカの時とは大違い。

プログラム・ノートにバッハの無伴奏チェロ組曲はチェリストにとって「旧約聖書」と呼ばれていると書かれていて、へ~、じゃあ「新約聖書」は?と調べてみた。どうやらベートーベンのチェロ・ソナタが該当するらしい。

そのチェロ・ソナタ2曲は枯れて、禁欲的。自己を前に押し出すのではなく、お互いに慈しみ合うよう。肩の力が抜けた、滋味に富む演奏だった。

ピリスの独奏については日本の女性ピアニスト(河村尚子と松田華音を除く)に対して感じる弱点と同様の印象を受けた。腕力の問題で力強い打鍵が難しい。彼女が奏でる最後のソナタは厳しさよりも諦念(と受容)が支配的で、祈りの音楽。第1楽章には均整のとれた完全な美があり、第2楽章は人生最後の時を迎えた作曲家が静かに息を引き取るイメージが脳裏に浮かんだ。

メネセスのバッハは朴訥で、慎ましい日々の生活を送る修道士を連想させた。

デュオあり、それぞれのソロありと美味しい演奏会だった。

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ダニエル・ハーディングの幻想交響曲/PAC定期

11月1日(日)兵庫県立芸術文化センターへ。

ダニエル・ハーディング/兵庫芸術文化センター管弦楽団で、

  • ドビュッシー(ラインスドルフ編):「ペレアスとメリザンド」組曲
  • ベルリオーズ:幻想交響曲

ハーディングは2016年9月よりパリ管弦楽団の音楽監督に就任することが決まっている。その名刺代わりか、今回はフランス物のプログラムとなった。

ドビュッシーもベルリオーズも第1、第2ヴァイオリンが指揮台を挟んで向かい合う古典的対向配置。因みに僕が今まで生で聴いた幻想交響曲の演奏では大植/大フィルが対向配置、ロト/読響が通常(モダン)配置だった。

ドビュッシーのオペラから採られた組曲は妖しい雰囲気が漂う。ハーディングの解釈は明晰で見通しがよく、ニュアンス豊か。優しく繊細で絹の手触りがした。後半部になると森の闇(くら)さ、不気味さが支配的となる。

幻想交響曲でハーディングは積極的にテンポを動かす。第1楽章序奏は浮遊感が際立った。この世のものではない感触。主部に入ると小気味良いリズムの刻みが耳をくすぐり、快刀乱麻の演奏が展開される。舞踏会を描く第2楽章は優美で、しかしあちこちでグロテスクな顔がチラチラ覗く。第3楽章「野の風景」は牧歌的な箇所と激しい感情をむき出しにするパートのコントラストが鮮明。前半ではコールアングレ奏でる羊飼いの笛に対して遠く(舞台裏)からオーボエが呼応するが、後半で答えるのは遠雷のみ。ひとりぼっち。不穏である。主人公は静かに狂っていく。第4楽章のハーディングはゆったりとした歩み。考えてみたら「断頭台への行進」なのだから、これでいいのだろう。そして第5楽章、「ワルプルギスの夜」がやってくる。この世界観についてはベルリオーズが愛読した「ファウスト」を知っておく必要がある。またディズニーの「ファンタジア」や「魔法少女まどか☆マギカ」のヴィジュアル・イメージも参考になるだろう。

ハーディングは鋭い切り込みで魔女たちの饗宴、イカれたどんちゃん騒ぎを描き切った。決して主観に陥ることなく、冷静なメス捌きでベルリオーズを腑分けしたと言えるだろう。

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シベリウスと吉松隆、そして宮沢賢治〜関西フィル定期

10月30日(金)ザ・シンフォニーホールへ。

藤岡幸夫/関西フィルハーモニー管弦楽団で、

  • シベリウス:交響曲第6番
  • 吉松隆:ドーリアン
  • 吉松隆:サクソフォン協奏曲「サイバーバード」
    (サクソフォン:須川展也、ピアノ:小柳美奈子、パーカッション:山口多嘉子)
  • 吉松隆:溶けてゆく夢(ソリスト・アンコール)

シベリウス:交響曲第6番についての藤岡による解説は→こちら(公式ブログ)

そして高校生1年生の時にこのシンフォニーに出会い、作曲家になる決意をしたという吉松隆が宮沢賢治「銀河鉄道の夜」との親和性について論じた文章が→こちら(「シベリウスと宮沢賢治」)

「銀河鉄道の夜」はカムパネルラの死やタイタニック号沈没の犠牲となった姉弟が登場するなど仄暗い影に覆われているのだが、これは1922年の妹トシの死が強く影響を与えている(初稿が書かれたのは24年)。また賢治はクリスチャンの斎藤宗次郎と交流があり、初稿にはタイタニック号の場面で賛美歌306番「主よ御許に近づかん」の歌詞が引用されている。

シベリウスの6番は教会旋法(「グリーンスリーブス」でも用いられているドリア旋法)が取り入れられた祈りの音楽だが、やはり作曲の直前に弟クリスチャンの死があった。慰めに満ちた第1楽章はゆったりと開始されるが、そこには律動がある。第2楽章を支配するのは清浄な透明感。夜の森にひっそりと憩う湖のよう。第4楽章で藤岡/関西フィルの演奏は機動力があり、すばしっこい。キツネとかリスの動きを連想した。ちなみにフィンランドでオーロラは「狐火」を意味するレヴォントゥレット(revontulet)と呼ばれており、キツネが走ると尻尾が雪原に触れ、それが火花となって巻き上がり夜空に光となって現れるのだという伝承がある。

吉松最初期の作品「ドーリアン」はストラヴィンスキー「春の祭典」に基づく変拍子で開始され、プログレッシヴ・ロックのカオスに移行。キース・エマーソン(ELP)の「タルカス」を髣髴とさせる。そして最後はシベリウス6番に触発された強烈なドーリア旋法で締め括られる。ハチャメチャで最高!あと途中、吉松らしく鳥の鳴き声も聴こえてきた。

「サイバーバード」はJazzy & Cool。第1楽章【Bird in Colors 彩の鳥】は爽やかな風が吹き抜ける。須川のサックスの音は豪快で尖っている。ジョン・コルトレーンやオーネット・コールマンらのフリー・ジャズ・スタイル。続く第2楽章【Bird in Grief 悲の鳥】は死の床にあった妹の病室で作曲された ここでのサックスは慟哭。ピアノの音は窓を濡らす雨音か点滴のよう。一転して第3楽章【Bird in the Wind 風の鳥】でサックスは天翔ける。何度も聴いている曲だが、今回初めて気がついたのは第2楽章「悲の鳥=ひのとり」は「火の鳥」と同音であり、灰の中から何度でも蘇る不死鳥(フェニックス)のイメージも重ねられているのではないだろうか?因みに吉松の妹は「今度生まれてくるときは鳥がいい」と言い残して亡くなったという。

アンコールの「溶けてゆく夢」は静謐な叙情があり、吉松もうひとつののデビュー作「朱鷺によせる哀歌」(「ドーリアン」同様、ドーリア旋法で書かれている)を彷彿とさせた。

吉松隆が来場しており、藤岡とのプレトークもあり。シベリウスと吉松の音楽に対する藤岡の愛が迸る、中身の濃い演奏会だった。

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