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2015年10月

映画館の中心で、心が叫びたがってるんだ。

「ここさけ」を観た。「心が叫びたがってるんだ。」のことである。映画化もされた大ベストセラー小説「世界の中心で、愛をさけぶ」が「セカチュー」と略されたことを想い出す。今の長澤まさみはエロいけど、あの頃のまさみは最高に可愛かった。閑話休題。

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映画公式サイトはこちら。←映画館で予告編を観た時、正直あざといと想った。小学生の時に言葉を封印された少女。しかし喋れないのに高校のイベントで実行委員に指名される。あり得ないでしょ。無理矢理過ぎる。全く食指が動かなかった。

しかしその僕の心を動かしたのは、死ぬ程好きなアニメーション映画「秒速5センチメートル」を監督した新海誠のツィートだった。

絶賛である。Yahoo!映画のユーザーレビューでも10月27日現在4.23点(5点満点)と高評価だ。因みに「進撃の巨人 ATTACK ON TITAN エンド オブ ザ ワールド」は2.39点、三谷幸喜の「ギャラクシー街道」に至っては1.84点という惨状となっている。

僕は三谷幸喜の舞台が大好きなのだが、「ギャラクシー街道」の評判が壊滅的なので行くのを取りやめ、その代わりに点数が倍以上の「ここさけ」なら大丈夫だろうと漸く決心がついた次第である。また秋元康が作詞し乃木坂46が歌う主題歌「今、話したい誰かがいる」が爽やかでとても素敵な曲だったので、そのことも僕を後押しした。

映画冒頭、小学生のヒロインは山の上のお城に憧れている。しかし実はラブホテルであった。そこから王子様ならぬ彼女の父親が愛人と車に乗って出てくるのを目撃する。その意味するところが判らない彼女は母親にペラペラお喋りしてしまう。

びっくりした。意表を突く設定。これは大人向きだな(少なくとも高校生以上)。小中学生には観せられない。日本のアニメーションの懐の深さに改めて感心した。

本作の主題は言葉である。言葉は時に人を傷つけもし、励ますこともある。両刃の剣である。だから慎重に扱わなければいけない。目の付け所がいい。

催し物ので彼らがやるのがミュージカルというのも嬉しい。ヴィクター・ヤングの「八十日間世界一周」やイギリス民謡「グリーンスリーブス」、ガーシュウィンの「サマータイム」等に新な歌詞が付けられ歌われる。特にクライマックスでベートーヴェンのピアノ・ソナタ「悲愴」のメロディと映画「オズの魔法使い」の主題歌「虹の彼方に」が重ねられ、対位法として扱われるアイディアは秀逸だと膝を打った。

高校の学芸会でミュージカルをするというのは大林宣彦監督の「ふたり」(石田ひかり主演)であったし、「ここさけ」のヒロインが恋する少年が古い家で祖父母と暮らしているという設定はまるで「時をかける少女」(原田知世主演)の深町くんみたいだ。何だか愛おしく、懐かしかった。スタッフの中に熱烈な大林映画ファンがいるのかも知れない。

評価はA-。意外な拾い物だった。百聞は一見にしかずだね。

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ギドン・クレーメル&クレメラータ・バルティカの四季

10月25日(日)兵庫県立文化センターへ。

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ギドン・クレーメル&クレメラータ・バルティカで、

  • アレクサンドル・ラスカトフ:チャイコフスキー「四季」より
    1月:炉端にて、5月:白夜、12月:クリスマス
  • フィリップ・グラス:ヴァイオリン協奏曲第2番「アメリカの四季」
  • 梅林茂:ヴァイオリンと弦楽オーケストラのための「日本の四季」
  • アストル・ピアソラ:ブエノスアイレスの四季
    (レオニード・デシャトニコフ 編)
  • オスカー・ストローク:ダーク・アイズ(アンコール)
  • ワインベルク:ボニファッツィ・ホリデイズ(アンコール)

いまさら言うまでもないがクレーメルはラトビアのリガで生まれたヴァイオリニスト。彼がバルト3国(エストニアラトヴィアリトアニア)の若い音楽家たちの育成を目的に結成したのがクレメラータ・バルティカ室内楽団である。ちなみにチェリストのミッシャ・マイスキーや指揮者のマリス・ヤンソンス、アンドリス・ネルソンスもラトビアのリガ生まれ。ネーメ&パーヴォ&クリスチャン・ヤルヴィ親子はエストニア出身である。また往年の名ヴァイオリニスト、ヤッシャ・ハイフェッツはリトアニア生まれ。つまりクラシック音楽業界において、バルト3国はホットスポットなのだ。

1曲目(チャイコフスキー)はソロなし。弦楽合奏にローランドの電子ピアノと鉄琴が加わる。囁くような「白夜」を経て「クリスマス」は窓の外で雪降り積る中、暖炉の前で家族が憩っているような優しい温もりがあった。最後は録音機が「1月」を再生する趣向も。

2曲目も電子ピアノあり。ここから登場したクレーメルのヴァイオリンは禁欲的で枯淡の境地。グラスのコンチェルトはプロローグと4つの楽章から成り、その合間に無伴奏ヴァイオリンによる間奏曲「ソング」が入る構成。どの楽章がどの季節かは聴き手の感性に委ねられている。僕の印象は第1楽章が雨だれとか雪雫を連想させ、第2楽章が水が湧き、花が開くイメージ。雲雀の鳴き声も聞こえてくる。疾走感のある第3楽章は夜の高速道路を車が行き交っている情景。ビルを出入りする人々を早回しにした映像ーつまりグラスが音楽を担当した1982年のドキュメンタリー映画「コヤニスカッツィ」を想起させる。第4楽章はさらに高速に。僕は木枯らしに舞う落ち葉(秋)を感じたが、吹雪(冬)と捉える人もいるのも頷ける。ワクワクする演奏だった。途中、グラスが過去に作曲した映画音楽「Mishima(緒形拳が三島由紀夫を演じた/日本未公開/後に弦楽四重奏曲第3番となる)」や「めぐりあう時間たち(The Hours)」「フォッグ・オブ・ウォー マクナマラ元米国防長官の告白」などを髣髴とさせる箇所もあって愉しい。

20世紀最高のヴァイオリン協奏曲は?と問われたら僕はコルンゴルトと即答する。次点はベルク。

21世紀だったらこのグラスのコンチェルトだなと確信した。

梅林茂の「日本の四季」(委嘱新作)第1楽章「夏」は「ウッ!」という掛け声が挿入され、夏祭りが描かれる。第2楽章「秋」は物哀しい子守唄。「ちんちん千鳥」のような儚さも感じられた。第3楽章「冬」は雪の中を歩むよう。ただ全体としてメロディ主体で単調なムード音楽みたい。冴えない。僕は梅林が音楽を担当した映画「花様年華」「2046」「グランド・マスター」(以上、香港のウォン・カーウァイ監督)や「LOVERS」(中国のチャン・イーモウ監督)とか観ているけれど、今まで一度も関心したことがないんだよね。

ピアソラはリズムにキレと躍動感があった。「秋」は弦に色気があり、「冬」の哀感が胸に滲みる。ピアソラの名曲「アディオス・ノニーノ」にも似た喪失感。「春」は鬼気迫り、「夏」は弦の波のようなうねりが快感だった。考えてみればクラシック音楽界でピアソラが市民権を得たのもクレーメルやヨーヨー・マのおかげなんだよね。感謝しなくちゃ。それからクレーメルは僕が大好きなニーノ・ロータの普及にも尽力してくれた。

これだけ充実した中身だったのに、観客の入りは6割(大ホール2001席)。唖然とした。コバケンの3大シンフォニーの夕べとか、年末の第九ならキャパ2700席のフェスティバルホールが一杯になるのに……。関西の聴衆の目は節穴か?と暗澹たる気持ちになった。

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シベリウス生誕150年〜篠崎靖男/大阪交響楽団 定期

10月21日(水)ザ・シンフォニーホールへ。

篠崎靖男大阪交響楽団で、

  • 細川俊夫:弦楽オーケストラのためのセレモニアルダンス
  • プロコフィエフ:ピアノ協奏曲 第3番
  • シベリウス:交響曲 第1番

細川の曲はタイトルに「ダンス」が入っているが、西洋のバレエとかダンスホールの音楽とは性質が全く異なり、巫女の舞とか静御前の白拍子、あるいは「古事記」に登場する天の岩屋戸での踊りのイメージに近い。あと武満徹との連続性を感じた。

プロコフィエフのピアノ独奏は日本人の父とハンガリー人の母のもとに生まれた金子三勇士。アクセントを強調し、力強い演奏。聴き応えあり。アンコールはバルトーク:「ハンガリーの5つのスケッチ」より第1曲"トランシルヴァニアの夕べ"。郷愁と共感。そこにはハンガリーの血が脈打っていた。

休憩を挟みシベリウスのシンフォニー。

篠崎靖男は2000年に第2回シベリウス国際指揮者コンクールで第2位となった。ちなみにその時の1位はOlari Eltos(エストニア)。審査員は委員長がエサ=ペッカ・サロネンでほかにオッコ・カム、サカリ・オラモら錚々たる名前が並ぶ。その後篠崎はヘルシンキ・フィルに何度か客演し、フィンランド・キュミ・シンフォニエッタの芸術監督を8年間務めた。現地叩き上げの指揮者である。

第1楽章クラリネットによる仄暗い序奏。主部に入り弦楽器が鮮烈な第1主題を奏でると情熱が迸り、マグマが噴出するよう。愛妻アイノを描いたと言われる第2楽章は慰めと祈り。指揮者・藤岡幸夫が「海賊!」と評した第3楽章には荒々しい波のうねりが感じられた。正にパイレーツ・オブ・カビリアン(地域的にはヴァイキングが相応しいか)。終楽章のカンタービレは弦が唸る。ものすごい熱量だった。

日本人の父とフィンランド人の母のもとに生まれ、世界で初めてシベリウス全交響曲のステレオ録音とデジタル初録音をそれぞれ行った渡邉暁雄の薫陶を受けた藤岡幸夫、そして今回の篠崎靖男。日本には優れたシベリウス指揮者が2人もいて、頼もしい限りである。

さて、音楽監督・児玉宏の勇退により来シーズンから外山雄三が大阪交響楽団のミュージック・アドバイザーに就任する。そのプログラムが発表されたが、予想通りオーソドックスな曲目が並ぶ。詰まらないので来期から僕は定期会員を辞める。ただ唯一嬉しかったのは寺岡清高が指揮台に立つ2016.12.8の定期。コルンゴルト:「雪だるま」&ヴァイオリン協奏曲、ツェムリンスキー:交響詩「人魚姫」という垂涎のプログラム。どうしても一度生で聴きたいと希っていた作品ばかりだ。

僕の知る限り、在阪オケが定期演奏会でコルンゴルトを取り上げるのはこれが史上初ではないだろうか?正に"Heaven, I'm in heaven."🎶と歌い出したい気分。寺岡さん、2017年には是非コルンゴルトの交響曲 嬰ヘ長調もやってください!

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CHESS THE MUSICAL 日本初演

10月19日(月)、シアター・ドラマシティへ。CHESS THE MUSICAL 日本初演・大阪公演初日を観劇。

ABBAのメンバーだったベニー・アンダーソン、ビョルン・ウルヴァースが作曲、原案・作詞は「ジーザス・クライスト=スーパースター」「エビータ」「ライオンキング」のティム・ライス。訳詞・演出は元宝塚歌劇団の荻田浩一(愛称オギー)、音楽監督:島健。出演は安蘭けい石井一孝中川晃教(愛称アッキー)、田代万里生、AKANE LIVほか。

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さてこのミュージカル、僕は過去2回行われたコンサート形式の上演を観ている。

作品の成立に至る背景については2012年のレビューを参考にされたし。キャストについても触れた。

コンサート形式ではなく、今回初めて舞台作品として鑑賞したわけだが、漸くCHESSの真価が判ったような気がした。特に第1幕を締めくくる「アンセム」は桁外れの名曲だと感動で心が震えた(今まで何度も聴いたことがあるのに!)。石井一孝の朗々とした歌唱がひたひたと胸に染み渡る。石井がクラシカルな歌唱なのに対して中川はノリノリのロック調。ソウルフルで熱い。両者の違いがまたこの作品の聴きどころ、魅力になっている。

舞台装置はチェス盤の模様を模して白と黒の市松模様(チェック)。僕はスティーブ・ジョブズの「洗練を極めれば簡素(シンプル)になる」という言葉を想い出した。宝塚時代のオギーの代表作「パッサージュ―硝子の空の記憶―」を髣髴とさせる上手い演出だった。

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CHESSは米ソ冷戦時代のチェスによる代理戦争(ゲーム)を描いているわけだが、テーマが些か古臭くなったかと思いきや、あにはからんや全くそんなことはなく、現代に通じるものを内包していた。国家と国家の駆け引き・対立に翻弄され、盤上でいいように操られ、捨て駒にされる人々の悲劇。増え続ける難民の例を挙げるまでもなく、いつの時代にも起こり得る普遍性がそこにはあった。

シアター・ドラマシティの上階にある梅田芸術劇場では英国版「TOP HAT」が上演中。初日ということもあってかTOP HATのキャストが何人か観に来ていた。日本語は判らなくても、物語を知っているだろうから支障はないんだろうね。

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英国版ミュージカル「TOP HAT」来日公演と映画「カイロの紫のバラ」「グリーンマイル」

ウディ・アレン脚本・監督の映画「カイロの紫のバラ」(1985)のラスト・シーン、ミア・ファロー演じるセシリアは映画館で「TOP HAT」(1935)を観ている。自分の置かれた悲惨な状況を忘れ、フレッド・アステアとジンジャー・ロジャースのダンスに夢中になるセシリア。アステアが"Heaven, I'm in heaven.🎶"と歌っている。曲は"Cheek to Cheek"。そこには「希望」が残る。

またスティーヴン・キング原作、トム・ハンクス主演の映画「グリーンマイル」(1999)では刑務所の中で死刑囚たちがやはりこの"Cheek to Cheek"の場面を観ている。それは正に天国、夢の世界である。

「20世紀最高のダンサーは?」と問われたら、僕は何の躊躇もなくフレッド・アステアと答える。アステアの特徴はズバリ「エレガンス」。これほど上品に踊れる人を他に知らない。「機関銃」に喩えられる高速タップも勿論素晴らしいのだが(実際に「TOP HAT」でアステアは群舞のダンサーたち全員をタップの一斉射撃で倒す)、そんな場面でも彼の上半身は雲の上を漂っているようにフワフワしている。神業である。実はアステアの本領が発揮されるのはひとりで踊る場面ではなく、デュエット・ダンスである。女性のエスコートの仕方が実に洗練されている。その極めつけが「バンド・ワゴン」でシド・チャリシーと公園で踊る"Dancing in the Dark"だろう。ただただ、うっとり見惚れるのみ。未見の方は「ザッツ・エンターテイメント(part 1)」にも収録されているのでDVDでどうぞ。

アステアのライバルとしてしばしば俎上に載せられるのがジーン・ケリー。ケリーはダイナミックでアクロバティックなダンスに特徴がある。力強く男性的なのだ。この二人は本質的に異なるタイプのダンサーである。

さて、2013年「英国ローレンス・オリヴィエ賞」で最優秀新作ミュージカル賞、最優秀振付賞、最優秀衣裳デザイン賞に輝いた「TOP HAT」来日公演を10月16日(金)、梅田芸術劇場で鑑賞した。

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映画の劇中歌は5曲なので、舞台版にはアーヴィング・バーリンが作曲した他の楽曲も盛り込まれている。冒頭はアステアが映画「ブルー・スカイ」(1946)で歌い踊った"Puttin’ on the Ritz"(←このシーンの彼のダンスは凄い!!)。他に「艦隊を追って」(1936)から"Let’s Face the Music and Dance"など。また映画「TOP HAT」には登場しない帽子掛けとの(デュエット?)ダンスはMGMミュージカル「恋愛準決勝戦」(1951)からの引用である(「ザッツ・エンターテイメント」に収録)。

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主演はアラン・バーキットとシャーロット・グーチ。

アランはアステアほどエレガントでないが(この点に於いては現役ダンサーの誰も太刀打ち出来ないだろう。ないものねだりというものだ)、体のキレ、高い跳躍など申し分ない。歌唱力は断然アステアより上。シャーロットは体が柔らかく明らかにジンジャー・ロジャースより優れたダンサーだ。ウエストエンドの底力を感じた。

またホレス役:クライヴ・ヘイワード、アルベルト役:セバスチャン・トルキア、マッジ役:ショーナ・リンゼイ、ベイツ役:ジョン・コンロイなど脇役が実に味があって、さすがイギリスはシェイクスピアの国、演劇大国だなと感心することしきりだった。

最後にカーテンコールのダンスは写真撮影可ということでパシャリ。

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明日海りお 主演/宝塚花組「新源氏物語」「Melodia ー熱く美しき旋律ー」

10月18日(日)宝塚大劇場へ。宝塚花組「新源氏物語」「Melodia ー熱く美しき旋律ー」を観劇。

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「新源氏物語」は田辺聖子原作、柴田侑宏台本、大野拓史演出。1981年初演で今回が3回目の上演となる。

藤壺の女御(花乃まりあ)が光源氏(明日海りお)と夜伽するエピソードから始まり、愛人・六条御息所(柚香 光)の生霊が正妻・葵の上(花野じゅりあ)を呪い殺すオカルトを経て、紫の上(桜咲彩花)との恋、そして二番目の正妻・女三の宮が柏木と通じ不義の子が生まれ、光源氏が因果応報もののあはれを感じるところで幕となる。正に「源氏物語」のハイライト、いいとこ取りである。

先日、冨田勲作曲「源氏物語幻想交響絵巻」をいずみホールで聴いた時、作曲家が「『源氏物語』を読んでいて、光源氏の顔だけがどうしても思い浮かばない」と語っていた。そう、光源氏には実体・存在感が希薄なのである。夢の住人とでも言うべきか、辺りに香の薫りは漂っていても男の体臭がしない。気配しかないのである。

光源氏がしていることは女たらし、ジゴロ、ドン・ファンとさして変わりない。しかし彼はあくまで高貴・品があって、世俗にまみれない。ゼウス(ジュピター)とか、ギリシャ神話に登場する神に近い。ここの塩梅が非常に難しく、生身の男優が演じても上手く機能しない。だから「源氏物語」を題材にした映画、演劇、歌舞伎などで成功例は皆無なのである。そういう意味において「両性具有」とも言える存在の宝塚歌劇の男役でしか表現出来ない世界をこの小説は内包している。

明日海りおは容姿・歌唱力・ダンス力と三拍子揃った男役である。文句のつけようがない。絵巻物から抜け出したような完璧な光源氏だった。

相手役の花乃まりあは老け顔なので、源氏より5歳年上の藤壺が似合っていた。

さらに光源氏と乳兄弟藤原惟光を演じた芹香斗亜が凛とした美青年で良かった。

演出は藤の花が咲垂れる春の情景から始まり、紅葉の秋、桜の春、雪の冬景色と日本の四季が丹念に描かれ、雅やかでとても美しい舞台に仕上がっていた。必見。

中村一徳演出のショー「Melodia ー熱く美しき旋律ー」、黄金郷(エル・ドラード)の場面はどうかと想ったが、全体的には洗練され、可もなく不可もない及第点という印象。安心して観られるマンネリズムとでも言おうか。明日海りおの悩ましい指先の動きに注目!なお柚香 光は美形の男役なのだが、声量がなくダンスに切れもないので、「これで将来、本当にトップになれるの?」と些か不安に感じたことも付け加えておく。

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粟島への旅

藤井フミヤがテレビ「笑っていいとも」で「もう一度訪れたい島」として挙げたのが以下のランキングである。

  1. 粟島(香川県)
  2. イースター島
  3. 屋久島(鹿児島県)

その粟島へ9月に行ってきた。

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車を香川県須田港の無料駐車場に置き、粟島汽船で島へ。二泊したのは一日一組限定の「民宿ぎんなん」。目の前に瀬戸内海が広がり、夜寝ていると波の音が聞こえる。携帯電話の電波は届かない。文明から遠く離れて、なんとものんびりした気分に浸れる。何もない。だから良い。

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夜は幻想的な海ホタルを鑑賞。宿のおかみさんが日中、紐付きの瓶に魚のアラを仕込み海に投擲、暗くなってそれを手繰り寄せると沢山集まっているという仕組み。4歳の息子は大喜びで砂浜を駆け回っていた。

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すぐ近くのぶいぶいガーデンは様々な花が咲き誇り、美しい。ホッコリする。個人のお庭なのだけれど、ご自由にお入りくださいと看板に書いてある。

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高松では有名な「うどん本陣 山田家」や四国村の「わら家」でうどんを食べたが、善通寺市「長田 in 香の香」の釜揚げが抜群に美味しかった。本家本元「長田うどん」より好き。

旅行三日目の夕食は骨付鳥「一鶴」屋島店へ。シルバーウィークということもあってか、駐車場待ちには県外車がずらり。結局、食事にありつけるまで1時間半待ちという大混雑ぶりだった。

その日は屋島山頂にある「ホテル望海荘」に宿泊。僕は以前、仕事で高松に2年半住んでいたのだが、屋島の夜景を見るのは初めて。壮大なパノラマが目の前に広がり、宝石箱のようにキラキラ輝いて想像以上の絶景だった。

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第5回 堀米ゆず子 バッハ&ブラームス プロジェクト

10月4日兵庫県立芸術文化センターへ。

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堀米ゆず子(ヴァイオリン)、デボラ・ペー(チェロ)、津田裕也(ピアノ)ほかで、

  • ブラームス:弦楽五重奏曲 第2番
  • J.S.バッハ:ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ 第3番
  • J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ 第3番

ブラームスは室内楽を書く名手だったが、中でもこのクインテットは極めつけの名曲。

チェロが雄弁で覇気がある。アンサンブルの厚みのある音に魅了された。

パルティータは明朗な音楽。前半のブラームスに比べると後半のバッハは些か低調な印象を受けた。

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「バクマン。」こそ、米アカデミー外国語映画賞日本代表に選ぶべき。

評価:A+

映画公式サイトはこちら

時めいた。青春映画の大傑作。今年の日本映画ベストワンは本作か、「幕が上がる」にするか悩むところだ。

原作・大場つぐみ、作画・小畑健という「DEATH NOTE」コンビの漫画を基に「モテキ」の大根仁が監督を務めた。僕はTV版&映画版「モテキ」が大好きなんだけど、「バクマン。」はモテキを超えたね(自身を持って断言)。

大根作品の常連、新井浩文(漫画家)やリリー・フランキー(週刊少年ジャンプ編集長)が相変わらずいい味出しているが、ジャンプの編集者を演じる山田孝之や主人公の死んだ叔父さんを演じる宮藤官九郎らも秀逸。適材適所。大根監督って脇役(サブキャラ)を生き生きと、魅力的に描くことに長けている。あとライバルの天才高校生漫画家・新妻エイジ役の染谷将太が猫背で、喋り方も完全に映画「デス・ノート」でLを演じた松山ケンイチのパロディになっていて可笑しかった。

「マルサの女」は国税局査察部とはどんな部署で、査察のやり方はどうか、脱税する人間の手口とは?といったことを事細かく見せる映画である。この方法論は周防正行監督の「ファンシイダンス」「しこふんじゃった。」「それでもボクはやってない」などで生かされている(周防監督は「マルサの女をマルサする」「マルサの女IIをマルサする」というメイキング映画を撮っている)。で「バクマン」は2人で漫画を書く時、どういう役割分担をするか、ネームとは何か、ペンはどう使い分けるか、編集者の役割は何か、編集会議ではどんな内容が話し合われるのかといった通常我々が知り得ない、様々な情報を教えてくれる。とても勉強になる。

冒頭で「東宝」のマークが出てくると、サッ、サッという音が聞こえてくる。やがてこれが紙に鉛筆を走らせる音だと判る。本作は「音の映画」である。ペン入れの音、それが次第にリズミカルになって音楽となる。まるでオフ・ブロードウェイ・ショー"STOMP"だ。豪快な音 vs. 繊細な音、ペン入れの音も漫画家によって個性が様々だ。また主人公の高校生二人組(佐藤健神木隆之介)とライバルの染谷将太が等身大のペンを持ち、書いた漫画を次から次へと相手に投げ飛ばすバトル・シーン(イメージ)が iPhoneのスワイプみたいでクール!格好いい。「ペンは剣よりも強し」という格言(17世紀フランスのリシュリュー枢機卿の言葉)を想い出した。この映画にはワクワクするような躍動感がある。

あと「新人漫画家が集まったらキャベツの炒めものを食べるのがトキワ荘以来の伝統だ」という台詞が痺れた(出典は藤子不二雄A「まんが道」)。きっちりと漫画史への目配りがある。

ところで今年、米アカデミー外国語映画賞日本代表に選ばれたのは「百円の恋」。選考委員に申し上げる。アホか。お前らの目は節穴か?

賭けてもいい。「百円の恋」はノミネート5本にすら残れない。昨年のキネマ旬報ベスト・テンでは第8位だぜ!?日本でテッペン取れない映画が国際舞台で勝負できるはずないだろう?そんなことはサルでもわかる。大体、この映画を観た日本人って何人いる?殆どの人が知らない筈だ。

外国語映画賞を受賞した「おくりびと」やノミネートされた「たそがれ清兵衛」には日本固有の文化が息づいていた。描かれていることが外国人にとっては新鮮だったろう。その目新しさが「バクマン。」にはある。漫画週刊誌に穴を開けることなく連載することの大変さ、毎週アンケートで作品の順列が決められ、トップテンから外れると瞬く間に連載終了となる厳しい世界。「バクマン。」こそクール・ジャパンの真髄であり、こういう映画こそどんどん海外に紹介してゆくべきだ。僕はそう確信する。

ただ本作唯一の欠点はヒロイン役の小松菜奈があまりにも綺麗すぎて、声優を目指しているという設定に些かのリアリティも感じられなかったということかな。

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