実写版「進撃の巨人」はトラウマ映画たり得たか?あるいは、《壁とは何か》についての考察
アニメ版「進撃の巨人」については下記記事で語った。
「進撃の巨人」で描かれる壁とは何か?巨人は何を象徴しているのか?は非常に興味深いテーマである。答えは当然一つではない。幾つかの解釈を挙げてみよう。
- 正社員になれず、アルバイトや派遣で働く人、ニートなど若者の閉塞感を「壁」が象徴している。
- 壁=新世紀エヴァンゲリオン(ヱヴァンゲリヲン)におけるATフィールドである。つまり壁の内部は自意識の世界であり、壁の外は他者の領域。壁を破り進入する巨人はエヴァにおける使徒と同義と言えるだろう。また「進撃」エレンの覚醒はEVA初号機覚醒にリンクしている。因みに樋口真嗣監督はエヴァ・シリーズで脚本・絵コンテ・イメージボードなどを担当している。”碇シンジ”の名前の由来が樋口真嗣であることは余りにも有名。
- 漫画「進撃の巨人」担当編集者・川窪慎太郎氏によると、香港では壁=英国植民地時代の国境、巨人=中国(大陸)人と捉えている人が多いという。
- 江戸末期の日本で考えれば壁=鎖国であり、巨人=黒船となるだろう。
- 現在の日本で言えば壁の中=日米安全保障条約によるアメリカの庇護で守られた平和ボケ日本(家畜の安寧・虚偽の繁栄)の象徴であり、壁を突破する=日本国憲法改正・国防軍設立・日米安保破棄と捉えることも可能だ。
- 壁=原子力発電所の安全神話、巨人=大地震・津波。実写版にも「絶対安全じゃなかったの!?」「想定外だ!」という台詞が登場する。
- ミルトン「失楽園」で解釈するなら、壁の中=神に祝福されたエデンの園であり、巨人=サタン(悪魔)ということになる。この場合、エレンとミカサは言うまでもなくアダムとイヴだ。彼らはサタンの誘惑で知恵の木に実る禁断の果実=林檎を口にしてしまう。そして悪の知識を得て、エデンの園から追放される。シキシマが食べる林檎はその知恵の木を示唆している(「デス・ノート」の死神リュークも同様)。ダンテ「神曲」との関連も観逃せない。実写版「進撃の巨人」では《この門をくぐるものは一切の希望を捨てよ》という銘文が読み上げられるが、これはダンテ「神曲」の中で地獄の門に刻まれている。
- 近・現代芸術をより深く理解するための必読書
(ミルトン「失楽園」と町山智浩/諫山創氏の関係性についても言及)
さて、「進撃の巨人 ATTACK ON TITAN」に対する僕の評価はB+。
本作の脚色に参加した映画評論家・町山智浩氏の著書に「トラウマ映画館」がある。彼が主に10代の頃、テレビで観て衝撃を受けた映画について語った名著である。また樋口真嗣監督や原作の諫山創氏はトラウマ映画として「フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ」(監督:本田猪四郎、特技監督:円谷英二)を挙げている(樋口監督が語る「サンダ対ガイラ」は→こちら)。
つまり「進撃の巨人 ATTACK ON TITAN」のスタッフは明らかに「サンダ対ガイラ」のように、本作を観た子どもたちの心の中にトラウマとしてずっと残るような映画を目指したということである。残酷描写で映倫からR15の指定を受けてしまうと15歳以下は観られなくなってしまう。だから繰り返し映倫にフィルムを持ち込みチェックを受けて、PG12のレイティングに拘った。なぜなら親の許可さえあれば小中学生も観ることが可能になるからである。
そして僕は完成した本作を観て、十分トラウマ映画足り得る作品に仕上がったと想った。怪獣映画とゾンビ映画の巧みなリミックス。巨人は躊躇いもなく、気持ち良いくらいヒトをパクパク喰らう。ただ、エグいとか目を覆いたくなるとか前評判を聞いていたのだが、想像した程でもなかった。例えばスプラッターという意味では「サスペリア」の方が強烈だ。ダリオ・アルジェント監督には鮮血の美学があるが、「進撃」の方は彩度を落とし、どす黒い色になっている(恐らく映倫対策なのだろう)。悪趣味だとも想わないし、子どもたちに見せられるギリギリの線で頑張っているなと好感を持った。生身の人間とCG、さらに文楽のように12人がかり(!)で操演する人形(超大型巨人)をハイブリッドした特撮も素晴らしい。ガラパゴス的に日本独自の進化を遂げてきた技術の底力が感じられた。
幼い時から「世界は残酷だ」ということを知るのは悪くないし、世界で一番怖いのは妖怪とか怪獣ではなくて、やっぱり人間なんだよ。
ハンジを演じた石原さとみが最高!シキシマ役の長谷川博己も謎めいていて格好いい。
ただ残念だったのは原作やアニメであった調査兵団の壁外調査で馬を用いるという設定を放棄してしまったことだ。これには事情があって、移動手段を馬にしてしまうと主な俳優たち全員に乗馬の訓練をしなくてはならなくなる。それだけの予算と時間の余裕がなかったということらしい。ハリウッド映画じゃないから仕方ないよね。馬の代わりに登場するのが装甲車なのだが、そうするとこの世界観に矛盾が生じてしまう。装甲車が動くということはガソリンを使用する文明が残っているということだ。じゃあ何故飛行機やヘリコプターがないの?確かにヘリコプターの残骸は画面に登場するが、現在使用する技術がないという説明にはならない。それはおかしいだろう。ちなみに原作・アニメは中世のドイツが舞台らしいのでガソリンで動く乗り物は一切登場しない。立体機動装置はガスボンベに充填したガスの噴射によってワイヤーアクションや移動の加速が可能となっている。
僕は平成ガメラ・シリーズを全て映画館で観て、「特技監督の樋口真嗣という人は凄い!」と感嘆していた。だから彼が監督に昇格した時は大いに期待したものだが、「ローレライ」(2005)は惨憺たる駄作だった。コイツには映像センスの欠片もないと想った。AKB48のMV「真夏のSounds good !」も酷かった。ところが、「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q」で併映された短編「巨神兵東京に現わる」を観て考えが一寸変わった。面白かったのである。「ローレライ」「日本沈没」「隠し砦の三悪人(リメイク)」「のぼうの城」と監督に進出してからの彼は怪獣映画を撮っていない。だから本領を発揮出来ていないのではないか?と感じた。そして怪獣映画「進撃の巨人」の登場となる。遂にその日は来た。僕は十分満足したし、2016年公開予定の「ゴジラ」にも大いに期待してまっせ!!
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