《特別》であることの恍惚と不安〜「響け!ユーフォニアム」論
今回は上記記事に続く完結編、いわば「響け!ユーフォニアム」論の集大成である。第十一話「おかえりオーディション」を中心に語っていきたい。
第八話で麗奈は親友(となった)久美子に「私、特別になりたいの」と言う。そしてコンクールに出場するメンバーを決めるオーディションの日を迎え、吹奏楽部顧問の滝先生はトランペット・ソロに1年生の麗奈を指名する。しかし同パート3年生の香織先輩や、彼女を慕う2年生の”リボンちゃん”こと、優子はその結果に納得出来ない。やがて赴任前から滝先生と麗奈が顔見知りだったことが判明し、審査が公正ではなかったのではないかと生徒達に疑心暗鬼が広がる。そこで滝先生はオーディションのやり直しを提案する。僕は当然、マルちゃん(丸谷明夫先生)が考案した「淀工方式」でやるのだろうと想った。具体的にはこうだ。
オーディションの審査は生徒全員で行う。審査員は後ろ向きに座り、候補者の顔を見ない。候補者は名前でなく番号で呼ばれ、一言も喋らず演奏する。全員が吹き終わると審査員は自分が良かったと思う奏者に後ろ向きのまま挙手し、多数決で決める。先入観に左右されず純粋に音だけで選ぶやり方なので、あくまでフェアであり、禍根を残すことはない。
しかし滝先生は淀工方式を敢えて選ばなかった。審査する生徒は前を向いたまま麗奈と香織先輩のどちらが吹いているか認識出来る。そして候補者の目の前で決を採る。つまり誰が手を上げたのか本人に判るやり方だ。
音を聴けばどちらが上手いか歴然としている。しかし多くの生徒達は香織先輩に遠慮して麗奈に手を挙げることが出来ず、久美子ら2人だけ。一方、香織先輩には優子を含め同情票が2票入る。そこで滝先生はすかさず香織に問う。「あなたはどうしますか?」と。答えはひとつしなない。優子を含めその場にいる全員が(言わないだけで)真実を判っているのだから。
驚いた。何とも残酷で、鮮やかな采配である。つまり滝先生は香織自身の口から敗北宣言をさせるのだ。「私は凡人です。《特別》ではありませんでした」と。これは一種の公開処刑であるとも言えるだろう。初めから負け戦と判っていても、それでも挑まざるを得なかった。香織は紛れもない侍であった。滝先生が果たした役回りはさしずめ、切腹の介錯である。死に場所を与えてやることで香織の魂は見事成仏出来たのだ。恐らく日本人にしか理解出来ない美学であろう。「粘着イケメン悪魔」で意地悪な滝先生に心底惚れたぜ!
日本の「響け!」ファンの間では、第八話と第十一話のどちらが神回かという熱い議論が日々交わされている。しかし海外のファンの反応は大きく異なる。彼らにとって香織や、その親衛隊の優子はただ「ウザい」存在であり、「負け犬(Loser)は引っ込んでろ!」の大ブーイングなのだ。特にアメリカは敗者を切り捨てる非情(合理的)な社会であり、勝ち負けを曖昧にして弱き者に「もののあはれ」を感じ、散りゆくものの美しさを愛でる日本人の感性(「忠臣蔵」はその典型)とは決定的に異なる。お国柄の違いが垣間見れて、興味深い現象であった。
最後に、第一話「ようこそハイスクール」の僕が大好きな場面について触れておこう。主人公である久美子は高校に入学して、吹奏楽部に入ろうかどうしようか迷っている。そこへクラスメートの葉月がチューバのマウスピースを購入して、学校の教室で一生懸命音を出そうと奮闘している姿を見かける。やり方を教える久美子。彼女の脳裏には小学生の頃、トロンボーンを吹いている姉から指導を受けてユーフォニアムのマウスピースで初めて音が出せた時の懐かしい想い出が浮かぶ。その時、同じクラスメイトの緑輝が一緒に吹部に入りませんか?と誘う。素直に「うん」と答える久美子。とても自然な流れで、楽器を演奏したことがある人間には必ず思い当たる節がある、心に響くエピソードだ。音を奏でる歓びーこの物語の真髄である。
京都アニメーションは「響け!ユーフォニアム」で前人未到の高みに到達した。そんな《特別》なアニメをみすみす逃す手はない。悪いことは言わない。DVD/Blu-rayを購入もしくはレンタルして、誰も見たことのなかった風景を直ちに目撃せよ!
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