« 朝夏まなと(主演)宝塚宙組「王家に捧ぐ歌」と、その寓意。 | トップページ | シリーズ《映画音楽の巨匠たち》第4回/追悼ジェームズ・ホーナー »

2015年6月23日 (火)

ベルリン・フィルの危険な賭け

2018年で勇退が決まっているサイモン・ラトルの後任となるベルリン・フィル首席指揮者に漸くロシア出身のキリル・ペトレンコ(43歳)が決まった。この人事は揉めに揉めた。ベルリン・フィルは団員が首席指揮者を投票で選ぶが、5月に行われた総会では123人の団員の意見が割れて議論が11時間にも及び、「今回は決定できず」「将来の方向性を巡って根本的な意見の隔たりがあった」と結論が先送りされていた。真偽の程は定かでないが、その時に有力候補と取り沙汰されたのはラトビア出身のアンドリス・ネルソンス、ドイツのクリスティアン・ティーレマン、ベネズエラのグスターヴォ・ドゥダメルらである。

フルトヴェングラーカラヤンの時代からこのオケのシェフはベートーヴェンやブラームスなどドイツ音楽を得意とすることが必須であり(アバドラトルはこの条件をクリアしていた)、レパートリーの点ではティーレマンが適任かと思われたが、「保守的でベルリン・フィルには適さない」と否定する奏者と、伝統的スタイルを志向する者との隔たりが埋まらなかったとみられている。僕は重苦しいテンポの守旧派・生きた化石=ティーレマンが大嫌いだから、団員の総意を断固支持する。

首席指揮者決定の一報を聞いて、僕を含め日本のクラシック音楽ファンの大半の反応は「ペトレンコって一体、誰??」だった。寝耳に水、狐につままれたような感じ。来日経験のない彼の実演を聴いたことがある人は殆どおらず、発売されているCDもごく僅かなのである。膨大なナクソス・ミュージック・ライブラリー(NML)に入っているのはスークの交響詩「人生の実り」「冬の夕べの物語」を収録したアルバムとプフィッツナーの歌劇「パレストリーナ」全曲の2点のみ。Amazonなどで検索するとショスタコーヴィチの交響曲を積極的に録音しているヴァシリー・ペトレンコという指揮者がヒットするのだが、全くの別人なので要注意!勘違いしている人が続出している。

そこでしっかり調べてみた。キリル・ペトレンコは18歳の時、地元オムスク(シベリア連邦管区)でオーケストラのコンサートマスターを務めていた父親がオーストリアで職を得たことを切っ掛けに移住、ウィーン国立音楽大学で学んだ。2013年よりバイエルン州立歌劇場の音楽総監督を務め、バイロイト音楽祭では「ニーベルングの指環」を振っている。

ベルリン・フィルへのデビューは2006年、その時のプログラムはバルトーク/ヴァイオリン協奏曲第2番(独奏:テツラフ)とラフマニノフ/交響曲第2番。2009年にはベートーヴェン/ピアノ協奏曲第3番(独奏:フォークト)、エルガー/交響曲第2番、2012年の定期ではストラヴィンスキー/詩篇交響曲、スクリャービン/法悦の詩、そして28歳の時に第一次世界大戦で戦死したドイツのシュテファンの曲という凝ったプログラムであった。2014年12月にはマーラー/交響曲第6番を振る予定だったがキャンセルしている(代役はハーディング)。たった3回の共演、しかもベルリン・フィル得意のドイツ物(メインストリーム)はベートーヴェンのコンチェルト1曲のみという経験で、果たしてシェフとして適任と判断出来るのであろうか?大いに疑問が残る。

そもそも過去100年の歴史を振り返ってみてもムラヴィンスキー、ロジェストヴェンスキー、コンドラシン、スヴェトラーノフ、キタエンコ、フェドセーエフ、ゲルギエフなどロシアの指揮者でベートーヴェンやブラームスを得意とする人は皆無である。それともペトレンコの場合、18歳からウィーンで学んでいるので稀有な例外なのだろうか?

カラヤンはその生涯でベルリン・フィルとベートーヴェン/交響曲全集を4回録音した。ブラームスの全集は3回である。しかし21世紀を迎えた現在、CDは全く売れずインターネットによる映像配信サービス(デジタル・コンサートホール)などに主力が移行している(はっきり言う、CDなんてとっくの昔にオワったコンテンツだ)。だから最早、ベルリン・フィルはドイツ物に重きを置いていないのだろう。彼らは新しい風を求め、未知数の才能に賭けた。吉と出るか凶と出るかは誰にも判らない。でも失敗したって別にいいじゃない。フルヴェンやカラヤンみたいに一指揮者が生涯シェフを務める時代じゃないのだから。

| |

« 朝夏まなと(主演)宝塚宙組「王家に捧ぐ歌」と、その寓意。 | トップページ | シリーズ《映画音楽の巨匠たち》第4回/追悼ジェームズ・ホーナー »

クラシックの悦楽」カテゴリの記事

コメント

私もこの選択にびっくりしました!早速デジタル・コンサートホールのアーカイブでチェックしました。
指揮は巨匠風ではなく、体を大きく使った熱狂的なもので、スクリャービンには圧倒されましたし、エルガーはとても美しかったです。
BPOの挑戦的な選択に注目したいなと思いました。

(私はちょっと広上さん風だな、なんて思いました。)

投稿: jupiter_mimi | 2015年7月 4日 (土) 22時56分

jupiterさん、コメントありがとうございます。20世紀の音楽を得意とする指揮者であるのは確かなようですね。ただベートーヴェン、ブラームス、ブルックナーの3Bはどうなのか?全く未知数です(広上さんも古典派は得意じゃないですしね)。その辺りは客演指揮者におまかせでいいのか?など色々興味が尽きないところです。

投稿: 雅哉 | 2015年7月 6日 (月) 12時28分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ベルリン・フィルの危険な賭け:

« 朝夏まなと(主演)宝塚宙組「王家に捧ぐ歌」と、その寓意。 | トップページ | シリーズ《映画音楽の巨匠たち》第4回/追悼ジェームズ・ホーナー »