《音楽史探訪》ヴォーン・ウィリアムズの田園交響曲あるいは、バターワースへの音の手紙〜藤岡幸夫/関西フィル 定期
第一次世界大戦が始まった1914年、レイフ・ヴォーン=ウィリアムズは41歳になっていた。兵役を逃れることが出来たにもかかわらず義勇兵として入隊。王立砲兵守備隊の少尉に任命された。砲火の爆音に長期間晒されたことが後の難聴の原因となった。田園交響曲(交響曲第3番)は大戦が終結した1918年から21年にかけて作曲された。軍隊で聴いたラッパ手の吹く音型が、ナチュラルトランペットにより第2楽章に登場する。またこの楽章最後には(可能なら)ナチュラルホルンを使用するよう指示も書かれている。
彼には13歳年下の友人がいた。作曲家のジョージ・バターワースである。ふたりは度々イングランドの田園地帯に民謡の採譜に出かけた。バターワースはヴォーン・ウィリアムズがロンドン交響曲(交響曲第2番)を仕上げる際にも協力している。
第一次世界大戦が勃発するとバタワースは志願して従軍し、フランスのソンムの戦いで狙撃され戦死した。享年31歳だった。
バターワースの代表作に「シロップシャーの若者 A Shropshire Lad」という管弦楽曲がある。これは元々イギリスの詩人A・E・ハウスマン(1859-1936)が1896年に出版した抒情詩集「シロップシャーの若者」を歌曲集として出版したもので、その一曲"Loveliest of trees(世界で最も〚うっとりするほど〛美しい花)"の旋律が引用されている。次のような歌詞だ。
Loveliest of trees,the cherry now
Is hung with bloom along the bough,
And stands about the woodland ride
Wearing white for Eastertide.Now,of my threescore years and ten,
Twenty will not come again,
And take from seventy springs a score,
It only leaves me fifty more.And since to look at things in bloom
Fifty springs are little room,
About the woodlands I will go
To see the cherry hung with snow.世界で最も美しい花 桜は今
枝いっぱいに花で飾られている
そして森の馬車道の脇に立ち並ぶ
復活祭の季節の白い服を身に纏って僕の人生が70年として
20歳の時はもう二度と戻らない
70回訪れる春から20を差し引くと
あと50回かそこらくらいしか残っていないこの花の盛りを見るには
50回分の春なんてあっという間だ
森へゆこう
雪のような花に彩られた桜を見るために
この詩が言わんとすることは、カルペ・ディエムCarpe Diem(その日を摘め)/メメント・モリMemento Mori(死を想え)ということだ。詳しくは下記記事に書いた。
つまり「今」という時は二度と訪れないのだから、その日その日を悔いが残らないよう精一杯生きろということである。
夭逝したバターワースの生涯を想うと、この詩は切実に響く。そして間違いなくヴォーン・ウィリアムズの田園交響曲にはバターワースへの哀悼の気持ちが込められている。
田園交響曲といえば誰もがベートーヴェンの第6番を思い浮かべるだろう。しかし両者には決定的違いがある。ベートーヴェンのシンフォニーからは田舎の人々の息遣いが聴こえ、賑やかな踊りが活写される。ところが一方、ヴォーン・ウィリアムズの描く田園風景には誰もいない。目の前にはフランス古戦場の風景が静かに広がっているだけだ。第4楽章にはソプラノによる(歌詞のない)ヴォカリーズが登場するが、僕にはそれが無人の野に吹く寂しい風の音のように聞こえる。あるいは死者を弔うレクイエムと言い換えても良いだろう。作曲家が「スロー・ダンス」と形容した、全篇の中では比較的活気がある第3楽章はまるで死んだ兵士たち(亡霊)の踊りだ。戦車の姿もそこに幻視出来る。
なお余談だが、天才指揮者カルロス・クライバーはコンサートで好んでバターワースのイギリス田園詩曲 第1番を取り上げた。恐らくカルロスが生涯で振った唯一のイギリス音楽である。この曲はバイエルン州立(国立)歌劇場におけるカルロスの追悼コンサートでも指揮者なしで演奏された。閑話休題。
シベリウスに献呈されたヴォーン・ウィリアムズの交響曲第5番は第二次世界大戦中の1943年6月24日、ロンドン市民がドイツの空爆を恐れる日々を過ごす最中に作曲者自身の指揮で初演された(プロムスで有名なロイヤル・アルバート・ホール)。暴力的な不協和音と緊張感に包まれた第4番とは全く性格が異なり、第3番同様に(一見)穏やかな作風である。二つの大戦に跨がる第3番と第5番はある意味、姉妹のようなシンフォニーと言えるだろう。読者の皆さんはそこに、作曲家のどういう想いを見出すのだろうか?
さて、6月12日(金)、ザ・シンフォニーホールで藤岡幸夫/関西フィルハーモニー管弦楽団の定期演奏会を聴いた。曲目は、
- ブラームス:ピアノ協奏曲第2番
(独奏 横山幸雄) - シューベルト:即興曲 変ト長調 Op.90-3(ソリスト・アンコール)
- ヴォーン=ウィリアムズ:田園交響曲(交響曲第3番)
(ソプラノ独唱 岩下晶子)
コンチェルトは力強く剛気、毅然としたブラームス。また爽やかな第1楽章を聴きながら、僕はブラームスが交響曲第2番などを作曲した避暑地、ヴェルター湖畔ペルチャッハの風景が脳裏に浮かんだ。写真はこちら。そして終楽章のロンドは実に軽やかで、花が舞い落ちていくようなイメージ。
さて、お待ちかねの田園交響曲である。ソプラノのヴォカリーズはクラリネットで代用されることもあるそうだ。またナチュラルトランペットとナチュラルホルンのパートも現代楽器が使用される場合が多いのだが、藤岡は徹底して作曲家の願いに寄り添った。あっぱれである。
プレトークで藤岡は「僕は若い頃、『ヴォーン・ウィリアムズなんてつまんねーなー』と思っていました。年をとって最近漸く良さが判ってきた。今ではこの田園交響曲とシベリウスの第5番のふたつが一番好きなシンフォニーです」と。「田園交響曲は暗いです。でも優しくて誠実。芝居がかったところが全くない。ヴォーン・ウィリアムズの音楽には(ショスタコーヴィチのような)皮肉とか怒りがないのです」そして第1楽章は「曇り空」、第2楽章は「挽歌」、第3楽章は「モンスター」、第4楽章は「慰めと祈り」と評した。
藤岡の指揮は丁寧に、慈しむように音を紡いでいく。第1楽章は静謐で透明感があり、心が洗われるようだった。第3楽章スケルツォは空恐ろしい音楽のように響いた。そして終楽章、ソプラノはまずステージより一段高いオルガン席に立って歌う。それはまるで美しい子守唄のようで、何だか懐かしかった。そして終盤、弦楽器群がつかの間ユニゾンで奏でる部分に、僕は作曲家の悲痛な心の叫びを聴いた。最後のヴォカリーズは舞台裏から歌われ、音楽は静かに虚空へと消えていった。魂が震えるような演奏だった。
藤岡さん、次は是非(東京シティ・フィルだけではなく)関西フィルでもヴォーン・ウィリアムズの5番を振ってください。切にお願いします。そして出来うることなら藤岡さんのバターワースも聴いてみたいなぁ。
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