映画「アメリカン・スナイパー」あるいは「羊」と「狼」、「番犬」の関係性について
評価:A
この映画を巡って、日本の左翼や右翼が「これは好戦的作品だ」「いや、反戦映画だ!」と喧しい。アホくさ。結論から言うと、そのどちらでもない。まずクリント・イーストウッド監督の政治的立場から考察してみよう。
アメリカは共和党と民主党の二大政党制である。共和党は保守主義であり、銃規制反対、妊娠中絶反対、不法移民反対、死刑制度存続の立場を取り、キリスト教福音派から絶大な支持を得ている(ゆえに同性愛者に対して否定的意見を持つ者が多い)。リンカーン、ニクソン、ブッシュ親子などの大統領を輩出した。一方の民主党はリベラル派であり、銃規制強化、中絶自由化、同性愛容認、不法移民容認、宗教多様化容認、死刑廃止などを掲げる。フランクリン・ルーズベルト、J・F・ケネディ、カーター、クリントン、オバマらの大統領を輩出した。
ハリウッドの映画人は圧倒的に民主党支持者が多い。ハリウッド大手映画会社役員の約60%がユダヤ人であることも一因だろうし、共和党ジョセフ・マッカーシー上院議員による赤狩り(マッカーシズム)により、辛酸を嘗めた過去も大きいだろう(ハリウッド・テン)。「ハリウッドの共和党員は、クリント・イーストウッド、チャールトン・ヘストン、マイケル・J・フォックス、アーノルド・シュワルツェネッガーの4人しかいない」というジョークがあるくらいだ。”裏切り者”エリア・カザン監督が名誉賞を受賞した年のアカデミー賞授賞式は大荒れに荒れた。
因みにチャールストン・ヘストンが生前、全米ライフル協会会長を務めていたことはアカデミー賞を受賞したドキュメンタリー映画「ボーリング・フォー・コロンバイン」で描かれている通りである。
クリント・イーストウッドは2012年に共和党大会に登場し、演説の中でオバマ大統領を批判した。彼はカリフォルニア州公認の共和党員であるが、面白いことにヴェトナム戦争やイラク戦争などに反対している。また妊娠中絶や同性婚についても擁護する立場を取る。彼は中間地点=グレーゾーンにいる。
「アメリカン・スナイパー」はアメリカ海軍特殊部隊SEAL所属の狙撃手クリス・カイルの自叙伝が原作である。
主人公が少年時代を回想するシーンで父親が言う「世の中には羊(sheep)と狼(wolves)、番犬(sheepdogs)と3種類の人間がいる」という台詞はこの映画のテーマに直結する。羊=反戦主義者であり狼=好戦的人間/タカ派、そして番犬とは治安を守る人間/監視人のことを指す。イーストウッドは少なくとも番犬を肯定している。羊だけでは治安を維持できない。狼に蹂躙され、人々は不幸のどん底に落とされるだけだ。番犬の存在は必要不可欠である。しかし、だからといって彼がジョージ・W・ブッシュ大統領の対テロ戦争を決して支持しているわけではないのが面白い。一筋縄ではいかない、ある意味不気味なところである。「俺達は番犬のつもりでイラクに行ったけれど、いつの間にか狼になってしまっていたんじゃないか?」と、本作は問う。世界は白か黒、右か左、戦争か平和の二元論で割り切れるもんじゃない。そんなに単純ではないのである。それを象徴するのが主人公の4回目のイラクへの派遣。激しい砂嵐に襲われ、敵も味方も識別不能になる。全ては混沌(カオス)に帰結する。「これが、テロとの戦いの本質だ」とイーストウッドは淡々と語るのだ。
イーストウッドは第二次世界大戦の硫黄島の戦いを題材に「父親たちの星条旗」をアメリカ側から、「硫黄島からの手紙」を日本側からの視点で描いた。彼は一方を正義、対する一方を悪と決めつけたりしない。常にニュートラルな立場(中間地点)にいる。その姿勢が「アメリカン・スナイパー」でも貫かれているのだ。
入隊後の教官による訓練(シゴキ)の激しさは「愛と青春の旅だち」や「フルメタル・ジャケット」を思い起こさせる。そしてアメリカン・スナイパーとイラク側のスナイパーの一騎打ちの物語へとなだれ込む。ある意味、往年の西部劇(ガンマン vs. ガンマン)を彷彿とさせる展開だ。そういったエンターテイメント要素を盛り込みながら、作品の本質は全く別のところにある。クリント・イーストウッド、実にしたたかな映像作家である。
以下余談。「アメリカン・スナイパー」の最後にエンニオ・モリコーネが作曲したFuneralという音楽が流れる。映画「続・荒野の一ドル銀貨」からの流用である。モリコーネは「荒野の用心棒」「夕陽のガンマン」(セルジオ・レオーネ監督)など若き日のイーストウッドが主演したマカロニ・ウエスタンの音楽を担当しているが、恐らくイーストウッドが監督した映画に彼の音楽が流れるのはこれが初めてではないだろうか?昨年、「ハリウッド・レポーター」誌はモリコーネが過去にイーストウッドから作曲依頼があったことを明かし、断ったことを後悔していると伝えた。久々の邂逅。感慨深いものがある。
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