« 21世紀に誕生した青春映画の金字塔「幕が上がる」 | トップページ | 映画「フォックスキャッチャー」あるいは、アメリカ人のマッチョ信仰についての考察 »

2015年3月11日 (水)

映画「くちびるに歌を」あるいは、大林映画×二十四の瞳×サウンド・オブ・ミュージック

評価:B+

Kuchi

映画公式サイトはこちら

考えてみたら新垣結衣が出演する映画やドラマを観るのはこれが初めてだ。いまさらだけれどガッキー、可愛いね。

三木孝浩監督の「陽だまりの彼女」は恋愛映画を偽装した化け猫映画であり、大林宣彦監督「HOUSE ハウス」へのオマージュを高らかに歌い上げる作品であった。続く「ホットロード」は大林映画「彼のオートバイ、彼女の島」への挑戦状であったわけだが、残念な失敗作に終わった。監督の大林映画への想いはこちらで熱く語られている。

で長崎県・五島列島で撮られた「くちびるに歌を」も大林映画へのオマージュで溢れている。ガッキーがフェリーに乗っている姿が映画のファースト・ショットだし、少年が自転車を押しならが海沿いの坂道を少女と歩く場面があるが、これは明らかに「さびしんぼう」の再現であろう。ガッキーがピアノを弾く場面を観ながら、「そうそう、『大林映画はピアノ映画だ!』と看破したのは映画評論家の石上三登志(故人)だったなぁ、それにしても『ふたり』で石田ひかりがシューマンのノヴェレッテを弾く場面は迫力があった」などと懐かしく想い出していると、な、な、なんと、映画中盤にガッキーの死んだ母親役として石田ひかりが登場。オルガンを鳴らし始めたではないか。僕は「ウォォー!、キターッ!!」と映画館の暗闇で思わず叫びそうになった。

心に太陽を持て。
あらしが ふこうと、
ふぶきが こようと、
天には黒くも、
地には争いが絶えなかろうと、
いつも、心に太陽を持て。

くちびるに歌を持て、
軽く、ほがらかに。
自分のつとめ、
自分のくらしに、
よしや苦労が絶えなかろうと、
いつも、くちびるに歌を持て。

(詩:ツェーザル・フライシェン、訳:山本有三)

山本有三(著)「心に太陽を持て」単行本は大林宣彦監督が解説を書いている(こちら)。そして大林映画「なごり雪」にも「心に太陽を持て」が引用されているのだ。

「くちびるに歌を」のプロットは基本的に「二十四の瞳」を踏襲している。島に女性教師がやってきて、子どもたちと歌う。そして生徒たちにはそれぞれ様々な家庭的問題を抱えている。「くちびるに歌を」の子どもたちの人生は過酷だ。映画は最後まで彼らに救いを与えない。それでいい。そして(それでも)人生は続くのだ。

また「サウンド・オブ・ミュージック」との関連性も指摘できるだろう。あのミュージカルも合唱コンクールに出場する話だからね。小高い丘でガッキーが子どもたちに合唱の指導をする場面は「ドレミの歌」を彷彿とさせるし、クライマックスで合唱の和が広がっていくのは「エーデルワイス」@フェルゼンライトシューレだ。上に掲載したポスターに写っている子どもたちが7人であることにも注目!

五島列島の風景が美しい。爽やかないい映画だ。ただ合唱コンクールの本番で回想シーンになる演出は安易(ベタ)だと想った。三木監督の今後に期待する。

|
|

« 21世紀に誕生した青春映画の金字塔「幕が上がる」 | トップページ | 映画「フォックスキャッチャー」あるいは、アメリカ人のマッチョ信仰についての考察 »

Cinema Paradiso」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/212850/61259417

この記事へのトラックバック一覧です: 映画「くちびるに歌を」あるいは、大林映画×二十四の瞳×サウンド・オブ・ミュージック:

« 21世紀に誕生した青春映画の金字塔「幕が上がる」 | トップページ | 映画「フォックスキャッチャー」あるいは、アメリカ人のマッチョ信仰についての考察 »