シリーズ《音楽史探訪》パブロ・カザルスと鳥の歌
チェロの名曲「鳥の歌」といえば20世紀を代表するチェリスト=パブロ・カザルス(1876-1973)と不可分である。しばしばカザルス作曲と記載されるが、元は彼の故郷スペイン・カタロニア(カタルーニャ)の民謡である。トレモロの序奏(弦楽アンサンブル版ではそれにハーモニクス=倍音奏法が加わる)と終結部のみカザルスの創作と言える。有名な演奏としては1961年にジョン・F・ケネディの前で弾いたホワイトハウスコンサートCD(モノラル)がある。
1939年スペイン内乱でフランコ独裁政権が樹立されるとカザルスは故国を捨てフランスに亡命、さらにプエルトリコへ拠点を移す。そしてフランコ政権を認める国では一切演奏しないと宣言した。1971年、94歳になったカザルスは「私の生まれ故郷カタロニアの鳥たちは、空に舞い上がるとピース(peace)、ピース、ピースと鳴くのです」と国連でスピーチをし、14年ぶりに一般聴衆の前で「鳥の歌」を披露した。その肉声と演奏はこちらで聴くことが出来る→You Tubeへ。今にも止まるんじゃないかという位ゆっくりしたテンポで奏でられ、魂を絞り出すように全身全霊を傾けた熱い演奏。正に慟哭・絶唱とも言うべき白鳥の歌となっている。この曲を弾く時彼は鳥となり、望郷の想いを胸に遥か上空から古里を見守っていたのだろう。そして2年後、カザルスは亡くなった。内戦後祖国で使用を禁じられていたカタルーニャ語が公用語として認められるのはフランコの死後、1978年のことである。
ナクソス・ミュージック・ライブラリー(NML)で聴けるカザルスの録音は1936年、1950年、1956年のものがある。
1936年7月、ナチス・ドイツ主導のベルリン・オリンピックに対抗してスペインの(カタルーニャ州都)バルセロナで平和と民主主義を標榜した人民オリンピックが企画され、各国から多くの選手団が市内に集まった(バルセロナはオリンピック開催予定地として立候補したがベルリンに敗れた)。開会式でカザルスはベートーヴェンの「第九交響曲」を指揮することになっていたが、その前日のリハーサル中にフランコ将軍が反乱を起こし、人民オリンピックは中止になった。そして月日は流れて1992年、バルセロナ・オリンピックが遂に実現し、その閉会式でヴィクトリア・デ・ロス・アンヘレスが「鳥の歌」を歌った。なお彼女の「鳥の歌」はナクソス・ミュージック・ライブラリーで聴くことが出来る→こちら。
今回、「鳥の歌」について色々調べていて驚愕の事実を知った。何と原曲はクリスマス・キャロルだったのだ!物哀しい曲調やカザルスのエピソードから考えて、まさかそんな明るい歌だとは想像だにしなかった。次のような歌詞である。
こよなく喜ばしい夜
至高の光が
輝く様子を見て
鳥たちは歌いながら
祝いに集う
甘やかな声をたずさえて
(スペイン)カタシロワシが
空高く舞う
調べもよく歌いながら
こう告げるー「イエス様がお生まれだ
我らを罪から救い
喜びを与え給うために」
この後、これに答えてスズメ、ムネアカヒワ、ナイチンゲール、ツグミなど鳥たちが救世主の誕生を祝福し歌う。NMLではクリスマス・キャロル(合唱)版も聴くことが出来る。こちらや、こちら。カタロニアの人たちにとって「鳥の歌」は平和を願う祈りの曲だったのだ。
スペイン内戦の悲劇はピカソの「ゲルニカ」を産み、映画ではビクトル・エリセ監督の名作「ミツバチのささやき」やギレルモ・デル・トロ監督のダーク・ファンタジー「パンズ・ラビリンス」 として結実した。またアーネスト・ヘミングウェイは通信社の特派員として内戦を取材し、その経験を基に小説「誰がために鐘は鳴る」を執筆、1943年にゲーリー・クーパーとイングリッド・バーグマン主演で映画化された。イングリッドが「鼻は邪魔にならないの?」と言うキス・シーンは余りにも有名。「鳥の歌」を聴く時、僕の脳裏にはそんなことどもが走馬灯のように駆け巡るのである。
さて読者の皆さん、「鳥の歌」をめぐる冒険は如何でした?
メリー・クリスマス!
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