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2014年8月

2014年8月31日 (日)

明日海りおにノック・アウト!〜宝塚花組「エリザベート」/オールタイム・ベスト・キャストも選考。

僕は1998年宙組公演以降、宝塚で上演された「エリザベート」全組の公演をライヴで観ている。だが今回ほどチケット入手に苦労したことは未だかつてなかった。宝塚友の会の第1次、第2次抽選に落選(それぞれ4公演申し込んだ)。e+、チケットぴあの先行にも落選。開始10分で全日完売した一般発売日も当然玉砕。オークションではチケット1枚が10万円に高騰。一時は「こりゃもう駄目だ、万策尽きた」と諦めかけた。最早、当日券に賭けるしか道はなかった。

8月28日(木)、気合を入れて早朝起床し、宝塚大劇場に午前3時半に到着。その時点で既に当日券に15人くらい並んでいた。5時には優に50人を超え、タクシーで乗り付ける猛者(もさ)も。6時で100人くらい、7時に200人を超え、発売開始の9時半には明らかに400人以上並んでいた。果たして全員が(立見券を含め)チケットを手に入れられたのかどうかは不明である。恐るべし、明日海りお。僕は2階ながらも無事にS席をゲット。

Eri

兎に角、明日海りおに尽きる。宝塚史上、最も美しく妖しいトート。とてもこの世の者とは想えなかった。幽玄のひと……つまり、死神そのものだったということである。こんな風に感じたのは生まれて初めて。彼女だったら命を奪われてもいい、死のくちづけを喜んで受け入れよう。本気でそう想った。その立ち姿や1幕最後に銀橋に横たわっているポーズのなんと魅惑的なこと!ウットリして感嘆のため息が漏れた。

エリザベートの蘭乃はなはこれが退団公演となる。歌唱力に難のある彼女は蘭寿とむと同時退団して欲しかったというのが僕の偽らざる心境である。そりゃ宝塚娘役トップになった限りは、この大役をやりたいという気持ちは分かるけどね。男役主体の歌劇団において、娘役がタイトルロールになるのはこの作品しかない。しかし、不安定なヴィブラートなんだか単に声が震えているんだか不明の歌い方はいただけないし、「私だけに」の最後の高音は完全に外れていた。お粗末。確かに彼女は美人だが、ゾフィーの台詞じゃないけれど(宝塚には)「綺麗な女なんてたくさんいるわ!」である。

皇帝フランツ・ヨーゼフは専科の北翔海莉。顔が大きいしヴィジュアル的に今ひとつなのだけれど、とにかく歌が素晴らしい。気持ちがこもっていて、聴き惚れた。That's TAKARAZUKA ! 歴代フランツの中でもベストではないだろうか?最初に登場した場面の(母親の言いなりで)オドオドした態度も上手かった。

ルキーニ役の望海風斗は及第点。演技がいっぱいいっぱいという感じ。

ルドルフは役替りで、僕が観たのは柚香 光。美形の男役で格好良かった。ただ踊りは余り得意じゃないみたい。

あと今回の公演は衣装も良かった。最後のショーで明日海りおが「最後のダンス」を歌う場面、それを取り囲む娘役の衣装が洗練されて美しかった。続く男役の群舞も意表を突く金色の燕尾服がイカしていた。

最後に、僕が考える宝塚版「エリザベート」オールタイム・ベスト・キャストを選出してみよう。

  • エリザベート 花總まり(96年雪組、98年宙組)、次点:白羽ゆり(07年雪組)
  • トート 明日海りお(14年花組)
  • 皇帝フランツ・ヨーゼフ 稔 幸(96年星組)&北翔海莉(14年花組)
  • 暗殺者ルイジ・ルキーニ 轟悠(96年雪組)、次点:霧矢大夢(05年月組)
  • 皇太后ゾフィー 出雲綾(96年星組、98年宙組)
  • 皇太子ルドルフ 朝海ひかる(98年宙組)&柚香 光(14年花組)
  • ルドルフ(少年時代) 月影 瞳(96年星組)
  • ヴィンディッシュ嬢 陵あきの(96年星組、98年宙組)
  • エルマー 和央ようか(96年雪組)

ちなみに96年雪組版はDVDとスベシャル ガラ・コンサート(生)で、96年星組版はDVDで鑑賞した。本当にエリザベートさえ別人ならば、今回の花組公演が究極のベストになったかも知れないのに、と惜しまれる。

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2014年8月30日 (土)

ラモン・オルテガ・ケロ オーボエ・リサイタル

7月6日(日)兵庫県立芸術文化センターへ。

1988年スペイン生まれのオーボエ奏者、ラモン・オルテガ・ケロを聴く。ピアノはアニカ・トロイトラー。ケロは滅多に1位を出さないことで知られるミュンヘン国際コンクールで優勝。40年ぶり、史上3人目の快挙であった。過去の優勝者にはあのハインツ・ホリガーもいる。

  • サン=サーンス:オーボエ・ソナタ
  • シュンケ:アンダンテとボレロ
  • プーランク:オーボエ・ソナタ
  • シューマン:幻想小曲集
  • ファリャ(A.タルクマン編):恋は魔術師
  • ボルヌ:カルメン幻想曲

ケロの奏でる音色は優美でキラキラしている。サン=サーンスには朝の爽やかさ、澄んだ空気感があった。第3楽章では音が五線譜の上を軽やかに転げまわる。

シュンケの曲は凡庸。

プーランクは誰も居ない草原に風が吹いている様な光景が目に浮かんだ。もの寂しく深い情感が、優しく聴衆を包み込むかのよう。

シューマンは元々クラリネットとピアノのために書かれたもの。抒情的、たおやかでまことに美しい。

ファリャはダイナミックなピアノ、キレのあるリズムに魅了された。スペインの熱い血が滾るのが感じられた。

「カルメン幻想曲」には情念と色気があった。超絶技巧、離れ業の連続が圧巻だった。

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2014年8月25日 (月)

STAND BY ME ドラえもん

評価:B+

Stand

最初「ドラえもん」を3DCGにすると聞いた時は「アホか!」と一蹴した。紙の上に書いた絵でしか、あの味は出せないと考えたからだ。しかし実際に完成した作品を観てみると意外と違和感がなく、すんなり受け入れられた。

公式サイトはこちら

僕が「ドラえもん」に出会ったのは小学校2年生の時だった。同じクラスだったOくんが「この漫画面白いよ。読んでみる?」と貸してくれたのが発売されたばかりの〈てんとう虫コミックス〉第1巻だった。学校ではなく我が家に持ってきてくれた記憶があるので、多分僕の誕生日会か何かではなかったのだろうか。それから自分のお小遣いで新刊が発売されるたびに購入し、夢中になって読んだ。第6巻に収録された「台風のフー子」や「さようなら、ドラえもん」はポロポロ泣きながら読んだことを今でも鮮明に覚えている。しかし本の売れ域が好調だったために第7巻「帰ってきたドラえもん」に続くことになる。Oくんとは高校が別々になって以降疎遠になったが、彼のお父さんは開業医で、彼自身も国立大学医学部を卒業して医師になったと風の便りに聞いた。

ドラえもんは結局、小学校高学年くらいで読まなくなった。ドラえもん映画も一度も観たことがなくて、今回のSTAND BY MEが初体験となった。

3Dの立体感が素晴らしい。またタケコプターで空高く飛翔したり、未来都市で宙に浮いた車が疾走する場面などスピード感、臨場感があった。

共同監督と脚本を兼務した山崎貴は過去に「ALWAYS 三丁目の夕日」「BALLAD 名もなき恋のうた」「SPACE BATTLESHIP ヤマト」「friends もののけ島のナキ」などを監督している。だからSTAND BY MEという英語がくっついているわけだ。しかしこう並べてみてみると、マンガやアニメが原作の映画が多いね。次回作は「寄生獣」だし。

山崎の映画は「ALWAYS 三丁目の夕日」シリーズもそうだけれど、《泣かせ》に走り過ぎでウンザリ/ゲンナリするという批判の声も少なくない(「おぞましい」と酷評する人もいる)。確かにあざといのだが、僕はそれが嫌じゃなかった。同世代の共感とでも言うか彼が本作に込めた想い(ドラえもんへの愛情)が僕には理解出来るし、素直に涙を流すことが出来た。やっぱり幼少期にドラえもんと一緒に時間を過ごした想い出があるからで、世代や体験が異なると、この映画に対する印象もグッと違ってくるのかもしれない。それは致し方のないことだ。つまり僕はこの映画が大好きだし感動したけれど、貴方はそうじゃないかもしれない。普遍化することは無理。そういうことだ。映画館でも泣いている大人が多かったけれど(僕のすぐ横にひとり座リ観ていた40歳くらいの男性は後半ずっと嗚咽していたのでちょっと引いた……)、ある中学生の女の子は上映が終了し明るくなると「全然泣けなかった。期待したのと違っていた」と両親に訴えていた。

宮﨑駿監督「となりのトトロ」でサツキとメイがまっくろくろすけ(ススワタリ)が出たと大騒ぎしていると、引越を手伝いに来たカンタのおばあちゃんが「小ちぇー頃には、わしにも見えたが…そうか、あんたらにも見えたんけぇ。」と言う場面がある。

そうなのだ。小学生の頃、僕にはドラえもんが確かに見えたし、彼は大切な友達だった。でもいつしか成長してドラえもんにサヨナラを言い、やがて大人になった。そしてドラえもんが見えなくなってしまった。STAND BY MEを通して、僕はそのことを再確認した。

つい先日、「ドラえもんカラー作品集」〈てんとう虫コミックスペシャル〉をAmazon.co.jpで購入し、3歳の息子に読み聞かせた。彼は今、熱心にその本を眺めている。ドラえもんは親子2代にわたり友だちになってくれて、SFの楽しさ、奥深さを教えてくれている。

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2014年8月23日 (土)

「アナと雪の女王」とエリザベート(ミュージカル)

ディズニー映画「アナと雪の女王」の勢いが止まらない。興行成績ではピクサーの「トイ・ストーリー3」を凌駕し世界で最もヒットしたアニメーション映画となり、日本でも観客動員数歴代2位の「タイタニック」を超え、第1位「千と千尋の神隠し」に迫っている。既にDVD・ブルーレイが発売され、こちらも数々と記録を塗り替えている。しかし、まだ一部の映画館では上映中。日本語吹き替え版の松たか子と神田沙也加の評価も高く、サウンドトラックCDやダウンロード版も飛ぶように売れている。

アイドル評論家で作家の中森明夫氏が独自解釈で「アナ雪」を論じるも、あるタブーに触れたため「中央公論」から掲載拒否されたことでも話題になった。

僕は概ね、中森氏に同意する。ディズニーが王子様の価値を否定したことも、エルサとアナが一人の女性の内にある二つの人格だというご意見も至極ごもっとも、仰る通りである。見事な論評だ。ただし、以下(引用)の箇所はいただけない。

本来、映画のテーマ曲はクライマックスに流れるものだろう。ところが『レット・イット・ゴー』はアナが救済される最終盤ではなく、前半部にエルサが王国を追放されてたった一人、山奥で自らの魔力を全開にするシーンで流れるのだ。

これは余りにもミュージカルに対して無知な人の発言だ。例えば同じディズニー映画「美女と野獣」のタイトル曲や「アラジン」の”ホール・ニュー・ワールド”(いずれもアカデミー歌曲賞受賞)は物語の半ばで歌われる。舞台ミュージカルの場合は基本的に二幕ものだが、「ウエストサイド物語」の”トゥナイト”や「ファイ・フェア・レディ」の”踊り明かそう”、「ラマンチャの男」の”見果てぬ夢”、「キャッツ」の”メモリー”や「オペラ座の怪人」のタイトル曲も全て第一幕で歌われる(映画版も前半部)。つまり”ありのままで”が劇中で歌われる位置はミュージカルの常套手段なのだ。何も特別なことじゃない。

ここで僕はウィーン・ミュージカル「エリザベート」(現在、宝塚大劇場で上演中)と「アナと雪の女王」の類似点について指摘しておきたい。まず主人公の身分が似ている。かたやオーストリア皇后であり、かたや女王である。そしてどちらも国を治めるトップとして自我を抑えるという責務を拒否し、自由を希求する。「エリザベート」の代表曲”私だけに”(やはり第一幕で歌われる)の歌詞、

鳥のように解き放たれて
光めざし夜空飛び立つ
でも見失わない
私だけは

は、明らかに「アナ雪」の”Let It Go(ありのままで)”と全く同じ内容を歌っている。力強い曲調も似ている。歌の途中で朝日が昇ってくるシチュエーションもそっくりだ。

エルサが皇帝一族のしきたりに束縛されたエリザベートに相当するのだとしたら、妹のアナは結婚する前のシシィ(=エリザベートの愛称)だ。エリザベートは継母の皇太后ゾフィーに対し「馬に乗ります!」と宣言して却下されるが、アナは宮殿で自転車に乗っている。幼い日のアナはエルサが魔法で作った氷の山から転落するが、これは「エリザベート」でシシィが綱渡りしている途中に落っこちるエピソードに呼応している。またアナ&ハンス王子=バカップルによるデュエットは、エリザベートにフランツ・ヨーゼフが求婚する場面を彷彿とさせる。アナとハンスは「私たちは よく似てるわ」と歌うが、「エリザベート」では息子のルドルフがママに「僕たちは似たもの同士だ」と歌う(しかし実際には全然似ていない)。

こうして比較していくと、「アナ雪」がミュージカル「エリザベート」を徹底的に研究し、参考にしたことがよく分かるだろう(「知らなかった」とは言わせない)。ただどうしてそのことに今まで気付かれなかったのかというと、「エリザベート」が主に上演されているのはドイツ=オーストリア=ハンガリー圏と日本であり、ニューヨークやロンドンなど英語圏で上演されていないため、殆ど知られていないことが幸いしたと言えるだろう。

誤解のないよう申し添えておくが、僕は「アナ雪」が「エリザベート」を模倣したと非難しているのでは決してない。「アナ雪」の楽曲は大好きだし、そういう参照は芸術作品にしばしばあることだ。シェイクスピアの「ロミオとジュリエット」もそれに基づくレナード・バーンスタイン作曲のミュージカル「ウエストサイド物語」もどちらも傑作だし、オペラ「蝶々夫人」とミュージカル「ミス・サイゴン」、そしてオペラ「ラ・ボエーム」とミュージカル「RENT」の関係性も同様である。

世界中の女性達が「アナ雪」に感動し、自我に目覚め、これから「ありのままで」生きていくことだろう。大いに結構。僕は彼女たちにエールを送りたい。ただし、自由を得ることと引き換えに、その代償も払わなければならないこともお忘れなく。ひとりで旅を続けたエリザベートの晩年は孤独だったし、「アナ雪」のエルサも最後は人生の伴侶を得ることもなく、一人ぼっちだ。

「アナ雪」の共同監督のひとり、ジェニファー・リーはディズニー長編アニメ53作目にして“初”の女性監督となった。劇中のナンバー「生まれてはじめて」でフランスの画家ジャン・オノレ・フラゴナールが描いた「ブランコ」という絵画が登場する。

Anna
(「アナ雪」バージョン)

       ↓

B
(オリジナル版;ちなみに後方でブランコを引っ張っているのが貴婦人の夫、前方で寝そべり、スカートの中を覗いているのが彼女の愛人とも解釈出来る)

実はこの絵、トニー賞を受賞したミュージカル「コンタクト」のコンセプト・アートとしても使用されているのだ。

「コンタクト」の振付・演出をしたのはスーザン・ストローマン。彼女は2001年に「プロデューサーズ」でトニー賞の最優秀ミュージカル演出賞を受賞した。これは1998年に「ライオンキング」でジュリー・テイモアが受賞したのに続き、女性演出家として二人目の快挙であった。だから当然、この絵を使用したことはアナの奔放さを象徴するのと同時に、スーザン・ストローマンに対するリスペクトの意味もあるのだろう。

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2014年8月20日 (水)

「ミュージック・サプリ」田代万里生 篇

8月1日いずみホールへ。

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田代万里生(テノール)のコンサートを聴く。1984年生まれ。東京芸術大学音楽部声楽科を卒業し、24歳の時「マルグリット」でミュージカル・デビューを果たした。ミュージカルは基本的にマイクを使用するので、生歌でのリサイタルは今回が初めてだそう。ピアノは、テノール歌手だった田代の父の伴奏も務めていたという御邊典一。ちなみに”万里生”はマリオ・デル・モナコから名前をとったそう。

田代が出演した舞台を観劇した感想は下記に書いた。

さて今回のプログラムは、

一部  日本歌曲 日本の花・恋・心

  • 紫陽花【わがうた】より(作詞:北山冬一郎 作曲:團伊玖磨)
  • くちなし【ひとりの対話】より(作詞:高田三郎 作曲:高野喜久雄)
  • サルビア(作詞:堀内幸枝 作曲:中田喜直)
  • 砂山の(作詞:石川啄木 作曲:中村太郎)
  • 初恋(作詞:石川啄木 作曲:越谷達之助)
  • お六娘(作詞:林柳波  作曲:橋本國彦)
  • ひぐらし【わがうた】より(作詞:北山冬一郎 作曲:團伊玖磨)
  • さとうきび畑(作詞 & 作曲:寺島尚彦)
  • 歌曲『あんこまパン』(作詞:林望 作曲:伊藤康英)

     第一楽章  信じてくれないだろうなぁ、
     第二楽章  【材料】
     第三楽章  サンドイッチ用のパンに・・・

第二部  西洋歌曲・カンツォーネ・オペラ・オペレッタ・ミュージカル

  • 妖精の瞳(作曲:ルイージ・デンツァ)
  • 恋する兵士(作曲:エンリコ・カンニオ)
  • カタリ・カタリ(作曲:サルヴァトーレ・カルディッロ)
  • 私のお父さん  オペラ『ジャンニ・スキッキ』より 
    (作曲:ジャコモ・プッチーニ)  
  • ヴィリアの歌    オペレッタ『メリー・ウィドウ』より
    (作曲:フランツ・レハール)
  • メリー・ウィドウ~ピアノメドレー(作曲:フランツ・レハール)
  • Piano (「Memory」Italian ver.)ミュージカル『キャッツ』より 
    (作曲:アンドリュー・ロイド=ウェバー)
  • 音楽に寄せて(作曲:フランツ・シューベルト)    
  • グラナダ(作曲:アウグスティン・ララ)

アンコールは、                        

  • Simpatia (作曲:田代万里生)
  • アメージング・グレイス
    (作詞:ジョン・ニュートン & 岩谷時子 作曲:不明)

客席の9割以上が女性。いずみホールが初めてという人が多いようで、「綺麗なホールねぇ」という感嘆の声をあちらこちらで聞いた。今までにない雰囲気で、男性トイレが空いていたこと!

田代が浴衣姿で登場すると、僕の隣に座っていた女性が連れの友達に「な、可愛いやろ!」と耳打ちしていた。なお彼は「アナと雪の女王」でブレイクした神田沙也加とミュージカル「ファンタスティックス」で共演し、一時期彼女との交際が報道されたこともある。

さすが本格的声楽の勉強をした人だけに声量豊かで張りがあった。また発音がはっきりしていて、ヴィブラートが過剰なクラシック界の歌手と違い、歌詞が聴き取りやすい。言葉を大切にしているな、と感じられた。

「サルビア」の歌詞は

サルビアは赤い花だわ
その花は血の色だわ

という風に女性言葉なのだが、田代が昔聴いた男性歌手は

サルビアは赤い花だぜ

と歌詞を変えていて、すごく違和感があったという(場内爆笑)。彼はそのまま歌った。

「初恋」と「砂山の」は石川啄木の同じ詩を使用した異曲。聴き比べが愉しい。

「お六娘」は浄瑠璃風。村の若い衆が娘にちょっかいをかけるが、振られるというおもろい曲。

團伊玖磨は「ぞうさん」の作曲家だという紹介も。「ひぐらし」は初めて聴いたが、いい曲だね。ちなみに「蜩(ひぐらし)」って秋の季語なんだって。僕はあの物悲しい鳴き声が好きだ。

田代はアンドレ・プレヴィン作曲のオペラ「欲望という名の電車」日本初演でオペラ歌手デビューしたが、その時共演したテノール歌手・経種廉彦(いだねやすひこ)の想い出も語った。彼が経種と初めて出会ったのは父の留学先イタリアを訪ねた8歳の時。スポーツカーに乗って颯爽と現れて、格好良かったという。経種がリサイタルでよく歌っていたのが「さとうきび畑」。そのアレンジが好きで楽譜を探したが見つからなかった。するとなんと今回伴奏を務めた御邊が経種とも仕事をしたことがあって、楽譜を持っているという。それは手書きで未出版だったことが判明した。「ざわわ ざわわ ざわわ」という歌詞がまるで波のように耳に心地よく、自然と涙が流れた。感動的アレンジだった。

「あんこまパン」はサンドイッチ用のパンにバターとあんこ(こしあんに限る)を塗り、マヨネーズ(キューピーに限る)をかけるというレシピを延々と9分間、3楽章に分け歌う、なんともユーモラスな曲。爆笑に次ぐ爆笑の連続技でお腹が痛くなった。これ最高!

「妖精の瞳」のルイージ・デンツァは「フニクリ・フニクラ」の作曲家。「カタリ・カタリ」は稀代のテノール歌手エンリコ・カルーソーのために書かれた。

「私のお父さん」を男性歌手が歌うのは初体験だったが、甘い声に魅了された。

Pianoはサラ・ブライトマンがアルバムにイタリア語で収録したもので、ミュージカル「キャッツ」〜メモリーの歌詞を別の内容に完全に変えたもの。日本語では「静けさ」という意味。

田代が出演したオペレッタ「シューベルトの青春」から「音楽に寄せて」。こちらは日本語で。

自作のピアノ独奏曲Simpatia(共鳴)は久石譲風。久石さんの完成度と比べると聴き劣りするけれど、ピアノの腕前は久石さんより上だった!(ちなみに僕は久石譲コンサートには5回以上足を運んだ)

アメージング・グレイスはピアノ抜きのアカペラで。こちらもさすがに上手かった。

なお田代は9月に開催されるメルビッシュ湖上音楽祭ガラ・コンサートで司会を務めることが決まっているという。

僕は今までアンジェラ・ゲオルギューや森麻季など(美人)女性歌手のリサイタルは聴きに行っていたが、考えてみると男性歌手はフィッシャー=ディースカウ以来かも(25年ぶり!?)。

軽妙な語り口や田代くんの気さくな人柄に魅了されたし、何より凝った選曲が卓越していた。また行きたい。ただ次回はもっともっと、ミュージカルのナンバーを歌って欲しいな。特に貴君が歌う「ファンタスティックス」のTRY TO REMEMBERを是非もう一度聴きたいんだ。

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2014年8月18日 (月)

バッハ・オルガン作品全曲演奏会 Vol.5「美しき短調、そして大フーガ」

7月4日(金)いずみホールへ。

フランスのオルガニスト、ダニエル・ロートの演奏でオール・バッハ・プログラム。

  • プレリュードとフーガ ト短調 BWV535
  • コラール「人はみな死すべきさだめ」
  • 「アダムの堕落によりてことごとく腐れたり」
  • 「汝、平和の君、主イエス・キリストよ」
  • 「おお主なる神よ、汝の聖なる御言葉は」
  • コラール・パルティータ「キリストよ、汝真昼の光」
  • フーガ ハ短調 BWV574
    (休憩)
  • ファンタジー ハ短調 BWV1121
  • 「キリストは死の縄目につながれたり」
  • 「キリストを われらさやけく頌め讃うべし」
  • トリオ・ソナタ 第2番 ハ短調 BWV526
  • 「来ませ、造り主なる聖霊の神よ」
  • 「主イエス・キリストよ、われらを顧みて」
  • 「われ汝に別れを告げん」
  • ファンタジーとフーガ ト短調 BWV542

いずみホール音楽ディレクター・磯山雅さんとの対談でロートはバッハのオルガン曲は調性によって全く違う世界が広がる、特にト短調は劇的だと。

彼が創りだす音色は多彩で、摩訶不思議な光景が目の前に立ち現れる。その演奏はキリリとして決然と歩み、ゆるぎない。特にコラールはさながら万華鏡の如し。手廻し(ストリート)オルガンか、はたまたシンセサイザーか?といった音色にハッとさせられた。宇宙的荘厳さから素朴な信仰心まで、彼はオルガンから無限の可能性を引き出す。僕が連想したのはアンドレイ・タルコフスキーの「惑星ソラリス」だった(映画の中でバッハのオルガン曲も使用されている)。

プログラム最後の「ファンタジーとフーガ」は亡くなった先妻への追悼と、新婦を迎える歓びが表現されているという説があるという(会場からは笑いが起こった)。ファンタジーは威圧的で、どんどん音色が変化してゆく。これは紛れもなくバッハ最高傑作の一つだと想った。

アンコールはコラール「装いせよ、おお、魂よ」BWV654だった。

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2014年8月12日 (火)

梅團治憧れの東西二人会〜柳家喬太郎の段

7月27日(日)天満天神繁昌亭へ。

  • 桂小梅/犬の目
  • 桂梅團治/切符(梅團治 作)
  • 柳家喬太郎/小言幸兵衛
  • 内海英華/女道楽
  • 柳家喬太郎/夜の慣用句(喬太郎 作)
  • 桂梅團治/鴻池の犬

小梅は梅團治の息子。さすがに顔や声が似ている。

鉄ちゃんの梅團治。大好きな鉄道に関する新作落語を手がけた初期は独演会のアンケートで「二度とするな」と書かれたとか。「切符」で駅員が酔っ払いに絡まれる件は明らかに「住吉駕籠」の模倣。先が読めるので余り愉しめない。大阪駅から出発し、東京駅まで東海道本線の駅名を連呼していく場面がハイライト。

喬太郎はマクラで志ん生の弟子だった古今亭志ん馬(先代、八代目)の想い出噺を。「小言幸兵衛」は「風が吹けば桶屋が儲かる」みたいな発想の飛躍がバカバカしくて可笑しい。滑稽噺なのだけど、最後は芝居噺の要素も加味される。

英華は正調「愛宕山」に落語「らくだ」に登場する”かんかんのう”を終いまで披露(落語ではさわりの部分しか登場しない)。最後は相撲の櫓(やぐら)太鼓を三味線で再現。珍しいものが聴けて貴重な体験だった。

再び登場した喬太郎は人間国宝に認定された柳家小三治についてボソリ一言。これが場内爆笑だったのだが、残念ながらここには書けない(本人からも「Twitterなどで呟くな」と釘を刺されたので)。新作「夜の慣用句」はスケベで「ダメ人間万歳!」みたいな業の肯定があって、やっぱりいいね。

梅團治の「鴻池の犬」は従来と違うサゲだったので驚いた。

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2014年8月10日 (日)

映画「Godzilla ゴジラ」あるいは、伊福部昭とスピルバーグへのオマージュ。

評価:A

Godzilla__2014

ハリウッド版「ゴジラ」は一度、1998年にローランド・エメリッヒ監督で映画化された。ゴールデンラズベリー賞で最低作品賞、最低監督賞など5部門にノミネートされ、最低リメイク賞、最低助演女優賞に輝いた。主演したマシュー・ブロデリックは2001年のトニー賞で共同司会を務めたネイサン・レインからゴジラに出演したことをネタにされ、散々バカにされた(その年はふたりが主演したミュージカル「プロデューサーズ」が賞を総なめにした)。ぼくはこれを封切り時に観たが、脱力と落胆で映画館の座席で深々と嘆息した記憶が鮮明に残っている。

今回のリブート(再起動)版で監督を務めたのは1975年イギリス生まれのギャレス・エドワーズ。未だ30代の若さである。初の長編映画「モンスターズ/地球外生命体」(2010)が高く評価され、いきなり第2作目にして超大作「Godzilla ゴジラ」を任された。次回作は「スター・ウォーズ」のスピンオフ(2016年12月公開予定)の監督が決まっている。さらに「ゴジラ」の世界的大ヒットで続編製作も決まり、そちらも彼がメガフォンを取る。このハリウッド・ドリームは斬新な形式の映画「メメント」がプロデューサーの目に止まり、「バットマン・ビギンズ」に大抜擢されたクリストファー・ノーランのことを思い出させる。

ギャレスは東宝で製作されたゴジラ・シリーズのDVDを全作購入し観たというマニアで、本作は1954年の第1作に対する敬意に満ちている。例えば渡辺謙演じる芹沢猪四郎の名前は第1作に登場する芹沢博士と本多猪四郎監督をミックスさせたもの。54年版はビキニ環礁で水爆実験の犠牲になった第五福竜丸事件に衝撃を受けて製作され、核兵器に対する警鐘と、東京大空襲の悪夢の記憶が刻印されている(映画が撮影されたのは敗戦からたった9年しか経過していない)。今回のハリウッド版は日本での原子力発電所事故から始まり、街が津波に襲われる場面もあったりして明らかに3・11を意識して撮られている。また芹沢の父親は広島で被曝したという設定だ。そしてオリジナル版同様にゴジラ(Godzilla)=怒れる神(God)の化身としての役割をしっかり果たしている。「ゴジラ」の魂(spirit)は見事に継承されたのだ。また新怪獣ムートーはガメラ・シリーズに登場するギャオスを彷彿とさせる。平成ガメラ・シリーズを手がけた金子修介監督はキネマ旬報の記事で次のようにコメントしている。「当然ガメラ見たろ、ギャレス……いいんだけどね。」

本作を観て感心するのはギャレスの映像センスである。ゴジラの全体像を見せるまでの焦らし方、怪獣を捉えるカメラのアングルにただならぬ才気を感じさせる。

あと可笑しかったのは本作で彼はスティーヴン・スピルバーグへのオマージュもちゃっかり捧げているのである。例えば映画の冒頭、芹沢がフィリピンの炭鉱をヘリコプターで訪れる俯瞰ショットは「レイダーズ/失われたアーク《聖櫃》」におけるエジプトの発掘現場の場面を想起させる。また「Godzilla ゴジラ」の主人公が父と原発事故後の《放射能汚染エリア》に潜入するが、実はそれはフェイクと分かり防護マスクを外した直後に軍に拘束され、基地に連行される一連の場面は「未知との遭遇」そっくりである。ゴジラ登場までの焦らし方は「ジョーズ」みたいだしね。

さらにアレクサンドル・デスプラ(フランスの作曲家)による音楽には驚かされた。短い旋律の執拗な繰り返し=オスティナート技法。これは明らかに伊福部昭の音楽へのリスペクトである。だからといって決して模倣に終わらず、オリジナリティーを兼ね備えているのが凄い。興奮した。

フルCGで造形したと感じさせない、新生ゴジラのクオリティも高い。着ぐるみ同様の重量感がある。歩いた時に足がブルルンと震える質感も見事に再現されている。

ただ本作を観てムートーとの格闘でゴジラは彼の必殺技、青白い「放射熱線」をどうして最初から使わないのか?と疑問の声が上がるかも知れない。まぁそれは怪獣映画のお約束、「放射熱線」を使用した瞬間に試合終了なのだから野暮なことは言いなさんなと申し上げたい。それでも納得がいかないという御仁には、こう論理的な説明(へ理屈?)をしておこう。ゴジラにとって放射熱線を口から放出するのは射精みたいな行為なんだね。だから怒り(興奮)が頂点に達さないと放出出来ない。連射も出来ない。ギャレスは明らかにそのつもりで描いている。最後にメスのムートーを倒す場面も何のメタファーなのか歴然としているしね。ビロウな話で恐縮です。

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2014年8月 5日 (火)

柳亭市馬・柳家喬太郎 二人会@トリイホール

7月21日トリイホールへ。

  • 桂小鯛/ちりとてちん
  • 柳家喬太郎/宗漢
  • 柳亭市馬/大工調べ(半ば)
  • 柳亭市馬/あくび指南
  • 柳家喬太郎/お菊の皿

宗漢」は初めて聴いたが、艶笑落語?というか下ネタ。マクラで喬太郎は柳家喜多八・三遊亭歌武蔵と三人でやっている落語教育委員会のエピソードを披露。

「大工調べ」はポンポンと啖呵を切って、気っ風がいい。お白州(奉行所)に行く前まで。

また市馬は人間国宝に認定された柳家小三治に稽古をつけてもらった時の想い出話を。小三治は「ねこ」という名前の犬を飼っている。ランニングシャツ姿で向かい合った小三治。市馬が口演中に「ねこ」がじゃれついてきて稽古にならない。そこへ小三治が「客のヤジだと思いな」と。「あくび指南」はのんびりしてアホらしいのが◯。

「お菊の皿」は上方の「皿屋敷」。ここで喬太郎の弾けっぷりが凄かった。お菊さんが人気者となり「カウント・ダウン・ディッシュ(お皿を数える)」ショーの前座として寒空はだかが登場したり、OKK(okiku)48AKB48「フォーチュン・クッキー」の替え歌を歌って踊ったり会場は爆笑の渦に。「(浅草)ロック座」なんて言葉も飛び出した。

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2014年8月 4日 (月)

ミュージカル「レディ・ベス」世界初演!

7月30日(水)梅田芸術劇場へ。

Bess

エリザベス1世(ベス)を主人公にしたミュージカル。実はイギリスの歴史の中で彼女が生きた時代が最も劇的で面白い。だから繰り返し小説や映画の題材になっている。

例えばマーク・トウェインはエリザベスの弟エドワード6世を主人公に小説「王子と乞食」を書いており、エロール・フリンやマーク・レスター主演などで何度も映画化されている。宮廷生活に嫌気をさした王子が平民の格好をして外を歩いたというエピソードは本作でも言及されている。

ベスの父ヘンリー8世が姦通の濡れ衣を着せ、斬首の刑に処した母アン・ブーリンに関しては「1000日のアン」という映画になっている。

エリザベス1世もケイト・ブランシェット主演で映画「エリザベス」(アカデミー賞で作品賞や主演女優賞など7部門にノミネート、メイクアップ賞受賞)やその続編「エリザベス:ゴールデン・エイジ」という物語になっているし、ヘレン・ミレンが主演した「エリザベス1世 〜愛と陰謀の王宮〜」(エミー賞 主演女優賞受賞)も出来が良かった。また即位後300人に及ぶプロテスタントを処刑した姉のメアリーはブラディー・メアリーというカクテル(レシピ:ウォッカ45ml+カット・レモン1/6個+トマト・ジュース適量)になっている。

本公演はダブル・キャストで、僕が観た配役はレディ・ベス:花總まり、ロビン・ブレイク:山崎育三郎、メアリー・チューダー:吉沢梨絵、フェリペ:古川雄大、ロジャー・アスカム(エリザベスの家庭教師):石丸幹二。他に石川 禅、吉野圭吾、和音美桜、涼風真世らが出演。

脚本・歌詞:ミヒャエル・クンツェと作曲:シルヴェスター・リーヴァイは「エリザベート」「モーツァルト!」「レベッカ」「マリー・アントワネット」のコンビ。演出・訳詞は宝塚歌劇団のエース・小池修一郎。

吟遊詩人ロビン・ブレイクは架空の人物。「ロミオとジュリエット」のバルコニー・シーンを彷彿とさせる場面もあり、シェイクスピアのイメージも投影されているようだ。ちなみに映画「恋におちたシェイクスピア」でもエリザベス1世が登場する(演じたジュディ・デンチはアカデミー助演女優賞を受賞)。つまり同時代の人なのだ。

とにかく物語が波瀾万丈なのでワクワク興奮しながら観た。ただし、平民のロビンとやがて女王となるベスが恋に落ちるという設定はいくらなんでも無理がある。ケイト・ブランシェット版「エリザベス」でもベスは王位につくために恋を諦めるのだが、相手は貴族。やっぱりそっちの方がリアリティがあって説得力がある。この点に関してはミュージカル台本に改訂の余地があると想う。しかし「エリザベート」のコンビだから当然音楽のレベルは高いし、八百屋仕立て(傾斜舞台)の盆を回転させて展開される演出はスピーディーで観応えのある作品に仕上がっている。冒頭で中央に宇宙儀(地球を中心に他天体の位置を示すもの)が置かれ、舞台に十二星座の縁取りがあったりするのも面白い。あと死んだアン・ブーリンの亡霊を出すのは名案だし(歌の内容が「モーツァルト!」でヴァルトシュテッテン男爵夫人が歌う「星から降る金」を彷彿とさせた)、メアリーがベスをいじめる場面はまるで「エリザベート」のゾフィー大公妃みたいで可笑しかった(心の中で「もっとやれ、メアリー!」と声援を送った)。

出演者について。僕は常々、日本でコスチューム・プレイを演じさせたら花總まりの右に出る者はいないと書き続けてきたが、今回の花ちゃんも圧巻だった。特に最後の戴冠式の場面では彼女の眩いばかりの神々しさ、威厳に息を呑んだ。僕が初めて彼女を観たのは1998年の宝塚宙組「エリザベート」。あれから16年が経過したが、舞台上の彼女は全く「老い」を感じさせない。驚異である。来年あたり、東宝「エリザベート」の出演を切に希望する。

山崎育三郎吉沢梨絵はさすがの歌の上手さに安心して観ることが出来た。フェリペ役の古川雄大はミュージカル「テニスの王子様」に出演していた過去があり、王子様役がハマり過ぎで感心することしきり。彼の見栄えの良さに女子のハートは鷲掴みにされたことだろう。それから山崎と古川の会話するシーンを観ながら「ロミオがふたりいる!なんてゴージャスなんだろう」と想った。

ミュージカル「エリザベート」は世紀の大傑作だが、未だにロンドンやブロードウェイでの上演は実現していない(英語版も創られているのにもかかわらず)。やはり題材の問題もあるのだろう(どうも英語圏の観客はハプスブルク家に興味がないみたい)。だからこそ今回の「レディ・ベス」なのだろう。作品の内容としては十分そのレベルに達していると想う。さすがに「エリザベート」には敵わないけれど、少なくとも陰惨なだけの「マリー・アントワネット」よりは遥かに上、「モーツァルト!」に匹敵するというのが僕の判断だ(僕は「モーツァルト!」より好き)。再演があれば是非また観たい。そしてキャストとしては花總まりと古川雄大は絶対に外せない。

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2014年8月 2日 (土)

桂九雀・雀三郎・松尾貴史「らも噺の会」

7月22日天満天神繁昌亭へ。

Ramo

作家・中島らも没後10周年を記念してのメモリアルWEEK 2014の一環。

  • 桂しん吉/牛乳時代
  • 桂 九雀/おかるとかん平
  • 出演者全員によるトーク「らも噺を語る」
    (司会:前田一知)
  • 松尾貴史/神も仏もアルマジロ
  • 桂雀三郎/明るい悩み相談室

「牛乳時代」はサゲが弱い(”考え落ち”で分かり難い)と思った。

「おかるとかん平」は仮名手本忠臣蔵の「おかる勘平」かと思いきや、最後まで聴くと「オカルトかん平」だったという仕掛けがニクい。九雀はスーツ姿で登場し、床几(しょうぎ)に腰掛けて演じた。そのスタイルが内容に合っていた。ちなみに彼の趣味は将棋(アマチュア3段)なので、それに掛けていたりいて……!?。中島らもと知り合った頃、落語家としては暇で芝居ばかり出演していたという。噺に登場する、次々と転職する主人公について「青い鳥症候群(シンドローム)」なんて紹介も。初めて聞いた言葉。幸福の青い鳥を求め探し続ける旅人のように、「もっと自分に適したものがあるに違いない」と定職につかない青年の思考パターンを意味するらしい。勉強になった。けったいな噺で、しつこい下座(お囃子)も愉しい。

座談会ではらもが古今亭志ん生が好きだったこととか、松尾がしん吉の師匠・桂吉朝と「吉朝・キッチュのメルトダウン落語会」をやり、その時にらもに「神も仏もアルマジロ」を書き下ろしてもらったこととか、落語にしばしば登場する物売りの声が、らも版では「マリファナ、ヘロイン!」だったとか、「雀三郎製(じゃくさんせい)アルカリ落語会」で中島らもにゲストとして出てもらったこと(会の命名も)、「甚兵衛の一生」という超SR(ショート落語)がらもが書いた創作落語第1作ではないかといった話題が。

松尾貴史は名びら(演者の名を記したもの)が”怪し家吃宙(あやしやきっちゅう)”として登場。「神も仏もアルマジロ」は宗教戦争の噺で、奇想天外な展開がすこぶる面白かった。途中「STAP細胞」とか「尾木ママ」といったアドリブも登場し、さすがキッチュ!と唸った。

「明るい悩み相談室」は雀三郎らしくカラッと明るい高座。早口言葉のリピートが音楽的で、歌手としても活躍する彼のニンに合っていた。

最後はカネテツデリカフーズ提供の「ちくわ」投げでお開きとなった。僕もまんまとゲット。

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