激震!コパチンスカヤ
6月11日(水)ザ・フェニックスホールへ。
パトリツィア・コパチンスカヤ(ヴァイオリン)とコンスタンチン・リフシッツ(ピアノ)で、
- C.P.E.バッハ/幻想曲 嬰ヘ短調 Wq80
- シマノフスキ/神話ー3つの詩
1.アレトゥーサの泉
2.ナルシス
3.ドリアードとパン - シェーンベルク/幻想曲
<休憩> - プロコフィエフ/ヴァイオリン・ソナタ 第1番
コパチンスカヤは1977年モルドヴァ生まれ。モルドヴァは旧ソビエト連邦を形成していた東ヨーロッパの国家で、ルーマニアのお隣に位置する。父親ヴィクトル・コパチンスキーはツィンバロン(ハンガリーを中心に中欧・東欧地域で演奏されている打弦楽器)奏者として有名で母はヴァイオリニスト。
コパチンスカヤの演奏は一言で表現するならデモーニッシュ。獣(けもの)の匂いというか、「ヴァイオリニスト」という枠を明らかに逸脱した凄みがある。肌は透き通るように白いが、彼女が奏でる野太い音色はもしかしたらロマの血が入っているのかな?と想った。ビョークとか一青窈、中島美嘉みたいに裸足でステージに立ち、熱がこもってくると激しく足踏みをする。
ウクライナに生まれたリフシッツのピアノも強い自己主張があり、野性味を感じた。
プログラム前半は大バッハの次男が18世紀に発表した「幻想曲」と20世紀の半ば1949年にシェーンベルクが書いた同名曲を最初と最後に持ってくるユニークな構成。C.P.E.のそれは元々鍵盤楽器のために書かれ、それにヴァイオリン・パートが添えられたもので、シェーンベルクの方はまずヴァイオリン・パートが完成し、後にピアノ部分が作曲されたと言われている。非常に対照的。
C.P.E.でコパチンスカヤは意表を突き、ピアノの後ろで弾いた。「あくまでピアノが主人公よ」と主張しているかのよう。ノン・ヴィブラート主体の奏法だった。
シマノフスキは掠れたハーモニクス(倍音)が印象的。妖しく濃密なロマンティシズムが漂う。官能と陶酔。第3曲「ドリアードとパン」はすばしっこく激烈で、パンチが効いている。ディズニー「ライオンキング」のナラみたいだと想った。
シェーンベルクからは魂の叫びが聴こえてきた。あまりの激しさに前方に座っている女性が肩を震わせて笑っていたのだが、その気持が分かると想った。人間は理解を超えた恐怖とか衝撃に遭遇すると、笑わずにはいられなくなることがあるのだ。シェーンベルクの演奏中、地震が起こり建物が揺れたのだが、震源は彼女じゃないかと一瞬錯覚した程(実際の震源は京都で震度3、マグニチュード4.1)だった。
プログラム後半は第二次世界大戦直前の1939年頃から構想が練られ、戦後の46年に完成したプロコフィエフのヴァイオリン・ソナタ。第1楽章を支配するのは暗雲立ち込める気分。不安と焦燥。喉に棘が刺さるような絶望感に固唾を呑んだ。第1楽章の末尾、ピアノが弾く寂しい和音の上をヴァイオリンの音階が駆け上がり駆け下りる場面について作曲家は初演者のオイストラフに「墓場を吹き抜ける風のように」とリクエストしたという。救いようのない虚無感。”祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり”という「平家物語」の一節を想い出した。第2楽章は粗野なアレグロ。コパチンの演奏は一転して苛烈で、その熱にやられ息苦しくなったほど。第3楽章アンダンテで僕がイメージしたのは「禿山の一夜」の夜明け。亡霊たちは墓場に還る。そして第4楽章アレグリッシモに至ると「これはロック・コンサートか!?」と錯覚を覚えた。爆発するエネルギー、激しい足踏み。聴衆は興奮の坩堝と化した。
アンコールはベートーヴェン/クロイツェル・ソナタの第3楽章。松明が煌々と焚かれた闇夜の野営地でジプシー(ロマ)の女がベートーヴェンを弾いている、そんな風景が幻視された。もしコパチンスカヤが魔女狩りの時代に生きていたとしたら「こいつはヤバイ、危険だ!」と異端者の烙印を押され、火あぶりの刑に処せられたのではないか?そう想った。つまり彼女とヴェルディのオペラ「イル・トロヴァトーレ」に登場するアズチェーナのイメージがピッタリ重なった。
魂が吸い取られるような凄まじい体験だった。「ハリー・ポッター」のディメンター(吸魂鬼)に遭遇したような感じ。
クラシック音楽の演奏会でこれだけの衝撃的体験はいつ以来だろう?と考えてみた。思いつくのは中学生の時、旧フェスティバルホール@大阪で鑑賞したカルロス・クライバー指揮ミラノスカラ座引っ越し公演プッチーニ/歌劇「ボエーム」(ミミ:ミレッラ・フレーニ、演出:フランコ・ゼッフィレッリ)くらいだろうか。
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