シリーズ《映画音楽の巨匠たち》も3回目を迎えた。
モーリス・ジャール(1924-2009)はフランス・リヨン出身の作曲家。パリ音楽院で作曲(オネゲルに師事)と打楽器を学び、パリ音楽院管弦楽団ではティンパニ奏者を務めていた。だから「アラビアのロレンス」など打楽器が大活躍するのが彼の音楽の特徴である。
まずモーリス・ジャールの音楽ベスト17を列記してみよう。音源を聴いてみたい方のために原題(あるいは英題)も併記する。You Tubeなどで「原題 (スペース) soundtrack」あるいは「原題 (スペース) Jarre」で検索すればヒットするはずだ。
- ライアンの娘 Ryan's Daughter
- ドクトル・ジバゴ Doctor Zhivago
- アラビアのロレンス Lawrence of Arabia
- インドへの道 A Passage to India
- コレクター(注!1965年版) The Collector
- ブリキの太鼓 The Tin Drum
- ランボー/地獄の季節 A Season in Hell
- 日曜日には鼠を殺せ Behold a Pale Horse
- 敵、ある愛の物語 Enemies A Love Story
- 刑事ジョン・ブック 目撃者 Witness
- 王になろうとした男 The Man Who Would Be King
- エル・コンドル El Condor
- 愛する者の名において Au nom de tous les miens
- グラン・プリ Grand Prix
- いまを生きる Dead Poets Society
- 砂漠のライオン Lion of the Desert
- パリは燃えているか? Is Paris Burning?
(注!加古隆の同名曲と間違わないよう)
トップ4はイギリスのデイヴィッド・リーン監督作品ばかりずらりと並んだ。恐らく誰が選んでも同様の結果になる筈だ。ジャールは生涯に3度アカデミー作曲賞を受賞しているが、「アラビアのロレンス」「ドクトル・ジバゴ」「インドへの道」と全てリーンの映画なのである。両者の相性の良さはフェデリコ・フェリーニ監督とニーノ・ロータ、ヒッチコックとバーナード・ハーマン、スピルバーグとジョン・ウィリアムズの関係に似ていると言えるだろう。
リーンは当初、「アラビアのロレンス」の作曲をミュージカルの大家リチャード・ロジャースに依頼していた。しかしロジャースは映画自体を観ようともせず、イメージとかけ離れた音楽を送ってきたので、業を煮やしたリーンはフランスの無名の若者モーリス・ジャールに白羽の矢を立てた。これが結果的に大成功を収めたのだが、劇中に流れる軍隊行進曲は「戦場にかける橋」の”クワイ河マーチ(ボギー大佐)”と同じ、ケネス・アルフォードの作品を使った。しかしその後、「ライアンの娘」や「インドへの道」に登場する軍隊行進曲はジャールが作曲している。両者の信頼関係が窺い知れるエピソードだろう。「インドへの道」の”ボンベイ・マーチ”は、そこはかとなく漂う哀感が好きだ。
打楽器が目立つだけではなく、ジャールの音楽は編成のユニークさや珍しい楽器の使用にも特徴がある。彼は「ドクトル・ジバゴ」で110人のシンフォニー・オーケストラを指揮。24人のバラライカ楽団をはじめ、琴、三味線、オルガン、チェレスタ、ツィター(チター)などが入っている。有名な「ラーラのテーマ」はバラライカの大合奏で聴かないとその真価は絶対に分からないとここで断言しておこう。つまり通常のオーケストラ用編曲では物足りないということだ。是非映画のサウンドトラックをお聴きください。
「アラビアのロレンス」では電子楽器オンド・マルトノやハンガリーの民族楽器ツィンバロンが印象的に使用されている。
「王になろうとした男」ではシタール、タブラ・パーカッションなどインド楽器が、「インドへの道」でもシタールやオンド・マルトノ(アデラのテーマ)が、日本を舞台にしたテレビ映画「将軍」では尺八・琵琶・琴・三味線などが導入されている。
「日曜日には鼠を殺せ」はハープの短い序奏に続いてチェンバロとギターの二重奏でテーマが開始され、それにフルート、オーボエ、ファゴット、ホルンなどの管楽器群が加わる。弦楽器の音が聴こえてくるのは映画の最後になってからである。
「コレクター」も木管五重奏(フルート、オーボエ、クラリネット、ファゴット、ホルン)を中心に打楽器やハープ、ベース(コントラバス)が脇を固める。ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロは最後まで登場しない。メルヘンティックだが、そのあどけなさが却って恐ろしくもある。
「ランボー/地獄の季節」はアフリカン・サウンドが魅力。フランスの詩人アルチュール・ランボーが主人公なのだが、彼は晩年武器商人となり、エチオピアに渡った。
「敵、ある愛の物語」はノーベル賞を受賞したアメリカのユダヤ人作家の原作をポール・マザースキー監督が映画化。
ジャールはツィンバロンをフィーチャーし、ジプシー・ブラスとヘブライ(ユダヤ)の旋律を融合させたようなユニークな音楽を書いている。これ程クラリネットが活躍する作品は珍しい。
「ブリキの太鼓」(1979)には耳慣れない特殊な楽器が使用されている。そのことについてジャールは次のようにインタビューに答えている。
シュレンドルフ監督から(音楽を)依頼されたとき、ギュンター・グラスの原作を読んでみたんだ。そこにはジャガイモのイメージがあった。そこで土とかジャガイモ
の雰囲気を醸し出すサウンドが必要だと監督と話をしたんだよ。そして思い出したのは、かつてポーランドの山中で出会ったバンドに、「fujara/フュジャラ」という楽器があったんだな。バスーンみたいで、土の中からもりあがって聞こえてくるようなサウンドだった。これをロンドンで探し、シュレンドルフ
に聞かせると、「そう、それだ!」と喜んでくれた。そもそも私は自分の音楽の中に、エスニックなサウンドを入れるようにしているんだ。興味深い音が出るし、耳をひきつけるからね。
このフュジャラの音は「インドへの道」(1984)でも聴くことが出来る。
西部劇「エル・コンドル」はハーモニカとギターをフィーチャーしたテーマ曲が格好いい。
「砂漠のライオン」はシリア出身のムスタファ・アッカド監督の作品。もうひとつの「アラビアのロレンス」である。余談だがアッカド監督は2005年ヨルダンの首都アンマンのホテル3カ所で発生した同時爆弾テロで負傷し、亡くなった。
アカデミー外国語映画賞を受賞した名作「シベールの日曜日」(1962)を最後に、ジャールは母国フランスの映画音楽を書く機会が殆どなくなってしまった。同年公開された「アラビアのロレンス」で時代の寵児となり、世界中から引っ張りだこになったからである。だから「パリは燃えているか?」(1966)と「愛する者の名において」(1982)は数少ない貴重なフランス映画。アコーディオンが活躍し、どこかノスタルジックである。ジャールは映画主題歌を書くタイプの作曲家ではなかったが(僕が思いつくのは「ロイ・ビーン」くらい?)、「パリは燃えているか?」の”パリ・ワルツ”は後にシャンソンになり、ミレイユ・マチューが歌っている。これは彼女の代表作と言える仕上がりで、必聴。エッ、試聴?→こちらでどうぞ。なんという華やかさ!
「グラン・プリ」は豪快なブラス・サウンドが痛快。特にレーシングカーが高速で次々と観客の目の前を走り去る様子を金管が表現する箇所はむちゃくちゃカッケー!
「危険な年」(1982)以降、ジャールの音楽は電子化が顕著となる。「刑事ジョン・ブック/目撃者」(1985 アカデミー作曲賞ノミネート)、「危険な情事」(1987)、「愛は霧のかなたに」(1988 アカデミー作曲賞ノミネート)、「ゴースト/ニューヨークの幻」(1990 アカデミー作曲賞ノミネート)などがそれに当たる。これは息子のジャン・ミッシェル・ジャールがシンセサイザー奏者になったことと無縁ではないだろう(ジャン・ミッシェルがシンセサイザー音楽としてのアルバム第1作「幻想惑星」を発表したのが1976年)。この時期の代表作は何と言っても「刑事ジョン・ブック/目撃者」である。特にアーミッシュの人々が力を合わせて「納屋を建てる」場面で音楽は最高潮に達する。ある意味「パッヘルベルのカノン」にも似た古典性がある。また「いまを生きる」終盤のクライマックスでシンセサイザーとバグ・パイプの響きが融合する場面は鳥肌が立つくらい素晴らしい。ただし僕は晩年のジャールをあまり高く評価していない。電子音楽というのは経年劣化・風化が著しく、今聴くとどうしても音が薄っぺらく、安っぽく感じてしまうのだ。
さて、シリーズ《映画音楽の巨匠たち》次回はバーナード・ハーマンを取り上げる予定。そして第5回がミクロス・ローザ(ロージャ・ミクローシュ)で、第6回が”知られざるジョン・ウィリアムズの世界”にしようかな?←いや、勿論「ジョーズ」「スター・ウォーズ」「未知との遭遇」「スーパーマン」「ジュラシック・パーク」「シンドラーのリスト」「E.T.」「ハリー・ポッター」なんかは無視するよ。だって”知られざる”がテーマだから。
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