コルンゴルトの歌劇「死の都」とヒッチコックの映画「めまい」
先日、びわ湖ホールでエーリヒ・ヴォルフガング・コルンゴルトのオペラ「死の都」日本初演を鑑賞し、アルフレッド・ヒッチコック監督の映画「めまい」との類似点に気が付いた。
英国映画協会BFI発行の「サイト&サウンド」誌が10年に1度、世界中の映画評論家846人を対象に実施する「史上最高の映画(Greatest Films of All Time)」アンケート2012年版投票結果で「めまい」は「市民ケーン」を押しのけ第1位に選出された。またスコセッシ、コッポラ、タランティーノ、ウディ・アレンら358人の映画監督による投票結果では第7位だった(第1位は小津安二郎の「東京物語」)。原作はフランスのミステリー作家ボアロー&ナルスジャックの「死者の中から」で出版は1954年。彼らの処女作「悪魔のような女」もアンリ=ジョルジョ・クルーゾー監督で映画化され、名作の誉れ高い。
一方、コルンゴルト「死の都」の原作はベルギーの作家/詩人であるジョルジュ・ローデンバックが書いた「死都ブルージュ」(1892)。日本では永井荷風や北原白秋、西条八十らがローデンバックを愛読していたという。
「死者の中から」も「死都ブルージュ」も現在日本では絶版。だから僕は今回、図書館で借りて読んだ。両者に共通する点を箇条書きにして挙げてみよう。
- 主人公が愛した女は死んだが、その後突如そっくりの容姿をした女が彼の前に立ち現れる。
- 彼は最初、魔法にかかったように女を尾行して街を彷徨い、その後彼女と言葉を交わしたりデートするくらい親しくなる。
- 彼は死んだ女のことがどうしても忘れられず、目の前の彼女に同じ髪型をさせたり、同じ服を着させたりする(当然彼女はそれに対し抵抗する)。
- 目の前の(蓮っ葉な)女と、過去の(理想の)女とのギャップに苦しみ、最終的に狂気に至った彼は彼女を絞殺し(殺し方まで一緒)、漸く心の安寧を得る。
- 教会の鐘楼が重要な役割を果たす(主人公の不義や女の罪を咎めるように鳴り響く)。
こうして見ていくと、ボアロー&ナルスジャックがローデンバックの小説を下敷きにしたことは100%間違いない。プロットは全く同じと言っていいだろう。しかし僕が長年両者の類似に気が付かなかったのは、コルンゴルトのオペラもヒッチコックの映画も、ラストを変えていることに原因があった。「死の都」は主人公が女を絞殺した後、夢から醒めて実際は女が生きていたことに気が付く。そして新たな出発を決意した男が街から立ち去る場面で幕切れとなる。つまり「夢オチ」に改変されているのだ。一方、「めまい」の主人公ジェームズ・スチュアートは女を殺さない。女(キム・ノヴァク)を連れて鐘楼を登り、遂に彼は高所恐怖症を克服する。そして事件の真相を知る。そこへ暗闇から突如尼僧が現れ、恐慌をきたした女は足を踏み外して塔から転落する。はっきり言ってボアロー&ナルスジャックの原作より映画の方が劇的で断然いい。
僕は「めまい」のためにバーナード・ハーマンが作曲した浪漫的な音楽が大好きなのだが、これはワーグナーの楽劇「トリスタンとイゾルデ」をベースにしたものになっている。果たしてハーマンが作曲した時コルンゴルトの「死の都」が念頭にあったのかどうか、興味が尽きない(ワーグナー→R.シュトラウス→コルンゴルト→ジョン・ウィリアムズとライトモティーフ《示導動機》の手法は継承された)。
なお、コルンゴルト「死の都」は5月11日(日)深夜24時からNHK BSプレミアムで新国立劇場の公演が放送される予定である。
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