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2014年5月

礼真琴主演(宝塚星組)/バウ・ミュージカル「かもめ」、そして歌劇団への苦言

5月29日(木)宝塚バウホールへ。

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余りにも有名なチェーホフの戯曲「かもめ」を初ミュージカル化。脚本・演出は小柳 奈穂子

まず困ったのはこの記事を書くために作曲家を調べようと想ったのだがチラシに名前はなく、公式HPを見ても載っていない。仕方ないのでインフォメーションセンターに電話をかけて、手島恭子だと教えてもらった。劇場で販売しているプログラムには記載されているそうだ。でもそれっておかしくない?仮にも宝塚「歌劇」を名乗り、「ミュージカル」と銘打っている公演である。音楽を蔑ろにしてどうする!?またこういう体質を当たり前のこととして放置しているファンにも問題がある。自分のご贔屓さえ見れれば、作曲家が誰であろうとどうでもいいのだろうか?情けない。

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「かもめ」を観ている途中、「なんだかスティーヴン・ソンドハイムのミュージカル『リトル・ナイト・ミュージック』に雰囲気が似ているな」と感じた。既視感(デジャヴ)である。「リトル・ナイト・ミュージック」はイングマール・ベルイマン監督のスウェーデン映画「夏の夜は三たび微笑む」(1955)が原作。ベルイマンはスウェーデン王立劇場で演劇の演出もしていた。「そうか!つまりベルイマンのシナリオそのものがチェーホフを意識して書かれたんだ!」ということに今初めて気が付いた次第である。

基本的に脚色はチェーホフの戯曲に忠実で、台詞もほぼそのまま。だから群集劇仕様で誰が主演ということなく礼真琴の影も薄かった。それにしても彼女の歌唱力・ダンス力は大したものだ。大いに感心した。バランスがとれた実力派という意味では香寿たつき、安蘭けい、蘭寿とむらに続くスターという感じ。特に幕切れの狂ったような激しいダンスは素晴らしかった。ここでは沢山のかもめが飛び立つ演出も見事で、相乗効果を上げていた。

トリゴーリンを演じた天寿光希も虚無的・厭世的雰囲気を醸し出しており実に魅力的だった。ただ大女優の母親役とか老人役とかは若いカンパニーなので、些か無理を感じたけどね。

総じてチェーホフのがっちりした構築性を崩さないために楽曲が少なめでミュージカルとしては物足りなかったが、音楽は心地良かったし4人の奏者による室内楽的生演奏はやはりソンドハイム的でとても気に入った。

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桂枝光・柳家喬太郎 二人会

5月19日(月)天満天神繁昌亭へ。

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喬太郎人気で補助席や立ち見も出る大入り満員。前回の二人会もそうだったのだが、喬太郎が二席終わるとトリの枝光を聴かずに帰る人7,8人あり。

  • 桂華紋/色事根問
  • 桂枝光/温泉宿(枝光 作)
  • 柳家喬太郎/寝床
  • 柳家喬太郎/諜報員メアリー(喬太郎 作)
  • 桂枝光/堪忍袋

華紋は低い声で歯切れがいい。

創作落語「温泉宿」はお世辞にも出来が良いと言えない。そもそも「北海道の」旅館なのに、その設定が全く生かされていない。口演のテンポも悪く、間延びしている。お粗末。ところで東北や北海道の方言「しばれる(きびしく冷え込む)」の語源は英語の"Shivering"だというマクラがあったが、本当だろうか??

寝床」で金物屋が言う「無尽の親もらいの初回」ってどういう意味?と調べてみたら「無尽」というのは鎌倉時代に庶民の間で始まった相互扶助的な金融制度だそうで、冠婚葬祭などまとまったお金が必要になった時お互いに助け合うために作られたという。喬太郎バージョンは長屋の連中の動向で浜で五十両を拾ったと「芝浜」が出てきたり、「文七元結」や”2ちゃんねる”も登場。「福利厚生」「民衆の声がきこえますか?」「血のメーデー」などといった言葉もポンポン飛び出した。さすが天才。旦那が丁稚の定吉に「明日からお前が番頭な」には爆笑。ジャンプするアクション・シーンもあり、緩急自在、文句なしのパフォーマンスだった。

仲入りをはさみ喬太郎はウルトラマンの出囃子で登場。「いまBSの日本映画専用チャンネルで5のつく日にゴジラ30作品を完全放送中なんです。だからこんなこと(落語)している暇なんかないのね」と。繁昌亭で高座を務めるときは安堵感というか違和感をいつも感じるそう。よくよく考えてみると鈴本演芸場など東京の寄席はみないかがわしい所=繁華街に立地していると(新宿末廣亭は歌舞伎町近く)。楽屋張りにも「最近この界隈では客引きが増えているので注意するように」と書かれていたり。創作落語「諜報員メアリー」は金魚売りを洗脳しロブスター売りに変えて日本経済を混乱させようという計画が余りにもバカバカしくて秀逸。これぞ落語!

堪忍袋」の枝光は汗だくになりながら血管が切れそうなくらいハイテンションな熱演。こっちは良かった。

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ヴィオラスペース2014

5月23日(金)ザ・フェニックスホールへ。

  • パーセル(タメスティ 編)/ファンタジアより
     第9,10,11,12番
  • ジンバリスト(プリムローズ 編)/《サラサーテアーナ》より
     タンゴ、ポロ、マラゲーニャ
  • A.ベンジャミン(プリムローズ 編)/ジャマイカ・ルンバ
  • フォーレ(ターティス 編)/悲歌、夢のあとに
  • ブリッジ/2本のヴァイオリンとヴィオラのための狂詩曲(トリオ)
  • ヴォーン・ウィリアムズ/「グリーンズリーブズ」による幻想曲
  • ブリテン/ラクリメ〜ダウランドの投影
  • クラーク/ヴィオラ・ソナタ

演奏者はヴィオラが今井信子(ヴォーン・ウィリアムズ、ブリテン、パーセル)、アントワン・タメスティ(フォーレ、クラーク、パーセル)、牧野葵美(ジンバリスト、ベンジャミン、ブリッジ、パーセル)、ヴァイオリンが大岡仁、小栗まち絵、チェロが芝内あかね、ピアノが有吉亮治。

今回は「偉大なるヴィオラ奏者ターティスとプリムローズを讃えて」と副題が付いており、彼らの編曲した作品や初演した作品(ブリテンのラクリメ)がプログラムの中心となった。ちなみにターティスはロンドン生まれ、プリムローズはスコットランドのグラスゴー生まれ。

17世紀のパーセルはノン・ヴィブラートで高貴な風格を醸し出す。

「ジャマイカ・ルンバ」は軽やかで愉しい。

フランス出身のタメスティが弾くフォーレは弱音が美しい。エッジが効いていて心にグサリと来る。「夢のあとに」は甘く耳元で囁くようでゾクゾクっとした。

ブリッジのラプソディは無調的に半音階を多用する手法で書かれており、ハーモニクス(倍音)奏法が印象的。

今井が弾くグリーンスリーヴズはいぶし銀の響き。ラクリメはビロードの柔らかさ。

珍しい女性作曲家レベッカ・クラーク(1886-1979)についてはいずれ新たな記事として語りたいと想う。タメスティの演奏は艶やかな肌触りにしなやかな雌鹿の跳躍を想起させる。民謡風の第2楽章は敏捷でありながら妖しさも同居している。輝かしい音色で圧倒的才能を見せつけられた。あと有吉のピアノが達者で感心したことを書き添えておく。

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三谷幸喜 作「酒と涙とジキルとハイド」

5月22日(木)シアターBRAVA !で「酒と涙とジキルとハイド」を観劇。

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最近三谷幸喜の舞台はハズレが多く、「彼の才能は枯れた」「飽きた」と散々書いてきたが、久しぶりに面白いと想った。

日本人が出てこない、いわゆる”赤毛もの”という意味で「国民の映画」「コンフィダント・絆」の系譜にあたる。どうしても「海外での上演を意識しているな」という色気を感じてしまうが、まぁそれは置いておこう。

最近の三谷作品に多い頭でっかちでシリアスなテーマ主義から離れて、東京サンシャインボーイズ時代に戻ったような、お笑いに徹する姿勢に好感を持った。過去の作品では「BAD NEWS ☆ GOOD TIMING」に一番近いかな?

出演は片岡愛之助(ラブリン)、大河ドラマ「新選組!」以来の三谷作品参加でこれが初舞台となる優香、藤井隆、そして迫田孝也。

藤井隆はあまり好きではなく、特に映画「模倣犯」は最低だと想ったのだが、さすが吉本新喜劇で鍛えられた舞台人だけあって、こうしたスラップスティック・コメディ(どたばたギャグ)は上手いなぁと感心した。

ラブリンは想像した以上に背が高く、舞台映えするなと想った(顔も大きいけれど)。途中でオネェ風言葉を喋る場面もあり、当たり役「半沢直樹」の黒崎検査官みたいで爆笑した(多分それを意識して台本も書かれているのだろう)。

優香は可愛いし、顔がちっちゃい!コミカルで洗練されたコメディエンヌとしての魅力を発散していた。

パーカッショニスト高良久美子の音楽もいい。彼女と青木タイセイによる生演奏もあり。ミュージカルをカラオケで上演してしまう厚顔無恥の劇団四季とは大違い!

全体として満足度の高い芝居で、再演があればまた観たいと想った。

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大林宣彦監督「野のなななのか」

評価:A+

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5月17日(土)映画公開初日に鑑賞。公式サイトはこちら

この空の花 ー長岡花火物語」と、その続編ともいうべきアイドル・グループAKB48のために大林監督が撮ったMV「So long ! 」、そして本作は3部作と言えるだろう。共通するテーマは3・11、福島原発事故、そして先の戦争(大東亜戦争/太平洋戦争/第二次世界大戦)。3・11の衝撃を経て、大林監督が若い世代にどうしても伝えておきたいこと、言い残したいことを吐露した、いわば遺言であり「老人映画」でもある。

品川徹演じる主人公は3月11日14時46分に他界する。言うまでもなく東日本大震災が発生した日、その時刻である。時計は14時46分で止まっているが、映画の終盤に動き始める。この演出は大林監督の「廃市」(1983、原作:福永武彦)でもあった。また絵が燃える場面は「日本殉情伝 おかしなふたり ものくるほしきひとびとの群れ」(1988)で映画館の看板が燃える場面を、常盤貴子が電車に乗る場面は「廃市」や「おかしなふたり」を、安達祐実が死ぬ間際の姿は「はるか、ノスタルジィ」(1993)の石田ひかりを、またパスカルズ演じる野の楽師たちが楽器を演奏しながら練り歩く情景は「おかしなふたり」のチンドン屋を想起させた。これは黒澤明監督「夢」の最後のエピソード「水車のある村」にも繋がっている。ちなみに大林監督は「夢」のメイキングを撮っている(僕はレーザーディスクを所有)。さらに「野のなななのか」で斉藤とも子が演じる住職の妻の名前は橘百合子。な、なんと「さびしんぼう」で富田靖子が演じた少女の役名ではないか!!「さびしんぼう」のラストシーンで富田靖子は住職となった尾美としのりの妻として、その傍らに座っている。つまり文字通り本作は大林映画の集大成なのである。ちなみに斉藤とも子は「金田一耕助の冒険」以来、実に35年ぶりの大林映画出演となった。

現在32歳の安達祐実が16歳の役を演じるという驚天動地。ちょうど半分だぜ!?それでもちゃんと16歳に見えるのだから唖然とした。彼女のデビュー映画は「REX 恐竜物語」(1993)。これは角川春樹が監督を務めたが、そもそも大林監督は「金田一耕助の冒険」「ねらわれた学園」「時をかける少女」「少年ケニア」「天国にいちばん近い島」「彼のオートバイ、彼女の島」と6本の角川映画を撮っている。だから彼女が主演する映画を撮っていても全然不思議ではなかったわけで、ニアミスだったのだ。

僕は今まで常盤貴子が大嫌いだったのだが、本作の彼女は妖しく美しかった。まさに大林マジック。恐れ入った。

北海道の芦別を舞台に、炭鉱の過去と現在、原発などエネルギー問題、カナディアンワールドという寂れたテーマパーク(北海道に赤毛のアンの家!?)に象徴される日本の「まちおこし」ならぬ「まち壊し」、大都市一極集中の一方で過疎化する地方の問題、1945年8月15日(終戦記念日)以降も続いていた樺太での戦争(対ソ連)などが重層的多角的に語られる。前作「この空の花」ではそれがカオス(混沌)を形成していたのだが、本作ではむしろ静謐にまとまっている。ジャーナリスティックなシネマ・エッセイに留まらず、輪廻転生や芸術論まで交わされ作品は無限の広がりを見せるのだ。

過去と現在、生者と死者が同居するワンダーランド=シネマ・ゲルニカ。これぞ大林映画の真骨頂である。

最後に、大林監督はこれが遺作でも構わないと考えておられるフシがあるが、ファンは未だ映画「草の花」(原作:福永武彦)を諦めておりませんよ、と申し添えておく。

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映画「プリズナーズ」

評価:B

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映画公式サイトはこちら

ヒュー・ジャックマンは敬虔なクリスチャンで冒頭で祈祷文を唱えるし、ジェイク・ギレンホール演じるロキ刑事はフリーメイソンの指輪をしている。そもそもロキという名前は北欧神話に登場するいたずら好き(狡知)の神であり、彼が異教徒であることを示している。また本作には蛇(キリスト教では悪魔の化身であり、イヴを誘惑した者)や豚の血(例えばバリ島では宗教儀式の際に生贄として用いられる)が出てきたりと意味深である。クリスチャンと異教徒との軋轢、神と悪魔との戦い。それらが複合的・立体的に絡みあいながら物語は進行する。

娘と友達の少女の二人が行方不明になり容疑者が拘束されるが、証拠不十分で釈放となる。しかし彼が犯人だと信じて疑わないジャックマンは容疑者を拘束し、隠れ家で(神の名のもとに)激しい拷問にかける。主人公の行動は明らかに常軌を逸しており、そもそもこの映画の登場人物の殆どが精神異常者と言えるだろう。一番まともなのがロキ刑事なのだが、彼の問題行動が終盤に取り返しのつかない事態を招いたりもする。果たしてprisoners=囚われ人たちとは一体誰のことなのか?タイトルを表面上の意味に受け取ってはいけない。

上映時間153分の間、観客は出口の見えない悪夢の中に投げ込まれる。僕はデヴィッド・フィンチャー監督の「セブン」や「ゾディアック」(これもギレンホール主演だった)、あるいはクリント・イーストウッド監督「チェンジリング」のことを想い出した。

気持ちのいい映画では決してないが、確かに面白い。しかし本作に登場する警察はあまりにも間抜けだ。そういう意味で脚本に疵がある。

アカデミー撮影賞にノミネートされたロジャー・ディーキンスによる寒色系の映像が素晴らしい。しとしと降る雨、うら寂しい木立が印象的で尾を引く。またアイスランド出身のヨハン・ヨハンソンが作曲した音楽は静謐で、あたかも教会コラール(賛美歌)のように響く。

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イリーナ・メジューエワが弾くJ.S.バッハ「ゴルトベルク変奏曲」

5月11日(日)兵庫県立芸術文化センターへ。

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ロシア生まれで日本(現在は京都)在住のピアニスト、イリーナ・メジューエワによるJ.S.バッハを聴いた。

  • イタリア協奏曲
  • 半音階的幻想曲とフーガ ニ短調
  • ゴルトベルク変奏曲
  • 「フランス組曲」からアルマンド(アンコール)

僕は中野振一郎や高田泰治の生演奏でゴルトベルク変奏曲を聴いたことがあるが、いずれもチェンバロだった(6月には曽根麻矢子でも聴く予定)。ピアノはこれが初体験となる。ピアノで有名なのは何と言ってもグレン・グールドだろう。「羊たちの沈黙」のレクター博士もこの演奏がお気に入りで、FBI捜査官クラリス・スターリングにCDの差し入れを頼み、獄中で聴いたりしている。また昨年カンヌ国際映画祭で審査員特別賞を受賞した「そして父になる」にもグールドの弾くゴルトベルクが流れる(彼の鼻歌もはっきり聞こえる)。またグールドではないが細田守監督の傑作アニメーション「時をかける少女」にもピアノ演奏によるこの曲が使用されていた。

ちなみにグールドの録音は55年盤(モノラル)と81年版(ステレオ)があり、両者はテンポが全く異なる。有名なのはゆったりした後者だが、僕は快速球の55年版の方が好きだ。

さて、メジューエワはいつもどおり、修道女を思わせる全身黒尽くめで登場。彼女を見ていると、聖書の言葉「狭き門より入れ」を想い出す。

イタリア協奏曲は遅めのテンポで開始され、はっきりしたタッチで明快。ペダルはほとんど踏まない。ストイックだが、決して厳しくはない。ほのかに温かみがある。第3楽章は速く鮮やか。

半音階的幻想曲は嵐のようなトッカータ。途中からペダルをぐっと踏み込み、残響音が幻想的になる。そして凛としたフーガへ。涼やかな風が吹き抜ける。

休憩をはさみゴルトベルク変奏曲。端正でありながら、同時に弾むよう。敏捷な鹿のしなやかな跳躍を連想させた。今まで聴いたチェンバロ演奏よりも深い感銘を受け、バッハは楽器を問わないなと感じた。

最後に彼女は「今日は皆様、お越し下さりありがとうございました。アンコールにフランス組曲からアルマンドを演奏します」と流暢な日本語で語った。

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決定版!ヴァイオリンの名曲・名盤 20選

以前、「決定版!チェロの名曲・名盤 20選」という記事を書いたら、予想を遥かに上回る反響があった。そこでヴァイオリン篇もすることにした。熟考の上、20枚のアルバムを選んだ。聴いて欲しい順に並べてある。

  1. コルンゴルト/ヴァイオリン協奏曲
    (シャハム、プレヴィン/ロンドン交響楽団)
  2. バッハ/無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ
    (ファウスト or クレーメル)
  3. フランク、ドビュッシー、ラヴェル/ヴァイオリン・ソナタ
    (デュメイ、ピリス)
  4. ルクレール/ヴァイオリン・ソナタ集
    (寺神戸 亮 or サイモン・スタンデイジ)
  5. ベルク/ヴァイオリン協奏曲
    (ファウスト、アバド/モーツァルト管弦楽団)
  6. ローザ/ヴァイオリン協奏曲 第2番
    (ハイフェッツ、ヘンドル/ダラス交響楽団)
  7. イザイ/無伴奏ヴァイオリン・ソナタ
    (佐藤俊介 or 松田理奈)
  8. シベリウス/ヴァイオリン協奏曲
    (ハーン、サロネン/スウェーデン放送交響楽団)
  9. ベートーヴェン/ヴァイオリン・ソナタ 第9番「クロイツェル」
    (コパチンスカヤ、サイ or ムローヴァ、ベズイデンホウト)
  10. ブラームス/ヴァイオリン・ソナタ 第1番「雨の歌」
    (ファウスト、メルニコフ)
  11. ヤナーチェク/ヴァイオリン・ソナタ
    (五嶋みどり、アイディン)
  12. コリリアーノ/レッド・ヴァイオリン・コンチェルト
    (ベル、オールソップ/ボルティモア交響楽団)
  13. ヴィヴァルディ/ヴァイオリン協奏曲集「四季」
    (ビオンディ/エウローパ・ガランテ)
  14. メンデルスゾーン/ヴァイオリン協奏曲
    (イブラギモヴァ、ユロフスキー/エイジ・オブ・インライトゥメント管)
  15. ショーソン/ヴァイオリン、ピアノと弦楽四重奏のためのコンセール
    (パイク、ポスター、ドーリック弦楽四重奏団)
  16. フォーレ/ヴァイオリン・ソナタ 第1番
    (シャハム、江口玲)
  17. バルトーク/ヴァイオリン協奏曲 第2番
    (コパチンスカヤ、エトヴェシュ/フランクフルト放送響)
  18. チャイコフスキー/なつかしい土地の思い出
    (諏訪内晶子、モル)
  19. ジョン・ウィリアムズ/「シンドラーのリスト」から3つの小品
    (ギル・シャハム)
  20. 愛の喜び~ヴァイオリン名曲集(コン・アモーレ)
    (チョン・キョンファ、フィリップ・モル)

次点として次の曲を挙げておく。

  • プロコフィエフ/ヴァイオリン協奏曲 第2番
    (ヴェンゲーロフ、ロストロポーヴィチ/ロンドン交響楽団)

やっぱりコルンゴルトは最高だね。詳しくは下の記事を読んでください。

ヴァイオリン協奏曲の各楽章は過去にコルンゴルトが作曲した映画のテーマ音楽(ライトモティーフ、示導動機)が引用されている。濃密に浪漫的な音楽だ。

J.S. バッハの無伴奏作品については今更僕が語るまでもないだろう。チェリストが一生をかけて研鑽を積む最終目標地点がバッハの無伴奏チェロ組曲であるように、全てのソロ・ヴァイオリニストが目指す極北である。

デュメイとピリスのアルバム(93年録音)はフランス系ヴァイオリン・ソナタの名作を集めたもの。ただセザール・フランクはベルギー人だけれど。夏のアンニュイな午後に、酒の入ったグラスでも傾けながらゆったりと聴きたい。なお、デュメイが弾くフランクのソナタはコラールがピアノ伴奏を務めたディスク(89年録音)もお勧め。こちらは大変珍しいマニャール/ヴァイオリン・ソナタがカップリングされている。

ジャン=マリー・ルクレール(1697-1764、フランス)のヴァイオリン・ソナタはOp.5-7やOP.9-3もいい。格調高く、品がある。ルクレールはルイ15世より王室付き音楽教師に任命されるが地位をめぐる内部抗争で辞任。晩年は貧民街に隠れ住み、惨殺死体となって発見されるという劇的最後を遂げる。犯人は未だ不明。寺神戸 亮かサイモン・スタンデイジによるバロック・ヴァイオリンの演奏でどうぞ。

アルバン・ベルクが可愛がっていたアルマ・マーラの娘マノンが19歳で亡くなり、それを悲しんだ彼は作曲中だったヴァイオリン協奏曲に「ある天使の想い出に」という献辞を付けた。十二音技法で書かれた作品だが、終盤にはバッハのコラールが聴こえてきて祈りの音楽となる。アルマ・マーラーは華麗な男性遍歴で知られており、クリムトとも深い仲にあった。マーラの死後彼女は2度再婚している。一方アルバン・ベルクも不倫し放題の男であったのだが(「抒情組曲」は不倫相手への想いを語っている。またカルロス・クライバーは実はベルクの息子だという根強い噂!?もある)、アルマとベルクの関係はどうだったんだろう?なお、ファウストとアバドのCDはベートーヴェン/ヴァイオリン協奏曲がカップリングされている。

ハンガリー出身のミクロス・ローザ(ロージャ・ミクローシュ)のヴァイオリン協奏曲はビリー・ワイルダー監督の映画「シャーロック・ホームズの冒険」に転用されている。ハンガリー的哀愁がそこはかとなく漂う。初演者であるハイフェッツの演奏でどうぞ。なお、ローザは「白い恐怖」「二重生活」「ベン・ハー」で生涯3度アカデミー作曲賞を受賞した。

イザイはベルギーのヴァイオリニスト/作曲家。フランクのヴァイオリン・ソナタはイザイの誕生日に送られたもの。無伴奏ヴァイオリン・ソナタは大バッハの作品を意識した厳格さを有しながらも、20世紀に書かれた近代性も兼ね備えている。

シベリウスのコンチェルトは北欧らしいうら寂しさが魅力的。メラメラと鬼火のように燃える。

ベートーヴェンクロイツェル・ソナタ」でムローヴァはガット弦を張った1750年製グァダニーニとバロック弓を使用し、伴奏はフォルテピアノという徹底したピリオド・アプローチ。ルーマニアとウクライナに国境を接するモルドヴァ共和国に生まれたコパチンスカヤの演奏も奔放で魅力的。火傷しそうなくらい熱く、激烈である。

室内楽の名手ブラームスのソナタは手の届かないもの(=クララ・シューマン)への憧れの感情が心に沁み入る。第3楽章に自作「雨の歌」からの引用があるのだが、これはクララが大好きな歌曲だったという。

ヤナーチェクについては五嶋みどりの解説を読んでいただくのが一番いいだろう→こちら。民族色豊かで、仄暗い色気がある作品。オペラ「利口な女狐の物語」を観て分かったのはヤナーチェクの音楽はエロティックだということ。死ぬまで浮気をしていたような助兵衛ジジイだからね。

コリリアーノは映画「レッド・バイオリン」でアカデミー作曲賞を受賞した。その音楽を再構成したのヴァイオリン協奏曲である。冒頭にソロが奏でる妖しい旋律が循環主題として各楽章に登場する。サウンドトラックでもソロを担当したジョシュア・ベルの演奏でどうぞ。なお映画「レッド・バイオリン」(1998)は1つの楽器が数世紀に渡り人の手から手へと渡っていく物語だが、同様の趣向の作品として燕尾服が旅するジュリアン・デュヴィヴィエ監督「運命の饗宴」(1942)やスピルバーグ監督の「戦火の馬」(2011)がある。

僕がクラシック音楽を好きになった切っ掛けは小学校4年生の時に聴いたヴィヴァルディ「四季」だった。演奏はフェリックス・アーヨがソロを担当したイ・ムジチ合奏団のレコード(2度目の録音)。その頃はクラシックLP売上ランキングでイ・ムジチの「四季」がトップセラーの常連だった(当時一番売れていたのはミケルッチがソロを担当した3度目の録音)。また僕がイ・ムジチを生で聴いた時にリーダーを務めていたのはピーナ・カルミレッリ。しかしその後、アーノンクール/ウィーン・コンツェントゥス・ムジクスによるレコードが登場しその過激さで世間を席巻してからは状況が一転する。古楽器演奏全盛期の到来である。最早誰も微温的なイ・ムジチの演奏など見向きもしなくなった。古楽器の代表選手として刺激的なファビオ・ビオンディを第1に推すが、ジュリアーノ・カルミニョーラもいい。考えてみたらふたりともイタリア人だね。

巷で「3大ヴァイオリン協奏曲」といえばベートーヴェン、メンデルスゾーン、ブラームスを指し、チャイコフスキーを加えると「4大」となる。中でもメンデルスゾーン(通称メンコン)はヴィブラートをたっぷりかけ砂糖菓子みたいに甘ったるい演奏が大勢を占め、多くのクラシック音楽ファンは食傷気味になっている。ところがそのうんざり感を払拭するような演奏が登場した。イブラギモヴァは437Hz調弦によるヴィブラートを抑制したピリオド・アプローチ。ちなみに日本のモダン・オーケストラの標準ピッチはA音442Hzでヨーロッパでは444Hz辺だという。だからこのCDは若干音が低い。なんと新鮮に響くことだろう!メンデルスゾーンは当時忘れ去れれていたJ.S.バッハの「マタイ受難曲」を100年ぶりに蘇演した指揮者でもあった。さらにその後日談ともいうべきオラトリオ「聖パウロ」も作曲している。つまり、彼の音楽は決してロマンティックに解釈すべきではなく、バッハに対するようにアプローチすべきだというのが僕の結論(ファイナル・アンサー)である。

ショーソンコンセールを一言で表すなら、「幻夢の世界へようこそ!」

ドビュッシーやラヴェルら印象派と比較して、フォーレはあまり聴かれていない。知られているのは「レクイエム」と「シチリアーナ」「夢のあとに」くらいではないだろうか?特に室内楽には沢山素晴らしい曲があるのだが。ヴァイオリン・ソナタは優しい夢を描く逸品。シャハムのアルバムには他に、「シチリアーナ」「夢のあとに」「子守唄」といった珠玉の小品と、ピアノ三重奏曲が収録されておりお勧めしたい。

バルトークの音楽はやはり、土俗的なハンガリー色が魅力的。そのキャリアの出発点がハンガリー民謡の収集家だったということと決して無縁ではないだろう。何故だか郷愁を誘われるんだよね。

チャイコフスキーはヴァイオリンとピアノのための作品だが、グラズノフ編曲によるオーケストラ版もある。有名なヴァイオリン協奏曲もいいけれど、たまにはこういった愛すべき小品にも耳を傾けたい。

シンドラーのリスト」は言わずと知れたアカデミー作曲賞を受賞したスピルバーグ監督の映画のための音楽である。ユダヤ人の物語だからヘブライ風節回しが特徴的。映画のサントラはイツァーク・パールマンが弾いている。ギル・シャハムのCDはオーケストラとの共演盤とピアノ伴奏の2種類ある。なお、ジョン・ウィリアムズがミュージカル映画「屋根の上のヴァイオリン弾き」のために作曲したヴァイオリン協奏曲も一聴の価値あり。こちらの独奏はアイザック・スターン。

「コン・アモーレ」と題されたチョン・キョンファが弾く小品集は「愛の喜び」「愛の悲しみ」「ジプシーの女」とクライスラーの曲が3曲、他にエルガー「愛の挨拶」やドビュッシー「美しい夕暮れ」など選曲が優れている。以前の彼女の演奏と比べ、角がとれて柔らかくなった。同様の企画として五嶋みどりの「アンコール!」も定評があり、素晴らしい。こちらの選曲は一捻りあり。

プロコフィエフはロシア革命時に海外に逃れ約20年間亡命生活を送っていたが、後にソビエト連邦に帰国するという奇特な人生を送った。ヴァイオリン協奏曲 第2番の第1楽章は諦念の音楽。第2楽章は過去を懐かしむような回顧録。第3楽章はカスタネットが加わり、初演されたスペイン(マドリード)を彷彿とさせる情熱的舞踏音楽が展開される。

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コルンゴルトの歌劇「死の都」とヒッチコックの映画「めまい」

先日、びわ湖ホールでエーリヒ・ヴォルフガング・コルンゴルトのオペラ「死の都」日本初演を鑑賞し、アルフレッド・ヒッチコック監督の映画「めまい」との類似点に気が付いた。

英国映画協会BFI発行の「サイト&サウンド」誌が10年に1度、世界中の映画評論家846人を対象に実施する「史上最高の映画(Greatest Films of All Time)」アンケート2012年版投票結果で「めまい」は「市民ケーン」を押しのけ第1位に選出された。またスコセッシ、コッポラ、タランティーノ、ウディ・アレンら358人の映画監督による投票結果では第7位だった(第1位は小津安二郎の「東京物語」)。原作はフランスのミステリー作家ボアロー&ナルスジャックの「死者の中から」で出版は1954年。彼らの処女作「悪魔のような女」もアンリ=ジョルジョ・クルーゾー監督で映画化され、名作の誉れ高い。

一方、コルンゴルト「死の都」の原作はベルギーの作家/詩人であるジョルジュ・ローデンバックが書いた「死都ブルージュ」(1892)。日本では永井荷風や北原白秋、西条八十らがローデンバックを愛読していたという。

「死者の中から」も「死都ブルージュ」も現在日本では絶版。だから僕は今回、図書館で借りて読んだ。両者に共通する点を箇条書きにして挙げてみよう。

  • 主人公が愛した女は死んだが、その後突如そっくりの容姿をした女が彼の前に立ち現れる。
  • 彼は最初、魔法にかかったように女を尾行して街を彷徨い、その後彼女と言葉を交わしたりデートするくらい親しくなる。
  • 彼は死んだ女のことがどうしても忘れられず、目の前の彼女に同じ髪型をさせたり、同じ服を着させたりする(当然彼女はそれに対し抵抗する)。
  • 目の前の(蓮っ葉な)女と、過去の(理想の)女とのギャップに苦しみ、最終的に狂気に至った彼は彼女を絞殺し(殺し方まで一緒)、漸く心の安寧を得る。
  • 教会の鐘楼が重要な役割を果たす(主人公の不義や女の罪を咎めるように鳴り響く)。

こうして見ていくと、ボアロー&ナルスジャックがローデンバックの小説を下敷きにしたことは100%間違いない。プロットは全く同じと言っていいだろう。しかし僕が長年両者の類似に気が付かなかったのは、コルンゴルトのオペラもヒッチコックの映画も、ラストを変えていることに原因があった。「死の都」は主人公が女を絞殺した後、夢から醒めて実際は女が生きていたことに気が付く。そして新たな出発を決意した男が街から立ち去る場面で幕切れとなる。つまり「夢オチ」に改変されているのだ。一方、「めまい」の主人公ジェームズ・スチュアートは女を殺さない。女(キム・ノヴァク)を連れて鐘楼を登り、遂に彼は高所恐怖症を克服する。そして事件の真相を知る。そこへ暗闇から突如尼僧が現れ、恐慌をきたした女は足を踏み外して塔から転落する。はっきり言ってボアロー&ナルスジャックの原作より映画の方が劇的で断然いい。

僕は「めまい」のためにバーナード・ハーマンが作曲した浪漫的な音楽が大好きなのだが、これはワーグナーの楽劇「トリスタンとイゾルデ」をベースにしたものになっている。果たしてハーマンが作曲した時コルンゴルトの「死の都」が念頭にあったのかどうか、興味が尽きない(ワーグナー→R.シュトラウス→コルンゴルト→ジョン・ウィリアムズとライトモティーフ《示導動機》の手法は継承された)。

なお、コルンゴルト「死の都」は5月11日(日)深夜24時からNHK BSプレミアムで新国立劇場の公演が放送される予定である。

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宮藤官九郎作「万獣こわい」

4/30(水)森ノ宮ピロティホールへ。

Man

宮藤官九郎(クドカン)の最新作「万獣こわい」を観劇。「鈍獣」「印獣」に続く、演劇ユニット”ねずみの三銃士”-生瀬勝久・池田成志・古田新太による第三弾。今回のゲストは小池栄子・夏 帆・小松和重。演出は河原雅彦。

いわゆる北九州監禁殺人事件がこの物語のモデルになっている。監禁した被害者8人をマインドコントロールしお互いに虐待させたり、少女が唯一脱出して事件の重要証人となったのも同じ。それに連合赤軍のリンチ殺人や、死体をバラバラにして血抜きする桐野夏生(著)の傑作ミステリー「OUT」の要素も加味した作品に仕上がっている。

そんな陰惨なテーマをきっちりとコメディとして消化し、笑いの絶えない舞台作品に昇華しているのだからクドカンの才能恐るべし。また冒頭に落語「まんじゅうこわい」が高座で演じられ、落語のプロットが芝居に見事にリンクしていくその快感。やはり天才としか言い様がない。

ちなみにクドカンは落語家を主人公にしたテレビドラマ「タイガー&ドラゴン」を書いており、また彼がギターを担当するパンク・バンド「グループ魂」の持ち歌「東横線沿いに住みたいレズ」の歌詞(クドカン作詞)には「ざこば 南光 米朝師匠」が登場する。

恐怖や狂気は笑いと紙一重だということを実感させられた。悪意が煌めく空恐ろしい大傑作。これを観て確信したのはクドカンの才能は遥かに三谷幸喜を凌駕しているということだ(ちなみに僕は三谷が書いた芝居を20作品くらい観ている)。

最後に生瀬から舞台挨拶があった。「ねずみの三銃士、5年ぶりの新作です。その間にNHK『あまちゃん』で宮藤くんが全国区の人気者になりました。あまちゃんのイメージを期待して来られた方、ごめんなさい。いつもこんな感じです。僕が宮藤くんに代わって謝ります」会場が笑いに包まれたことは言うまでもない。

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なにわ《オーケストラル》ウィンズ 2014

5月4日(日)ザ・シンフォニーホールへ。

年に一回オーケストラ奏者が集う吹奏楽の祭典、なにわ《オーケストラル》ウィンズ(以下NOW)を聴いた。昨年はチケット発売日当日に朝10時から30分電話をかけ続け、繋がった時には完売で本当に悔しい想いをした。恨み辛みはこちらにぶちまけた。だが今年はチケット販売方法に抜本的な改革がなされた。まず、ザ・シンフォニーホールのチケットセンターのみの受付だったのが、ローソンチケットに変更となり、公演も昼夜2回に増えた。その結果即日完売することもなく、本当に聴きたかった(けれど今まで手に入らなかった)人々にチケットが行き渡ったようだ。金井信之NOW代表の英断に敬意を表したい。なお、チケットぴあは2006年にダブルブッキング事件を起こしており、NOWはぴあに拭えぬ不信感を持っているようである。

感想に入る前にProgram Notesに記載された「シンフォニック・ソング」の作曲家ロバート・ラッセル・ベネットについての間違いを指摘しておく(以下引用)。

1955年ミュージカル映画「オクラホマ!」でアカデミー作曲賞を受賞。

1956年3月21日に開催された1955年度(第28回)アカデミー賞で作曲賞を受賞したのは「慕情」のアルフレッド・ニューマン。ラッセル・ベネットが受賞したのはミュージカル映画音楽賞である。そもそもミュージカル「オクラホマ!」は作詞:オスカー・ハマースタインII、作曲:リチャード・ロジャースの名コンビによる最初の作品であり、ラッセル・ベネットは作曲に関与していない。彼が担当したのは映画化に際してのアレンジ/オーケストレーションである。つまりオスカーを受賞したのは編曲賞に該当する。6月に発売予定のライヴCDにおける解説では誤りが訂正されていることを期待する。

Now

今年の指揮者は淀川工科高等学校吹奏楽部名誉教諭(雑誌AERAによると定年後は無給で働いておられるそうだ!)丸谷明夫先生(丸)と岡山学芸館高等学校吹奏楽部の中川重則先生(中)。

  • グレイアム/サモン・ザ・ドラゴン (中)
  • グレインジャー/ガム・サッカーズ行進曲 (丸)
  • 合田佳代子/「斎太郎節」の主題による幻想
    (2014年吹奏楽コンクール 課題曲 III) (中)
  • 中西英介/最果ての城のゼビア
    (課題曲 I) (中)
  • スミス/ファンファーレ・バラード&ジュビリー (丸)
  • ベネット/シンフォニック・ソング (丸)
  • 小林武夫/コンサートマーチ「青葉の街で」
    (課題曲 IV) (丸)
  • 高橋宏樹/行進曲「勇気のトビラ」
    (課題曲 II) (丸)
  • スパーク/宇宙の音楽 (中)

アンコールは、

  • スーザ/行進曲「キング・コットン」 (中)
  • 星出尚志 編/ジャパニーズ・グラフティーXVII美空ひばりメドレー
     愛燦燦~リンゴ追分~お祭りマンボ~川の流れのように (丸)

グレイアムはトランペットのファンファーレが格好いい!ジョン・ウィリアムズの「スター・ウォーズ」や「ロサンゼルス・オリンピック・ファンファーレ」を彷彿とさせる。

グレインジャーの「Gumの木をSuckする(吸う)人」とは作曲家の生まれ故郷であるオーストラリアのヴィクトリア地方出身者に付けられたニックネームで、つまり自分自身のことを指している。鄙びた感じで懐かしいような、郷愁を誘う曲。僕は丸ちゃんが指揮する「リンカンシャーの花束」が大好きなのだが、それに通じる匂いがあった。

合田佳代子氏は大阪音大を卒業し、現在は同大学の演奏員を務めている。課題曲「斎太郎節」の主題による幻想はなんだか寂しい曲。ちょっとコーディル「吹奏楽のための民話」に近い感じ。メリハリが乏しく、これは「金賞を穫れない課題曲」だと想った。金賞受賞団体が殆ど取り上げなかった(1団体のみ!)2009年の課題曲「16世紀のシャンソンによる変奏曲」のことを想い出した。

課題曲「最果ての城ゼビア」はメロディアスで大河ドラマ風。冒頭部は霧の中から城が浮かび上がり(e.g.;黒澤明監督の映画「蜘蛛巣城」)、馬が駆ける描写が続く。

スミスの曲は緩徐部(バラード)の哀感がいい。グランドキャニオンに映える夕日を連想した。最後のジュビリーは超絶技巧で疾風の如し。吹奏楽コンクールでは支部大会でも1990年以降全く取り上げられておらず、全国大会に至っては1985年の阪急百貨店吹奏楽部が最初で最後(金賞受賞)という知られざる逸品である。これ最高!

ロバート・ラッセル・ベネットは先日、大阪桐蔭高等学校定期演奏会で聴いた「マイ・フェア・レディ」のアレンジも素晴らしかった。I. セレナードは都会的で洗練されている。II.(黒人)霊歌(Spiritual)は夜の音楽。ハーモニーが美しい。III.祝典は賑やかで調子外れのカーニバル。滅多に演奏されない古典的名作(1957年初演)を聴けて嬉しかった。

課題曲「青葉の街で」は爽やかなマーチ。ホルンがいい。マルちゃんの指揮はキビキビしている。ここで実験あり。「奏者が立つと、演奏に効果があるか?」また逆に主旋律を吹く奏者は座り、他全員が絶つパターンも。作曲家の小林武夫氏が来場しており、ステージへ。学生時代からアマチュアとしてファゴットを20年以上吹いており、その楽器に活躍する場を与えたかった。NOWは2007年の東京公演から何度か聴いており、このバンドで自分の曲を演奏してもらうのが夢だったと。また彼は震災のあった宮城県石巻市出身。先日地元の市民バンドが自分の曲を演奏してくれた。演奏するホールが津波で流され、団員も何人か亡くなってしまったけれど、それでも頑張ってやっていますと語った。何度も落選し、「(故郷のために)自分のできることは音楽しかない!」と挑戦し続けた朝日作曲賞。漸く彼はチャンスを掴んだのである。

続く課題曲「勇気のトビラ」はどうということのないふつーの行進曲だった。結局、課題曲V以外の4曲の中では「青葉の街で」がダントツに良かった。

僕は大阪市音楽団によるスパーク宇宙の音楽」の世界初演を生で聴いている。また精華女子高等学校が全日本吹奏楽コンクールで金賞を受賞した演奏も普門館で聴いた。だから想い入れの強い曲だ。

金井代表によると指揮者の中川先生は椎茸が嫌いだそうで、だから今回のプログラムの表紙は円を描く五線譜をきのこが廻っているデザインにしたと。「最初は『宇宙の音楽』にちなんで星の写真を使おうと思ったのですが、著作権の関係で断念しました。ちゃんと中川先生に配慮して椎茸は入れていないんですよ。毒キノコはありますが」冒頭のホルンがカッケー。そしてスケールがデカく、ロマン溢れる音楽が展開される。中川先生の指揮は良い意味でも悪い意味でも明快で曖昧さがなく、むしろ宇宙がテーマなので混沌があってもいいんじゃないかな?と想った。

今年は昼夜2回公演ということもあってか例年より短めで2時間50分とコンパクトに終了した。恒例だった開場直後のロビーコンサートや休憩時間のゲリラ・アンサンブル演奏も無し。ちょっと寂しい気もしたが、奏者の方たちも体力を温存しないといけないし、致し方無いだろう。それでも十分愉しかったし、中身が充実していた。

最後に、今後僕がNOWで聴きたい曲のリクエストを挙げておきたい。限りなく美しいハワード・ハンソン/ディエス・ナタリスと、カレル・フサ/プラハのための音楽1968である。ちなみに「プラハのための音楽」はジョージ・セルの依頼で作曲家自身が編曲したオーケストラ版もあるので、そちらも聴いてみたい。

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熱狂の日!ラ・フォル・ジュルネ びわ湖 2014 最終日

4月29日(火・祝)、びわ湖ホールへ。

ラ・フォル・ジュルネは1995年よりフランスのナントで開催されている音楽祭。2005年から東京でラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンが始まり、2008年から金沢、2010年から新潟と大津(びわ湖)、2011年から佐賀の鳥栖(とす)でも開催されている。「一流の演奏を低料金で提供し、明日のクラシック音楽の新しい聴衆を開拓する」というコンセプトに基づき、総合プロデューサーのルネ・マルタンが本国フランス同様、演奏家の選出や演奏会の選曲を行っている。基本的に1公演45〜60分でアンコールなし。入場料は1,500〜2,000円程度に抑えられている(東京では3,000円の公演もあるようだ。飽食の街=東京でこの音楽祭を開催することに果たして意義があるのか、甚だ疑問ではある)。

La2

今年のテーマは「ウィーンとプラハ」。ウィーンは特にブラームスに焦点が当てられた(モーツァルトやベートーヴェン、シューベルトは過去にテーマで取り上げられており、今回は除外)。僕はこの日、有料3,無料5(メインロビー)の計8公演を聴いた。まずは有料公演から。

29-M-1@中ホール。イリーナ・メジューエワのピアノで、

  • シューマン/アラベスク op.18
  • シューマン/3つの幻想的小品 op.111
  • ブラームス/6つのピアノ小品 op.118より
     1.間奏曲 イ短調
     2.間奏曲 イ長調
  • ブラームス/7つの幻想曲 op.116より
     3.奇想曲 ト短調
     4.間奏曲 ホ長調
  • ブラームス/4つの小品 op.119より
     4.狂詩曲 変ホ長調

イリーナはいつもながらの黒服で登場。禁欲的な尼僧を連想させる。彼女は優しいタッチでありながら、同時に切れがある。

「アラベスク」はストイックなロマンティシズムを感じさせる。「3つの幻想的小品」第1曲には激しさ、情熱、怜悧な知性があり、第2曲は慰め、第3曲は決然たる意思がある。

続くブラームスは手が届かぬ者(=クララ・シューマン)へのあこがれ。奇想曲はシューマンのノヴェレッテ第1番を彷彿とさせる。最後の狂詩曲は力強いが、決して力任せにならないところがイリーナの卓越した技術である。

29-M-2@中ホール。成田達輝(たつき)のヴァイオリン、萩原麻未のピアノで、

  • ヤナーチェク/ヴァイオリン・ソナタ
  • ドヴォルザーク/4つのロマンティックな小品 op.75より第1曲
  • ドヴォルザーク/ヴァイオリン・ソナチネ op.100

成田はフランスで学んでいるヴァイオリニストらしく、細かいヴィブラートをたっぷり掛ける。同じくパリ国立高等音楽院で研鑽を積んだ萩原はペダルを使い過ぎかなというのが些か気になる。音と音が繋がって幻想的になるのでこのテクニックはドビュッシーなどフランス印象派には向いているが、逆に言えば「切れ」がなくなる。彼女のモーツァルトを実演で聴いたが、これはいただけなかった。しかし今回のプログラムは彼女の資質に合っていた。柔らかいタッチだが、同時に小指が強靭で、キラキラとした音色が美しい。

ヤナーチェクは波のうねりのように始まる。緩徐楽章は繊細で、風のささやきのよう。

ドヴォルザークの4つのロマンティックな小品はメロディーメーカーの面目躍如。

ヴァイオリン・ソナチネ op.100は交響曲「新世界より」の作品番号が95、弦楽四重奏曲「アメリカ」が96なので、それより後の作品ということになる。第2楽章には明らかに黒人霊歌の節回しが刻印されていて印象深い。演奏の方は音楽の緊張とその緩和のコントラストが鮮やかで素晴らしかった。

29-S-3@小ホール。マリナ・シシュ(ヴァイオリン)、アンリ・ドマルケット(チェロ)、エマニュエル・シュトロッセ(ピアノ)で、

  • ブラームス/ピアノ三重奏曲 第1番
  • ドヴォルザーク/ピアノ三重奏曲 第4番「ドゥムキー」

これは早々に前売りが完売した公演で、ぼくはなんとか早朝に当日券に並び確保出来た。頑張った甲斐があった。

兎に角アンリ・ドマルケットのチェロが雄弁で瞠目した。よく鳴る!彼はパリ国立音楽院にてジャンドロン、フルニエ、トルトゥリエに、米国でシュタルケルに師事という経歴の持ち主。マリナ・シュシュのヴァイオリンは激しく、熱い。

ブラームスにはやはり憧れの感情があり、軽快さも兼ね備えている。

「ドゥムキー」とはウクライナ起源のバラード風民謡「ドゥムカ」の複数形。6楽章形式でソナタ形式を全く含まないという、スラヴ民族色が濃厚な名曲である。燃焼度が高く、火の玉のように駆け抜ける演奏。CDでもこれだけのレベルのものを聴いたことがないくらい。

無料公演(ロビーコンサート)は①Ensemble les Couleurs(アンサンブル・レ・クルール)でフェルステル/木管五重奏曲、②合唱団「輝らりキッズ」でブラームス/子守唄、日曜日、眠りの精、スメタナ/モルダウの流れ、③びわ湖声楽アンサンブルで「ウィーン、我が夢の街」、「メリー・ウィドウ」〜ワルツ、「こうもり」〜チャールダッシュ、乾杯の歌、④西川茉利奈(ヴァイオリン)、塩見亮(ピアノ)でスーク/4つの小品、⑤和谷泰扶(わたにやすお、ハーモニカ)、和谷麻里子(ピアノ)でブラームス/ハンガリー舞曲 第5番、子守唄、ドヴォルザーク/ユーモレスク、ジェームズ・ムーディー/スペイン風幻想曲トレドを聴いた。

特に印象に残ったのが長閑(のどか)で牧歌的なフェルステル(1859-1951、チェコにこんな作曲家がいたなんて知らなかった)の木管五重奏曲とスークの小品。ヨゼフ・スークはスーク・トリオで有名な同名ヴァイオリニストの祖父で、ドヴォルザークに師事し、その娘と結婚した。近代性と民族性の絶妙なバランス(さじ加減)が耳に心地よい。

La1

お昼はびわ湖ホール館内にある「レストラン・オペラ」で近江牛のステーキ御膳3,500円を食べた。先日、コルンゴルトのオペラ「死の都」を観に来た時は予約で満席で入ることが出来なかったのだが、今回は12テーブルあるうちお客は僕を含め3組のみで拍子抜けだった。多分、1万円以上出してオペラを聴きに来る人々と低料金のラ・フォル・ジュルネでは客層が違うのだろう。有料公演の客席も普段の演奏会と比べるとザワザワしていた。

また途中一服しに行った三井寺力餅が柔らかくて、すごく美味しかったことも付け加えておく。

ラ・フォル・ジュルネ びわ湖は「大阪クラシック」ほど混雑しておらず、びわ湖ホール内で完結しているので会場の移動の苦労もなく、とても楽しい一日を過ごすことが出来た。また来年も是非来たい。

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