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2014年4月 9日 (水)

庄司紗矢香 & メナヘム・プレスラー

4月8日(火)いずみホールへ。

庄司紗矢香(ヴァイオリン)、メナヘム・プレスラー(ピアノ)で、

  • モーツァルト/ヴァイオリン・ソナタ K.454
  • シューベルト/ヴァイオリンとピアノのための二重奏曲
    op.162, D.574
  • シューベルト/ヴァイオリンとピアノのためのソナタ 第1番
    op.137, D.384
  • ブラームス/ヴァイオリン・ソナタ 第1番「雨の歌」

メナヘム・プレスラーは御年90歳!1923年ドイツ生まれ。ナチスから逃れてイスラエルに渡り、後にアメリカに移住。ボザール・トリオの創設メンバーであり、ヴァイオリンとの共演は自家薬籠中の物。

庄司との年齢差は59歳だからお爺ちゃんと孫娘という感じ。

因みに僕が初めて庄司の演奏を生で聴いたのは2004年3月13日@岡山シンフォニーホールにおけるシベリウスのヴァイオリン協奏曲。コリン・デイヴィス/ロンドン交響楽団との共演だった。

さて、モーツァルトにおけるプレスラーのピアノは水を得た魚のよう。軽やかで、しかし同時にしっとりとした潤いもある。庄司は要所要所でヴィブラートを掛け、ノン・ヴィブラートで弾く箇所とのメリハリをしっかり付けていた。

続くシューベルト20歳の作品は稀代のメロディー・メーカーの面目躍如。伸びやかで、緑の若葉が揺れる木陰で憩う、光と影の繊細な揺らぎが描かれる。第2楽章プレストは庄司の自在さが鮮やか。

休憩をはさみ今度は19歳のシューベルト。愛らしい小品でむしろ「ソナチネ」という呼称こそ相応しい。昨年チョン・キョンファのリサイタルのアンコールでも聴いた。シューベルトってハラハラと散る桜の花びらのように儚いなと感じた。

ブラームスは優しい弱音で奏でられ、ぞんざいに扱うとヒビが入ってしまう玻璃のように繊細。絹の肌触り。第2楽章もやはりシューベルト同様に儚げで、もののあわれを感じた。庄司は作曲家の心の襞の奥底に入っていこうとするような、瞑想的・内省的音楽を展開してゆく。第3楽章はかそけき夢幻の世界。僕はたそがれ時に立ち現れる幻の女、例えば上方落語「立ち切れ線香」で死んだ小糸の三味線が突然鳴り出す場面、あるいは映画「ある日どこかで」のジェーン・シーモアや「ジェニーの肖像」のジェニファー・ジョーンズのことを想い出した。

すると、あろうことかアンコール1曲目は「亜麻色の髪の乙女」ではないか!これはまさしく「ジェニーの肖像」で使用された楽曲だった。ただごとではない気配が漂う。庄司が描く「乙女」に確かな実体はないのだ。彼女は16歳の時パガニーニ国際ヴァイオリン・コンクールにおいて史上最年少で(日本人として初めて)優勝したのだが、今やパガニーニ的ヴィルトゥオーゾの世界から遠く離れて、全く別の地平に向かって歩み続けているのだと僕は確信した。

2曲目はプレスラーの独奏でショパンのノクターン 遺作。映画「戦場のピアニスト」で使用され有名になった。ナチス・ドイツのポーランド侵攻以後、ワルシャワの廃墟の中を生き抜いたユダヤ系ポーランド人ピアニストの物語。それはプレスラー自身の体験とも重なり、まるでレクイエムのように響く。静かな佇まいでありながら、ひたひたと胸に迫る。庄司は彼の傍ら(譜めくりの椅子)にちょこんと座り、真剣に耳を傾けていた。

結局、

  • ドビュッシー/亜麻色の髪の乙女
  • ショパン/ノクターン第20番 遺作(ピアノ独奏)
  • ブラームス/ワルツ集 op.39より第15番
  • ショパン/マズルカ第13番 op.17-4(ピアノ独奏)

の4曲が演奏され、19時開演で終わってみると21時25分になっていた。時を忘れひたすら音楽に没頭した貴重なひとときであった。

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