シリーズ《音楽史探訪》音楽家の死様(しにざま)
ドイツのドレスデンに生まれたヘルベルト・ケーゲル(1920-90)はライプツィヒ放送交響楽団やドレスデン・フィルの指揮者として冷戦下の東ドイツで活躍したが、ベルリンの壁が崩れドイツが再統一された直後に拳銃自殺した。共産主義国家の瓦解に絶望したのだろうか?統一後に自分の仕事の場がなったことが原因とも言われているが、確かなことは分からない。ケーゲルの残したCDでは「展覧会の絵」が激しく個性的で強烈だ。「アルビノーニのアダージョ」も面白い。
作曲家フランツ・シュミットの教え子でありシュミットのオラトリオ「7つの封印の書」の初演(1938)を振ったオーストリアの指揮者オズヴァルト・カバスタ(1896-1946)はナチスの熱心な賛美者で、ミュンヘン・フィル主席指揮者就任の際にナチに入党した。このことが終戦後問題視され、占領軍から一切の演奏活動を禁止され、彼は妻と共に教会で服毒自殺を遂げた。
自殺した指揮者といえばカルロス・クライバーの評伝を読んでいて、父エーリヒが自殺したとを仄めかすような記載があったので驚いた。エーリヒ・クライバーは1956年1月27日にチューリヒのホテル浴槽で亡くなっていた。失血死だったようだ。丁度、モーツァルト生誕200年の日であった。偶然の病死とは考え難い。期待していたウイーン国立歌劇場総監督の地位をめぐる争いに敗れ、失意の底にあったとも言われている(1954年からカール・ベーム、56年からヘルベルト・フォン・カラヤンが就任した)。恐らくこれが「自殺」と公表されなかったのは宗教的理由があると考えられる。カトリック教徒は自殺が禁じられており、自殺者は教会で葬儀をあげることも教会墓地に埋葬されることも拒絶されて来たのだ(現在ではこの不寛容も変わりつつあるらしい)。
息子のカルロスにも自殺説が根強くある。彼の死の前年に妻スタンカ(元バレエ・ダンサー)が亡くなり、カルロスは落胆していた。彼は自ら愛車のアウディ・A8を運転し、スタンカの故郷スロベニアに向かった。その数日後、彼の遺体がスロベニアの別荘で発見された。使用人などはおらず、カルロスひとりきりだった。父子2代にわたる不審死である。
また、現在までにワーグナーの楽劇「トリスタンとイゾルデ」を指揮している最中に死亡した指揮者はふたりいる。1911年のフェリックス・モットルと1968年のヨーゼフ・カイルベルトである。カイルベルトは生前、口癖のようにこう言っていたという。
「モットルのように『トリスタン』を指揮しながら死にたい」
そして、その甘美な夢は実現した。
「トリスタン」は全3幕で上演時間は総計約4時間。指揮者はその間、暑い燕尾服を着てタクトを振る(運動する)。当然脱水状態になり易く、心筋梗塞を誘発するというわけだ。サウナでよくある心臓発作や、腹上死などと同じ理屈である。
次に作曲家に目を向けてみよう。
オーストリアのウィーンに生まれたアントン・ヴェーベルン(1883-1945)は第二次世界大戦直後の45年9月15日、ザルツブルク近郊のミッタージルで夜間、喫煙のためにベランダに出てタバコに火をつけたところ、闇取引の合図と勘違いされアメリカ兵にその場で射殺された。なんとも気の毒な話である。
壮絶な最後で想い出すのがフランス、バロック期の作曲家ジャン=マリー・ルクレール(1697-1764)だ。彼はルイ15世より王室付き音楽教師に任命されるが、宮廷楽団の監督権をめぐりライバルと対立し辞任。晩年はなぜか人目を避けて貧民街に隠れ住むようになり、そのあばら屋で惨殺死体となって発見された。犯人は未だに特定されていない。何ともミステリアスではないか。ルクレールの作品は特にヴァイオリン・ソナタが素晴らしい。
フランスの作曲家ではあと今年没後100年を迎えるアルベリク・マニャールの死様が凄まじいのだが、それはまた別の話。彼については改めて記事を書きたいと想う。
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