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2014年4月

映画「アデル、ブルーは熱い色」

評価:C-

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フランス映画。スピルバーグが審査委員長を務めたカンヌ国際映画祭で最高賞のパルム・ドールを受賞。映画公式サイトはこちら

レズビアン映画である。僕は同性愛に全く興味が無いが、高い評価を受けた作品は基本的に観ることにしているので映画館に足を運んだ。

果てしなくつまらなかった。女子高生のアデルがある日、街で青い髪の女を見かけ、一目惚れする。初めて自分の中に潜んでいた同性愛の嗜好に気付くアデル。彼女は女に愛の告白をし、情交し、遂には同棲生活を始める。しかし女が絵の個展のために忙しく働き、相手にしてもらえないのを寂しく思ったアデルは男と浮気する。それがバレて絶交を言い渡され泣き叫ぶアデル。しかし壊れた関係は二度と修復出来ないのであった……。

いや、確かにこの物語ってレズビアンというのが新鮮だけれど、相手を男に置き換えたらよくある陳腐な恋愛話、痴話喧嘩じゃない?僕は評価しないし、スピルバーグがどうして最高賞を与えたのか、全く理解出来ない。そもそも彼の好みのジャンルじゃないしね。それから本作は山本周五郎賞を受賞した中山可穂の小説「白い薔薇の淵まで」とプロットが全く同じであることも指摘しておく。

主人公のアデルにもムカついた。高校の友だちから「あなたを(学校に)迎えに来た女の人、レズビアンじゃない?付き合っているの?」と訊かれても否定し、親にも恋人であることを隠して「哲学を教えてもらっている」と嘘をつく。もっと正直になれよ!そんなに恥ずべきことか?これを観て理解したのは、フランスには未だに同性愛者を蔑視する傾向が根強いということ。アメリカやイギリスと比較するとずいぶん遅れている(社会的に成熟していない)んだね。

これだけ巷で評価が高いのに、僕にとって退屈だったのは同性愛に対する偏見なのだろうか?と自問自答してみた。しかし例えばゲイ映画「Mr.レディMr.マダム」(=ラ・カージュ・オ・フォール,1978)とか「ベニスに死す」(1971)、「太陽がいっぱい」(1960)、「さらば、わが愛/覇王別姫」(1993)、「ウエディング・バンケット」(1993)等は面白いと想うし、傑作だと認めているので、そんなことはない筈だ。結局、映画としての出来が悪いのだろう。画面で青を強調しているのは分かるけれど、なんだかなぁー。

女子高生アデルを演じたデル・エグザルコプロスは決して美人とは言えないが、ナイスバディだった。その恋人エマ役のレア・セドゥを僕が初めて意識したのが「ミッション・インポッシブル/ゴースト・プロトコル」の殺し屋役。あの時はすごくセクシィだと感じたのに、今回は(バンバン脱ぐにもかかわらず)そうでもなかった。

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ドヴォルザークの「自然と人生と愛」〜寺岡清高/大阪交響楽団 定期

4/24(木)ザ・シンフォニーホールへ。

寺岡清高/大阪交響楽団で、オール・ドヴォルザーク・プログラムを聴く。8割の入り。

副題で「マーラーとそのライヴァルたち」とあるが、実はマーラーもドヴォルザークと同じく現在のチェコ(ボヘミア地方)生まれなのである。マーラーは都会のウィーンに出たが、ドヴォルザークは生まれ故郷に留まった。その違いが音楽にどう出ているか、ということを探求するシリーズである。

  • 序曲「自然の中で」
  • 序曲「謝肉祭」
  • 序曲「オセロー」
  • 交響曲 第7番

前半は序曲三部作「自然と人生と愛」。ドイツ語圏では「自然三部作」とも呼ばれているそう。「自然の中で」の冒頭のテーマが後の2曲でも引用されており、連続で演奏されることが念頭に作曲されている。実際、1892の初演時にも3曲続けて披露された。

「謝肉祭」は比較的演奏される機会が多く僕自身生で数回聴いたが、他は全く初めて。ましてや、まとめて聴けるチャンスは希少価値と言えるだろう。

「自然の中で」は情感豊か。柔らかく、伸びやかな演奏で気持ちがいい。「謝肉祭」は人生の讃歌。寺岡はプレトークで「オセロー」にワーグナーからの影響を指摘していたが、確かに和音が「トリスタンとイゾルデ」を彷彿とさせる。また冒頭部は「新世界から」第2楽章に楽想が似ている。僕はこの三部作を「人類誕生以前の自然の姿」「人間の生」「その死」という風に感じた。連続して聴いて初めて分かることがある。その確かな手応えがあった。

後半は僕が大好きな第7番。プレトークでブラームス/交響曲 第3番との類似に言及されたが、そりゃ確かにそうだけれど、だからといってこの作品の価値が貶められるわけではないだろう。歌心とメリハリを兼ね備えた演奏。畳み掛ける終楽章は一糸乱れぬ緻密なアンサンブルが展開され、大いに満足した。

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寺神戸亮×チョー・ソンヨンのバッハ

4/19(土)豊中市にあるノワ・アコルデ音楽アートサロンへ。

バロック・ヴァイオリン:寺神戸亮、チェンバロ:チョー・ソンヨンJ.S.バッハヴァイオリンとオブリガート・チェンバロのためのソナタ全曲を聴いた。55席がほぼ満席。寺神戸はここに8回目の登場となる。

  • 第1番 ロ短調
  • 第2番 イ長調
  • 第3番 ホ長調
  • 第4番 ハ短調
  • 第5番 ヘ短調
  • 第6番 ト長調

当初の発表では第2・4番が割愛されていたが、「第4番の演奏はないんですか?」といった問い合わせがあり、急遽変更になったという。

全曲調性が違うというのが、「平均律クラヴィーア曲集」を作曲した大バッハらしい。寺神戸はプレトークで「それぞれの曲で全く性格が異なる」と語った。また「それまでチェンバロの右手は即興的に弾かれることが多かったのですが、バッハは右手の楽譜もきっちり書いた。左手が通奏低音の役割を果たし右手が第2声部。つまりこのソナタは恰も3声のトリオ・ソナタのような構成になっているのです」と。

寺神戸のヴァイオリンはしっとり落ち着いて潤いがある。村人の朴訥とした語り口を連想させる。バロック楽器の音色は雑味があっていぶし銀の味わい。

韓国・ソウルで音楽の勉強を始め、2年前にデン・ハーグ音楽院を最高得点で卒業したチョー・ソンヨンのタッチは強靭で腕が立つ奏者だ。寺神戸はラ・プティット・バンドと韓国に演奏旅行に行った際、まだ学生だった彼女と知り合い、その才能に感心したという。

バッハの「ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ」は「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」と比較すると、演奏頻度が高いとはいえない。しかしじっくり聴くとやはり当然ながら素晴らしい。

長調は人間の肯定と生きる歓びに満ち、宗教的厳しさはない。僕はリクエストで追加された第4番ハ短調が一番好きだ。仄かな哀しみと寂しさ、陰りがある。

なお車椅子に乗った痴呆老人が娘に付き添われて聴きに来ていた。その老婆が第5番演奏中に大声で喚きだして寺神戸は演奏を中断、「大丈夫ですか?」と声をかける事態に。

母親に良い音楽を生で聴かせたいという気持ちや、介護の疲れで憩いを求める気持ちは分からなくもない。しかし、その他の聴衆や演奏家に迷惑をかけてはいけない。どうして多くの音楽会が「未就学児童お断り」なのか今一度よく考えるべきだ。厳しいことを書くが、(一部の)老人というのはいわば乳幼児みたいなものなのだから。

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シリーズ《音楽史探訪》没後100年・マニャールを知っていますか?

この記事はシリーズ《音楽史探訪》音楽家の死様と併せてお読み下さい。

僕はある日、通勤中にナクソス・ミュージック・ライブラリー(NML)でヴィア・ノヴァ四重奏団の演奏するショーソンやルーセルの弦楽四重奏曲を聴いていた。すると突如として激しく情熱的な音楽が始まったのでびっくりした。電撃的啓示を受けたと言ってもいい。収録リストを見てみるとマニャールと書いてある。全く知らない作曲家だ。名前の語感からしてスペイン人??興味を持ったので調べてみた。

アルベリク・マニャール(1865-1914)はフランスの作曲家。今年没後100年だが非常にマイナーな人なので演奏会で取り上げられるという話はとんと聞かない。コラールが用いられていることから「フランスのブルックナー」と呼ばれることもあるが、作風は全く異なり見当違いも甚だしい。

兵役を経験し法学校で学んだ後、ヴァンサン・ダンディに師事する。ダンディはセザール・フランクの弟子であり(フランクのことを「お父さん」と呼び、評伝も書いた)、マニャールはフランクの門下生と考えて良いだろう。

第一次世界大戦が勃発するとマニャールは妻と2人の娘を疎開地に避難させ、自分自身はバロンにある邸宅を守るため居残った。そこへドイツ兵が侵入、彼は銃を持って抵抗し、発砲してひとりを射殺。ドイツ兵は反撃し、マニャール邸に火を放った。後日屋敷の焼け跡から黒焦げの遺体が発見された。またこの際、歌劇「ゲルクール」の総譜や新作の歌曲が焼失した。しかし友人のロパルツが記憶を頼りに「ゲルクール」のスコアを再現し、1931年に蘇演された。

鮮烈かつ壮絶な最後である。その内的な攻撃本能(衝動)が彼の音楽の中にも垣間見られる。

4曲ある交響曲のうち第1番はフランクが得意とした循環主題の手法が用いられているが、後期の作品ではすっかり影を潜め、独自の路線を打ち出している。傑出しているのは第4番。第1楽章は激しく、第2楽章スケルツォで民族音楽風の箇所が登場するのが面白い。第3楽章レントは祈りのように清浄で、第4楽章のフーガも格好いい。トーマス・ザンデルリンク/マルメ交響楽団のCDでどうぞ。

マニャールのヴァイオリン・ソナタは名ヴァイオリニストで作曲家のウジェーヌ・イザイに献呈されており、1902年にイザイの手で初演された。ちなみにフランス系ヴァイオリン・ソナタの最高傑作と呼ばれるフランクのソナタもイザイの結婚祝いとして贈られている。チェロ・ソナタと共にメラメラと燃える激情を有した傑作。またピアノが単なる伴奏にとどまらず、ヴァイオリン(あるいはチェロ)と対等に主張するのも特徴的。デュメイ&コラールのCDを推す。また半音階的にたゆたうように始まるチェロ・ソナタは第1楽章からいきなりフーガが登場するので意表を突かれる。

叙情的に歌うフルート、オーボエ、クラリネット、ファゴットとピアノのための五重奏曲もいい。

ピアノ三重奏曲も魅力的な楽曲らしく、これからマニャールを知ったという方がいらっしゃるのだが、残念ながら現在NMLには登録されていないようだ。近いうちに聴ける機会が巡ってくることを心から願っている。

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シリーズ《音楽史探訪》音楽家の死様(しにざま)

ドイツのドレスデンに生まれたヘルベルト・ケーゲル(1920-90)はライプツィヒ放送交響楽団やドレスデン・フィルの指揮者として冷戦下の東ドイツで活躍したが、ベルリンの壁が崩れドイツが再統一された直後に拳銃自殺した。共産主義国家の瓦解に絶望したのだろうか?統一後に自分の仕事の場がなったことが原因とも言われているが、確かなことは分からない。ケーゲルの残したCDでは「展覧会の絵」が激しく個性的で強烈だ。「アルビノーニのアダージョ」も面白い。

作曲家フランツ・シュミットの教え子でありシュミットのオラトリオ「7つの封印の書」の初演(1938)を振ったオーストリアの指揮者オズヴァルト・カバスタ(1896-1946)はナチスの熱心な賛美者で、ミュンヘン・フィル主席指揮者就任の際にナチに入党した。このことが終戦後問題視され、占領軍から一切の演奏活動を禁止され、彼は妻と共に教会で服毒自殺を遂げた。

自殺した指揮者といえばカルロス・クライバーの評伝を読んでいて、父エーリヒが自殺したとを仄めかすような記載があったので驚いた。エーリヒ・クライバーは1956年1月27日にチューリヒのホテル浴槽で亡くなっていた。失血死だったようだ。丁度、モーツァルト生誕200年の日であった。偶然の病死とは考え難い。期待していたウイーン国立歌劇場総監督の地位をめぐる争いに敗れ、失意の底にあったとも言われている(1954年からカール・ベーム、56年からヘルベルト・フォン・カラヤンが就任した)。恐らくこれが「自殺」と公表されなかったのは宗教的理由があると考えられる。カトリック教徒は自殺が禁じられており、自殺者は教会で葬儀をあげることも教会墓地に埋葬されることも拒絶されて来たのだ(現在ではこの不寛容も変わりつつあるらしい)。

息子のカルロスにも自殺説が根強くある。彼の死の前年に妻スタンカ(元バレエ・ダンサー)が亡くなり、カルロスは落胆していた。彼は自ら愛車のアウディ・A8を運転し、スタンカの故郷スロベニアに向かった。その数日後、彼の遺体がスロベニアの別荘で発見された。使用人などはおらず、カルロスひとりきりだった。父子2代にわたる不審死である。

また、現在までにワーグナーの楽劇「トリスタンとイゾルデ」を指揮している最中に死亡した指揮者はふたりいる。1911年のフェリックス・モットルと1968年のヨーゼフ・カイルベルトである。カイルベルトは生前、口癖のようにこう言っていたという。

「モットルのように『トリスタン』を指揮しながら死にたい」

そして、その甘美な夢は実現した。

「トリスタン」は全3幕で上演時間は総計約4時間。指揮者はその間、暑い燕尾服を着てタクトを振る(運動する)。当然脱水状態になり易く、心筋梗塞を誘発するというわけだ。サウナでよくある心臓発作や、腹上死などと同じ理屈である。

次に作曲家に目を向けてみよう。

オーストリアのウィーンに生まれたアントン・ヴェーベルン(1883-1945)は第二次世界大戦直後の45年9月15日、ザルツブルク近郊のミッタージルで夜間、喫煙のためにベランダに出てタバコに火をつけたところ、闇取引の合図と勘違いされアメリカ兵にその場で射殺された。なんとも気の毒な話である。

壮絶な最後で想い出すのがフランス、バロック期の作曲家ジャン=マリー・ルクレール(1697-1764)だ。彼はルイ15世より王室付き音楽教師に任命されるが、宮廷楽団の監督権をめぐりライバルと対立し辞任。晩年はなぜか人目を避けて貧民街に隠れ住むようになり、そのあばら屋で惨殺死体となって発見された。犯人は未だに特定されていない。何ともミステリアスではないか。ルクレールの作品は特にヴァイオリン・ソナタが素晴らしい。

フランスの作曲家ではあと今年没後100年を迎えるアルベリク・マニャールの死様が凄まじいのだが、それはまた別の話。彼については改めて記事を書きたいと想う。

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大草原の小さな家

息子が生まれてから、(映画やテレビドラマの中で)将来彼に何を観せたらよいかをしばしば考えるようになった。そしてドラマで真っ先に頭に浮かんだのが「大草原の小さな家」である。

「大草原の小さな家」は1974年から82年までアメリカNBCの製作で9シーズンに渡り放送された。日本では75年からNHKで放送され、僕は小学生の頃に観ていた。

昔発売されたDVDは高価だったようだが、現在は例えばシーズン1(全24話)のバリューパック8枚組がAmazon.co.jpならなんと2,500円程度で手に入る。DVD 1枚が300円少々、1話(45-48分)に換算するとたった100円!あまりの安さにびっくりする。

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調べてみると「父さん」役のマイケル・ランドンは第1話の放送当時37歳で、「母さん」役のカレン・グラッスルが32歳。小学生で観た頃は遥か先をゆく頼もしい大人だと思っていたのに、いつの間にか僕が彼らの年齢を通り越してしまった。しかし今でも「父さん」は逞しく大きな包容力で見守ってくれるし、「母さん」は綺麗で優しく、凛として賢い。ふたりは理想の両親である。そして主人公ローラ役のメリッサ・ギルバートはそばかす顔の可愛い女の子で、姉メアリー役のメリッサ・スー・アンダーソンは中々の美人である。

あと驚いたのは、マイケル・ランドンがこのシリーズに出演するだけではなくエグゼクティブ・プロデューサー(製作総指揮)を務めていたこと。さらに初回のパイロット版「旅立ち」(「大草原の小さな家」特別版DVDに収録)では監督もこなしている。どうも各シーズンの第1話は必ず彼が監督していたようだ。ランドンが脚本・監督したシーズン1の「ローラの祈り」やシーズン2「町一番の金持ち」などは非常に感動的なエピソードである。こんな才能があったなんて全然知らなかった!また「ローラの祈り」には映画「マーティ」でアカデミー主演男優賞を受賞した名優アーネスト・ボーグナインが出演していることも特筆に値する。

古い作品なので画質がどうかと心配したが特に問題ない。同じシーズンでもフィルムの保存状態が違うのか、各回で色合い(褪せ具合)が異なるのはご愛嬌。懐かしい日本語吹き替えでも、日本語字幕付き英語版でも鑑賞可能。今まで吹き替え版しか知らなかったから、初めてインガルス一家の生声を聴いた。

本当に久しぶりに再開して感じたことは「Homeに戻ってきた!」という歓びと安堵感である。それは「風と共に去りぬ」でスカーレット・オハラがタラに帰った時の気持ちに似ている。この物語こそ、僕の原点なのだ。小学生で観たきりなのにパイロット版の映像も記憶に残っていて、我ながら驚いた。デヴィッド・ローズが作曲したテーマ曲も、何もかも皆懐かしい。今回聴き比べて分かったのだが各シーズンごとにオープニングとエンディング曲のアレンジが少しずつ異なるんだね。

放送開始から40年経った現在観ても、十分鑑賞に耐えうるし中身も色褪せていない。これは家族の物語であり、アメリカ開拓史としても面白い。あと倉本聰作の「北の国から」は明らかにこの作品をベースにしていることも判明した。実際、「北の国から」企画の段階から日本版「大草原の小さな家」を目指したとの証言もあり、Wikipediaにもそのことが記載されている。

今の小学生や中学生の子供達にも是非観てもらいたい。「わんぱくでもいい、たくましく育って欲しい(1970年代CMのキャッチコピー)」、そんな願いが込められた愛しい作品である。

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ピリオド・アプローチの向こう側/ジンマン&クレーメルのベートーヴェンとブラームス

4月13日(日)フェスティバルホールへ。

デイヴィッド・ジンマン/チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団で、

  • ベートーヴェン/ヴァイオリン協奏曲
  • ブラームス/交響曲 第1番

ヴァイオリン独奏はギドン・クレーメル。

1980年代以降にベートーヴェンの交響曲演奏に革命が起こった。ブリュッヘン/18世紀オーケストラやガーディナー/オルケストレル・レヴォリューショネル・エ・ロマンティークら古楽器演奏による録音の登場である。90年代になり、それはモダン・オーケストラを古楽器風に演奏するピリオド・アプローチに進展して行った。

その急先鋒だったのがアーノンクール/ヨーロッパ室内管弦楽団(1990-91)とジンマン/チューリヒ・トーンハレ管弦楽団(1997-98)の全集である。ジンマンの全集はまた、当時刊行前だったベーレンライター版楽譜を初めて採用したCDでもあった。

クレーメルはアーノンクールとモーツァルトやベートーヴェンのコンチェルトを録音しているので、ピリオド・アプローチは自家薬籠中の物である。

ベートーヴェンのカデンツァは20世紀までクライスラーかヨアヒム作が用いられるのが殆どだったが、クレーメルはアーノンクールとのCDでピアノ(!)とティンパニ独奏付きのものを採用し、世間の度肝を抜いた。今回はそれとはまた異なり、管楽器とティンパニを伴うものだった。

彼のヴァイオリンは鋭く、知性がある。線はやや細く、研ぎ澄まされている。ひらめきとモダニズムを感じさせるベートーヴェン。オーケストラは小さなティンパニを使用。ジンマンの指揮ぶりはキビキビとして機動力がある。第2楽章の主題と変奏は清新。第3楽章は弾力があってリズミカルな演奏だった。

僕は彼らの演奏を聴きながら、立川談志のスローガン「伝統を現代に!」を想起した。アンコールがまた意表を突いていた。

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一方、ブラームスのピリオド・アプローチはガーディナーを含め成功例が皆無に等しい。だからジンマンはどうするのだろう?と注目した。ところが、中庸なテンポであくまでオーソドックス。通常のティンパニで、弦も普通にヴィブラートをかける。拍子抜けした。第1楽章提示部の繰り返しも慣例通り省略。しかし、しばらく聴いているうちに引き締まって覇気がある演奏だなと想うようになった。一見さりげないが、内容が充実している。ベートーヴェンが生み出した「苦悩を乗り越えて歓喜へ!」という構想を踏襲しているとか、完成まで21年も費やしたといった気負いや重苦しさを感じさせることはない。サラッとして若々しく、美しい音楽が展開されてゆく。第2楽章は澄んだ湖のように透明度が高く清冽。仄かなあこがれが感じられる。第3楽章は愉しい気分に満ち、第4楽章序奏でも決して深刻ぶらない。主部に入ってもしなやかで、朗々としたホルンの響きに痺れた(ブラームスからクララ・シューマンに送られた葉書にこの旋律が記され、「山の高みから、深い谷から、あなたに千回の挨拶を送ろう」という歌詞が添えられている)。なんという清々しさ。終結部は弾け、歓喜が爆発する。

20世紀の巨匠たち(フルトヴェングラー、カラヤン、ベーム、バーンスタインら)の手垢にまみれ、重厚なイメージに毒されたこのシンフォニーの汚れを洗い流し、瑞々しい「青春交響曲」としての本来の姿を明らかにした、鮮烈な名演であった。

アンコールはブラームス/ハンガリー舞曲 第1番。流麗で躍動感と生命力に溢れた演奏。めまぐるしく変わるテンポに指揮者とオケが丁々発止とやり合う姿がスリリングだった。

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10年目の吉野の桜 (10年桜)

岡山から関西に引っ越してきて、10回目の春を迎えた。

この季節に奈良へ旅し、吉野山で桜を見るというのは毎年欠かせない年中行事となった。

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上の写真は中千本から上千本を見上げた風景である。

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下方に伸びた木の影までが美しい。

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2歳の息子(勿論、彼が0歳の時から連れて来ている)はこの風景を眺めながら「おばぁちゃ〜ん!」と叫んだ。どうやら最近お気に入り「となりのトトロ」のメイちゃんを真似ているらしい。

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僕は否応なく、新海誠監督の「秒速5センチメートル」のことを想い出した。

ソメイヨシノの花びらは重たいので散り際に垂直に落ちるが、吉野の山桜は軽くて横に流れるか、風向き次第では上空に舞い上がる!それはもう言葉を失う、圧倒的情景だ。

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今井信子 presents スーパー・ピアノ・カルテット

3月26日(水)、ザ・フェニックスホールへ。

  • モーツァルト/ピアノ四重奏曲 第2番
  • ベートーヴェン/弦楽三重奏 第4番
  • シューマン/3つのロマンス(ヴィオラ&ピアノ)
  • ドヴォルザーク/ピアノ四重奏曲 第2番

ヴィオラは今井信子。ヴァイオリンはロシア出身のドイツ人ダニエル・アウストリッヒ。今井信子が主宰するミケランジェロ弦楽四重奏団のメンバーでもある。チェロはエクアドル系スペイン人のフランシスコ・ヴィラ。ピアノはソウル生まれでチョン・ミュンフン/ソウル・フィルとの共演で名門ドイツ・グラモフォンからベートーヴェンのピアノ協奏曲「皇帝」をリリースしたキム・ソヌク。4人全員が国籍もバックグランドも全く異なる所が面白い。それでもしっかり緻密なアンサンブルを聴かせるのだから、本当に「音楽に国境はない」んだね。

モーツァルトではピアノの明晰さが光った。

ベートーヴェンには緊張感があり、厳しさとか宿命を感じさせた。熱い演奏だった。

シューマンは抒情的。ヴィオラの音はまるでバリトンの声のようで胸に深く染み入る。

ドヴォルザークは歌謡性があり、やはりこの作曲家は稀代のメロディーメーカーだなと想った。

アンコールはシューマン/ピアノ四重奏曲 作品47から第2楽章アンダンテ・カンタービレ。これはちょっと甘ったるくていただけなかった。

室内楽の演奏家は弦楽四重奏団とかピアノ・トリオという単位で活動している場合が多い。だから弦楽三重奏とかピアノ四重奏曲を生で聴ける機会は滅多にない。そういう意味でも貴重な体験だった。

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庄司紗矢香 & メナヘム・プレスラー

4月8日(火)いずみホールへ。

庄司紗矢香(ヴァイオリン)、メナヘム・プレスラー(ピアノ)で、

  • モーツァルト/ヴァイオリン・ソナタ K.454
  • シューベルト/ヴァイオリンとピアノのための二重奏曲
    op.162, D.574
  • シューベルト/ヴァイオリンとピアノのためのソナタ 第1番
    op.137, D.384
  • ブラームス/ヴァイオリン・ソナタ 第1番「雨の歌」

メナヘム・プレスラーは御年90歳!1923年ドイツ生まれ。ナチスから逃れてイスラエルに渡り、後にアメリカに移住。ボザール・トリオの創設メンバーであり、ヴァイオリンとの共演は自家薬籠中の物。

庄司との年齢差は59歳だからお爺ちゃんと孫娘という感じ。

因みに僕が初めて庄司の演奏を生で聴いたのは2004年3月13日@岡山シンフォニーホールにおけるシベリウスのヴァイオリン協奏曲。コリン・デイヴィス/ロンドン交響楽団との共演だった。

さて、モーツァルトにおけるプレスラーのピアノは水を得た魚のよう。軽やかで、しかし同時にしっとりとした潤いもある。庄司は要所要所でヴィブラートを掛け、ノン・ヴィブラートで弾く箇所とのメリハリをしっかり付けていた。

続くシューベルト20歳の作品は稀代のメロディー・メーカーの面目躍如。伸びやかで、緑の若葉が揺れる木陰で憩う、光と影の繊細な揺らぎが描かれる。第2楽章プレストは庄司の自在さが鮮やか。

休憩をはさみ今度は19歳のシューベルト。愛らしい小品でむしろ「ソナチネ」という呼称こそ相応しい。昨年チョン・キョンファのリサイタルのアンコールでも聴いた。シューベルトってハラハラと散る桜の花びらのように儚いなと感じた。

ブラームスは優しい弱音で奏でられ、ぞんざいに扱うとヒビが入ってしまう玻璃のように繊細。絹の肌触り。第2楽章もやはりシューベルト同様に儚げで、もののあわれを感じた。庄司は作曲家の心の襞の奥底に入っていこうとするような、瞑想的・内省的音楽を展開してゆく。第3楽章はかそけき夢幻の世界。僕はたそがれ時に立ち現れる幻の女、例えば上方落語「立ち切れ線香」で死んだ小糸の三味線が突然鳴り出す場面、あるいは映画「ある日どこかで」のジェーン・シーモアや「ジェニーの肖像」のジェニファー・ジョーンズのことを想い出した。

すると、あろうことかアンコール1曲目は「亜麻色の髪の乙女」ではないか!これはまさしく「ジェニーの肖像」で使用された楽曲だった。ただごとではない気配が漂う。庄司が描く「乙女」に確かな実体はないのだ。彼女は16歳の時パガニーニ国際ヴァイオリン・コンクールにおいて史上最年少で(日本人として初めて)優勝したのだが、今やパガニーニ的ヴィルトゥオーゾの世界から遠く離れて、全く別の地平に向かって歩み続けているのだと僕は確信した。

2曲目はプレスラーの独奏でショパンのノクターン 遺作。映画「戦場のピアニスト」で使用され有名になった。ナチス・ドイツのポーランド侵攻以後、ワルシャワの廃墟の中を生き抜いたユダヤ系ポーランド人ピアニストの物語。それはプレスラー自身の体験とも重なり、まるでレクイエムのように響く。静かな佇まいでありながら、ひたひたと胸に迫る。庄司は彼の傍ら(譜めくりの椅子)にちょこんと座り、真剣に耳を傾けていた。

結局、

  • ドビュッシー/亜麻色の髪の乙女
  • ショパン/ノクターン第20番 遺作(ピアノ独奏)
  • ブラームス/ワルツ集 op.39より第15番
  • ショパン/マズルカ第13番 op.17-4(ピアノ独奏)

の4曲が演奏され、19時開演で終わってみると21時25分になっていた。時を忘れひたすら音楽に没頭した貴重なひとときであった。

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《宝塚便り》花のみち

宝塚大劇場前に「花のみち」はある。

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僕が宝塚を初めて訪れたのは忘れもしない1998年宙組「エリザベート」だった。それから数十回観劇に来たが、4月初旬はなかった。

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昨年8月にこちらに移り住んで初めての春を迎えたのだが、こんなに桜のトンネルが見事だとは驚いた。圧巻である。

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道端にはちょうど菫の花も咲いており、正に春爛漫。周辺にはいい匂いが漂っている。

余談だが宝塚歌劇でしばしば歌われる「すみれの花咲く頃」を作曲したのはドイツ軍楽隊のカペルマイスター(隊長)で作曲家のフランツ・デーレ。発表されたのは1928年で後にシャンソン化され、それをパリで耳にした歌劇団の演出家・白井鐵造(てつぞう)が1930年に上演された「パリ・ゼット」の主題歌として使った。

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神尾真由子×井上道義/大フィル 定期(ミッキーに質問!「ショスタコーヴィチの謎」)

この4月から大阪フィルハーモニー交響楽団の首席指揮者に就任した井上道義氏(公式愛称はミッキー、ミッチーじゃないよ。由来は→こちら)は以前、日本ショスタコーヴィチ協会会長を務めていた(この協会の実態が現在どうなっているかは不明)。また2007年には日比谷公会堂でショスタコの全15交響曲を1ヶ月で演奏するというプロジェクトを完遂した。

ミッキーに、以前からどうしても質問したかった「ショスタコーヴィチの謎」がある。それは「どうしてショスタコの交響曲はやたらとユニゾンで演奏させる所が多いのか?」ということである。尋常ではない割合だ。僕が初めて彼の交響曲を聴いたのは小学校5,6年生の頃。交響曲第5番だった。その時からユニゾンの多さに唖然とした。響きが単純明快(薄っぺら)で、「この作曲家はオーケストレーションが下手なのか!?」とすら感じた。ジョン・ウィリアムズ作曲の「スター・ウォーズ」の方がよっぽど凝っていると想った(今でもそう確信している)。交響曲第13番「バビ・ヤール」でもご丁寧に男声合唱はほとんどユニゾンである。

その後、ショスタコとスターリンとの確執、絶えず生命の危機(粛清)の不安に慄きながら作曲したという事実を知った。彼の音楽がアイロニー(皮肉、二重性)や諧謔精神に満ちているのはそのためだったのだ。ショスタコの音楽は一筋縄ではいかない。表面に隠された意図を汲み取らねば真の価値は分からない。聴き手は作曲家の深層心理の第4層、第5層へと潜り込む必要がある。まるで映画「インセプション」みたいだ。

ユニゾンが多いことに関しては諸説がある。

  1. 旋律を強調する:例えばヴェルディのオペラみたいに、多数の楽器で同じ旋律を奏でれば、強烈な印象を与えることが出来る。しかしショスタコの発想がそんな単純なことだけである筈はない(勿論、理由の一つではあるだろうが)。
  2. ソビエト共産党政権の「統制」「強制」を象徴している:スターリンが「これは社会主義リアリズムから逸脱した音楽だ!」と断じれば、他の者達も全て「そうだ!」と唱和する。異論は許されない。この説にはかなり説得力がある。

さて、ミッキーの解釈は如何に?

4月4日(木)フェスティバルホールへ。

Mickey

井上道義/大阪フィル、神尾真由子(独奏)で、

  • チャイコフスキー/ヴァイオリン協奏曲
  • ショスタコーヴィチ/交響曲 第4番

ミッキー×神尾の組み合わせなら、是非コルンゴルトのヴァイオリン協奏曲を聴きたかった!神尾は昨年東京で演奏しているし、ミッキーはコルンゴルトのオペラ「死の都」を初演している。しかし2,700席のフェスティバルホールを2日間いっぱいにしないといけない使命を帯びていることを考えると、「客寄せパンダ」としてのチャイコフスキーも致し方ないのかも知れない。大フィルが定期で一度も取り上げたことがないコルンゴルトは来期以降の課題としたい。

神尾のヴァイオリンは粘り腰で野太い音。強い意志を感じさせる。チャイコフスキー国際コンクールで優勝した頃の演奏はもっと攻撃的で猪突猛進だったが、現在の彼女は角が取れエレガントさを増した。より緻密に、より自在に。第1楽章はゆったりとしたテンポで進行する。第2楽章は密やかに、咽び泣くよう。ニュアンス豊かで美しい弱音をじっくり聴かせる。第3楽章は一転して軽やかで機敏。一気に感情を開放し、燃え上がる。鮮やか!

オペラ「ムツェンスク郡のマクベス夫人」に対する「プラウダ」批判にさらされ、生命の危険を察知したショスタコービチ交響曲4番の初演を取り下げる。その後このシンフォニーは実に25年間も封印され、スターリンの死後1961年に漸く日の目を見た。しかも親友のムラヴィンスキーに拒絶され、コンドラシンがタクトを振ったというオマケ付きで。

ミッキーは「私の最も好きな交響曲です」と断言する。実際、交響曲第4番こそショスタコの最高傑作とする意見は多い。でショスタコは「生き延びるために」誰にでも理解出来て、単純な人間ほど熱狂する交響曲第5番を代わりに書いた。

ミッキー/大フィルは第1楽章(約30分!)からモーレツでパンチが効いた演奏を繰り広げる。阿鼻叫喚、激情の音楽。クライマックス、プレストのフーガは狂騒的で完全に常軌を逸している。邪悪さすら感じられた。ある意味ドストエフスキーの小説に登場する「過剰な登場人物」と相通じる所がある。僕だったらこれを「悪霊交響曲」と名付けたいな、などと考えながら聴いた。間奏曲(小休止)的な第2楽章(8分)を経て第3楽章(約30分)へ。滑稽な、調子はずれのワルツや行進曲が展開される。ふと連想した言葉は「死霊の盆踊り」。「禿山の一夜」か、はたまた「ワルプルギスの夜」か!?いずれにせよ最後に夜は開けるが、そこに広がるのはペンペン草も生えない不毛の荒野だった……。

そら恐ろしい音楽、そして超弩級の名演だった。ミッキーの指揮ぶりは鬼気迫るものがあり、オーケストラもそれによく応えた。いやはや参りました。

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第六回 枝光・雀々 二人会

3月20日(木)天満天神繁昌亭へ。

  • 桂優々/七度狐
  • 桂枝光/大安売り
  • 桂雀々/一人酒盛
  • 桂雀々/子ほめ
  • 桂枝光/立ち切れ線香

優々は兄弟子が2人、弟(妹)弟子が2人(鈴々、草々)いたが、今は自分ひとりになってしまったと。

大安売り」は明朗な高座。

一人酒盛」のマクラでは酔っ払った時の桂米朝やざこばの様子を活写。本編はマシンガン・トークで語り部のいらちな感じが良く出ていた。

子ほめ」では師匠・枝雀から対面で習った「伊勢海老が税金納めに行く格好」「ボウフラが水害に遭ぉたよぉな格好」が受けていた。

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笑福亭三喬・柳家喬太郎/東西笑いの喬演

3月14日(金)エルセラーンホールへ。

以前この会は大阪市立こども文化センターで開催されていたが、「椅子が小さすぎる!」と聴衆から不満の声が上がり、ホテル内にあるコジャレた場所に替わった。

  • 春風亭正太郎/芋俵
  • 柳家喬太郎/道灌
  • 笑福亭三喬/天王寺詣り
  • 笑福亭三喬/馬の田楽
  • 柳家喬太郎/ぺたりこん(三遊亭円丈 作)

芋俵」は江戸落語だが、上方の喜六(喜ぃさん)とちがって、江戸の与太郎のキャラクターは何だか嫌だ。喜六が”愛すべきアホ”なのに対して、与太郎の場合は知的障害者を馬鹿にしている感じで全く共感出来ない。やっぱりお江戸は駄目だなぁ。

道灌」は喬太郎が新宿末広亭にて初高座で演じたいわゆる前座ネタ。しかし平成二十三年にはトリで掛けたという。「(太田)道灌公が狩倉(かりくら)に出たときのことだ」 「オッ、ローマ帝国の暴君で酒池肉林の宴会を開いた!」「そりゃカリギュラだ」 とか、インデアンカレーの話題も飛び出し自由奔放。軽やかで今まで聴いたことのない件(くだり)もあり、さすがベテランの味わいだった。

天王寺詣り」に出てくる「亀山のちょん兵衛はん」とは竹細工のおもちゃ。上に小さな人形が乗せてあり、手を離すと回転しながら飛び上がる仕組みになっている。五代(先代)桂文枝の「天王寺詣り」は途中、サーカスの件(くだり)があったそうだが、三喬版では覗機関(のぞきからくり)が登場。また「あべのハルカス」や「ゆとり教育」などの話題も飛び出すなど、喬太郎に対抗して色々工夫があつた。

馬の田楽」ではマクラで食の話。牛肉+卵は関西で他人丼。でも関東では開花丼という。しかも牛だけではなく豚もそう呼ぶそう。噺に登場する子どもたちが何とも可愛らしかった。

ぺたりこん」のマクラで喬太郎は三喬の覗機関に刺激を受けて「私も歌います!」と。AKB48「恋するフォーチュンクッキー」のメロディに載せ落語「たらちね」(上方の「延陽伯」)の長たらしい名前を言うところを振りを交えて披露。これがもう抱腹絶倒の面白さ!「論文発表して、しばらくしたら取り下げたい」と時事ネタを絡め、会場は大いに盛り上がる。三遊亭圓丈 作「ぺたりこん」はカフカの「変身」みたいに理不尽でシュールなネタ。喬太郎の演技はある種の狂気を孕み、凄みを感じた。

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