宴の後に/アカデミー賞 2014を分析する
今年のアカデミー賞、僕の予想で的中したのは作品賞・監督賞・主演女優賞・助演女優賞・主演男優賞・助演男優賞・脚本賞・脚色賞・撮影賞・作曲賞・視覚効果賞・美術賞・衣装デザイン賞・録音賞・音響編集賞・外国語映画賞・短編ドキュメンタリー賞・メイクアップ賞の計18部門。まぁ、例年並みだった。昨年同様、分かれた作品賞と監督賞を当てたし、主要部門は抑えたので、まずまずといったところだろうか。最多受賞は「ゼロ・グラビティ」の6±1部門で(結果は7部門)、「アメリカン・ハッスル」は無冠だろうという予言も正鵠を射た。
作品賞と監督賞の行方が異なるというのはそれだけ多くの映画にスポットライトが当たるわけで、良い傾向ではないだろうか?「それでも夜は明ける」は黒人(アフリカ系アメリカ人)が監督した映画として初の作品賞受賞であり、「ゼロ・グラビティ」で監督賞を受賞したアルフォンソ・キュアロンはメキシコ人。ラテン・アメリカ出身者として初の快挙である。昨年2度目の監督賞を獲ったアン・リーは台湾人であり、最早アカデミー賞は白人の祭典ではなくなったことを端的に示している。これこそ真の国際化と言えるだろう。なお、助演女優賞を受賞したルピタ・ニョンゴはメキシコで生まれケニアで育った非アメリカ人だし、最近ではイタリア映画「ライフ・イズ・ビューティフル」でロベルト・ベニーニが主演男優賞を、フランス映画「エディット・ピアフ ~愛の讃歌~」でマリオン・コティヤールが主演女優賞を受賞しており、第84回に作品・監督賞を受賞した「アーティスト」はユダヤ系リトアニア人が監督したフランス映画である。アメリカ人が有利という神話は既に崩壊している。
今年の「それでも夜は明ける」と「ゼロ・グラビティ」の一騎打ちは1983年の第55回アカデミー賞を想起させる。この年は「ガンジー」と「E.T.」が賞を競い合った。一方が実録物の社会派で、もう一方がSFという状況が類似している。そしてスピルバーグの最高傑作「E.T.」は主要部門で敗れ、真面目だけれど凡庸/愚鈍な「ガンジー」が作品賞と監督賞を攫った。その後スピルバーグは「カラー・パープル」「シンドラーのリスト」「プライベート・ライアン」「リンカーン」などアカデミー会員好みの映画を撮るように転向していく。
「ガンジー」の受賞はアカデミー賞の歴史の中でミス・ジャッジとして有名だが(NYタイムズ紙は「オスカーはノーベル平和賞と取り違えているみたいだ」と書いた)、アカデミー会員は対外的に「善き人(良識派)」と思われたいという心理的欲求がある。だから今回も「ゼロ・グラビティ」ではなく奴隷制の罪を描く「それでも夜は明ける」が作品賞に選ばれた。司会のエレン・デジェネレスが授賞式冒頭に「今宵、はっきりするのは『それでも夜は明ける』が作品賞を受賞するか、それともあなたたちがレイシスト(人種差別主義者)であるか、どちらかよ」と言ったのはアカデミー会員の深層心理/恐怖心を突いた名言であった。因みに彼女はゲイであることをカミングアウトしており、やはりマイノリティ(かつての被差別者)に属す。
ただ、映画史に残る傑作「ゼロ・グラビティ」に監督賞を与えたのは「ガンジー」の頃に比べると進歩と言えるだろう。あれから30年。現在アカデミー会員の多くは幼少期に「トワイライト・ゾーン」や「宇宙大作戦(スター・トレック)」「スター・ウォーズ」などを観て育った世代だ。だから宇宙を舞台にした「ゼロ・グラビティ」も受け入れられたという背景が考えられるだろう。
また以前にも書いたが、イケメン男優は顔が邪魔をしてオスカーを受賞出来ないというジンクスがある。ロバート・レッドフォード、ブラッド・ピット、ジョニー・デップ、レオナルド・ディカプリオらがそれに該当する。しかし今回「それでも夜が明ける」でブラピがプロデューサーとして受賞したのはすごく良かったと想う。因みにロバート・レッドフォードは「普通の人々」で監督賞を受賞している。
最後に、気が付いていない人が多いと想うが「アナと雪の女王」は長編アニメーション部門でディズニー本社の初受賞となった。部門が新設された2001年の第1回受賞作品がドリーム・ワークスの「シュレック」で翌年が「千と千尋の神隠し」。その後ピクサー・アニメーション・スタジオの快進撃が続くが、ピクサーはあくまでディズニー傘下の別会社である。昨年の短編アニメ「紙ひこうき」に続き今年は長編部門を制し、長期低迷していたウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオは完全復活を遂げた。これはピクサーからディズニーに乗り込み、チーフ・クリエイティブ・オフィサーになったジョン・ラセター(「アナと雪の女王」製作総指揮)の功績である。
「風立ちぬ」は残念な結果に終わったが、現在全米公開の準備が着々と進んでいる高畑勲監督「かぐや姫の物語」がきっと来年リベンジしてくれることだろう。
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コメント
毎回興味深く拝見しております。
差し出がましいようですが、
エレン・デジェネレスは‘レズビアン’ではないでしょうか?
ゲイは男性の同性愛者となると思いますので...。
LGBTについては、敏感な問題で、
妙な所に食いつく人も居ると思いますので、
コメントをさせていただきました。
投稿: 通りすがりの者 | 2014年3月14日 (金) 14時33分
以前、男性を示すスチュワートと女性のスチュワーデスという言葉がありましたが、現在は統一されてフライト・アテンダントと呼ばれるようになりました。「看護婦」という言葉もなくなり、男女とも「看護師」に一本化されました。これが世界の趨勢です。同様に、英語圏では近年女性同性愛者(レズビアン)に対してもgayという用語が用いられる傾向にあります。Wikipediaのエレン・デジェネレスの項でも「ゲイ」が使われています。そもそも男女を区別する必然性はないと思いませんか?
仰るとおり、これは非常にデリケートな事項なので、僕も熟慮した上で万全を期して書いております。ご心配なく。
投稿: 雅哉 | 2014年3月14日 (金) 22時37分