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2014年2月22日 (土)

蘭寿とむ主演 宝塚花組「ラスト・タイクーン」/作・演出の生田大和に物申す!

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小説家スコット・フィッツジェラルドをこよなく愛する宝塚の演出家は言うまでもなく小池修一郎である。小池は1991年に「華麗なるギャツビー」を世界で初めてミュージカル化し宝塚雪組で上演、菊田一夫演劇賞を受賞した。また小池が台本を書いた1997年花組公演「失われた楽園-ハリウッド・バビロン-」(真矢みき・千ほさち主演)はフィッツジェラルドの「ラスト・タイクーン」にインスパイアされた傑作である(ただ楽曲はイマイチなので再演時には一新した方がいいと想う)。

ハリウッドを舞台にした「ラスト・タイクーン」はフィッツジェラルド未完の遺作で、1976年にエリア・カザン監督、ロバート・デ・ニーロ、ジャック・ニコルソン、ジャンヌ・モロー、ロバート・ミッチャムらが出演し映画化されている。脚色はイギリスの劇作家でノーベル文学賞を受賞したハロルド・ピンター。

フィッツジェラルドは妻ゼルダと連日連夜繰り広げた放蕩の挙句、嵩んだ借金返済のためハリウッドの脚本の仕事を請け負った。映画「風と共に去りぬ」に携わったライター17人の中にも彼の名前がある。その経験が「ラスト・タイクーン」の礎となっている。

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今回宝塚花組が上演した版の作・演出は生田大和(いくたひろかず)。本作が大劇場デビューとなる。

とにかく台本が酷い。壊滅的である。映画スタジオに労働組合を作りストライキするとか、共産党指導者がやってくるとか、こんな辛気臭い話はフィッツジェラルドの世界ではない。原作への愛が感じられないし、また宝塚歌劇にも全然合ってない。新劇や「レ・ミゼラブル」みたいなシリアスな芝居がしたいなら宝塚を辞し、他所でおやりなさい(おぎーこと、荻田浩一のように)。

そもそもこの労働組合の目的・目指すところがサッパリ分からない。結局、蘭寿とむ演じる大物プロデューサー、モンロー・スターとともに全員スタジオから解雇されるのだが、それでも彼らは映画の製作を続けようとする。その設定も無茶苦茶だ。だって不可能じゃない?考えてもご覧よ、既に撮影したフィルムはスタジオのもので彼らが勝手に持ち出すことは出来ないし、映画化権だってスタジオが所有している。袋小路、Dead Endだ。

で資金調達に奔走する主人公は飛行機事故であっけなく死んでしまう。エッ、解雇されたスタッフのその後はどうなるわけ??放置プレーかよ!また蘭乃はな演じるヒロインは酒に溺れ、暴力をふるうDV男との腐れ縁から抜け出すことが出来ない。主人公が死んだ後の彼女の人生は不幸になるしか道がなさそうだ。つまりそれまで広げてきた風呂敷を何も回収することなく、登場人物たちを突き放したまま突如物語は終了を宣言するのである。呆気にとられた。これでは身勝手・無責任と言わざるを得ない。生田はもう一度台本をいろはから勉強し直したほうがいい。

それから主人公と対立する映画プロデューサーを演じた明日海りお(蘭寿退団後、花組トップに就任予定)の扱いが酷すぎる。まず髭を生やしたスーツ姿が全然似合っていない。彼女の持ち味が生かされていないのだ。この男、することなすことがセコくて、ずる賢い嫌な奴にしか見えない。魅力が皆無。つまりあて書きが出来ていない。座付作家として失格である。

「記録は消せても人々の記憶は消せない」とか、使い古された台詞も陳腐なんだよ。「翼ある人びと ーブラームスとクララ・シューマンー」の上田久美子とは雲泥の差だ。

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僕は以前から、宝塚歌劇の問題点の一つは演出家に台本を書かせることだと想っている。優れた演出家が優れた劇作家とは限らない。演出部と台本部を独立させたらどうだろうか?物語冒頭の蘭寿とむの格好いい登場のさせ方とか、スムーズな場面転換、照明などの演出には光るものを感じたのだが……。惜しい。今後一切、生田大和が係る舞台には足を運ばないと固く心に誓った。

さて、後半のメガステージ「TAKARAZUKA ∞ 夢眩」の作・演出は齋藤吉正。僕は彼の大劇場デビュー作月組「BLUE・MOON・BLUE」から観ているが、演出家として優れたセンスを持っているなと常々想っていた。今回も、バラエティ・ショーみたいで何だかコンセプトは意味不明だが、個々の場面は十分愉しめた。ロケット(ライン・ダンス)の見せ方も変化球で凝っていて、並外れた才能を感じさせる。あと明日海りおのマタドール(闘牛士)の格好が無茶苦茶はまっていて、惚れぼれと見た。ピエロが登場するおもちゃ箱的場面はファンタスティックだし、大階段で黒燕尾の男役たちをV字に並ばせるのもイカしている。また娘役の透ける衣装に背後から光を当てる照明が美しかった。全般に前半の芝居の大量失点を挽回し、満足出来る作品に仕上がっていた。

これが退団公演となる蘭寿とむは朗々とした歌唱力、ダンス力、そして演技力と三拍子揃った男役だった。彼女は何でも出来た。宝塚音楽学校時代、入学から卒業まで一度も首席の座を他に渡さなかったというエピソードも頷ける。今まで素晴らしい舞台を本当にありがとう。そして卒業後の活躍も期待しています。

最後に、蘭乃はなは美人なんだけれど、如何せん歌唱がお粗末。聴けたもんじゃない。明日海りおがトップお披露目となる次回花組公演「エリザベート」で彼女はタイトルロールを演じるわけだが、「本当に大丈夫か?」と不安が募る一方である。

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コメント

私も見に行きました。ひどかったですね…。
蘭寿とむさんが完璧にかっこよかっただけに、芝居のあらすじに憤りを感じました。
最後のフィルムケースを開けると、そこからパンドラの箱みたいにぶわっと出てくる映像はとっても良かったんですが。
トラディショナルなショーの華やかさで何とか持ち直して帰途につきました。

投稿: ちかちか | 2014年2月22日 (土) 14時13分

ちかちかさん、お久しぶりです。4年ぶりでしょうか?

芝居の方は余りにもお粗末なので、東京公演にこれを持っていくのはやめて、中身を小池修一郎作「失われた楽園-ハリウッド・バビロン-」に切り替えたらどうでしょうか?タイトルは「ラスト・タイクーン」そのままでいけると想いますし。

仰るように演出は悪くないんです。台本の才能がないだけで。ゆえに生田大和は今後、オリジナル作品を創るのは一切やめて、例えば海外ミュージカルの演出のみに専念すれば良いのではないかと考えます。

投稿: 雅哉 | 2014年2月22日 (土) 21時30分

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