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2014年1月

2014年1月31日 (金)

進化した「たちきり」/笑福亭鶴瓶落語会

1月26日(日)兵庫県立芸術文化センターへ。

  • 笑福亭鶴瓶/鶴瓶噺 (約30分)
  • 笑福亭鉄瓶/ちりとてちん
  • 桂かい枝/ハル子とカズ子 (かい枝 作)
  • 笑福亭鶴瓶/かんしゃく
  • 笑福亭鶴瓶/たちきり (立ち切れ線香)

用事があり鶴瓶が西宮北口から武庫之荘まで阪急電車に乗った時、車両の乗客全員から「オォー!」と一斉に見られたそう。以前だったら「鶴瓶や」とひそひそ話が聞こえる程度だったが、明らかに反応が変わった。「半沢直樹」に出演したことが原因だろう。最終回の視聴率は関西地区で50%近くまで行ったわけだし、日本人の約半数が自分が半沢の父を演じたことを知ってくれていると。

最前列に小学校1年生の女の子が座っており、その母曰く「半沢直樹」を見て「この人(鶴瓶)の落語をどうしても聴きたい!」と言ったので連れてきたと。

鶴瓶は昨年の独演会から「半沢直樹」のネジを持ち歩いているのだと言ってポケットから取り出した!撮影で実際に使用された(堺雅人が持っていた)小道具で、ドラマ同様に指輪ケースに入っている。それを小1の女の子に手渡す。「後で返してや」

知り合いからは「(半沢の父が)首吊って笑ったのは初めてや」と言われたそう。「ひどいでしょう?」客席は爆笑。

昨年、吉永小百合から直々に電話があり、「今度の映画で鶴瓶さんのお力を是非お貸しいただきたいの」と言われた。それが吉永企画・主演の「ふしぎな岬の物語」でまもなくクランク・インするという。なんと、吉永の恋人役だそう。「信じられます?あの吉永小百合とですよ!?石原裕次郎や渡哲也と共演してきた」

また今年1月4日にハワイで現地の人に案内され、米軍のゴルフ場(カネオヘクリッパー,Kaneohe Klipper )でゴルフをしたと。すると遠くの方からやって来たのがなんとオバマ大統領!何度もボティ・チェックを受け、コースを廻るのも中断させられた。するとオバマがつかつかと近寄ってきて手袋を外し、握手しながら「私のためにお待たせしてすみませんでした。Happy New Year ! 」と声を掛けてくれたのだとか。

かい枝は鉄板ネタを披露。マクラもいつもと同じ。確かに面白いんだけれど、もう少し冒険心が欲しかった。いや、確かに失敗は許されない場だし、気持ちも分かるのだけれど。

かんしゃく」は八代目桂文楽が得意とした古典落語(明治時代の作品)。オリジナルは実業家が主人公だが鶴瓶は師匠の六代目・笑福亭松鶴に置き換えている(エピソードも異なる)。これがとうしても聴きたかったので嬉しかった!勿論軽やかで秀逸だったし、亡き師匠への思慕の念がよく伝わってきた。

たちきり」は五代目・桂文枝が得意としたネタ。鶴瓶は2007年に高座に掛けているが、今回はリニューアル版での口演。

マクラで成長とともに「おちょぼ」→「半玉(はんぎょく)」→「芸姑(げいこ)」と呼ばれ、芸姑になって初めて線香が使用されるので「一本立ち」すると解説あり。また茶屋はあくまで場所を提供するだけで、芸姑は置屋から手配され、料理も料理屋からの出前であったと。師匠・松鶴の妻「あーちゃん」は元芸姑だったので、鶴瓶をしばしばお茶屋に連れて行ったという。

鶴瓶の「たちきり」は2009年7月に聴いている。その時とはずいぶん印象が変わった。特に驚いたのは終盤。通常の型は仏壇の三味線が鳴り始めてから若旦那が驚くという演出だが、鶴瓶の場合は急にハッとして「小糸……」と言い、それを切っ掛けに三味線が入るのだ。つまり先に若旦那は小糸の「気配」を感じるのである。これには唸った。素晴らしい「たちきり」だった。

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2014年1月26日 (日)

捻ったウィーンプログラム~下野竜也/大阪交響楽団 定期

ザ・シンフォニーホールへ。

下野竜也/大阪交響楽団による定期演奏会。前半が川久保賜紀をソリストに迎え、

  • シェーンベルク/ヴァイオリン協奏曲
  • パガニーニ/カンタービレ (ソリスト・アンコール)

後半はオール・スッペ・プログラムで変化球のニュー・イヤー・コンサート仕立て。

  • 序曲「ウィーンの朝・昼・晩」
  • 喜歌劇「快盗団」序曲
  • 喜歌劇「美しいガラテア」序曲
  • 喜歌劇「スペードの女王」序曲
  • 喜歌劇「軽騎兵」序曲 (アンコール)

まずシェーンベルクのヴァイオリン協奏曲を生で聴ける機会は滅多にない。因みに日本で最も保守的な選曲をすることで知られる大阪フィルハーモニー交響楽団定期を調べてみると、(1947年に発足した関西交響楽団時代を含め)一度も取り上げられたことがない。

そして考えてみれば僕もそうだったが、日本のクラシック音楽ファンの99.9%は「軽騎兵」序曲以外のスッペの曲を生で聴いたことがない筈だ(大フィル定期でスッペが取り上げられたことは皆無である)。

客の入りは9割。マニアックな内容なのに集客に成功しているのはお見事としか言いようがない。

川久保賜紀はチャイコフスキー国際コンクールで1位なしの2位になったそう。サラサーテ国際ヴァイオリン・コンクールでは1位。彼女の奏でる音は線が細いが、研ぎ澄まされている。下野の指揮は拍子がはっきりしていて明晰な解釈。透明感があった。

僕は小学校4年生頃からクラシック音楽を聴き始めたが、当初はシェーンベルクやリゲティ、ペンデレツキなど十二音技法〜無調音楽を嫌悪していた。訳が分からないし、聴いていて不快。彼らが20世紀の音楽を駄目にしたと信じて疑わなかった。しかし慣れとは不思議なもので、今回ヴァイオリン協奏曲を聴いていて凄く面白かった。

20世紀に国家規模で行われた壮大な実験として共産主義革命が挙げられるだろう。結果は惨憺たる失敗に終わったが、無意味ではなかった。資本主義国家も彼らから刺激を受けて、社会福祉など社会保障制度が充実したのである。多分シェーンベルクが生み出した十二音技法もそういう実験だったのだと今では理解している。

そんな時代もあったねと/いつか話せる日がくるわ/あんな時代もあったねと/きっと笑って話せるわ
(中島みゆき「時代」)

その時は来たのだ。なお21世紀となった現代、調性音楽の復権が進んでいる。その潮流を代表する作曲家が吉松隆だ。

さて後半、スッペでは優美に歌い、軽やか。ウキウキしたリズム、テンポは目まぐるしく変化し、メリハリがある。

「快盗団」ではギターが登場。「美しいガラテア」のワルツは華やかで夢見るよう。曲目解説を読むとピグマリオンのお話なんだね。このギリシャ神話はジョージ・バーナード・ショーによる同名の戯曲となり、1913年に初演された。その「ピグマリオン」を原作としたミュージカルが「マイ・フェア・レディ」である。

「軽騎兵」序曲は」パンチが効いており、弦楽群によるハンガリー(ロマ)風旋律の強奏が印象的。

兎に角愉しい!スッペの魅力に開眼した一夜だった。

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2014年1月22日 (水)

「半沢直樹」の魅力を分析する。

TBSのテレビドラマ「半沢直樹」最終話の視聴率は関東で42.2%、関西で45.5%を記録し、1977年以降の民放のテレビドラマ史上第1位となった。主演の堺雅人は大ブレイク、流行語大賞まで掻っ攫った。

巷で話題になり、僕が観たいと思った時には既に舞台が大阪から東京に移って後半戦に突入していたので、リアルタイムで観ることは諦めた。そして年が明けてからTSUTAYA DISCASでブルーレイを借り、一気に観た。評判に違わずすこぶる面白く、深夜に観ると興奮して眠れない。史上最高の視聴率を叩き出しただけのことはある。そこで「何が他のドラマと異なるのか?」ということについて僕なりに考えてみた。

1.復讐劇:「半沢直樹」の魅力は「やられたらやり返す、倍返しだ!!」の決め台詞が象徴するように、復讐劇であることがまず第一に挙げられるだろう。アレクサンドル・デュマが書いた復讐劇「モンテ・クリスト伯」(巌窟王、1845-46)は今でも世界中で読み継がれているし、最近、舞台ミュージカルにもなった→こちら。また映画化されたスティーヴン・ソンドハイムのミュージカル「スウィーニー・トッド」も「モンテ・クリスト伯」を下敷きにしている。日本でも江戸時代から仇討ちの芝居は庶民に人気だ。「忠臣蔵」などはその典型だろう(「忠臣蔵」は仇討ちに加え、日本独自の美意識=《潔く散る》という価値観に貫かれている)。復讐は相手が巨悪であるほど盛り上がる。しかし民主主義が浸透した現代日本でそういう存在は稀だ。滅多に見つかるものではない。だから「半沢直樹」の着眼点は秀逸であった。上司を呼び捨てにして土下座させるー中々実現することが叶わない甘い夢。日本中のサラリーマンがこれに溜飲を下げた。

2.恋愛の不在:1980年代後半(「男女7人夏物語」)から1990年代(「東京ラブストーリー」「愛という名のもとに」)にかけ一世を風靡したトレンディドラマ。それ以降日本のテレビドラマはターゲットを20〜30代独身女性(女子大生、OL等)に絞った「恋愛至上主義」となった。しかし「半沢直樹」はその風潮に背を向けた。銀行という男の世界を舞台とした無骨な経済ドラマである。全然トレンディじゃない。女性の登場人物は少ないし、半沢も最初から既婚者だ。常識的に考えれば当たる筈がない。しかし、それがかえって新鮮で受けた。従来の作劇法を覆すことで、新たな活路を見出したのである。

3.タイトル:「半沢直樹」というタイトルはテレビドラマとして極めて異例である。主人公の名前だけ。例えば過去に「寺内貫太郎一家」とか「課長島耕作」とかはあったが、人物を説明する修飾語が伴うことが常であった。日本映画のタイトルとしても極めて少ない。パッと思いつくのは「横道世之介」くらいかな?実はハリウッド映画にはこういうケースが比較的多い。トム・クルーズ主演Jerry Maguire→「ザ・エージェント」とか、ジョージ・クルーニー主演のMichael Clayton→「フィクサー」、トム・ハンクス主演のForrest Gump→「フォレスト・ガンプ/一期一会」、Hugo→「ヒューゴの不思議な発明」、Butch Cassidy and the Sundance Kid→「明日に向かって撃て」、Bonnie and Clyde→「俺たちに明日はない」など。つまり邦題では全く違うタイトルになったり、余分な言葉が付け足されたりすることが当たり前になっているのだ。だからこそ逆に「半沢直樹」のシンプルさ、潔さは目立った。ちなみに原作は「オレたちバブル入行組」(第一部・大阪西支店編)と「オレたち花のバブル組」(第二部・東京本店編)である。

4.かぶく(傾く):「半沢直樹」には香川照之(市川中車)、片岡愛之助というふたりの歌舞伎役者が出演している。非常に大仰な演技で見栄を切り、「かぶいて」いる。当然意図的な所作であり、このスタイルがドラマに良く似合っている。また元・劇団四季の石丸幹二や、ニナガワ・スタジオ(蜷川幸雄 主宰)出身の高橋洋を起用したりと、リアリズムよりも演劇的手法を志向しているのは明らかだ。さらにこの「何もそこまで!」というケレン味を増幅するのが、しばしば登場する顔の半分だけ光を当て、残り半分は影にするという演出。輪郭がくっきりした、濃い芝居を引き立たせている。

5.音楽:通常テレビ・ドラマはレコード会社や芸能事務所(例えばジャニーズ)とタイアップして主題歌を流すのが慣例となっている。しかし「半沢直樹」は違う。重厚なオーケストラのサウンドのみで押し切るのだ。ストイックである。また服部隆之が作曲した音楽が素晴らしい。「王様のレストラン」以来の傑作と断言出来るだろう。特にチェンバロを使用したアイディアが秀逸だ。不思議と銀行という舞台に似合っている。

僕が今更言うまでもないことだが、「半沢直樹」は必見ですぞ。特に歌舞伎・文楽・演劇ファン、そして時代劇ファンにこそお勧めしたい。

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2014年1月20日 (月)

私は二歳

「私は二歳」は松田道雄の育児書を和田夏十が脚色、市川崑が監督した映画のタイトルである。1962年キネマ旬報ベスト・テン日本映画第1位となった。

というわけで、僕の二歳半になる息子が好んで観る映画(ブルーレイ、DVD)について語ろう。

まず「パンダコパンダ」(1972)から行ってみよう。公式サイトはこちら

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監督は「かぐや姫の物語」の高畑勲、原案・脚本・画面設定が「風立ちぬ」の宮﨑駿である。僕とこの映画との出会いは下記に詳しく書いた。

僕の息子はニコニコしながらこれを繰り返し観ており、特に子パンダの”パンちゃん”が登場した時は声を上げて笑う。「となりのトトロ」ももちろん観るよ。

次にティム・バートンのストップモーション・アニメーション映画「ナイトメアー・ビフォア・クリスマス」(1993)を挙げたい。

Nightmare_2

ミュージカル仕立てになっており、バートンの朋友ダニー・エルフマンの音楽も素晴らしい。息子は「かぼちゃ!ハロウィン!」と叫び、これを観たいとせがむ。主人公のジャックが大好きで、行方不明になっていた彼がハロウィン・タウンに戻ってくると、こちらを向いて「良かった」とニコニコ嬉しそうに言う。なお、1933年ディズニーのカラー短編映画にサンタクロースが登場する"The Night Before Christmas"があり、それも息子のお気に入り。「シリー・シンフォニー」シリーズDVDに収録されている。あと「シリー・シンフォニー」シリーズではアカデミー短編アニメ賞を受賞した「3匹の親なし子猫」が好き。もう少し大きくなったら、ティム・バートンの「ヴィンセント」や「フランケンウィニー」も観せたいと想う。

ミュージカル「アニー」は映画「シカゴ」「SAYURI」のロブ・マーシャルが監督・振付したディズニー製作TV版が秀逸だ。

Annie

キャシー・ベイツ(孤児院の院長ミス・ハニガン役)、アラン・カミング、クリスティン・チェノウェス、オードラ・マクドナルド(大富豪ウォーバックスの秘書役)とトニー賞受賞者が4人も出演しているゴージャスな傑作だ(オードラ・マクドナルドはトニー賞をなんと5度受賞!)。またウォーバックスを演じるヴィクター・ガーバーはトニー賞に4度ノミネートされている。ブロードウェイで初代「アニー」を演じたアンドレア・マッカードルがカメオ出演しているのも嬉しい。残念ながら日本ではこのソフトは発売されておらず、北米版DVDなので英語だ。でもミュージカル・シーンだけなので全然気にせず、じっと鑑賞している。 "Tomorrow"のナンバーで、アニーが呼ぶと犬のサンディが駆け寄ってくる場面で息子はいつも笑う。またアニーがウォーバックス氏の豪邸にクリスマス休暇に招かれた場面で歌われる"I Think I'm Gonna Like It Here"では、男性の群舞の場面で彼も立ち上がり、一緒に踊ろうとする。息子が物心ついたら「アニー」や「ピーターパン」「ライオンキング」の観劇に連れて行きたいなと今から愉しみにしている。そうそう、アニメ「ライオンキング」のオープニング「サークル・オブ・ライフ」や「早く王様になりたい」も動物がたくさん登場するから興味津々みたいだ。

ディズニー「ファンタジア」(1940)の中では「トッカータとフーガ」「くるみ割り人形」「魔法使いの弟子」「田園交響楽」を静かに観る。

Fantasia

2歳になったばかりの頃は「禿山の一夜」で怖がって僕に抱きついてきたのだが、「ナイトメアー・ビフォア・クリスマス」が気に入った後で、もしやと思いもう一度観せたら今度は夢中になり、毎日毎日「お化け、お化け!」と催促するようになった。チェルノボグ(魔王)登場シーンでは腕を振り下ろす動作の真似をしたりする。余談だが、「禿山の一夜」に続く「アヴェ・マリア」での巡礼の行列は、今観ると「ロード・オブ・ザ・リング」のエルフのシーンとそっくりだね。きっと影響を受けたんじゃないかな?また「ファンタジア2000」では「運命」「ラプソディ・イン・ブルー」「威風堂々」「火の鳥」が息子のお気に入り。

MGMミュージカルの集大成「ザッツ・エンターテイメント」(1974)からはジーン・ケリーが唄う「雨に歌えば」の表題曲、ドナルド・オコナーが唄う"Make 'Em Laugh"、そしてラストの「巴里のアメリカ人」をよく観せる。特にオコナーがこけて、地面をグルグル回転するシーンはケタケタ笑う。

最後は定番「サウンド・オブ・ミュージック」だね。

Sound_of_music

「私のお気に入り」「ドレミの歌」「ひとりぼっちの羊飼い(人形劇が愉しい)」「さようなら、ごきげんよう」などのミュージカル・ナンバーを中心に観せている。

結局子供は歌と踊りが大好きなんだね。だからミュージカル・アニメにこだわったウォルト・ディズニーは偉大だった。そういうことだ。

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2014年1月18日 (土)

宮藤官九郎(作・演出)「高校中パニック!小激突!!」

1月17日(金)森ノ宮ピロティホールへ。

バカロックオペラバカ「高校中パニック!小激突!!」を観劇。作・演出はNHK朝ドラ「あまちゃん」で日本を席巻したクドカンこと宮藤官九郎。さらに役者として出演し、ギターも弾く(彼はパンク・ロック・バンド「グループ魂」のメンバーでもある)。じぇじぇじぇ!!!

クドカン作品との出会いや印象は下記に綴った。

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まずタイトルについて考察しよう。1978年に石井聰互監督の映画「高校大パニック」が公開された。その2年前に製作された同名の伝説的8mm自主映画をリメイクしたもので、高校で銃撃戦が展開されるという内容。また1976年には深作欣二監督の「暴走パニック 大激突」が公開されている。激突車30台、炎上車20台というド派手なカー・アクション映画であった。つまり「『高校大パニック!大激突!!』と表現するほど大げさなものじゃないよ。まったり行こう」というクドカンからのメッセージなのだと僕は受け取った。

近未来の渋谷を舞台に、不良高校生たちの抗争を描く。ここでは小・中・高が6年・6年・8年制になっており、高校を卒業すると27歳になっているという設定。登場人物たちはいつまでたっても高校生のまま。彼らは「終わりなき日常」を生きている。僕は押井守監督の傑作「うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー」のことを想い出した。映画の主人公たちは「学園祭前日」が繰り返されるループの中に閉じ込められている。町から脱出することも出来ない。このアイディアは「劇場版 魔法少女まどか☆マギカ[新編]叛逆の物語」でも応用されている。

「高校中パニック!小激突!!」に大きなドラマはない。小ネタを連ねたような印象。「あまちゃん」でもお馴染みのクドカン節炸裂である。僕はそれで十分満足だ。すこぶる面白かった。特に「あまちゃん」ネタ「その火を飛び越えてこい」が飛び出したのには爆笑した(オリジナルは三島由紀夫の「潮騒」)。あと「JR森ノ宮駅のキオスクに行ってエロ本を買ってくる」というお題を映像で生中継するというアイディアが秀逸だった。さすがクドカン、ぶっ飛んでいる!!彼自身が永遠に劇場という空間でふざけ、じゃれ合い、遊び続けている高校生みたいな存在と言えるのではないだろうか?

音楽にはクドカンや、「氣志團」の綾小路翔ほか10人の名前がクレジットされている。

何より楽曲がバラエティに飛んでいる。パンク・ロック、バラード、ミュージカル風、70年代フォーク風、軍歌からアニソン(アニメ・ソング)まで。よくぞここまで変化球を投げられるなと、聴いてて飽きない。

出演は佐藤隆太、「あまちゃん」の”前髪クネ男”こと勝地涼、「グループ魂」のドラム担当・三宅弘城(動きにキレ、瞬発力がある)、「あまちゃん」の”磯野先生”こと皆川猿時坂井真紀ほか。そしてプロの歌手、綾小路翔が全体を締める。

また”地下之チカ”(←多分”地下アイドル”が語源)役の川島海荷(うみか)が小さくて凄く可愛いなと思って調べてみると、実在するアイドル・グループ9nineのメンバーだそうだ。考えてみるとクドカンは以前からキャスティングする女の子の趣味がいいし、扱い方も上手い。例えば「あまちゃん」では能年玲奈、橋本愛、有村架純が大ブレイクした。

役者としてのクドカンは劇団「大人計画」の舞台で何度か観ているが、全て松尾スズキ作・演出だった。是非また彼の作・演出ものを観たい。そんなことどもを考えながら、高揚した気分のまま帰途に就いた。

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2014年1月17日 (金)

シリーズ《音楽史探訪》Between Two Worlds ~コルンゴルトとその時代(「スター・ウォーズ」誕生までの軌跡)

「Between Two Worlds」は第二次世界大戦中の1944年にワーナー・ブラザースが製作したハリウッド映画のタイトルである。この音楽を作曲したのがエーリヒ・ヴォルフガング・コルンゴルトであった。コルンゴルトは正にBetween Two Worldsー二つの世界の間(はざま)で翻弄された生涯を送った。

僕がコルンゴルトと出会ったのは高校生の時だった。スタンリー・ブラック/ロンドン・フェスティバル管弦楽団による「フィルム・スペクタキュラー」シリーズのLPレコードにエロール・フィリン主演の海賊映画「シーホーク」の音楽が収録されていたのだ。聴いた瞬間、「最高に格好いい!トランペットのファンファーレがまるでスター・ウォーズじゃないか!?」と思った。「シー・ホーク」が1940年公開で「スター・ウォーズ」が1977年だから当然、ジョン・ウィリアムズが影響を受けたことになる。後に聴いたコルンゴルトの「嵐の青春(Kings Row)」(1942)なんか、「スター・ウォーズ」メインテーマそっくりだった。

エーリヒ・ヴォルフガング・コルンゴルト(1897-1957)はモラヴィア地方のブリュン(現在チェコのブルノ)に生まれた。ヤナーチェクと同郷である。そして4歳の時に父ユリウスに連れられてウィーンへ移り住んだ(地図はこちらの記事を参照あれ)。ユダヤ系のユリウスは地元ブリュンで弁護士をしていたが、ウィーンでは高名な音楽評論家として活躍した。エーリヒは8歳からウィーン楽友協会音楽院教授ロベルト・フックスに対位法を学び、9歳で作曲したカンタータをマーラーが賞賛したというエピソードが残っている。

その後エーリヒはマーラーからの紹介でツェムリンスキーに数年間師事する。11歳の時に作曲したバレエ=パントマイム「雪だるま」はツェムリンスキーがオーケストレーションを手伝い、ウィーン宮廷歌劇場(現・ウィーン国立歌劇場)で初演された。皇帝フランツ=ヨーゼフ1世も臨席したという。

父親が熱心で幼少時から英才教育を受け、神童として名を馳せたという点においてヴォルフガングという名前の由来であるモーツァルトと似ていると言えるだろう。

コルンゴルトが住んでいたアパートの上階には名指揮者ブルーノ・ワルターが住んでいた。ワルターは「コルンゴルトのピアノの音がものすごいので、仕事に集中できない」と書き残している。彼は後にコルンゴルトのオペラ「ポリュクラテスの指環」Op.7と「ヴィオランタ」Op.8初演を指揮することになる。

12歳で作曲したピアノ三重奏曲には満を持してOp.1(作品番号1)が付けられた(「雪だるま」は作品番号なし)。若書きではあるが、既にコルンゴルトの特徴が刻印されている。これを初演したのはピアノ:ブルーノ・ワルター、ヴァイオリン:アルノルト・ロゼ(ウィーン・フィルのコンサートマスターを57年間務めた)、チェロ:フリードリヒ・ブクスバウム(ウィーン・フィル首席奏者)という錚々たるメンバーであった。

アルノルト・ロゼはヴィブラートを抑えた奏法が特徴で、同僚がヴィブラートをたっぷりかけて歌わせた時、「そんなにヴァイオリンを啼かせるものではない」と嗜めたという。また恒常的ヴィブラートで弾くフリッツ・クライスラーがウィーン・フィルの入団試験を受けた際、審査員だったロゼは「音楽的に粗野」「初見演奏が不得手」という理由で落としている。彼はマーラーの妹と結婚した。

1938年ナチス・ドイツがオーストリアを併合するとユダヤ系のワルターはスイスを経てアメリカに亡命した。ルーマニア出身のユダヤ人ロゼは国外追放処分となりロンドンに逃れ、そこで46年に客死。娘のアルマはゲシュタポに捕らえられ、アウシュビッツで悲劇的な死を遂げた。ブクスバウムもロンドンに亡命した。彼らがバラバラに旅立つ直前にレコーディングしたのが、今でも名盤の誉れ高いマーラー/交響曲第9番(1938)である。ほぼノン・ヴィブラートで演奏するウィーン・フィル最後の記録となった(「ピュア・トーン」を主張する指揮者ロジャー・ノリントンがしばしば言及している)。そのサウンドは戦後、失われてしまう。

オペラ作曲家としてコルンゴルトが頂点を極めたのは1920年にハンブルクとケルンで同時初演された「死の都」Op.12である。23歳のことだった。オットー・クレンペラーハンス・クナッパーツブッシュジョージ・セルら錚々たる指揮者がこのオペラを振った。台本を書いた「パウル・ショット」とは作曲家と父ユリウスの筆名。「パウル」はこの物語の主人公の名前であり、「ショット」は楽譜が出版されたショット社から採られた。この事実はコルンゴルトの死後18年経過した1975年にニューヨーク・シティ・オペラで再演されるまで公にされなかった。ユリウスは音楽評論家として高名な自分の名前が、作品の評価に影響を与えないよう配慮したのだと考えられる。馥郁たる芳香。爛熟する世紀末ウィーンの響き(オペラの舞台は死都ブルージュだが)。ある幸福な時代の終焉。何と上品で、エレガントな音楽だろう。

オペラ「ヘリアーネの奇跡」Op.20は1927年にハンブルクで初演された。抽象的で難解な内容から聴衆の受けは芳しくなかったが、作曲家は自身の最高傑作と考えていたようだ。僕は「死の都」を3つの異なるプロダクションで観ているが(レーザーディスクおよびDVD)、「ヘリアーネの奇跡」は残念ながら映像ソフトがない。ただCDで聴く限りライトモティーフ(示導動機)を駆使した非常に魅力的楽曲であり、コルンゴルドの自信も頷ける。ワーグナー→リヒャルト・シュトラウスと継承されたライトモティーフの手法はコルンゴルドにおいて結実した。そしてそれは後年、彼の手でハリウッド映画音楽に持ち込まれ、ジョン・ウィリアムズの「スター・ウォーズ」を生むことになる。

ベイビー・セレナーデOp.24は1928年の作品。コルンゴルトは24年に結婚、ほどなく息子が生まれ、二人目の息子ゲオルク誕生の際に作曲されたのがこの快活で愛らしい楽曲。いわば彼の「ジークフリート牧歌」である。

  1. 序曲 「赤ん坊が誕生!」
  2. 歌 「今日は佳き日」
  3. スケルツィーノ 「なんて素敵なおもちゃ!」
  4. ジャズ 「坊やが喋るよ」
  5. エピローグ 「そして坊やは自分に語りかけるように寝てしまう」

編成が実にユニークで、サキソフォン3本やバンジョー、ハープが加わった室内オーケストラ仕様となっている。ジャズの要素がふんだんに盛り込まれており、後の彼の映画音楽を予告する内容と言えるだろう。

室内楽の傑作、弦楽四重奏曲第2番Op.26(1934年)は、コルンゴルトが友人の演出家マックス・ラインハルトからの要請で初めてアメリカへ渡り、映画「真夏の夜の夢」の仕事(メンデルスゾーンの編曲)に携わった年の作品。ラインハルトはその前年に成立したナチス政権から追われ亡命していた。そして4年後の1938年には、ナチス・ドイツのオーストリア併合によって、自らもアメリカへの亡命を余儀なくされる。第4楽章は優雅なワルツになっており、古き良きウィーンの匂いがする。かくしてコルンゴルトはハリウッドで映画音楽に本格的に携わることとなった。

今やコルンゴルトの代表作として誉れ高いヴァイオリン協奏曲Op.35は1945年に作曲され、47年にヤッシャ・ハイフェッツにより初演された。日本での初演はそれから42年も経過した1989年。官能と陶酔。何とも美しいメロディに溢れ、濃密なロマンティシズムに彩られたコンチェルトである。各楽章のテーマは「砂漠の朝」「革命児ファレス」「風雲児アドヴァース」(アカデミー作曲賞受賞)「ロビン・フッドの冒険」(アカデミー作曲賞受賞)といった過去にコルンゴルドが作曲した映画音楽から採られている。しかしこれが仇となった。映画を「大衆の娯楽」と馬鹿にし、芸術とは決して認めないクラシック音楽の聴衆や批評家にこの名曲が受容されるにはさらに長い年月を要すことになる

チェロ協奏曲Op.37はベティ・デイビス主演の映画「愛憎の曲」(Deception,1946)のために作曲されたものを改稿したもの。ヴァイオリン協奏曲同様に浪漫的で芳醇な味わいがある。演奏時間12分と短め。映画の物語はこうだ。アメリカの女流ピアニストである主人公はウィーンで知り合ったチェコ出身のチェロ奏者と恋に落ちる。しかしヨーロッパが戦火に包まれ、ナチスの魔の手が伸びでふたりは別れ別れになり、彼女はニューヨークに戻る……。コルンゴルトの人生と重なる部分がある。映画のサウンドトラックでこのチェロ協奏曲を弾き、コンサート版の初演も務めたのがハリウッド弦楽四重奏団のメンバー、エレノア・アラー。指揮者レナード・スラットキンの母である。ちなみに父フェリックス・スラットキンは同四重奏団のヴァイオリニストだった。レナード・スラットキン自身もこの曲をレコーディングしている。

第二次世界大戦後、コルンゴルトはワーナー・ブラザースとの契約を更新せず、ウィーン楽壇への復帰に意欲を燃やす。しかし「時代錯誤」「映画に魂を売った男」と蔑まれ、評論家から袋叩きにあって失意のうちにアメリカに戻ることになる。その時期に作曲されたのが交響曲 嬰ヘ調Op.40であり1954年にウィーン交響楽団が初演した。「スター・ウォーズ」のように宇宙的壮大さを感じさせる傑作である。日本初演はそれから45年が経過した1999年、グリーン・ユース・オーケストラ '99。何とアマチュアの団体である。舐められたものだ。

「忘れられた作曲家」コルンゴルトは1957年脳溢血で死去、ハリウッドの墓地にひっそりと埋葬された。

僕がコルンゴルト/ヴァイオリン協奏曲を初めて聴いたのが1980年代後半だった。その時は日本初演も未だで、国内盤CDは皆無であった。そこで輸入盤専門店でパールマン、プレヴィン/ピッツバーグ交響楽団のCDを買い求めた。その後ハイフェッツ盤が日本でも再発売され、シャハム、ムターなど次々と新録音が登場する時代になった(ヒラリー・ハーンのDVDも)。現在では天下のウィーン・フィルが伴奏を務めるディスクも2種類ある(Vn.:B.シュミット×指揮:小澤征爾 / Vn.:スナイダー×指揮:ゲルギエフ)。正に隔世の感がある。漸く時代がコルンゴルトに追い付き、正当な評価が下されるようになったのだ。

僕は時々夢想する。もしナチス・ドイツの暴虐や第二次世界大戦がなければ、コルンゴルトはそのままウィーンに留まり、次々とオペラの名作を書いて人々から忘れ去られるような事態にはならなかったのではないか?しかし一方で、こう確信もする。コルンゴルトがハリウッドに渡らなければ、「スター・ウォーズ」の音楽が今日のような形で存在することは絶対にあり得なかったと。コルンゴルトの晩年は不幸だったが、人類にとってはこれで良かったのだ。ありがとう、エーリヒ。安らかに眠ってください。

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2014年1月10日 (金)

柚希礼音 主演/宝塚星組「眠らない男・ナポレオン ―愛と栄光の涯(はて)に―」

1月9日(木)宝塚大劇場へ。宝塚星組公演、ミュージカル「眠らない男・ナポレオン ―愛と栄光の涯(はて)に―」を観劇。

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作・演出は宝塚歌劇団のエース、小池修一郎。作曲はミュージカル「ロミオ&ジュリエット」で世界を魅了したフランスのジェラール・プレスギュルヴィック

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ナポレオンを柚希礼音、妻ジョセフィーヌ を夢咲ねねが演じた。

小池の台本は出来不出来の差が激しいが、今回は○。フランス史が分かりやすく描かれているし、物語としても面白い。特にジョセフィーヌのビッチ(Bitch)ぶりには笑った。「清く正しく美しく」愛に殉じる宝塚歌劇の正統的ヒロインとは対極にある。実に痛快だ。本人には(美貌以外)何の才能もないのに、男をとっかえひっかえすることで権力の頂点に上り詰め、国民から「聖母」のように慕われたという点において、ロイド=ウェバーのミュージカル「エビータ」を彷彿とさせる。それから題材的に軍服姿で男役が映えるし、何より柚希礼音が格好よかった。見惚れた。あと後妻マリー・ルイーズを演じた綺咲愛里がすごく美人で目を引いた。

ミュージカル冒頭でナポレオンが宙に浮いた状態で登場し、そのままオーケストラ・ピットを超え銀橋(ぎんきょう)に着地する演出は意表を突き、場面転換もいつもながら鮮やか。さすが小池修一郎だ。

音楽は大傑作「ロミオ&ジュリエット」の”エメ”みたいに、キャッチーな「決め」のナンバーが欠けているのが惜しいが、全体的に質が高く、十分満足出来る仕上がり。どんどん転調するので非常に難しい楽曲ばかりである。しかし柚木は音を外すこともなく、見事に歌い切った。

本作は今後、歌劇団の貴重な財産になるだろう。間違いなく再演はある。

幕間には宝塚ホテルが経営するレストラン「フェリエ」の100周年記念 アニバーサリー アフタヌーンティーセット(1日20食限定)で寛いだ。

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外観は宝塚歌劇の大階段(おおかいだん)を模しており、なかなか美味しかった。お勧め。 ただコーヒーのおかわりをしたら2杯目は煮詰まっており、苦かった。

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2014年1月 7日 (火)

《宝塚便り》お正月 (宝塚歌劇100周年)

宝塚市に引っ越して初の年越しを迎えた。

2014年は宝塚歌劇100周年という記念の年。正門ゲートも改装され綺麗になった。

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そこで宝塚星組「眠らない男・ナポレオン ―愛と栄光の涯(はて)に―」の元旦公演を当日券で観ようと思い立った。

公演前日の大晦日、午前10時頃に宝塚大劇場に偵察に行ってみた。当日券として座席券50枚、立見券100枚が出ると確認。

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さて1月1日は気合を入れて午前5時に起床。水筒に熱いお茶を入れ折りたたみ椅子を携帯し、万全の体制で真っ暗な中を大劇場に徒歩で向かう。

5時45分に正門ゲートに到着。すると、な、な、なんと100人以上が並んでいるではないか!!!ザッと数えて、なんとか立ち見席を確保できる150番ギリギリくらいだった。

そこで考えた。当日券発売開始午前10時まであと4時間。そしてさらに3時間の公演中ずっと立ち見……。しんどい。やってられない。結局、諦めることにした(後日の公演でS席を既に確保しているので)。

Twitterで調査してみると、大晦日の正午くらいから並び始め、同日20時には既に徹夜組が20人もいたそうだ。宝塚ファン、恐るべし。僕にはとても太刀打ち出来ない相手だと悟った。

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一旦帰宅し、午前10時半位にもう一度大劇場へ雰囲気を味わいに行ってみた。途中、恐らく新年の挨拶に訪れたのだろう、袴姿で歩くジェンヌたちに多数遭遇した。なんとも華やかである。また大劇場ではふるまい酒が配布された。正月を宝塚で過ごすのも中々愉しいね。

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2014年1月 6日 (月)

石丸幹二、花總まり主演/ミュージカル「モンテ・クリスト伯」+爆笑アフタートークショー

1月4日(土)梅田芸術劇場へ。ミュージカル「モンテ・クリスト伯」を観劇。

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脚本・作詞は「ルドルフ ザ・ラスト・キス」のジャック・マーフィ。音楽は「ジキル&ハイド」「シラノ」「スカーレット・ピンパーネル」のフランク・ワイルドホーン。演出は「ジキル&ハイド」「シラノ」の山田和也。

タイトルロールはドラマ「半沢直樹」に出演していた石丸幹二。僕は劇団四季時代の彼を「アスペクツ・オブ・ラブ」や「壁抜け男」(日本初演初日)で観ている。以前は声に張りがなく、なよなよした印象があったが、今回の歌唱は力強かった。

ヒロインを演じる花總まり(以下、「花ちゃん」と書く)を初めて観たのは1998年の宝塚宙組「エリザベート」。これが宝塚歌劇初観劇であった。彼女の退団公演「NEVER SAY GOODBY」(作曲はワイルドホーン)にも足を運んだ。そして僕は今宝塚に住んでいる。人生、分からないものだ。

しかしあれから15年以上経過しているのに、花ちゃんは変わらなかった。彼女はコスチューム・プレイを演じさせれば天下無敵だ。香り立つ気品。その立ち振舞、所作が美しい。特に歩くときのスカートの裾の捌き方など絶品である。ウットリ見入った。是非東宝「エリザベート」でもう一度彼女のタイトルロールが観たい!!

海賊役は濱田めぐみと彩吹真央のダブル・キャスト。濱田は劇団四季時代から大嫌いなので(肝心のところで1オクターブ下げて歌ったミュージカル「アイーダ」は最悪だった)、彩吹を選択した。

他に岡本健一、石川禅、坂元健児、村井國夫らベテランが脇を固め、充実していた。

ただ音楽は悪くないのに、作品としてどうしてこんなに薄っぺらい展開なのだろう??と疑問に感じた。

「モンテ・クリスト伯」はジェラール・ドパルデュー主演フランスのテレビ、ミニ・シリーズを観ている(上映時間6時間半。DVDあり)。波瀾万丈で起伏に富む展開である。それなのにあの面白い物語が、どうしてこんな陳腐なメロドラマに成り下がるのか?やはり台本の不備が一番の原因だろう。濡れ衣を着せられ投獄された男の復讐劇というのもソンドハイムのミュージカル「スウィーニー・トッド」の二番煎じだしね(主人公が名前を変えるのも同じ)。新鮮味がない。

それから楽曲の構成にも問題がある。ワイルドホーンの音楽は美しい旋律が散りばめられているが、二重唱→独唱の繰り返しで、平板で次第に飽きてくる。例えばミュージカル「レ・ミゼラブル」1幕フィナーレの"One Day More"は八重唱+合唱という極めて複雑でスケールが大きな音楽だ。ロイド=ウェバーの「オペラ座の怪人」には「プリマドンナ」という六重唱のナンバーがある。こういった凝った趣向が「モンテ・クリスト伯」にはない。盛り上がりに欠け単調なのだ。出来としては同じ作曲家の「シラノ」や「NEVER SAY GOODBY」レベルかな。

あと山田和也の演出も凡庸だった。普段、小池修一郎や宮本亜門の洗練された演出、スピード感溢れる舞台転換に慣れていると実に野暮ったい。

というわけで作品が不出来なので、ウエストエンド(ロンドン)やブロードウェイでの上演は難しい。ただ花ちゃんが素晴らしかったので、再演があればまた足を運ぶだろう。

アフタートークショーは花總まり、彩吹真央、石川禅が登場した。禅さんが花ちゃんにぜひ訊きたいと質問をぶつける。

「宝塚退団後初の本格的舞台出演ですが(注:「エリザベート」スペシャル・ガラ等はあった)、男優と共演してどう?」戸惑う花ちゃん。
「例えば宝塚と違って舞台で本当にキスするじゃない。どんな気持ちだった?」と畳み掛ける禅さん。
「最初は『どうしよう……』と思ったんですけど、一旦稽古が始まると無我夢中で『いっちゃえ!』って感じでした」
「稽古初日からまじチューだったよね。びっくりした」
「エッ、普通は違うんですか!?」
「稽古では寸止めが多いかな」
「知らなかった……。衝撃的。丸さんは私のことどう思ったんでしょう?大胆な女だと誤解されなかったかしら」と顔を赤らめる花ちゃん。
「いや、男優的には美味しいと思うよ」

爆笑ぶっちゃけトークに会場が大いに盛り上がったのは言うまでもない。司会者から大阪公演の感想を訊かれ、花ちゃんが「ホテルの窓から阪急電車が見えて、すごく懐かしかったです。胸がキュンとしました」と語ったのが印象的だった。

また禅さんによると、梅芸がまだ劇場飛天だった時代、天井のシャンデリアが休憩時間になると電動で降りてきたそう。その後消防法の改正により、出来なくなったとか。へぇ~、そんな時代もあったんだ。

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2014年1月 3日 (金)

厳選 交響曲の名曲ベスト30はこれだ!

1作曲家1作品に絞った。だってベートーヴェンが何曲も入ったら詰まらないでしょ?30に絞るのは忍びなく、もうちょっと+αも掲載した。

20位あたりまでは至極真当な楽曲が並んでいるが、21位以降はかなり僕の個性が出ていると想う。まぁ100人選べば100通り異なるリストになるのは必定であり、それで良いのではないだろうか?

なおナクソス・ミュージック・ライブラリーで聴けるものは(NML)と表記した。

  1. フランツ・シュミット/交響曲 第4番
  2. シベリウス/交響曲 第7番
  3. ベートーヴェン/交響曲 第6番「田園」
  4. マーラー/交響曲 第9番
  5. ドヴォルザーク/交響曲 第8番
  6. チャイコフスキー/交響曲 第6番「悲愴」
  7. ブラームス/交響曲 第4番
  8. ヴォーン=ウィリアムズ/田園交響曲(第3番)
  9. ブルックナー/交響曲 第7番
  10. モーツァルト/交響曲 第40番 ト短調 
  11. フランク/交響曲 ニ短調
  12. シューベルト/未完成交響曲 ロ短調
  13. ベルリオーズ/幻想交響曲
  14. メンデルスゾーン/交響曲 第3番「スコットランド」
  15. サン=サーンス/交響曲 第3番「オルガン付き」
  16. ハワード・ハンソン/交響曲 第2番「ロマンティック」
  17. 吉松隆/交響曲 第2番「地球(テラ)にて」
  18. コープランド/交響曲 第3番
  19. ハイドン/交響曲 第39番 ト短調
  20. ハチャトゥリアン/交響曲 第3番
  21. ショスタコーヴィチ/交響曲 第10番
  22. メシアン/トゥーランガリラ交響曲
  23. プロコフィエフ/交響曲 第7番
  24. アイヴズ/ホリデイ・シンフォニー(祭日交響曲)
  25. ルーセル/交響曲 第3番
  26. オネゲル/交響曲 第3番「典礼風」
  27. ニーノ・ロータ/ある愛の歌による交響曲(第4番)
  28. ウォルトン/交響曲 第1番
  29. エルガー/交響曲 第1番
  30. コルンゴルト/交響曲 嬰ヘ調
  31. ミャスコフスキー/交響曲 第27番
  32. 矢代秋雄/交響曲
  33. アッテルベリ/交響曲 第6番「ドル交響曲」
  34. グレツキ/悲歌のシンフォニー(交響曲 第3番)
  35. グラズノフ/交響曲 第4番

1933年に完成されたフランツ・シュミットの第4番は交響曲というジャンルがたどり着いた究極の到達点、完全無欠、音楽の極北である。

シュミットについては下記記事で詳しく述べた。交響曲第4番をどう「読む」かについても僕なりの考えを提示している。

お勧めのCDはメータ/ウィーン・フィル。現在廃盤だが、Amazonの中古品などで比較的手に入り易い。現役盤ならネーメ・ヤルヴィ/デトロイト交響楽団の交響曲全集(NML)を。僕が実演を聴いた寺岡清高/大阪交響楽団のライヴ録音もある。

下記のシベリウス論で第7番についても語っている。

交響曲第1、2番しか聴いたことのない者は未だ”真のシベリウス”に出会ったとは言えない。後期交響曲をどのように解釈するかについては福永武彦の小説「死の島」を読まれることを強くお勧めしたい。推奨CDはカラヤン/ベルリン・フィル(NML)とベルグンド/ヨーロッパ室内管弦楽団(NML)。因みに作曲家・吉松隆のお気に入りは第6番で宮沢賢治「銀河鉄道の夜」との関連性を論じている→こちら。チャイコフスキーの影響下にあった初期交響曲は4楽章形式だったが、シベリウスは楽曲の統合感を高める方向に進み、第7番で単一楽章に収斂させた。そして音楽はソナタ形式などの約束事から軽やかに抜け出しフィンランドの自然ー森や湖と一体化した。

ベートーヴェンは最初、徹頭徹尾舞踏音楽(dance music)である第7番を選ぼうと想っていた。お勧めCDは言うまでもなくカルロス・クライバー/ウィーン・フィル(NML)。しかし考えてみると、僕が小学生の頃から大好きなのは「田園」なんだよね。それも最初に聴いたカール・ベーム/ウィーン・フィル(NML)の演奏が今でもベストだと信じている。ディズニー映画「ファンタジア」の「田園」も印象深い。ギリシャ神話に基づき、ペガサス・ユニコーン(一角獣)・キューピッド・バッカス・ゼウス(天空神=雲・雨・雪・雷などを支配)・ウルカヌス(火の神・鍛冶神)・アポロン(太陽神)・ケンタウルス(半人半馬)・イリス(虹の女神)・ディアナ(狩の女神=月神ルーナ)・ニュクス(夜の女神)らが登場。推薦はベームか、インマゼール/アニマ・エテルナ(古楽器)(NML)、ド・ビリー/ウィーン放送交響楽団(NML)、ダウスゴー/スウェーデン室内管弦楽団(NML)、トーマス・ファイ/ハイデルベルク交響楽団(NML)(以上モダン楽器、ピリオド・アプローチ)。

ベートーヴェンやブルックナーが交響曲第9番を書いて亡くなっているので、マーラーは「大地の歌」に番号を付けなかった。「告別」と題された終楽章は生への執着に満ちている。しかしその後作曲された第9番には死の受容が感じられる。マーラーは穏やかに、この世に別れを告げる。第4楽章の余韻は澄み切った青空へと静かに消えてゆく。バーンスタイン/ベルリン・フィルかバルビローリ/ベルリン・フィル(NML)でどうぞ。

ドヴォルザークで一番演奏機会が多いのは「新世界より」だが、これはアメリカが舞台の作品なので、作曲家の郷里ボヘミア色が濃いのは第8番である。スメタナも描いた森と草原ー自然の息吹が感じられる。「イギリス」という副題が付けられていたことがあるが、単にイギリスで楽譜が出版されただけのことであり無茶苦茶な話だ。標題をつければ売れるという浅はかな発想である(ベートーヴェンの5番を「運命」と呼ぶのは日本だけ)。カラヤン/ウィーン・フィルの1985年録音(NML)を推薦。ドヴォルザークは仄暗い7番も好きだな。

交響曲第6番「悲愴」はチャイコフスキー自身の指揮で初演され、そのわずか9日後に彼は肺水腫で急死している。53歳だった。これは果たして偶然なのだろうか?最近、このシンフォニーは死を決意した作曲家の遺書なのだと僕は理解するようになった。チャイコフスキーは躁うつ病だったし、自殺の理由は彼が(ロシア正教会が認めない)ゲイであったことと無関係ではあるまい。一度偽装結婚をするが、直ぐに耐えられなくなりモスクワ川に入水自殺を図ったこともある。弟が手紙に書いた内容によると、「悲愴」の第3楽章は「遊戯に始まり、真剣となり、名誉ある勝利に終わる作者の音楽的発展史」だそうだが、子供みたいにすばしっこくて軽快な音楽が展開される。スキップするチャイコフスキー。そこにそりすべりなどをして遊ぶ作曲家の幼少時の姿が幻視される。この楽章をオーソン・ウエルズ監督の映画『市民ケーン』に喩えるなら、Rose bud(薔薇のつぼみ)に相当すると言えるだろう。第4楽章は慣例としてアダージョで演奏されてきたが、近年チャイコフスキーの自筆総譜が公開され、テンポ指定が本当はアンダンテであり、作者の死後この曲を指揮したナプラヴニークがアダージョに書き替えたことが判明した。終盤、銅鑼が重く響き渡ると曲は一気に虚無の世界へ。コントラバスが刻むリズムは臨終の時を迎えた病人の心音。次第に、次第に心拍数は落ちていき、やがて心電図モニターはフラットに。それでもポツリ、ポツリと期外収縮が散発するが、最終的にプツンと真っ白になって終わる。お勧めCDはカラヤン/ウィーン・フィル(NML)。

ブラームスの交響曲 第1番は「ベートーヴェンの10番」と呼ばれることもあるように、ブラームスらしくない。《次々と襲いかかる厳しい現実・苦難を克服し、歓喜へ!》というプログラムはベートーヴェン第5番を踏襲している。ブラームスらしさが滲み出るのは第3番以降だろう。諦念・苦渋・秋の憂愁。そういったネガティブな感情に満ちている。音楽評論家・宇野功芳は次のように述べている。 「どうもブラームスの音楽は苦手だ。ネクラでいけない。4つの交響曲はあとになるほど深刻になり、ブラ4を聴く前などは気がめいってしまう。(中略)一生独身で過ごした彼の、薄汚れた部屋に通され人生の淋しさをしみじみと語り合う趣がある。悪く言えばグチを聞かされるのだ」こういう意見も無理はない。でも第4番は僕にとって、しっくり来る音楽なのだ。CDはカルロス・クライバー/ウィーン・フィル(NML)かハーディング/ドイツ・カンマーフィル(NML)で。なお、どうしてブラームスの作風が途中から変化したのかに関して下記記事で僕なりに分析している。

ヴォーン=ウィリアムズの田園交響曲(第3番)についてはバターワースの「シロップシャーの若者」と切り離して語ることが出来ない。ベートーヴェンの田園交響曲との本質的違いを聴き比べてみるのも一興であろう。詳しくは下記記事をお読みあれ。

音源はトムソン/ロンドン響(NML)が良い。

ブルックナーの最高傑作は?と問われたら交響曲第8番と即答する。それは衆目の一致する所だろう。しかし一番好きということになると第7番だ。小学生の時に初めて聴いたブルックナーが7番(ベーム/ウィーン・フィル)だったし、兎に角たおやかで美しい。ルキノ・ヴィスコンティ監督のカラー映画「夏の嵐」(1954)でも効果的に使用されていた。ブルックナーは生涯オルガニストであり、現在も聖フローリアン教会にあるオルガン下の石床に眠っている。彼の交響曲は常に教会で演奏されることを意識して作曲されている(だからその残響を前提にしたゲネラルパウゼ=総休止が多い)ことに留意して聴きたい。

モーツァルト長調の作曲家である(作品の9割以上が長調)。しかし、番号もないものも含めると約50曲ある交響曲のうち、ベストを選ぶとすればどうしても2曲しかない短調の交響曲、第25番か第40番になる。どちらもト短調。疾走する悲しみ。第25番は映画「アマデウス」で使用され、有名になった。第40番のお勧めはベーム/ウィーン・フィル(NML)、アーノンクール/ロイヤル・コンセルトヘボウ管(NML)またガーディナー(NML)、コープマン(NML)、ブリュッヘン(NML)ら古楽系の指揮者ならハズレはないだろう。

フランク(ベルギー→フランス)の交響曲は3楽章形式というのが珍しい。循環形式で書かれている。フランクは生涯にわたり教会のオルガニストを務め、そういう意味でブルックナーに似ている。ちょうど同世代だし(ブルックナーは1824年生まれ、フランクは1822年生まれ)。カラヤン/パリ管、バルビローリ/チェコ・フィルの演奏で。

シューベルトの「未完成」はつい最近まで交響曲 第8番として親しまれできたが、新シューベルト全集では第7番となっている。迷惑な話だ。ちなみに「ザ・グレート」と呼ばれる(←何故英語??)ハ長調交響曲は7番とか9番と呼ばれ混乱していたが、新シューベルト全集では第8番。いやはや。これが本当にファイナル・アンサー??

シューベルト(享年31歳)の死因は梅毒の治療による水銀中毒というのが現在の定説である。国際フランツ・シューベルト研究所機関紙に掲載された論文は→こちら。新潟薬科大学の解説は→こちら。シューベルトがもし水銀治療を受けていなければ、同じく梅毒だったシューマン(享年46歳)やスメタナ(享年60歳)くらいまで生きられたのではないか?と想像すると、ほんとうに惜しい。僕は「未完成」に悲劇の予感があると想うのだが、作曲時既に彼は自分の病気のことを知っていたのではないだろうか?指揮者の藤岡幸夫さんも僕と同様の推理をされている→こちら(2008/02/27の記事)。推奨CDはクライバー/ウィーン・フィルかダウスゴー/スウェーデン室内管(NML)、ミンコフスキ/ルーヴル宮音楽隊(NML)、インマゼール/アニマ・エテルナ(NML)。

幻想交響曲を一言で言えば狂っている、それに尽きる。ベルリオーズの失恋からくる妄想は限度を知らない。ラリっているみたいだ。ヤバイ、だから面白い。芸術家だからこそ可能な想像力の飛躍である。例えば第4楽章、主人公は夢の中で想い人を殺し死刑宣告を受け、断頭台に引かれていく。恐らく彼はこの妄想の中でエクスタシーに達している。第5楽章は「魔法少女まどか☆マギカ」にも登場するワルプルギスの夜が訪れ、彼女は魔女の姿となりグロテスクに踊りながら悪魔の大饗宴となる。何ともはや凄まじい展開だ。アバド/シカゴ響、クリュイタンス/パリ音楽院管あたりでどうぞ。

ヴィブラートたっぷりに弾かれるメンデルスゾーンのヴァイオリン・コンチェルトは砂糖菓子みたいに甘ったるく、食傷気味だった。しかし近年、古楽器演奏が台頭しピリオド・アプローチ(時代奏法)によるメンデルスゾーンに接する機会を得てから、この作曲家に対する見方が180度変わった。正に眼から鱗。つまりメンデルスゾーンをロマン派の作曲家として解釈し、演奏するのは間違いだという真実である。20歳の彼が指揮し、忘却の彼方にあったJ.S.バッハの「マタイ受難曲」をほぼ100年ぶりに蘇演したことがそれを象徴している。メンデルスゾーンはバッハに直接繋がっている。例えば彼が26歳の時に書いたオラトリオ「聖パウロ」は「マタイ受難曲」や「ヨハネ受難曲」の続きである。

交響曲「スコットランド」はブリュッヘン/18世紀オーケストラによる時代楽器による演奏(NML)を聴いて初めて腑に落ちた。第1楽章の序奏は古(いにしえ)の鄙びた響きがして、スコットランドの歴史が浮かび上がってくるのだ。お勧めはドイツの指揮者トーマス・ファイ/ハイデルベルク交響楽団(NML)の演奏。現代楽器によるピリオド・アプローチで、弦はノン・ヴィブラート。透明感があり、例えようもなく美しい。

サン=サーンスは1853年から1858年まで、サン・メリ教会(小ノートルダム)のオルガニストを務め、1858年から77年までパリのオルガニストにとって最高峰といわれたマドレーヌ教会の奏者となった。つまり18歳から41歳までオルガン漬けの毎日を送っていたのである。パイプ・オルガンが壮麗な響きを放つ交響曲第3番はそんな想いが詰まっている。循環主題を用いているという点でやはりオルガニストだったフランクに近く、第2楽章にフーガが登場するのもいかにも教会音楽的である。

アメリカの作曲家ハワード・ハンソンの「ロマンティック」(1930年初演)は映画「エイリアン」のクライマックスで使用されている。甘く芳しい薫りのする名曲。紛れもなくアメリカが産んだシンフォニーの最高峰。また終楽章冒頭部はジョン・ウィリアムズが作曲した映画「E.T.」~”地上の冒頭”とそっくりなので、ぜひ聴き比べてみてください。イチオシの演奏はゲルハルト/ナショナル・フィル、比較的手に入りやすいのはシュワルツ/シアトル交響楽団(NML)。

NHK大河ドラマ「平清盛」で有名になった吉松隆の交響曲は現在第6番まであるが、どれも遜色ない。シベリウスを感じさせる静謐さがある。フィンランドの民族叙事詩カレワラの代わりに吉松が見出したのがアイヌの伝承である。交響曲第1番は「カムイチカプ」と題されているがこれはアイヌ語で「神の鳥」という意味。鳥に対するこだわりも強い。シベリウスの白鳥に相当すると言えるだろう(シベリウスは日記に「今日、11時10分前に16羽の白鳥を見た。大いなる感動! 神よ、なんという美しさだろう! 白鳥は長い間私の頭上を舞い、輝くリボンのように、太陽の靄の中へ消えていった」と書いている。この情景が交響曲第5番 第3楽章に描かれた。また「トゥオネラの白鳥」も有名)。

交響曲第2番の推薦盤は藤岡幸夫/BBCフィル(NML)。

コープランドの存在なくしてエルマー・バーンスタイン「荒野の七人」などハリウッド製西部劇の音楽はあり得なかった。金管のファンファーレが格好いい。交響曲第3番の第4楽章冒頭には「市民のためのファンファーレ」が登場する。ジョン・ウィリアムズが作曲した映画音楽「華麗なる週末」「7月4日に生まれて」「プライベート・ライアン」にもコープランドの影響がある。推薦:大植英次/ミネソタ管(NML)、レナード・バーンスタイン/ニューヨーク・フィル(NML)。

ハイドンの交響曲で演奏機会が多いのは「告別」「驚愕」「軍隊」「時計」「ロンドン」「太鼓連打」などニックネームが付いたものばかり。日本人の標題音楽好きには辟易する。僕は後期の作品よりも疾風怒濤の時代(Sturm und Drang)の方が優れていると想う。39番はト短調交響曲であり、モーツァルトの25番に影響を与えたと言われている。フィッシャー/オーストリア・ハンガリー・ハイドン管弦楽団(NML)で。あと26番「ラメンタツィオーネ(哀歌)」 もいい。

グルジア生まれのアルメニア人・ハチャトゥリアンの特徴はバーバリズム(野性味)である。粗野だけど魅力的。交響曲第3番はド派手なトランペットによるファンファーレで開始され、コテコテのオルガン・ソロが「これでもかっ!」と展開される。「繊細」という言葉とは無縁、耳をつんざく大音響。これはアルメニアの「民族の祭典」か、はたまた乱痴気騒ぎか!?最後は暴力的とも言える。チェクナヴォリアン/アルメニア・フィル(NML)で。あと僕は未聴だが、コンドラシン/モスクワ・フィルが壮烈な豪快演奏としてファンの間で語り草らしい。

ショスタコの第5番は耳タコだ。もうウンザリ。だから選ばない。あの単純な曲想に熱狂できるアホだけが聴いていればいい。

ショスタコーヴィチの交響曲第10番を読み解く上で最も重要なのはDmitrii SCHostakowitchのイニシャルからとったDS(Es)CHの音型(レ・ミ♭・ド・シ)が執拗に繰り返されることである。

スケルツォの第2楽章はスターリンとその時代の闇が描かれ、終楽章はDSCH音型(つまり作曲家自身)が高らかに勝利を宣言する。そう聴いていくと非常に面白い。ショスタコでは何故かこの第10番しか録音していないカラヤン/ベルリン・フィル(NML)からどうぞ。ちなみにDSCH音型は弦楽四重奏曲 第8番でも大々的に登場する。併せてどうぞ。

メシアン/トゥランガリラ交響曲に関しては下記記事をお読み下さい。

CDはチョン・ミョンフン/パリ・バスティーユ管(NML)とかシャイー/コンセルトヘボウ管で。

ロシア革命で多くの作曲家が亡命し、ストラヴィンスキーはニューヨークでラフマニノフはビバリーヒルズで没した。ショスタコーヴィチやハチャトゥリアン、ミャスコフスキーらソ連に留まることを選択した者達もいた。そんな中でプロコフィエフが大変ユニークなのは革命を避け一旦亡命しアメリカやフランスに居住したものの、1933年に帰国したことである。それは結局彼にとって幸せだったのか、否か?答えは音楽の中に探るしかない。最後の交響曲 第7番は青春を懐かしむかのような穏やかな作品である。嘗て「先鋭」「知的」「鬼才」の名をほしいままにした作曲家の姿はそこにない。キタエンコ/ケルン・ギュルツェニヒ管の全集(NML)で。

アイヴズ(アメリカ)の交響曲第4番は2人の指揮者を要す。2つのオーケストラ群が別個に演奏をし、それが合わさることでカオス(混沌)を形成する。「宵闇のセントラル・パーク」もあちらこちらから雑音、都会のざわめきが聞こえてくる。これがアイヴズの特徴である。レナード・バーンスタインは「宵闇のセントラル・パーク」の録音で小澤征爾を副指揮者として起用している。ホリデイ・シンフォニーも全く異なる旋律がぶつかり合い、せめぎあい、カオスとなる。しかし決して乱暴ではなく、知的にコントロールされている。マイケル・ティルソン・トーマス/サンフランシスコ交響楽団(NML)でどうぞ。

ルーセル(フランス)の3番は1930年にボストン交響楽団創立50周年のためにクーセヴィツキーからの依頼で作曲したもの。強靭なリズム。野趣に富む舞踏音楽である。デュトワ/フランス国立管弦楽団の交響曲全集(NML)を推薦。

オネゲルの3番はフランスの伝統に則った3楽章形式。フランク同様循環主題も登場する。第二次世界大戦終結直後の1945-6年に作曲され、戦争の影が色濃い。カトリックの典礼から採った表題が付いており、第1楽章「怒りの日」は物凄い破壊力。第2楽章「深き淵より」は透明感ある祈り。第3楽章「我らに平和を」は不協和音を伴う死の行進。やがて音楽は静かになり、安息の日が訪れる。デュトワ/バイエルン放送響の全集(NML)か、カラヤン/ベルリン・フィル(NML)で。

ロータ(イタリア)の交響曲 第4番は日本初演を聴いている。

第1楽章の主題がイギリス映画「魔の山」(The Glass Mountain,1948)のテーマ曲となり、第3,4楽章はヴィスコンティ監督の映画「山猫」(1963)に転用された。限りなく美しい旋律、浪漫的で芳醇な香りに満ちた名曲である。マッシモ・デ・ベルナルド/シチリア交響楽団(NML)の演奏がいい。

1935年に初演されたウォルトン(イギリス)の交響曲第1番は調性音楽だが、先鋭なリズムとモダニズムを感じさせる傑作である。特に第4楽章が格好いい!途中からフーガになるのもいいね。同時代のプロコフィエフに通じる知性の輝きがある。デイヴィス/ロンドン交響楽団(NML)か、プレヴィン/ロンドン響で。

1908年に初演されたエルガーの交響曲第1番を聴くと、「大英帝国の落日/黄昏」を感じる。慈愛と慰めに満ちた音楽。バルビローリ/フィルハーモニア管(NML)、プレヴィン/ロイヤル・フィル(NML)で。

ユダヤ人だったコルンゴルトはオペラ作曲家としてウィーンで活躍し、ナチス・ドイツの台頭によりアメリカに渡り、映画音楽の仕事に携わった。

第二次世界大戦後、コルンゴルトはウィーン楽壇への復帰に意欲を燃やすが「映画に魂を売った男」と蔑まれ、評論家から袋叩きにあって失意のうちにアメリカに戻ることになる。その時期に作曲されたのが交響曲 嬰ヘ調であり1954年にウィーン交響楽団が初演した。ジョン・ウィリアムズが「スター・ウォーズ」を作曲した際、コルンゴルトの映画音楽「嵐の青春」や「シー・ホーク」を参考にしたことは有名だが、この交響曲も宇宙的壮大さを感じさせる傑作である。ケンペ/ミュンヘン・フィル、プレヴィン/ロンドン響あたりでどうぞ。

ミャスコフスキー(1881-1950)はロシアの作曲家。ベートーヴェン以降に27曲もの交響曲を作曲したのは異例なことである(他にはアメリカのアラン・ホヴァネスが67曲、フィンランドのレイフ・セーゲルスタムが現時点で交響曲 第270番を書いている)。ショスタコーヴィチの屈折したアイロニーやプロコフィエフのモダニズム、先鋭な知性とかとは無縁で、ロシア民謡を引用したりと素朴で土の匂いを感じさせる。だからチャイコフスキーやロシア5人組の時代の作風に近い印象を受ける。スヴェトラーノフ/ロシア国立交響楽団(NML)の演奏でどうぞ。安価に全集も手に入る。

矢代秋雄が1958年に作曲した交響曲はパリ留学後、日本フィルから委嘱されたもの。矢代が師事したメシアンの影響が随所に窺われる。第2楽章に登場する「テンヤ、テンヤ、テンテンヤ、テンヤ」という神楽太鼓のリズムが独特の雰囲気を醸し出している。実は本作、吹奏楽コンクールで「発見」された曲と言っても過言ではない。秋田南高等学校や根本直人/福島県立磐城高等学校吹奏楽部の演奏などが有名で、何故か東北の学校が第4楽章を好んで取り上げる。矢代自身は東京都出身で東北とは縁もゆかりもないのだけれど。推薦CDは湯浅卓雄/アルスター管弦楽団(NML)の演奏で。

1928年にコロンビア・レコードが企画したシューベルト没後100年記念コンクールで優勝したのがスウェーデンの作曲家アッテルベリ。彼は賞金として1万ドルを獲得し、フォードの高級車を購入したためたために「ドル交響曲」の異名を持つこととなった。この時第2位となったのがフランツ・シュミットの交響曲第3番である。コンクールの地方審査員には​ラ​ヴ​ェ​ル​、​レ​ス​ピ​ー​ギ​、​シ​マ​ノ​フ​ス​キ​らがいて、最終審査はグラズノフやニールセンという錚々たる面々が名を連ねた。

上記はCDとして発売されているし、後お勧めはネーメ・ヤルヴィ/エーテボリ交響楽団の演奏(NML)。

アップショー(ソプラノ)、ジンマン/ロンドン・シンフォニエッタの演奏するグレツキの交響曲第3番 2楽章がラジオで放送されたのを契機にこの曲の人気に火が付き、イギリスのポップス系ヒットチャートでは6位まで上り詰めた。またアメリカでもクラシック・ヒットチャートで38週間トップを記録した。第1楽章は十字架上のキリストを想う聖母マリアの歌。第2楽章はナチス・ドイツ秘密警察の独房に刻み込まれた祈り。ヘレナ・ヴァンダ・ブワジュシャクヴナの署名あり。18歳、1944年9月25日より投獄される、と記される。第3楽章はポーランドの民謡。戦争で息子を亡くし、亡骸の所在も不明という母の嘆き。いずれも静謐な悲しみに満ちた音楽である。

グラズノフの特徴はロシア民謡に基づく国民楽派的側面と後期ロマン派の薫りのせめぎあいである。彼はまた教育者としてショスタコーヴィチらを育て、20世紀の音楽への橋渡しをした。交響曲第4番の実演を聴いた感想はこちら。第1楽章冒頭、イングリッシュ・ホルンによるノスタルジックな主題から魅了される。そして田園交響楽こと、第7番も素敵だ。レビューはこちら

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2014年1月 1日 (水)

乃木坂46 握手会参加顛末記

12月28日(土)京都パルスプラザ大展示場へ。乃木坂46「バレッタ」発売記念全国握手会に初参加した。

Nogi

約6千人が集まったそう。AKB48の握手会@京セラドーム大阪の動員が3万2千人くらいだそうだから1/5ね。ちなみに「バレッタ」CDの初週売上が39.5万枚で、AKB48「恋するフォーチュンクッキー」の初週売上は133万枚だった。

AKB48の握手会に参加した時は女性が3-4割と多くて驚いたのだが、乃木坂の方は女性が全体の5%くらいかな?やはりAKBは国民的アイドルで、乃木坂は未だそうじゃないってことなのだろう。髪に蝶のバレッタをした女性もいた。

AKB48握手会@京セラドーム大阪は指定席で、乃木坂48のミニライブは全員立ち見。それがちょっとキツかったが、ただ会場が小中学校の体育館みたいに狭いのでライブの臨場感はあった(AKBの場合は客席からステージまでが余りにも遠く、オペラグラスを使ってもメンバーが豆粒くらいにしか見えない)。

11時から開始のミニライブは、影アナ/生駒里奈・西野七瀬で始まった。

  • バレッタ
  • 初恋の人を今でも
  • 私のために 誰かのために
  • やさしさとは
  • 月の大きさ
  • そんなバカな...

1時間弱でライブが終わり休憩に。13時から握手会がスタート。

AKB48握手会の場合は大島優子、柏木由紀、渡辺麻友らが1人レーンだけれど、乃木坂は全員1レーン2人以上でお得感あり。握手券が手元に3枚あったので、西野七瀬と「バレッタ」でセンターに大抜擢された堀未央奈のレーンに行くことははすんなり決まり、3枚目は迷った挙句、齋藤飛鳥にした。

◯ 西野七瀬 / 大和里菜
◯ 堀未央奈 / 寺田蘭世 / 佐々木琴子
◯ 齋藤飛鳥 / 衛藤美彩

AKB全国握手会は2-3秒で剥がされるので一言交わすのがやっとだが、乃木坂では10秒位与えられ比較的会話する余裕があった。みんな笑顔が可愛く感じがいい娘たちだった。これなら1600円のCD=イベント参加代は決して高くないなと想った。

あとAKBのブースは完全に外から遮蔽されているのだが、乃木坂は中が丸見えなので、すぐ隣りのレーンで握手しているメンバーの表情がよく見えた。白石麻衣のレーンに女性が2割位並んでいて、さすがファッションモデルもしているから女性人気が高いんだなと想った。

3レーン廻り30分弱で終了。AKBは電光掲示板に表示される整理番号待ちなどで2時間以上かかったから、拍子抜けだった。

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