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映画「25年目の弦楽四重奏」

公開時に観る機会を逸したので、レンタルDVDで鑑賞。

Quartet

評価:B+ 公式サイトはこちら

「カポーティ」でアカデミー主演男優賞を受賞したフィリップ・シーモア・ホフマン、「ディア・ハンター」でアカデミー助演男優賞を受賞したクリストファー・ウォーケンなど役者陣が充実している。アンサンブルの悦楽ーそれは演技面でも、弦楽四重奏というジャンルについても当てはまる。

クリストファー・ウォーケンの亡き妻役で世界的メゾ・ソプラノ歌手アンネ=ゾフィー・フォン・オッターが登場し、エーリヒ・ヴォルフガング・コルンゴルトのオペラ「死の都」からマリエッタの歌を歌うなど、クラシック音楽ファンの心をくすぐる仕掛けが施されている(しっかり歌詞と映画の内容が連動している)。

モティーフとなるのはベートーヴェンの最高傑作、弦楽四重奏曲 第14番 Op.131だ。シューベルトは死の5日前に最後の願いとしてしてシュパンツィヒ四重奏団にこれを弾いて貰ったという。

サウンドトラックを担当しているのはブレンターノ弦楽四重奏団。そのチェリスト、ニナ・リーが最後に実名で登場する。

全7楽章をアタッカで(切れ目なく)演奏するこの曲をこよなく愛したイギリスの詩人T.S.エリオット(ロイド=ウェバー作曲ミュージカル「キャッツ」も彼の詩)が書いた「四つの四重奏」第1部「バーント・ノートン」から、Op.131について語っているとして次の一節が映画の冒頭で引用される。

Time present and time past
Are both perhaps present in time future,
And time future contained in time past.
If all time is eternally present
All time is unredeemable.

現在という時も過去も
多分未来の中にあるだろう
そして未来は過去のなかにある
もし、全ての時制(過去から未来まで)が常に現在あるとしたら
全ての時は贖えなくなる

Or say that the end precedes the beginning,
And the end and the beginning were always there
Before the beginning and after the end.
And all is always now.

あるいは、いわば終わりが始まりに先行し
始めの前と終わりの後に
常に終わりと始めがあるとすれば
全ては常に「今」なのだ

チェリスト役のウォーケンは音楽大学のゼミでこの詩を朗読した後、「アタッカでこの長い曲を演奏すると途中から音程がバラバラになっていく。我々は演奏を止めてチューニングし直すべきか、調弦が狂ったままで最後まで弾き続けるべきかを自問することになる」と学生たちに語りかける。

そして登場人物たちの人生も、どんどん調弦が狂っていく。

思索に富む、深い映画だ。音楽ファンは必見。

ちなみにフィリップ・シーモア・ホフマンが第2ヴァイオリン奏者の役割について語る台詞は、アメリカのアタッカ・カルテットで活躍する徳永慶子さんが監督からの取材で語ったことを一言一句書き起こしたものなのだそう(エンディングで徳永さんやカルテットの名前がクレジットされている)。

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