フーケ「ウンディーネ」からジロドゥ「オンディーヌ」、そして「崖の上のポニョ」へ
切っ掛けはライネッケが書いた室内楽曲を聴いたことだった。
ライネッケはドイツの作曲家。ブラームスより9歳年長で「ドイツ・レクイエム」初演の指揮をしている。彼が1881年に発表したフルート・ソナタが「ウンディーネ」である。
僕は幻想的で美しい曲調にときめいた。フルート・ソナタの史上最高傑作はプーランク作だと確信しているが、プーランクを20世紀の代表とするなら、「ウンディーネ」は間違いなく19世紀に生まれた唯一無二の至宝だろう。
調べてみるとこの楽曲はフーケが1811年に書いた小説「ウンディーネ」の物語に沿ったものだということが分かった。フーケはドイツの作家であるが、父はフランス人で母がドイツ人。さらに、それに基づきフランスの劇作家ジロドゥが1939年に書いたのが戯曲「オンディーヌ」である。
そこで20世紀初頭にイギリスの絵画家・アーサー・ラッカムが挿絵を描き(←一級の芸術品だ)、岸田理生(きしだりお)が翻訳したフーケーの「ウンディーネ」を読んだ。岸田といえば金子修介監督の映画「1999年の夏休み」の脚本が印象的だった(原案は萩尾望都の漫画「トーマの心臓」)。
美しい物語である。水の精と騎士の恋。そこに騎士の婚約者との三角関係が絡み、哀しい結末を迎える。ライネッケのソナタ各楽章はプロットの進行に添っている。
- 水の精ウンディーネの描写
- 嵐の場面(岬の漁師の家、騎士の来訪)
- ウンディーネと騎士、婚約者と3人での穏やかな日々(城での生活)
- やがて訪れる悲劇(魔物の出現、ドナウくだりでの諍い、騎士の死)
この小説を読み、宮崎駿監督のアニメーション映画「崖の上のポニョ」との類似に気がついた。水の精との異種婚姻、嵐や波と戯れるヒロイン(ドイツ語ウンディーネ/フランス語オンディーヌを直訳すると「波の女」となる)、人間と自然との対峙、等々。そしてヒロインのキャラクター設定は「ウンディーネ」よりもむしろジロドゥ「オンディーヌ」からの影響が強い。
「崖の上のポニョ」のレビューでも語ったが、父フジモトがポニョを「ブリュンヒルデ」と呼ぶように、ワーグナーの楽劇「ニーベルングの指輪」(元はドイツの叙事詩「ニーベルンゲンの歌」)を下敷きにしていることは間違いない。ジロドゥ「オンディーヌ」にも「ニーベルンゲンの歌」への言及がある(第二幕)。
「崖の上のポニョ」とアンデルセンの「人魚姫」との関連性を論じる人もあるが、見当違いも甚だしい。アンデルセン童話の多くはキリスト教の影響が強く、「父さんのすることはいつもよし(おとうさんはすてき)」と日本の「わらしべ長者」との違いを見ればその傾向は明らかであろう。「人魚姫」は自己犠牲の話であり、そういう意味でむしろアンドレ・ジッド「狭き門」に近く、人魚が人間に恋する以外「ポニョ」と無関係である。
「ウンディーネ」→「オンディーヌ」という水の精にまつわる物語と、「ニーベルンゲンの歌」→「ニーベルングの指環」というふたつの潮流(どちらもドイツの伝説・神話だ)、さらに海に沈んだとされる「イスの町=ケル・イス」伝説(やはり「オンディーヌ」第二幕で言及される)が宮崎駿の脳内で融合したのが「崖の上のポニョ」と言えるだろう。
なお、光文社古典新訳文庫のジロドゥ「オンディーヌ」(二木麻里 訳)は解説が極めて充実しており、水の精の物語の源流は何か(メリジューヌ伝説)、それがどう発展してきたか、フーケ「ウンディーネ」との相違、メーテルリンク「ペレアスとメリザンド」との関係など読み物としてすこぶる面白く(相関図あり!)、興味のある方は是非一読をお勧めしたい。
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