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2013年9月

映画「エリジウム」のメタファー

評価B+

Elysium_2

映画公式サイトはこちら

SF映画「第9地区」(僕のレビューはこちら)でアカデミー作品賞にノミネートという快挙を果たしたニール・ブロムカンプ脚本・監督による最新作。

「第9地区」の監督なら絶対面白いだろうという確信があったので、何の予備知識もなしに映画館に足を運んだ。だからまず主人公がマット・デイモンだったことに驚き、続いてジョディ・フォスターが登場するに至りさらにびっくりした。有名俳優が一人もいない「第9地区」は紛れもなくB級映画だったのに、同じSFのジャンルでも「エリジウム」は堂々たるA級の風格がある。製作費の規模も桁違いなのではないだろうか。

2115年の地球は大気汚染が深刻化しており、富裕層は衛星軌道上のコロニー(宇宙ステーション)「エリジウム」に移住しているという設定がユニーク。ロサンゼルスは荒廃しスラム化しており、その雰囲気はまるでブラジルのスラム街を舞台にストリート・チルドレンの抗争を描く映画「シティ・オブ・ゴッド」みたいな感じだ。発達した医療でどんな難病でも治癒可能な「エリジウム」を目指して、密入国を企てる貧民も後を絶たない。

この図式はニール・ブロムカンプ監督の出身地南アフリカ共和国のアパルトヘイト時代に喩えるなら、エリジウム=白人居住区であり、LA=ソウェト(黒人居住区)と言えるだろうし、あるいはエリジウム=北米のビバリーヒルズやNY郊外にあるグレート・ネックなどの高級住宅街、LA=中南米の貧民街(スラム)のメタファーと解釈することも出来る。

注意! 以下、物語の核心に触れるネタバレあり。これから観ようという方はさらに読み進めるかどうかご一考下さい。

映画を最後まで見れば、この物語は新約聖書を下敷きにしていることが分かるだろう。つまりマット・デイモン演じる主人公はメサイア(救世主)となり、地上の民の疾病を癒やすのだ。ヒロインは彼の傷の手当をする場面があり、マグダラのマリアに相当する。よく練られたシナリオである。

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児玉宏/大阪交響楽団のブルックナー第8番 第1稿

9月27日(金)ザ・シンフォニーホールへ。

児玉宏/大阪交響楽団で、

  • ブルックナー/交響曲 第8番 
    (1887年 第1稿 ノヴァーク版)

を聴いた。

現在、最も演奏されるのはノヴァーク版の第2稿である。

ブルックナーは完成させた第1稿を指揮者のヘルマン・レーヴィに送るが、「演奏不可能だ」と拒絶される。そこで2年半を費やして改訂したのが第2稿である。ハース版は両者の折衷案となっている。

第1稿を初めて録音したのはエリアフ・インバル/フランクフルト放送交響楽団で1982年のことだった。その後ゲオルグ・ティントナーやシモーネ・ヤングらがレコーディングしている(これら3種類の音源はナクソス・ミュージック・ライブラリーNMLで聴くことが出来る)。またインバルは1998年に読売日本交響楽団を指揮して第1稿の日本初演を果たしている。

ノヴァーク版第1稿はノヴァーク版第2稿よりどれだけ小節数が多いか各楽章で比較してみよう。

第1楽章:+126小節、第2楽章:+28小節
第3楽章:+38小節、第4楽章:+62小節

つまり第2稿は全曲を通して254小節もカットされているのである。

今回初めて第1稿の実演を聴いた率直な感想は、アカデミー外国語映画賞を受賞したイタリア映画「ニュー・シネマ・パラダイス」(上映時間:2時間4分)を観て感激し、その後2時間50分ディレクターズ・カット完全版を観た時のあの落胆、あるいはフランシス・フォード・コッポラ監督「地獄の黙示録」を観た数年後、53分もの未公開シーンが追加された特別完全版を観た時の気持ちに似ている。

つまり、「長けりゃいいってもんじゃないんだ!」と叫びたい気持ち。

兎に角、冗長でくどい。第1楽章コーダが突然fff になる唐突さ!違和感ありまくり、なんとも居心地が悪い。イライラする。

僕がブルックナーの交響曲の中で一番好きなのは第7番なのだが(小学生の時初めて聴いたのがベーム/ウィーン・フィルの7番だった)、客観的に見れば第8番(第2稿)こそがブルックナーの最高傑作だと想う。それは多くの音楽愛好家も認めるところである。しかし第1稿はひどい。もし世の中にこの版しか存在しないとしたら、僕はベスト5にも入れないだろう。好事家相手にしか価値がない代物と断言出来る。

「第1稿にダメ出ししたヘルマン・レーヴィよ、ありがとう!」と心から言いたい。

些か金管(特にホルン)の乱れが気になるくらいで演奏自体は悪くはなかった。歯切れがよく、動的。第3楽章アダージョでも無駄に溜めず、音楽は決然と進む。そして終楽章の確信に満ちた足運び。しかし作品の出来がお粗末なので、聴く方としては始終モヤモヤしたじれったい気持ちで不完全燃焼に終わった。

まぁ滅多にない体験だし、傑作が生まれるまでの途中経過を垣間見られたという点では児玉シェフに感謝したい。

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フェスティバルホールに物申す!〜ドゥダメル/ミラノ・スカラ座管弦楽団「ヴェルディ ガラ・コンサート」

9月25日(水)フェスティバルホールへ。

ベネズエラの驚異的音楽教育システム「エル・システマ」の申し子グスターボ・ドゥダメル(32歳!)/ミラノ・スカラ座管弦楽団による「ヴェルディ ガラ・コンサート」を聴いた。独唱はソプラノがウルグアイ出身のマリア・ホセ・シーリ、テノールがアメリカ、アトランタ出身のスチュアート・ニール。ニールは大樽を思わせるパバロッティみたいな体型であった。

1階席は7割の入り、2階席が3割程度。考えてみれば僕がミラノ・スカラ座を聴くのはこれが2回目で、初体験は中学生の時。やはり(改築前の)フェスティバルホールだった。演目はプッチーニの歌劇「ラ・ボエーム」で演出がフランコ・ゼフィレッリ、指揮がカルロス・クライバー、フレーニのミミとドヴォルスキーのロドルフォという史上最強のプロダクションであった。

今回、僕の席は2階席正面1列目(S席:26,000円)だった。音はよく飛んできたし、音響的に悪くなかったが、問題は2階席中央客席前面に設置されていたカメラ(記録/監視用?)である。まず1曲目に「ピッ、ピッ、ピッ」という定期的な電気信号が聞こえてきた。恐らくピントを調整していたのではないかと思われる(あるいはズームイン/アウトかも)。2曲目以降電気信号はなくなったが、その代わり演奏会の最後まで(熱を放出するための)ファンが回転するブーンと唸る低音が鳴り続け、凄く気になった。関係者には今後の善処を強くお願いしたい。またフェスティバルホールでコンサートを聴く計画をお持ちの方、2階席正面前よりは避けることをお勧めする。不快な気持ちになり、折角の音楽鑑賞が台無しだ。

さてオール・ヴェルディ・プログラムで、

  • 『ナブッコ』序曲
  • 『アイーダ』から「清きアイーダ」「勝ちて帰れ」
  • 『椿姫』から第1幕への前奏曲
  • 『アイーダ』から「運命の石が〜さらばこの世」
  • 『ルイザ・ミラー』序曲
  • 『トロヴァトーレ』から「ああ、あなたこそ恋人〜見よ、恐ろしい火よ」
  • 『シチリア島の夕べの祈り』序曲
  • 『トロヴァトーレ』から「静かな夜〜この恋を語るすべもなく」
  • 『運命の力』序曲

オーケストラ・アンコールは、

  • マスカーニ『カヴァレリア・ルスティカーナ』間奏曲

冒頭の『ナブッコ』序曲から引き締まったリズムで血沸き肉踊る演奏が展開された。ドゥダメルの指揮は聴衆を熱狂の渦に巻き込む。しかし一方で、音楽にくっきりと暗い陰影を付与することにも長けている。

スチュアート・ニールは張りのある声で、広いホールを物ともせずよく通る。ゴッツイ声量で驚いた。

僕は昔からレオンタイン・プライスとかキリ・テ・カナワなど過剰な(振幅の大きい)ヴィブラートが大嫌いで、マリア・ホセ・シーリも苦手なタイプだった。

『アイーダ』終幕の地下の石牢で歌われる二重唱「運命の石が~さらばこの世」はクラリネットの甘い音色に魅了された。冥(くら)い情念、夜の静寂(しじま)が広がってゆく。

『椿姫』第1幕への前奏曲は弦の透明感、繊細さにウットリした。

『ルイザ・ミラー』序曲でも弦が瑞々しい。またクラリネットが素晴らしい。ドゥダメルの指揮は締めるところは締め、奏者を開放するときは自由に泳がせる。そのCatch and Releaseが絶妙、卓越した能力だ。

『イル・トロヴァトーレ』のアリアは畳み掛けるテンポで、ドゥダメルのラテンの血がひしひしと感じられる。

『シチリア島の夕べの祈り』序曲は弦のカンタービレが最高!《歌の翼に乗って》とは正にこれだなと感服した。ただイタリアのオケは日本と同様に弦楽パートが素晴らしいが、金管が弱いかなという気がした。特にアインザッツ(縦)が大雑把でピッタリ合わないんだよね。気にしていないのかも。金管に限って言えばNHK交響楽団や京都市交響楽団の方が実力が上かも知れない。

『運命の力』は払っても払っても纏わり付く《宿命》が感じられた。美しく劇的で(CDを含め)僕が今まで聴いた同曲のベスト・パフォーマンスであった。あとチューバではなくチンバッソ(イタリアで主に使われる低音の金管楽器。狭いオーケストラピットで使うのに考えられたもの)が使われていたのが印象的だった。初めて見た!ヴェルディの楽譜にもチンバッソが指定されているそうだ。

アンコールの『カヴァレリア・ルスティカーナ』間奏曲はまどろみ夢見る音楽を余すところなく表現。イタリア・オペラの醍醐味を満喫した夜であった。

会場で大阪フィルハーモニー交響楽団の次期首席指揮者就任が発表された井上道義さん(ミッキー)をお見かけした。そういえばNHKで放送されたドゥダメル/シモン・ボリバル・ユースオケの演奏会でも客席にミッキーの姿があった。

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漆原朝子&ベリー・スナイダー/フランス・ベルギーのヴァイオリン・ソナタ

9/23日兵庫県立芸術文化センターへ。

ヴァイオリン:漆原朝子、ピアノ:ベリー・スナイダーで、

  • フォーレ:ヴァイオリン・ソナタ 第2番
  • サン=サーンス:ヴァイオリン・ソナタ 第1番
  • ルクー:ヴァイオリン・ソナタ
  • フランク:ヴァイオリン・ソナタ

前半がフランスの作曲家、後半がベルギーの作曲家によるソナタでイザイに捧げられた作品。

漆原さんのヴァイオリンは粘りがあり、渋めの音。木目の肌触りが感じられる。硬質な抒情。堅実で雄弁、意志の強さがひしひしと伝わってくる。

フォーレのソナタを聴いていると夢の中にいるよう。さすが歌曲「夢のあとに」の作曲家だ。

サン=サーンスは2楽章構成で第1楽章は暗い情念を感じさせる。第2楽章前半は軽やか、後半は無窮動風となり華麗。多彩で聴き応えのある作品だ。

生演奏でルクーのソナタを聴くのは初めてだが、とても美しい。

フランクはアンニュイ。終楽章は歓びに満ち、開放感がある。

フランクを実演で聴くのはこれが5回目くらいでしばしば機会があるが、他は滅多にお目に掛かれないので、嬉しかった。漆原さんのパフォーマンスにも好感を持ったので、また足を運びたい。

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「ビザンチウム」と「血とバラ」〜ドラキュラ映画論

評価:B+

Byzantium_2

映画公式(→こちら)で大林宣彦監督がこの映画を絶賛していたので、無条件で観る気になった。大林監督は僕にとって人生の"Master"なので、師の宣(のたま)う言葉は絶対なのだ。

女吸血鬼の話である。放浪するふたりの女性のうち年上のクララが途中、「カミラ」という偽名を使うが、貴方がドラキュラ・ファンならここでニヤリとすることだろう。何故ならアイルランド人作家シェリダン・レ・ファニュが1872年に書いた小説が「女吸血鬼カーミラ」であり、これを映画化したのがロジェ・ヴァディム監督「血とバラ」(1961)だからである。そしてその「血とバラ」にオマージュを捧げた16mm個人映画が大林宣彦監督の「EMOTION 伝説の午後 いつか見たドラキュラ」(1967)であった。ちなみに赤川次郎も「血とバラ」が大好きで、「血とバラ 懐かしの名画ミステリー」という小説を書いている。赤川と大林監督が「ふたり」「あした」「三毛猫ホームズ」などでタッグを組んでいるのはご承知の通り。「ビザンチウム」のニール・ジョーダン監督はアイルランド出身であり、本作が「血とバラ」を意識しているのは間違いない。彼は1994年に「インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア」を撮っており、余程ヴァンパイアものが好きなんだね。

僕は「ドラキュラ映画の3原則」として以下を提言したい。

  1. ドラキュラ映画は耽美でなければならない。
  2. ドラキュラ映画は切なくなくてはならない。
  3. ドラキュラ映画の登場人物たちは病弱でなければならない。

そして「ビザンチウム」はその条件を全て満たしている。Good job ! また「パンズ・ラビリンス」でアカデミー作曲賞にノミネートされたハビエル・ナバレテの音楽も美しく印象深かった。

ただ近年のヴァンパイア映画の中ではスウェーデン映画「ぼくのエリ 200歳の少女」をハリウッド・リメイクした「モールス」(LET ME IN)が一番の僕のお気に入りであり、それを超えることは出来なかった。余談だが吸血鬼をテーマにした萩尾望都の「ポーの一族」も大好きなマンガだ。耽美だねぇ〜。

ヒロインを演じたシアーシャ・ローナン(現在19歳)の可愛さの絶頂期は映画「つぐない」(2007)の頃だったと想う。「ラブリーボーン」(2009)になるとちょっと微妙。「つぐない」と比べると旬を過ぎた「ビザンチウム」のシアーシャは見る影もないが、比較さえしなければまぁ悪くもなかった。

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メシアン/トゥランガリラ交響曲とレナード・バーンスタイン~音楽史のミステリー

今月、大阪フィル定期演奏会で取り上げられたオリヴィエ・メシアン作曲「トゥランガリラ交響曲」。1949年の初演を指揮したのはレナード・バーンスタインである。しかし興味深いことにレニーは生涯、この曲をレコーディングすることはなかった。彼が録音を残したメシアンの音楽は「神の現存のための3つの小典礼」ただ1曲のみである(ニューヨーク・フィル,1961)。余程相性が悪かったのだろうか?真相は藪の中である。

ゆえにバーンスタインが指揮する「トゥランガリラ交響曲」全曲を聴くことは出来ないが、実はラジオ放送用と思われる初演のリハーサル音源(26分30秒)は残っており、ナクソス・ミュージック・ライブラリーでも試聴出来る→こちら

ヘヴィスモーカーだったレニーは晩年、喫煙で喉を痛めガラガラ声だったが(おまけに肺癌にもなった)、ボストン交響楽団相手に自信に満ちて的確な指示を飛ばすレニーの声は張りがあって若々しい(当時31歳)。とてもロマンティックな解釈だ。音源を聴きながら「どうして彼はその後、本作を無視し続けたのか?」というミステリーに思いを馳せてみるというのも一興ではないだろうか。

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オンド・マルトノとテルミン~井上道義/大フィル定期「トゥランガリラ交響曲」

9月20日(金)井上道義/大阪フィルハーモニー交響楽団メシアン/トゥランガリラ交響曲を聴いた。滅多に演奏されないから、実演を聴くのは初めてである。この交響曲には電子楽器オンド・マルトノ(演奏:原田 節)が登場する。この楽器はフランス人電気技師モーリス・マルトノによって1928年に発明された。

Ondes_2

一方、1919年にロシアでは電子楽器テルミンが発明されている。物理学者テルミン博士については是非ドキュメンタリー映画「テルミン」(1993)をご覧になることをお勧めする。

Theremin

オンド・マルトノが使用されている名曲で真っ先に思い浮かぶのはメシアンと同じフランスに生まれたモーリス・ジャールが作曲した映画「インドへの道」(1984)の音楽である。ヒロイン・アデラのテーマに登場し、揺れ動く不安定な彼女の心情を表現している。アカデミー作曲賞受賞。ジャールはやはりオスカーを受賞した「アラビアのロレンス」(1962)でもこの楽器を用いている。ちなみにオンド・マルトノが映画史に初登場するのはフランツ・ワックスマンが作曲した「リリオム」(フリッツ・ラング監督、1934)だと言われている。ワックスマンは神尾真由子さんがレコーディングした「カルメン幻想曲」の作曲家でもある。

テルミンが印象的なのはアカデミー作曲賞を受賞したミクロス・ローザ/映画「白い恐怖」(1945)やバーナード・ハーマンが作曲した映画「地球の静止する日」(1951)。近年ではハワード・ショアが作曲した「エド・ウッド」(1994)やダニー・エルフマンが作曲した映画「マーズ・アタック!」(1996)等がある。そうそう、「のだめカンタービレ」のパリ編でも出て来たよね?

オンド・マルトノには鍵盤があるが、テルミンにはない。これが両者最大の相違かな。テルミンは手の感覚(と奏者の耳)が頼りなので音程が取りづらく、楽器として普及しなかった。また音の高低が連続的にしか移行出来ないので、絶対音感を持つ人には耐え難いだろう。

さて、井上/大フィルの「トゥランガリラ交響曲」の話に戻ろう。第1楽章はゆったりとしたテンポで開始、児玉桃さんが弾くピアノの透明感が素晴らしい。この作品でピアノは打楽器的に用いられることが多い。第2楽章、オンド・マルトノは美しく甘い旋律を奏でる。第5楽章でオーケストラは生命力に溢れる。第6楽章、ピアノは鳥のさえずりを担当し、オンド・マルトノと共に神秘的かつ陶酔的雰囲気を醸し出す。僕は恍惚として聴き入った。そして第10楽章フィナーレ。音楽は生を謳歌し、歓喜の声を挙げる。それは宇宙の無限へと広がってゆく。

「トゥランガリラ交響曲」をCDで聴くと、音の洪水で「ウルサイ音楽だな!」という印象があったのだが、今回生で接し、ミステリアスで静謐な抒情も多々感じられた。やっぱり音楽はライヴに限ると感じた夜だった。

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2回目の新演出版ミュージカル「レ・ミゼラブル」@フェスティバルホール

9月19日(木)フェスティバルホールへ。

Le2

新演出「レ・ミゼラブル」2回めの鑑賞。今回のキャストは下記。

Re1

別キャストによる前回の感想はこちらに書いた(オリジナル版との違いにも言及)。

ジャン・バルジャンを演じる吉原光夫は劇団四季時代に「ジーザス・クライスト=スーパースター」のユダを観ている。低音が魅力的。しかし逆に高音域は苦しいかな(特にソロ「彼を帰して」はキーが高いので)。この点においては先週観たキム・ジュンヒョンに軍配が上がる。吉原は冒頭で荒々しくバルジャンを演じ、獣性をむき出しにしているのが印象深かった。新鮮な解釈だ。

エポニーヌ:平野綾、ファンテーヌ:里アンナは情感豊かで劇的な歌唱が良かった。特にファンテーヌは今まで観た日本人キャストではベストかも。

コゼット:磯貝レイナはそこそこ。この役は純名里沙(1997-99)がダントツに良かった。未だに忘れ得ぬ記憶である。

マリウス:田村良太は優男で線が細く、この役のイメージにピッタリ!アンジョルラス:上原理生は背が高く見栄えがした。歌も○。

森公美子のマダム・テナルディエはもう何度も観ているが、歌は安心して聴けるし、肉体に迫力があるし文句なし。演技に余裕とユーモアがある。KENTAROのテナルディエもいかにもずる賢そうでタフな感じがして好印象だった。

あとガブローシュ少年を演じた鈴木知憲くん(12歳)の歌が上手くてびっくりした。是非また10年後に「レ・ミゼ」のカンパニーに戻ってきて欲しい。ちなみに1987年「レ・ミゼラブル」初演時にガブローシュを演じた山本耕史は2003年にマリウス役で返り咲いている。また現在マリウスを演じている原田優一も1994年にガブローシュを演じている。

演出に関して前回書き忘れたことを追記しておく。松明や蝋燭で本物の火を使っているのが良かった。特にマリウスが死んだ仲間のことを歌うソロ「カフェソング(Empty Chairs at Empty Tables)」で死者ひとりひとりがキャンドルを拾い、最後に吹き消す場面は切なくて心に残った。

今回改めて観劇し、「自由」とか「平等」といったものを獲得するために欧米の人達は長い年月を掛けて闘い、多くの血を流して来たんだなということをつくづく感じた。

それにしてもこのミュージカルを20年前に初めて観た時と比較して、オーケストラは明らかに上手くなったし(ホルンが音を外さなくなった)、カンパニー全体の歌のレベルも確実に向上している。日本のミュージカルは間違いなく進化している。頼もしい限りだ。

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大植英次/大阪フィル「永遠に語りつがれる愛の物語」~大阪クラシック2013

9月12日(木)大阪クラシックに足を運んだ。

《第67公演@中之島ダイビル》

ヴァイオリン:吉岡克典、浅野彩 ヴィオラ:糸川麗子(大阪交響楽団)で、

  • ドヴォルザーク/4つのロマンティックな小品 Op.75
    (弦楽三重奏のための《ミニアチュール》)から 第1番
  • ドヴォルザーク/ユーモレスク
  • ドヴォルザーク/テルツェット(三重奏曲) Op.74
  • モンティ/チャルダッシュ(アンコール)

4つのロマンティックな小品から第1番は五嶋龍がJR東日本のCMで弾いた曲。美しく、郷愁を感じさせる。

吉岡さんはドヴォルザークを「不細工な犬」のような顔と紹介。語りが面白い。さらにテルツェットは弦楽四重奏からチェロが欠けているので物足りなく、残念な曲。一瞬だけ綺麗なメロディーが出てくるが直ぐ元に戻ると。

でも、言うほど悪くなかった。珍しい曲が聴けるのも大阪クラシックの魅力だ。

《第69公演@中之島三井ビルディング》

ヴァイオリン:松田尚子、井上夕子 ヴィオラ:坂口雅秀 チェロ:森本耕太郎(大阪交響楽団)で、

  • シェーンベルク/弦楽四重奏曲 ニ長調

シェーンベルクは番号付きで弦楽四重奏曲を4曲作曲しているが、これはそれ以前の1897年に完成した作品。彼はチェロ弾きだったが、ツェムリンスキーの手ほどきを受けて22-3歳の時に作曲した。若書きなので12音技法ではもちろんなく、「らしくない」楽曲。第2楽章はヴィオラの歌がメロディアス。ところがチェロから始まる第3楽章変奏曲になると調性がたゆたい、揺らぐ。第4楽章アレグロープレストは非常にドヴォルザーク的。意外な人から影響を受けていたんだね。

《第71公演@ザ・シンフォニーホール》

大植英次/大阪フィルハーモニー交響楽団で、

  • チャイコフスキー/バレエ音楽「白鳥の湖」より終曲
  • ワーグナー/歌劇「ローエングリン」より結婚行進曲
  • ベルリオーズ/劇的交響曲「ロメオとジュリエット」より”ロメオただ一人”
  • ワーグナー/楽劇「トリスタンとイゾルデ」前奏曲
  • バーンスタイン/交響舞曲「ウエストサイド物語」より”サムウェア”
  • チャイコフスキー/幻想的序曲「ロメオとジュリエット」
  • マスカーニ/歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」間奏曲(アンコール)
  • ワーグナー/歌劇「ローエングリン」第3幕への前奏曲(アンコール)

さらに、ミニ「星空コンサート」(追憶)として大植さんのピアノで、

  • チャイコフスキー/序曲「1812年」より
  • 星に願いを(ディズニー映画「ピノキオ」より)

びっしり満席。大植さんはベートーヴェンが交響曲第1番を初演した時に着ていたという燕尾服を肖像画から掘り起こし、特注したものを身にまとい登場。またベートーヴェン独特の髪型は蜂蜜と砂糖を混ぜたものをムースにして使用したと推定されるとお話された。

チャイコフスキーはカンタービレが魅力的。弦が水のたゆたう様子を表現。大植さんによると初演の時は最後に王子とオデット(白鳥)が湖に身を投げて死に、あの世で結ばれるという悲劇だったのに、1937年スターリン時代のソ連で無理やりハッピーエンドに変えられ、音楽も短調から長調に転調されたとのこと。またチャイコフスキーはワーグナー「ローエングリン」(白鳥の騎士)を鑑賞しており、その影響で「白鳥の湖」を作曲したと。余談だが「ローエングリン」の初演はフランツ・リストが指揮をしたそう。

続いてベルリオーズ”ロミオただ一人”の旋律がワーグナー「トリスタンとイゾルデ」に引用されていると解説あり。トリスタンの音楽は途切れることなく永遠に続くのではと感じさせるくらい息が長い。情感たっぷりで感情のうねりを感じさせる演奏。

1957年に「ウエストサイド物語」がブロードウェイで初演された時、パーカッションが沢山必要だったのでオーケストラ・ピットにヴィオラが入らず、ヴィオラ抜きの編成だった。だからシンフォニック・ダンス版の”サムウェア”でレニーはヴィオラ・ソロから始まることにこだわったのだそう。また大植さんは”サムウェア”の驚くべき誕生秘話についても教えて下さったのだが、これは門外不出と念を押されたので残念ながらここには書けない。

チャイコフスキー「ロミオとジュリエット」は熱く血がたぎるような演奏だった。

またエルガー「威風堂々」の原題 "Pomp and Circumstance"はシェイクスピア「オセロ」からの引用であるとか、「カヴァレリア・ルスティカーナ」は「田舎の騎士道」という意味だというお話もあった。

サービス精神旺盛で意義深いコンサートだった。ただ残念だったのは事前に告知されていたニーノ・ロータ作曲/映画「ロミオとジュリエット」の音楽が演奏されたなかったこと。大植さんが振るロータをすごく愉しみにしていたのに……。それとワーグナー「トリスタンとイゾルデ」がバーナード・ハーマンが作曲したアルフレッド・ヒッチコック監督の映画「めまい」の音楽(Scene d'amor;愛の情景)に繋がっているという所まで踏み込めば、更に面白いのにという気がした。むせるように官能的な「めまい」は僕の大好きな作品で、大フィルがいつか演奏してくれると嬉しいな。

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新演出版ミュージカル「レ・ミゼラブル」@大阪フェスティバルホール(オリジナル版との相違について)

9月12日(木)フェスティバルホールへ。

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リニューアルされたミュージカル「レ・ミゼラブル」を観劇。

オリジナル・プロダクションの演出はジョン・ケアードとトレバー・ナンだったが、今回は演出にローレンス・コナーとジェームズ・パウエルを迎え、美術・衣装なども一新された。ローレンス・コナーは「ミス・サイゴン」の新演出も担当している。

新演出版「レ・ミゼ」の特徴はツアー公演を可能にするための装置の簡略化である。見せ場だったバリケードはしょぼくなり、盆(回転・廻り舞台)もなくなった。

しかしだからといって物足りないかというと、不思議とそんなことはなかった。結局、このミュージカルは作品自体に力があるからスペクタクルな仕掛け、こけおどしの趣向など必要ないということだ。

僕が一番注目したのは第2幕バリケードでの戦い。まず舞台が回転しないから戦死者から銃弾を集めるガブローシュ少年が狙撃される瞬間を観客に見せることが出来ない。そしてアンジョルラスの死体がバリケードで逆さ吊りになっている有名な場面をどう処理するのか?ということだった。

ガブローシュが撃たれる場面は音と照明効果で観客の想像に委ねる演出となった。これがイマジネーションを掻き立てられ、意外にもオリジナルより良かった。そしてアンジョルラスの死も、見事な解決方法が示された。ローレンス・コナーの上手さに舌を巻いた。

背景はターナーの絵を彷彿とさせ、要所でそれが動く(アニメーション)。またジャベール警部が投身自殺を図る場面はワイヤーが効果的に用いられており、感心することしきり。

エポニーヌが「On My Own」を歌う場面は外灯がひとつだけ点っていて、オリジナル・プロダクションと比べると「なんだか寂しいな」と想ったが、考えてみればこれは孤独を歌う詞だから、むしろ相応しいのかも知れない。

人物の顔の判別も難しい暗い照明とか、バルジャンが幼いコゼットと初めて合った時にグルグル振り回す演出とか、登場人物が死んだ時に照明が白色光に変わるとか、旧版を踏襲している場面もいくつかあった。

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ジャン・バルジャンを演じるキム・ジュンヒョン(旧芸名:金田俊秀)は韓国出身。2005年劇団四季のオーディションに合格し「ライオン・キング」のムファサや「ジーザス・クライスト=スーパースター」のジーザス、「アイーダ」のラダメス役などを演じた。兎に角、声量が豊かで歌が素晴らしい。感動した!僕が今まで生で観た舞台の中でベスト・バルジャンかも知れない。

エポニーヌ役の昆夏美とマリウス役の山崎育三郎を観ながら、そういえばこの二人は「ロミオ&ジュリエット」のコンビだなと想い出した。

昆ちゃんは本当に声が綺麗で、情感を歌に込めることが出来る稀有な才能を持っている。島田歌穂のエポニーヌと遜色ないと断言しよう。是非彼女でキム@ミス・サイゴンが観たい!

コゼット:青山郁代、エポニーヌ:知念里奈、ジャベール:川口竜也は可も無く不可も無し。そこそこ。

テナルディエ:萬谷法英、マダム・テナルディエ:浦嶋りんこはもっとユーモアが欲しい。暗い物語の中で唯一笑いを取る役柄なのだから。歌にイッパイイッパイで余裕がない感じだった。

余談だが、新フェスティバルホールのこけら落とし公演フェニーチェ歌劇場「オテロ」のレビューでウォッシュレットがないことの苦情を書いたが、今回チェックすると設置されていたので感心した。

近々、別キャストで「レ・ミゼラブル」を観劇する予定。

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 仲道郁代/プレイエルとスタインウェイで聴くショパン

9月8日(日)兵庫県立芸術文化センターへ。

Naka

仲道郁代さんが2つの楽器を弾き分けるリサイタル。

  1. スタインウェイ D-274
    88鍵 ピッチ442HZ 兵庫芸文所蔵
  2. プレイエル 1846年製 オリジナル楽器
    85鍵 ピッチ430Hz ヤマモトコレクション所蔵

ショパンが亡くなる3年前に製作され、今回使用されたプレイエルを所蔵する山本宣夫さんと仲道さんのトークもあり。

オール・ショパン・プログラムで、

《スタインウェイ》

  • 幻想即興曲
  • ワルツ 第7番
  • ワルツ 第6番「小犬」

《プレイエル》

  • ワルツ 第6番「小犬」
  • 12の練習曲 第1番 op.25-1 「エオリアン・ハープ」
  • 12の練習曲 第12番 op.10-12 「革命」
  • 12の練習曲 第3番 op.10-3 「別れの曲」
  • バラード 第4番
  • バラード 第1番

《スタインウェイ+プレイエル》交互に移動しながら

  • ワルツ 第2番「華麗なる円舞曲」

《スタインウェイ》

  • バラード 第3番
  • 12の練習曲 第12番 op.10-12 「革命」
  • ノクターン 第20番 遺作
  • ポロネーズ 第6番「英雄」

仲道さんがプレイエルで弾くショパンを聴くのはこれが2回目。

プレイエルについての詳細、同時代のエラールとの違いは上記に詳しく書いているのでそちらをご覧あれ。この時使用されたのは1842年製だから、今回とは違う楽器ということになる。また仲道さんご自身も昨年、フランス貴族の邸宅から発見された1842年製のプレイエルを購入し自宅に所蔵されているとのこと。

ショパンは祖国ポーランドからパリに出てきて、そこでプレイエルと出会った。自分で音を作れるということで愛用したが、体調が悪いときは奏者の工夫が必要ないエラールを好んで弾いたという。

プレイエルはモダン・ピアノと比較し、弦の張力が弱く(半分以下)、ピッチが低い。また鍵盤の幅が狭く、押さえる深さ(モダン10mm、プレイエル6mm)や重さも異なる。さらにプレイエルの弦は全て平行に張られているが、モダン楽器は低音弦が交差している。これは音量(パワー)を出すことを求めた結果だという。だからプレイエルの方がすっきりクリアな響きがして、旋律(右手)を浮き立たす特徴があるそう。

仲道さんによると全体で20トンにも及ぶ張力がかかっているピアノは完全な「打楽器」であり、対するプレイエルは竪琴のように「かき鳴らす」感覚だと。

またモーツァルト時代のフォルテピアノは革に覆われたハンマーだったが、プレイエルはそれがフェルトになったそう。

ワルツ 第7番は歯切れよく軽やか、第6番「小犬」は瞬発力があり加速が小気味いい。

「エオリアン・ハープ」は優美で気品がある。プレイエルはセピア色の音色。

また「革命」は音が濁らない。「別れの曲」は呟くように。

バラード 第4番は作曲家の心の襞に触れ、優しく撫でるような演奏。

ノクターン 第20番は繊細な弱音が魅力的であった。

やっぱり弾き比べって面白い。オリジナル楽器(作曲家が耳にした音)を聴かないと、分からないニュアンスは確かにある。

アンコールはエルガー/愛の挨拶だった。

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フーケ「ウンディーネ」からジロドゥ「オンディーヌ」、そして「崖の上のポニョ」へ

切っ掛けはライネッケが書いた室内楽曲を聴いたことだった。

ライネッケはドイツの作曲家。ブラームスより9歳年長で「ドイツ・レクイエム」初演の指揮をしている。彼が1881年に発表したフルート・ソナタが「ウンディーネ」である。

僕は幻想的で美しい曲調にときめいた。フルート・ソナタの史上最高傑作はプーランク作だと確信しているが、プーランクを20世紀の代表とするなら、「ウンディーネ」は間違いなく19世紀に生まれた唯一無二の至宝だろう。

調べてみるとこの楽曲はフーケが1811年に書いた小説「ウンディーネ」の物語に沿ったものだということが分かった。フーケはドイツの作家であるが、父はフランス人で母がドイツ人。さらに、それに基づきフランスの劇作家ジロドゥが1939年に書いたのが戯曲「オンディーヌ」である。

そこで20世紀初頭にイギリスの絵画家・アーサー・ラッカムが挿絵を描き(←一級の芸術品だ)、岸田理生(きしだりお)が翻訳したフーケーの「ウンディーネ」を読んだ。岸田といえば金子修介監督の映画「1999年の夏休み」の脚本が印象的だった(原案は萩尾望都の漫画「トーマの心臓」)。

Rackham

美しい物語である。水の精と騎士の恋。そこに騎士の婚約者との三角関係が絡み、哀しい結末を迎える。ライネッケのソナタ各楽章はプロットの進行に添っている。

  1. 水の精ウンディーネの描写
  2. 嵐の場面(岬の漁師の家、騎士の来訪)
  3. ウンディーネと騎士、婚約者と3人での穏やかな日々(城での生活)
  4. やがて訪れる悲劇(魔物の出現、ドナウくだりでの諍い、騎士の死)

この小説を読み、宮崎駿監督のアニメーション映画「崖の上のポニョ」との類似に気がついた。水の精との異種婚姻、嵐や波と戯れるヒロイン(ドイツ語ウンディーネ/フランス語オンディーヌを直訳すると「波の女」となる)、人間と自然との対峙、等々。そしてヒロインのキャラクター設定は「ウンディーネ」よりもむしろジロドゥ「オンディーヌ」からの影響が強い。

「崖の上のポニョ」のレビューでも語ったが、父フジモトがポニョを「ブリュンヒルデ」と呼ぶように、ワーグナーの楽劇「ニーベルングの指輪」(元はドイツの叙事詩「ニーベルンゲンの歌」)を下敷きにしていることは間違いない。ジロドゥ「オンディーヌ」にも「ニーベルンゲンの歌」への言及がある(第二幕)。

「崖の上のポニョ」とアンデルセンの「人魚姫」との関連性を論じる人もあるが、見当違いも甚だしい。アンデルセン童話の多くはキリスト教の影響が強く、「父さんのすることはいつもよし(おとうさんはすてき)」と日本の「わらしべ長者」との違いを見ればその傾向は明らかであろう。「人魚姫」は自己犠牲の話であり、そういう意味でむしろアンドレ・ジッド「狭き門」に近く、人魚が人間に恋する以外「ポニョ」と無関係である。

「ウンディーネ」→「オンディーヌ」という水の精にまつわる物語と、「ニーベルンゲンの歌」→「ニーベルングの指環」というふたつの潮流(どちらもドイツの伝説・神話だ)、さらに海に沈んだとされる「イスの町=ケル・イス」伝説(やはり「オンディーヌ」第二幕で言及される)が宮崎駿の脳内で融合したのが「崖の上のポニョ」と言えるだろう。

なお、光文社古典新訳文庫のジロドゥ「オンディーヌ」(二木麻里 訳)は解説が極めて充実しており、水の精の物語の源流は何か(メリジューヌ伝説)、それがどう発展してきたか、フーケ「ウンディーネ」との相違、メーテルリンク「ペレアスとメリザンド」との関係など読み物としてすこぶる面白く(相関図あり!)、興味のある方は是非一読をお勧めしたい。

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レクチャー・コンサート@いずみホール/チェンバロ・フォルテピアノ・ピアノで弾くモーツァルト

9/5(木)いずみホールへ。

ホールが所有する3つの楽器で聴くモーツァルト。

  1. チェンバロ(アトリエ・フォン・ナーゲル、1989年) 
    マリー・アントワネットが愛した楽器のコピー、二段鍵盤:61鍵
  2. フォルテピアノ(ナネッテ・シュトライヒャー、1820年代) フォ
    ベートーヴェンが生きていた時代のオリジナル楽器、73鍵
  3. ピアノ(ベーゼンドルファー モデル290インペリアル) 
    ピアニスト・作曲家ブゾーニの要求で作られたウィーンの楽器、97鍵

曲目は

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト/

  • アンダンテ ハ長調 K.1a (8小節) 
  • アレグロ ヘ長調 K.1c (12小節) 
  • 「ロンドンの音楽帳」から ト短調 K.15p 
  • サリエリの「ヴェネツィアの市」の主題による6つの変奏曲 K.180 
  • ピアノ・ソナタ ニ長調「デュルニッツ」 K.284 より 第1楽章 

ヨハン・クリスティアン・バッハ/

  • ピアノ・ソナタ ニ長調 作品5-2 より第1楽章 

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト/

  • ピアノ・ソナタ ニ長調「デュルニッツ」 K.284 より 第3楽章 
  • ピアノ・ソナタ ヘ長調 K.280 より 第2楽章 フォ
  • ピアノ協奏曲「ジュノム」 K.271 よりカデンツァ フォ
  • ピアノ・ソナタ ニ長調 K.311 フォ

鍵盤演奏は久元祐子さん。いずみホール音楽ディレクター・礒山 雅さんの解説付き。

K.1aはモーツァルト5歳の作曲。記念すべき第1作。初めて聴いた。

ロンドンの音楽帳」は8歳の作品。嵐の予感。この時、大バッハの末男ヨハン・クリスティアンとの出会いがあり、決定的な影響を受けた。両者のピアノ・ソナタの聴き比べはスリリングであった。区別がつかないくらい似ている。

フォルテピアノ「ナネッテ・シュトライヒャー」はなんとペダルが5本も付いている!(写真など詳細はこちら)弱音が繊細で、優しい響き。ビロードの滑らかさ。

K.311のソナタは協奏曲の形式で書かれており、第3楽章にカデンツァもあるというお話があり、「なるほど!」と首肯した。

アンコールはピアノ・ソナタ第11番より第3楽章「トルコ行進曲」だった。

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ぎっちょ 《私家版ナショナル・ストーリー・プロジェクト》

僕は左利きだ。しかし世界は右利きに都合良く出来ているので、矯正すべきだという価値観が昭和の日本には根強くあり、幼少期に箸や鉛筆は右手で握るよう親からしつけを受けた。

後にアカデミー作品賞を受賞した映画「英国王のスピーチ」を観て、ジョージ6世は厳格な父から左利きを体罰により矯正され、そのことが原因で吃音になったと知った。

僕は幼い頃から字を書くのが苦手で、いくら習字してもきれいな字が書けず、終いに嫌になった。

30歳を過ぎた頃からだろうか、友人からの勧めで普及し始めたインターネット上にホームページを作成した。そしてミレニアムをまたぎ僕は40歳になり、今度はブログを始めた。

するとどうだろう!すらすらと苦もなく書けるのである。二日に一度は更新している。キーボードのおかげで手書きから開放され、文章を書くことが大好きだという事実をこの歳になって初めて自覚した。そしていつしか右手で文字を書くのを止め、左手に替えた。

僕の息子はいま二歳である。どうやら左利きのようだ。彼には無理強いしまいと心に決めている。

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スター・トレック イントゥ・ダークネス

評価:A

Startrekintodarkness

映画公式サイトはこちら。僕は第一作目のレビュー(こちら)の中でJ.J.エイブラムス監督について「第2作以降はプロデュースに回ったりせず、是非次もメガホンを取って欲しい」と書いたが、希望通りになって嬉しい。ただJ.J.は間もなく「スター・ウォーズ エピソード7」の撮影に入るので、さすがに「スター・トレック」第3作の監督は難しそうだ。

「カラーパープル」(1985)を撮った辺りから、スティーヴン・スピルバーグは重度の「アカデミー賞欲しい病」に罹患し、未だに癒えていない。「シンドラーのリスト」と「プラベート・ライアン」で既に2度も監督賞を受賞したのにそれでも物足りないらしく、「戦火の馬」や「リンカーン」などアカデミー賞狙いの作品を発表し続けている。

というわけでスピルバーグが娯楽映画を撮らなくなった代わりに、八面六臂の大活躍しているのがじぇじぇ!、もとい、J.J.である。いや~今回も大満足。文句なし。

兎に角、プロットがよく練られていてシナリオが素晴らしい。敵が味方になり、味方が敵になり、どんでん返しに次ぐどんでん返しで息つく暇もなし。極上のエンターテイメントを堪能した。新シリーズで初登場となるカーンは実に魅力的なキャラクターだ。

映画の冒頭、未開の惑星でカークが原住民のお宝を奪って逃走し、追っ手から次々に矢を射られる場面は明らかに「レイダーズ 失われたアーク《聖櫃》」へのオマージュだし、「スター・ウォーズ エピソード5/帝国の逆襲」小惑星帯でのチェース・シーンや「スター・ウオーズ エピソード6/ジェダイの帰還」で第2デス・スターにミレニアム・ファルコンが突入する場面を彷彿とさせる見せ場もあって、ニヤリとさせられる。

マイケル・ジアッキーノが作曲したエンタープライズ号のテーマを聴くだけでワクワクするし、エンディングで前作同様アレクサンダー・カレッジが作曲したTV「宇宙大作戦」のテーマが流れるのも嬉しい。この曲には少年の夢がある。

J.J.の映像センスは改めて凄いと想った。本当に「スター・ウォーズ エピソード7」が愉しみだ。彼が監督してくれるなんて夢みたい。聞く所によると今時としては珍しくフィルムで撮影するらしい。そして巨匠ジョン・ウィリアムズ(御年81歳)がまた音楽を担当する!

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