宮崎駿監督「風立ちぬ」批判に徹底反論する(堀辰雄「菜穂子」を通して)
芸術の世界において、いつの時代も巨匠を批判・否定することで目立とう、あるいは自分が偉くなったような錯覚をする愚かな連中がいるものだ。ある意味、嫉妬や劣等感の裏返しでもある。
有名になればアンチを生む。これは世の中の必定であり、逆にアンチを生まない者は大したことがないのである。アンチとはいわば有名税みたいなものだ。
黒澤明監督の晩年の作品「乱」「夢」「八月のラプソディ」等は「映画芸術」誌ワーストテンに常にランクインしていた。また黒澤映画が海外で評価が高いことにやっかんで、「黒澤明は外国人のために映画を撮っている」などど、トンチンカンな中傷する輩もいた。
宮崎駿監督(以下「宮さん」と呼ぶ)の「風立ちぬ」については、まず韓国から「嘗ての日本の軍国主義を賛美している」「右翼だ」といった批判が出ており、彼の国では上映中止になりかねない状況である(詳細はこちら)。
笑止である。宮さんは東映動画時代、労働組合の役員をして会社と闘争していたという経歴を持ち、「従軍慰安婦問題について日本政府は韓国に謝罪すべきだ」と言うような筋金入りの左翼だ。そんなことは作品を観れば明らかだろう。「風の谷のナウシカ」の風の谷とか、「もののけ姫」のタタラ場は自給自足を営む生活共同体(コミューン)である。そしてcommuneという英語は勿論、communism(共産主義)の語源である。「紅の豚」の主人公ポルコ・ロッソは宮さんの分身であり、イタリア共産党員であることを暗示している。だからファシスト党から追われているわけだ。子供ならともかく、その程度の読解力もない大人はそもそも映画を観る資格がない。
宮さんの「風立ちぬ」は時代に翻弄されようと、自分の夢を実現すべきだ、精一杯「生きろ」と語りかける。そして主人公は自分が設計する飛行機が殺人兵器になることは十分自覚しているし、「矛盾だ」と言っている。たとえ十字架を背負おうと、やりたいことをやって生き続けるのだというプロとしての覚悟がある。その決意を咎める資格が誰にあるだろう?
零戦を設計した堀越二郎を非難する韓国のマスコミ関係者に問いたい。では貴方たち、あるいは貴方たちの親は1961年に朴正煕が起こした5・16軍事クーデターに反対し、独裁軍事政権に対し正々堂々とNo!と言い、レジスタンス活動を行っただろうか?時代に迎合し、生きてこなかったと胸を張って言えるのか?
「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい」
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「風立ちぬ」はまた、煙草の映画でもある。映画全篇で四六時中登場人物の誰かが喫煙している。部屋の外で煙草を吸おうとする二郎を結核を患っている菜穂子が留め、「ここで吸って」と言う場面もある。
NPO法人「日本禁煙学会」がこの喫煙描写に苦言を呈し、それに対して「喫煙文化研究会」(代表:すぎやまこういち)が反論のファックスを各報道機関に送るといった具合に、場外乱闘の大騒動に発展している(詳細はこちら)。
まず時代背景を考察してみよう。JTの調査によると2012年現在で日本男性の喫煙率は32.7%(女性10.4%)。しかし1965年の調査では男性喫煙率は82.3%(女性15.7%)だった。つまり「風立ちぬ」が描いた時代に男がタバコを吸うのは当たり前のことだった。現在の価値観で過去を裁くことは出来ない。
ちなみに小説「風立ちぬ」を書いた堀辰雄も喫煙者であり、結核を患っていると分かり医者から禁止されても止めなかったという。
宮さんの「風立ちぬ」は堀辰雄の「風立ちぬ」から題名を拝借しているが、ヒロインの名前と二郎の上司「黒川」は堀の小説「菜穂子」に由来する。そのサナトリウムの場面で、菜穂子の夫・圭介がこう言う。
「廊下なら煙草をのんで来てもいいかな。」
また、ひとり八ヶ岳のサナトリウムを脱出し、東京に向かう列車に乗り込んだ菜穂子。そこで次のような記述がある。
彼女はそのとき急に、いつも自分のまわりに嗅ぎつけていた昇汞水(しょうこうすい)やクレゾオルの匂(におい)の代わりに、車内に漂っている人いきれや煙草のにおいを胸苦しい位に感じ出した。彼女にはそれが自分にこれから返されようとしかけている生の懐かしい匂の前触れでもあるかのような気がされた。彼女はそう思うと、その胸苦しさも忘れ、何か不思議な身慄(みぶる)いを感じた。
つまり、映画「風立ちぬ」の菜穂子が二郎に自分の傍で煙草を吸うよう求めるのは、そこに「生の匂=あなた」を感じたかったからだ。だからこの描写はどうしても必要だったのである。
僕自身は一度もタバコを吸ったことがないし、目の前で吸っている者がいたら「迷惑だからやめて下さい。貴方がタバコを吸う権利があるように、僕には受動喫煙による健康被害を受けない権利がある」と言う人間である。しかし、だからと言ってヘビー・スモーカーの宮さんを非難しないし、世紀の大傑作「風立ちぬ」の喫煙場面を問題にしたりはしない。それはまた、別の話(That's another story.)だ。
以下余談。厚生労働省は止められない喫煙者を「ニコチン依存症」と定義している(→こちらを参照のこと)。つまり病気なのだ。厚生労働省のレポートを読むと(→こちら)、ノルウェーの調査では低所得者層ほど喫煙率が高く、世界中どこを見ても教育水準(学歴)が低い方が喫煙率が高いというデータが出ている。ちなみに落語家の喫煙率は非常に高い。なお、これはあくまで現在の調査であり、煙草の害が明らかでなかった「風立ちぬ」の時代には勿論当てはまらない。
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