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ヴェネツィア国際映画祭コンペ出品決定!/宮崎駿監督「風立ちぬ」

評価:AAA(これ以上はありません)

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何度も書いていることだが、宮崎駿(以下「宮さん」と書く)は自己矛盾に満ちたアニメーション作家である。バリバリの左翼(「の豚」は「俺はアカ=共産主義者で、太った醜い豚だ」という開き直りである)のくせに、資本主義の権化とも言えるディズニーに北米配給を任せ、アカデミー長編アニメーション賞を受賞しているし、平和主義者(蟲=オームすら殺してはいけない)のくせに、戦車とか戦闘機が大好きである。その最たるものが「風の谷のナウシカ」で、メーヴェで脱出したナウシカを追い回していたコルベットが風の谷のガンシップに撃沈される場面だろう。一瞬ナウシカは「助かった!」と笑顔になるが、後方を振り返り墜落するガンシップを見ながら「あの乗員たちは死ぬんだ」と悲しい表情をする。これぞ矛盾の真骨頂である。

「風立ちぬ」は宮さんがその自己矛盾に真っ向から対峙した作品である。主人公は零戦を設計した航空技術者・堀越二郎。純粋に飛行機が大好きで物づくりしただけなのに、それが殺戮兵器として使用され、一機も帰って来なかった。パイロットも全員死んでしまった。正に背反する《夢=天国》と《地獄》を背負って生きた男である。

二郎の友人・本庄(季郎)の「(戦争をするために)貧乏な国が飛行機を持ちたがる。それで俺たちは飛行機を作れる。矛盾だ」という台詞が、今まで僕が論じてきたことを端的に象徴している。

軽井沢に滞在する謎のドイツ人・カストルプは日本の特高警察に追われている。実はハンス・カストルプとはトーマス・マンの小説「魔の山」の主人公であり、従兄弟の見舞いにスイスのサナトリウムと訪ねると彼自身が結核を患っていることが発覚、長期滞在を余儀なくされる。つまり「風立ちぬ」に繋がっているのだ。映画本編でも「魔の山」に言及されている。

また主人公は夢のなかで数々の航空機を開発したイタリアのジャンニ・カプローニ伯爵と交流する。

考えてみればこの映画に登場するのは日本人・ドイツ人・イタリア人のみで、日独伊三国同盟を結んだ敗戦国の人間ばかりというのも興味深い。主人公がドイツの航空機メーカー・ユンカース社を訪ねる場面もある(創業者のフーゴー・ユンカースはナチ党に批判的だったため自宅軟禁され、1935年に死去)。

宮さんは「千と千尋の神隠し」以降、美少女をヒロインに据えることを意識的に避けてきた。しかし「風立ちぬ」の里見奈穂子はクラリスやナウシカを彷彿とさせる顔立ちで、直球ど真ん中を攻めてきた!逡巡なしの純愛物語には参ったね。宮崎駿、72歳。老いてなお瑞々しい感性を失っていない。主人公とヒロインが接吻(mouse to mouse)するのって、宮崎アニメでは「未来少年コナン」における海中のキス・シーン以来じゃない?(←後にハリウッド映画「カット・スロート・アイランド」がこの伝説的名場面を模倣した)

ただ「風立ちぬ」の奈穂子が従来の宮崎アニメのヒロインと一線を画すのは、死の影を帯びていることである。特に主人公と祝言を挙げる夜の場面のこの世のものとは思えぬ幽玄な美しさには息を呑んだ。映画作家として宮さんは前人未到の驚くべき地点にまで到達してしまった。凄い、スゴすぎる……。

崖の上のポニョ」(←筆者は「ポニョと宗介以外、全員死亡説」を説く)同様、「風立ちぬ」も夥しい死のイメージに満ちている。主人公が見る夢は飛行機が墜落したり、爆撃弾が投下されたりといった類のものばかりである。しかし直截的に人の死を描くことはない(奈穂子の死すら観客の想像力に委ねられている)。ではペシミスティックな作品かといえば決してそうではなく、「それでもジタバタして生きていくしかない」という覚悟、人生を丸々肯定して力強く映画は幕を閉じるのである。

「風立ちぬ」は最初から最後まで主人公の見る夢と現実が渾然一体となって、その境目が明確ではない構成になっている。これはある意味、黒澤明監督の「夢」と似たポジションの作品と言えるだろう。しかし「夢」の時点で黒澤監督の力量は明らかに衰えていたが、宮崎駿は「千と千尋の神隠し」をも上回る最高傑作を創ってしまった。なんと恐ろしい人だろう。

声優について。「素人丸出し」と巷で非難轟々の庵野秀明だが、僕はその朴訥で誠実な語り口に好感を覚えた。いいんじゃない?あと西島秀俊(本庄)、西村雅彦(黒川)、國村隼(服部)ら男声陣が極めて充実していた。

久石譲さんの音楽は冒頭からバラライカとマンドリンを使用し、実に爽やかであった。

音響効果(SE)についても触れなければなるまい。飛行機のプロペラ音や蒸気機関車、車のエンジン音などが人の声で表現されている。これが不思議と違和感はなかった。特に関東大震災直後の風鳴は恐ろしく不気味で、まるで魔物のようであった。必聴。

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「風立ちぬ」はまず間違いなく、米アカデミー長編アニメーション賞を制覇するだろう。そしてヴェネツィア国際映画祭のコンペティション部門への出品が正式に決まっている。今年ヴェネツィアの審査委員長を務めるのはベルナルド・ベルトルッチ(「ラストタンゴ・イン・パリ」「1900年」)。また「ラスト・エンペラー」「シェルタリング・スカイ」でベルトルッチと組んだ坂本龍一も審査員に加わる。金獅子賞を期待したいが、果たしてベルトルッチはアニメーションに対して理解があるのだろうか!?そこに一抹の不安を禁じ得ない。

僕は本作を今年スティーヴン・スピルバーグが審査委員長を務めたカンヌ国際映画祭に出すべきだったと想っている。スピルバーグはアニメーション映画「アメリカ物語」を製作総指揮しているし、モーション・キャプチャーの「タンタンの冒険 ☆ユニコーン号の秘密☆」を監督している。さらに彼は戦闘機フェチでもある(「太陽の帝国」「1941」を観れば明らかだ)。きっとパルム・ドールが獲れた筈。しかし残念なことにカンヌ開催中も「風立ちぬ」は未だ完成していなかったのだ。

まぁベルトルッチはイタリア人だし、宮さんと同じ左翼(嘗て存在したイタリア共産党支持者)なので、「風立ちぬ」の世界観に共感してくれるのでは?と希望を繋ぎたい。

最後に、堀辰雄の小説「風立ちぬ」は大学生の頃読んでいたので、「風立ちぬ、いざ生きめやも」という言葉は記憶していたが、 ポール・ヴァレリーの詩「海辺の墓地」の一節を堀が訳したものだということは今回初めて知った。

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コメント

批評を面白く読みました。
一点だけですが、私はオスカーはとれないと思います。トロント映画祭用に字幕付きの4分間の予告が公式にYouTubeにアップされ物凄いアクセスで評価もかなり良いですが、一方で零戦を設計した男の物語であるということで、批判的なコメントも書き込まれています。
更に、韓国では戦争賛美だとして上映中止を求める声が上がっていることがニュースになっていますが、旭日旗に異常な反応をし、世界中で旭日旗を使わせないような活動をしている人達が、オスカーにノミネートされたらどんな行動にでるか明らかです。
韓国系アメリカ人達が慰安婦像を全米に設置しようと活動しているのは有名ですが、ノミネートされたら大反対の運動が起きるでしょう。
それと、アメリカなどでの風立ちぬの記事を読むと、大抵「真珠湾攻撃に使われた零戦を設計した…」と紹介されていますし、ピクサーはオッペンハイマーを映画化しろなんて呟いている人間もいますから、オスカーは厳しいと思います。

投稿: 遠藤 | 2013年8月18日 (日) 02時17分

遠藤さん、コメントありがとうございます。仰るように「風立ちぬ」がアカデミー賞にノミネートされたら、韓国の人々が受賞できないようネガティブ・キャンペーンを大々的に張ってくることが予想されますね。

しかし一方、アメリカのアニメーターの多くは宮崎駿さんを神のように崇拝しており(その代表格がジョン・ラセター)、そんな政治的プロパガンダを歯牙にもかけないかも知れません。

アカデミー会員が作品の本質を見抜き、瑣末に囚われないかが問われる展開になるでしょう。

いずれにせよ、こりゃぁ見ものだなと愉しみです。

投稿: 雅哉 | 2013年8月18日 (日) 08時05分

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