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ヴィオラ論(ヒンデミットと三谷幸喜をめぐって)/今井信子 presents ヴィオラスペース2013

5月24日(金)ザ・フェニックスホールへ。ヴィオラスペース2013を聴く。《パウル・ヒンデミット没後50年記念》と銘打たれている。

ヴィオラは縁の下の力持ちの楽器だ。甘く囁くような高音はヴァイオリンが担当だし、男声を思わせる魅力ある低音はチェロ。ヴィオラの音域はその中間であり、中途半端。地味で目立たず日陰の存在。主役になれる機会は滅多にない。だから自ら進んでヴィオラをしたいという奏者は希である。

元・NHK交響楽団ヴィオラ奏者で現在京都市交響楽団ソロ首席ヴィオラ奏者、サイトウ・キネン・オーケストラメンバーの店村眞積さんは元々、ヴァイオリンを弾いていた。しかし桐朋学園大学音楽部在学中に恩師の斎藤秀雄から「君がヴァイオリンで一流になることは難しいから、ヴィオラに転向しないか?」と言われたそうである(NHKのドキュメンタリーで語っていた)。オーケストラにおいてヴィオラ奏者というのはそういうポジションなのだ。

三谷幸喜が書いたミュージカル「オケピ!」はオーケストラ・ビットが舞台だが、小林隆が演じるヴィオラ奏者は「ヴィオラの彼」「ヴィオラの人」「もしもし」などと呼ばれており、誰も名前を覚えてくれない。存在感が希薄である。この認識は一般にも通じるものがある。

モーツアルトはヴァイオリン・ソナタを43番まで書いた。ベートーヴェンは10曲、ブラームスは3曲。しかし彼らはヴィオラ・ソナタを1曲も書いていない(ブラームスはクラリネット・ソナタをヴィオラ用に編曲しているが、変更はごく僅かであり、オリジナル作品とは言えない)。ベートーヴェンとブラームスにはチェロ・ソナタもある。また数あるヴァイオリン/チェロ協奏曲に対して、ヴィオラ協奏曲も極端に少ない。バルトーク、ウォルトン、ロージャ(・ミクローシュ)など、殆どが20世紀の作品と言っても良い。

そこに彗星の如く現れたのがドイツのパウル・ヒンデミット(1895-1963)である。彼はヴィオラ奏者として活躍し、自ら結成したアマール弦楽四重奏団でもヴィオラを担当した。そして(無伴奏+ピアノ伴奏付き 併せて)7曲のヴィオラ・ソナタと、4曲のヴィオラ協奏曲を作曲した。他と比較し、ヴィオラの曲は気合の入り方が違う。「魂込めて書いてます」という、有無を言わさぬ説得力がある。

今回の演奏会のプログラムは、

  • ヒンデミット/ヴィオラ・ソナタ 作品11-4
     百武由紀(ヴィオラ)、草 冬香(ピアノ)
  • シューマン:おとぎの絵本
     今井信子(ヴィオラ)、草 冬香(ピアノ)
  • ヒンデミット/ミニマックス より
    弦楽四重奏のための”軍楽隊のレパートリー”
  • ヒンデミット/八重奏曲
     小栗まち絵(ヴァイオリン)、百武、今井 ほか

主な共演者は相愛大学音楽学部在校生及び卒業生。

世界的ヴィオラの名手といえばユーリ・バシュメットか今井信子さんと相場が決まっている。百武由紀さんは東京都交響楽団首席奏者を務めた人。小栗まち絵さんはいずみシンフォニエッタ大阪のコンサート・ミストレスで相愛大学教授。八重奏曲では当然ながらこの3人がずば抜けて上手く、他の奏者とのバランスが些か気になった。

ヒンデミットは1917年末から約1年間、第一次世界大戦に従軍した。除隊の翌年に完成させたのがヴィオラ・ソナタ 作品11-4である。調性感がはっきりした、どこか懐かしいような親しみやすい楽曲。百武さんは太く、どっしり腰が座った音を奏でた。

シューマン「おとぎの絵本」第1曲は心の内奥に透徹するような、憂いを帯びた深い音がした。第2楽章は力強く跳躍する。木靴の踊りを連想させた。第3楽章は嵐の激情。シューベルトの「魔王」に近い。第4楽章は優しい子守唄。初めて聴いたが実に魅力的な楽曲だった。

ミニマックスは軍楽隊の下手くそさにうんざりしたヒンデミットが、1923年に作曲しドナウエッシンゲン音楽祭の余興として屋外初演したもの。いわゆる(ホフナング音楽祭みたいな)パロディ、冗談音楽である。調子外れの軍楽隊を揶揄したユーモラスな曲調。ドイツ映画「ブリキの太鼓」でナチスの大会を風刺した場面を想い出した。他にもセレナーデあり、ワルツからロッシーニ風アリアへと目まぐるしく変化する曲あり、お祭り気分の賑やかな作品だった。

1934年ヒンデミットの楽曲はナチス・ドイツから「退廃音楽」の烙印を押され、演奏禁止となる。これを根拠のない言いがかりと断じ、彼を擁護したフルトヴェングラーはベルリン・フィル監督の職を追われた(翌年ナチスと和解し復帰)。いわゆる「ヒンデミット事件」である。ヒンデミットはこれを機にドイツを去り渡米。時を同じくして指揮者のエーリヒ・クライバー(カルロスの父)も亡命した。

ベルリン・フィルの室内楽協会から委嘱を受け1958年に完成した八重奏曲は兎に角、ヴァイオリンとヴィオラが雄弁だった。これはシューベルト/八重奏曲の編成を基本としながら、シューベルトがヴァイオリン2本だったのに対して本作はヴィオラ2本になっている。ヴィオラ奏者だったヒンデミットの面目躍如である。全5楽章で2,4楽章が間奏的、ど真ん中の3楽章が瞑想的で終楽章にフーガが置かれているという構成はベートーヴェンの後期弦楽四重奏曲を彷彿とさせる。録音ではピンとこなかったこの曲の真価が、実演を聴いて始めて理解出来た。凄くいいね!

ヴィオラという楽器の魅力を説得力を持って伝えてくれる、充実した内容の演奏会だった。

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