さよなら、東京クヮルテット@いずみホール/ベートーヴェン 弦楽四重奏第14番を徹底分析する
古典派の殻を打ち破り、ロマン派への道を切り開いたベートーヴェン。
彼の最高傑作、弦楽四重奏曲 第14番は7楽章で構成される。それ自体も異例だが、第1楽章がフーガというのも前代未聞(大バッハですら、「前奏曲とフーガ」「トッカータとフーガ」といった具合に、フーガを頭に持ってくることはなかった)。ソナタ形式が登場するのは、漸く終楽章になってからである。
実はこれ、弦楽四重奏曲 第13番と鏡面構造になっている。第13番の第1楽章は序奏付きソナタ形式。終楽章は当初「大フーガ」が配置された(初演後、友人からの助言や出版社からの要請があり、現行の第6楽章に置き換えられた)。第14番の第6楽章は短く、間を置かずアタッカで第7楽章に突入するので、ソナタ形式の序奏と解釈することも可能。第13番と第14番は対として考えるべき作品なのだ。
次に第14番における各楽章のおおまかな演奏時間を見てみよう。ちなみにデータはブタペスト弦楽四重奏団およびアルバン・ベルク四重奏団のCDを参照している。
第1楽章 7分
第2楽章 3分
第3楽章 50秒
第4楽章 14分
第5楽章 5分
第6楽章 2分
第7楽章 7分
主題と6つの変奏から成るど真ん中の第4楽章が極端に長い。ここに重心が置かれていることは明白である。そして第1・第7両端楽章の時間がほぼ等しく、曲全体がシンメトリーの構造になっている。完全な調和。
音楽評論家の故・吉田秀和はこの曲に関して次のように書いている。
私には,この曲が、このすべてがかけがえのない傑作ぞろいの中でも、ひときわよく書けた、そうして深い内容を具えた音楽にきこえるのである。
ことに第一楽章のフーガと、中間のアンダンテの主題の変奏曲が深い感銘をあたえる。光と影の交替の微妙さと、全体をおおう一種の超絶的な気配の独自さは、音楽史を通じても、ほかに比較するものが考えつかない。
また日本映画「鍵泥棒のメソッド」(←クリックでレビューへ)でこの曲が絶妙な使われた方をされている。是非ご覧あれ。
5月15日(水)いずみホールへ。東京クヮルテットのさよならコンサート。東京Qが結成されたのは1969年。創設メンバーは全員、桐朋学園大学の卒業生であり、斎藤秀雄の門下生だった。しかしその中で現在まで残っているのはヴィオラの磯村和英ただひとり。アメリカで結成されたこの四重奏団の日本デビューは大阪のフェスティバルホールであり、いずみホールではベートーヴェンの弦楽四重奏全曲チクルスをしたそう。
曲目は、
- ハイドン/弦楽四重奏曲 第83番(未完)
- ドビュッシー/弦楽四重奏曲
- ベートーヴェン/弦楽四重奏曲 第14番
- モーツァルト/弦楽四重奏曲 第20番「ホフマイスター」
〜第2楽章 メヌエット(アンコール) - ハイドン/弦楽四重奏曲 第74番「騎士」
〜第4楽章(アンコール)
ハイドンが書き残した最後の弦楽四重奏曲。彼は出版社に送った楽譜に次の言葉を添えた。「わが力すべて消え失せ、われ年老い、力尽きぬ」これは引退に際しての東京クヮルテットのメッセージでもあるのだろう。スメタナ弦楽四重奏団の最終公演でも演奏されたという。
柔らかい音色。老境を感じさせるが、気高い。第2楽章 中間部には躍動感があった。第3楽章 ニ短調のメヌエットには力強さを感じた。
我が家にあるドビュッシーはアルバン・ベルク四重奏団のCD。男性的な彼らの演奏に対して、東京クヮルテットは見目麗しい女性的解釈だった。やや遅いテンポで開始され、ヴァイオリンはよく歌い、流麗。それでいて強い意志もある。ピツィカート奏法を駆使した第2楽章は歯切れがいい。終楽章はppのハーモニーが美しく、緻密なアンサンブルによる音楽のうねりに陶酔した。
そしていよいよベートーヴェンの第14番。第1楽章のフーガはヴィブラート控えめで、清らかな透明感があった。第2楽章は生命力に満ち、活気がある。第4楽章の主題と変奏は小川のせせらぎを連想させ、開放感があって伸びやかに歌う。しかし綻びはない。第5楽章のスケルツォは引き締まり、丁々発止のやり取りに魅了された。終楽章は鋭く、厳しい音楽が展開される。僕はこれを聴きながら、急峻な(他者には超えられない)山を幻視した。
シューベルトは14番を聴いて、「この後で我々に何が書けるというのだ?」と言ったそうだ。その気持が痛いほどよく分かる。戦慄を禁じ得ない、空恐ろしい音楽だ。
アンコールの「騎士」は疾走し、鬼気迫る演奏。そこには4人の万感の想いが詰まっていた。
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