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2013年5月24日 (金)

過小評価されているマンフレッド交響曲を実演で聴く~フェドセーエフ/大フィル 定期

5月23日(木)ザ・シンフォニーホールへ。ウラディーミル・フェドセーエフ(御年80歳!)/大阪フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会。タクトなしで指揮。

  • ハイドン/交響曲 第91番
  • チャイコフスキー/交響曲「マンフレッド」

ロシア人指揮者のハイドンに全く期待はしていなかったのだが、意外に好演。第一ヴァイオリン16人の16型大編成。厚みはあるが弦楽器のヴィブラートが控えめで、ちゃんと18世紀の音がした。これはコンサートマスター崔 文洙さんの力もあるだろうし、古楽の権威・延原武春さんから3年間みっちりピリオド・アプローチを鍛えられた成果でもあるのだろう。第1楽章は溌剌としている。第2楽章は軽快。第3楽章メヌエットは勢いのある表現で、緊張とその緩和の対比が鮮明。第4楽章は弾力があり快速球。清々しかった。

「マンフレッド」は元々、イギリスの詩人バイロンによる詩劇。1824年ロンドンのコヴェント・ガーデンで上演された。マンフレッド交響曲は作曲された順番から言うと交響曲第4番と第5番の間に位置する。音楽評論家デイヴィッド・ハーウィッツによると、レナード・バーンスタインは本作を「屑」呼ばわりして、決して録音しようとしなかった。また交響曲全集を録音したカラヤン、アバドやゲルギエフもマンフレッド交響曲は完全無視である。チャイコフスキーを得意とするムラヴィンスキーがこれを振ったという話もとんと聞かない。滅多に実演を聴くことが出来ない不運な曲である。大フィルが定期でこれを取り上げるのは1995年(指揮:小林研一郎)以来2回目。

しかし美しい旋律が豊富な佳作だと僕は想う。少なくとも表面的演奏効果にしか価値がないR. シュトラウス/アルプス交響曲よりは断然本作に軍配を上げる。

アルプスの山中、マンフレッドは人間という存在の限界に思い悩み彷徨する。そして物語の最後、彼は山の神の住む宮殿で罪の赦しを乞うが叶わず、命が尽きる。これをマンフレッド=チャイコフスキー罪=同性愛者である自己 と読み換えると、このシンフォニーがまた別の様相を帯びてくるだろう。交響曲第6番「悲愴」第4楽章に登場する銅鑼と同様、銅鑼がどこで打ち鳴らされるかに注目。それは「最後の審判」の合図でもあるだろう。

第4楽章コーダにオルガンが入る改訂版ではなく、第1楽章コーダが回想される原典版での演奏。

さて僕はスヴェトラーノフやヤンソンスの録音でマンフレッドを聴いてきたが、フェドセーエフは速いテンポの出だしでびっくりした。しばらく激しい曲調が続くと、急にヴァイオリンのしっとりした、夢見るような歌になり、その鮮やかな変化にはっと息を呑む。第2楽章はメンデルスゾーン「真夏の夜の夢」を彷彿とさせるスケルツォ。僕は「マンフレッド」の物語とは無関係に粉雪の舞う中を犬ぞりが駆ける光景を幻視した。トリオは温い暖炉の前での団欒。第3楽章パストラーレの主旋律はビートルズ「ノルウェーの森」(村上春樹の小説表記は「ノルウェイの森」)にそっくりである。イギリス繋りだね。第4楽章は強烈な演奏。さすが本場の指揮者だと感心することしきりであった。

このコンサートは演奏の充実もさることながら、知られざる曲を取り上げたという意義が大きい。是非大フィルには今後もツェムリンスキー/抒情交響曲とかコルンゴルト/ヴァイオリン協奏曲など、一度も定期で演奏したことのない作品に挑んで貰いたい。それはきっと「大阪の文化」を育むことに繋がるだろう。

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