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2013年5月

2013年5月31日 (金)

映画「中学生円山」と宮藤官九郎(クドカン)論(「あまちゃん」含む)

宮藤官九郎クドカン)の名前を初めて意識したのは2001年に公開された行定勲監督の映画「GO」(窪塚洋介、柴咲コウ、山崎努)である。金城一紀の小説を脚色したのがクドカンだった。日本アカデミー賞最優秀脚本賞や読売文学賞(戯曲・シナリオ)を受賞。そして翌年、映画「ピンポン」(松本大洋 原作)の脚色も素晴らしかった。

彼が劇団「大人計画」(松尾スズキ 主宰)に所属し、台本を書くだけではなく役者もこなし、ロックバンド「グループ魂」のメンバーであることは後に知った。

ただクドカンの初期オリジナル作品「木更津キャッツアイ」「ゼブラーマン」「舞妓Haaaan!!!」にはどうもついていけなかった。登場人物たちが常にハイテンション、エキセントリックで、ギャグを詰め込み過ぎ。Too much !!!の感を否めなかった。

ところが、そんなやんちゃ坊主のクドカンも年をとって落ち着いてきたのか、2005年にギャラクシー賞大賞を受賞した「タイガー&ドラゴン」は江戸落語を題材にして、文句なしの面白さだった。

そして2010年に向田邦子賞を受賞した「うぬぼれ刑事(デカ)」は肩の力が抜けたコメディで完璧な仕上がり。2011年「11人もいる!」はホーム・ドラマとしても出色の出来だった。2008年に放送された「流星の絆」なんか、東野圭吾の原作よりも遥かに面白かった(コメディ・パートは全てクドカンの創作である)。近年の彼の作品は余分なものを削ぎ落とした洗練がある。

こうして年々作家として円熟味を増したクドカンが現在取り組み、常に視聴率20%を超えるスマッシュヒットを飛ばしているのがNHKの朝ドラ「あまちゃん」だ。これはクドカンによる本格的アイドル論になっている。物語は松田聖子、中森明菜、小泉今日子らが全盛期だった1984年とAKB48が世間を席巻した2008年を交互に照射しながら、怒涛の2011年3月11日へと猛進していく。凄まじいエネルギーを感じさせる。しかしこの底抜けの明るさ、ポジティブなパワー、若い生命力の輝きは一体何なんだろう?クドカンの最高傑作が現在進行形で形成されつつあることの醍醐味。生きててよかった。僕はいま、本気で「アイドルは人々を笑顔にし、その力で日本を救えるのかも知れない」と信じつつある。是非今年の紅白歌合戦はキョンキョンの復活(歌は「潮騒のメモリー」)および、AKB48と(「あまちゃん」から生まれる仮想アイドル・グループ)GMT(ジ・モ・ト)47の直接対決を観たい!!

さて現在公開中、宮藤官九郎 脚本・監督の映画「中学生円山」の話だ。公式サイトはこちら

評価:B+

Chu_3

これは中学生男子の抱く妄想をテーマにした作品である。男なら、誰しも「ある、ある!」と身に覚えがあることばかりの筈だ。僕は凄く共感した。クドカンが主人公の妄想癖を肯定しているのがまた嬉しいね。痛快である。タランティーノ映画風スタイルも粋だ。

草彅剛が言う、「考えない大人になるくらいなら、死ぬまで中学生でいるべきだ」が胸に響いた。僕は今まで役者のとしての草薙くんを全く評価していなかったが、今回初めて彼がイイ!と想った。

また「息もできない」のヤン・イクチュンの起用法が絶妙である。こんなコメディ演技も出来るんだ!と驚いた。最高に可笑しかった。

さらに主人公が恋するヒロインを演じる刈谷友衣子が可愛い。「あまちゃん」の能年玲奈といい、橋本愛といい、美少女揃いでクドカンの趣味の良さ、選択眼の確かさを感じる。

必見。

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2013年5月27日 (月)

ヴィオラ論(ヒンデミットと三谷幸喜をめぐって)/今井信子 presents ヴィオラスペース2013

5月24日(金)ザ・フェニックスホールへ。ヴィオラスペース2013を聴く。《パウル・ヒンデミット没後50年記念》と銘打たれている。

ヴィオラは縁の下の力持ちの楽器だ。甘く囁くような高音はヴァイオリンが担当だし、男声を思わせる魅力ある低音はチェロ。ヴィオラの音域はその中間であり、中途半端。地味で目立たず日陰の存在。主役になれる機会は滅多にない。だから自ら進んでヴィオラをしたいという奏者は希である。

元・NHK交響楽団ヴィオラ奏者で現在京都市交響楽団ソロ首席ヴィオラ奏者、サイトウ・キネン・オーケストラメンバーの店村眞積さんは元々、ヴァイオリンを弾いていた。しかし桐朋学園大学音楽部在学中に恩師の斎藤秀雄から「君がヴァイオリンで一流になることは難しいから、ヴィオラに転向しないか?」と言われたそうである(NHKのドキュメンタリーで語っていた)。オーケストラにおいてヴィオラ奏者というのはそういうポジションなのだ。

三谷幸喜が書いたミュージカル「オケピ!」はオーケストラ・ビットが舞台だが、小林隆が演じるヴィオラ奏者は「ヴィオラの彼」「ヴィオラの人」「もしもし」などと呼ばれており、誰も名前を覚えてくれない。存在感が希薄である。この認識は一般にも通じるものがある。

モーツアルトはヴァイオリン・ソナタを43番まで書いた。ベートーヴェンは10曲、ブラームスは3曲。しかし彼らはヴィオラ・ソナタを1曲も書いていない(ブラームスはクラリネット・ソナタをヴィオラ用に編曲しているが、変更はごく僅かであり、オリジナル作品とは言えない)。ベートーヴェンとブラームスにはチェロ・ソナタもある。また数あるヴァイオリン/チェロ協奏曲に対して、ヴィオラ協奏曲も極端に少ない。バルトーク、ウォルトン、ロージャ(・ミクローシュ)など、殆どが20世紀の作品と言っても良い。

そこに彗星の如く現れたのがドイツのパウル・ヒンデミット(1895-1963)である。彼はヴィオラ奏者として活躍し、自ら結成したアマール弦楽四重奏団でもヴィオラを担当した。そして(無伴奏+ピアノ伴奏付き 併せて)7曲のヴィオラ・ソナタと、4曲のヴィオラ協奏曲を作曲した。他と比較し、ヴィオラの曲は気合の入り方が違う。「魂込めて書いてます」という、有無を言わさぬ説得力がある。

今回の演奏会のプログラムは、

  • ヒンデミット/ヴィオラ・ソナタ 作品11-4
     百武由紀(ヴィオラ)、草 冬香(ピアノ)
  • シューマン:おとぎの絵本
     今井信子(ヴィオラ)、草 冬香(ピアノ)
  • ヒンデミット/ミニマックス より
    弦楽四重奏のための”軍楽隊のレパートリー”
  • ヒンデミット/八重奏曲
     小栗まち絵(ヴァイオリン)、百武、今井 ほか

主な共演者は相愛大学音楽学部在校生及び卒業生。

世界的ヴィオラの名手といえばユーリ・バシュメットか今井信子さんと相場が決まっている。百武由紀さんは東京都交響楽団首席奏者を務めた人。小栗まち絵さんはいずみシンフォニエッタ大阪のコンサート・ミストレスで相愛大学教授。八重奏曲では当然ながらこの3人がずば抜けて上手く、他の奏者とのバランスが些か気になった。

ヒンデミットは1917年末から約1年間、第一次世界大戦に従軍した。除隊の翌年に完成させたのがヴィオラ・ソナタ 作品11-4である。調性感がはっきりした、どこか懐かしいような親しみやすい楽曲。百武さんは太く、どっしり腰が座った音を奏でた。

シューマン「おとぎの絵本」第1曲は心の内奥に透徹するような、憂いを帯びた深い音がした。第2楽章は力強く跳躍する。木靴の踊りを連想させた。第3楽章は嵐の激情。シューベルトの「魔王」に近い。第4楽章は優しい子守唄。初めて聴いたが実に魅力的な楽曲だった。

ミニマックスは軍楽隊の下手くそさにうんざりしたヒンデミットが、1923年に作曲しドナウエッシンゲン音楽祭の余興として屋外初演したもの。いわゆる(ホフナング音楽祭みたいな)パロディ、冗談音楽である。調子外れの軍楽隊を揶揄したユーモラスな曲調。ドイツ映画「ブリキの太鼓」でナチスの大会を風刺した場面を想い出した。他にもセレナーデあり、ワルツからロッシーニ風アリアへと目まぐるしく変化する曲あり、お祭り気分の賑やかな作品だった。

1934年ヒンデミットの楽曲はナチス・ドイツから「退廃音楽」の烙印を押され、演奏禁止となる。これを根拠のない言いがかりと断じ、彼を擁護したフルトヴェングラーはベルリン・フィル監督の職を追われた(翌年ナチスと和解し復帰)。いわゆる「ヒンデミット事件」である。ヒンデミットはこれを機にドイツを去り渡米。時を同じくして指揮者のエーリヒ・クライバー(カルロスの父)も亡命した。

ベルリン・フィルの室内楽協会から委嘱を受け1958年に完成した八重奏曲は兎に角、ヴァイオリンとヴィオラが雄弁だった。これはシューベルト/八重奏曲の編成を基本としながら、シューベルトがヴァイオリン2本だったのに対して本作はヴィオラ2本になっている。ヴィオラ奏者だったヒンデミットの面目躍如である。全5楽章で2,4楽章が間奏的、ど真ん中の3楽章が瞑想的で終楽章にフーガが置かれているという構成はベートーヴェンの後期弦楽四重奏曲を彷彿とさせる。録音ではピンとこなかったこの曲の真価が、実演を聴いて始めて理解出来た。凄くいいね!

ヴィオラという楽器の魅力を説得力を持って伝えてくれる、充実した内容の演奏会だった。

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2013年5月24日 (金)

マーラーのライヴァル”級友ハンス・ロット”/大阪交響楽団 定期

5月17日(金)ザ・シンフォニーホールへ。寺岡清高/大阪交響楽団による定期演奏会。

恐らく世界初の試みだろう、全てがハンス・ロットの作品という無謀とも言える挑発的プログラム。それでも客席は8-9割の入りだったのだから驚いた!恐らく全国からロットのファンが駆けつけたのであろう。寺岡さんによると、前回ロットの交響曲第1番を取り上げた時は東京からスコア持参で馳せ参じた人や、なんとロットのTシャツを着た人も楽屋に現れたとか。曲目は、

  • 「ジュリアス・シーザー」への前奏曲
  • 管弦楽のための前奏曲 ホ長調 (世界初演)
  • 管弦楽のための組曲 ホ長調 (日本初演)
  • 交響曲 第1番 ホ長調

ハンス・ロットは1858年に女優の私生児としてウィーンに生まれた(マーラーより2歳年長になる)。父は喜劇俳優で既婚者だった。父に認知されたのが先妻の死後、両親が正式に結婚した4歳の時。14歳で母が死に、16歳の時に父が舞台の事故で障害者となり、その2年後に死去。生活に困窮したロットはウィーン楽友協会音楽院でブルックナーに師事する傍ら、オルガニストとしてアルバイトに励まなければならなかった。

交響曲第1番 第1楽章を20歳で仕上げ作曲コンクールに応募するが落選。その2年後、全体を完成させブラームスに見せるが、手厳しい評価を受けることになる。失意の内に合唱指揮者として就職先を見つけたアルザス地方に向かう列車の中でロットは発狂し(「ブラームスが客車に爆弾を仕掛けた!」と叫んだという)、そのまま精神病院送りとなり25歳で短い生涯を終えた(死因は結核)。なんとも幸薄い、哀しい人生である。

ホ長調の作品が多いが、寺岡さんによると西洋人はこの調性に天国を感じるのだそうだ。マーラー/交響曲 第4番の終楽章(天上の生活)も、最後にホ長調になるそう。

「ジュリアス・シーザー」ヘの前奏曲はオペラ/付随音楽を念頭に書かれたものと思われる。19歳の作品。ロットはワーグナーに私淑しておりワーグナー協会にも入会していた。だから「調子が狂った『ニュルンベルクのマイスタージンガー』」といった雰囲気で開始される。そして全体を通して「この人はやはり、根が暗いんだな」と痛切に感じた。

交響曲 第1番については、2008年にやはり寺岡さんの指揮で聴いた時のレビューと併せてお読み下さい。

寺岡さんによるとこれは、「マーラーの交響曲 第0番」と揶揄する人もいるらしい。第3楽章のスケルツォはマーラー/交響曲 第1番 第2楽章と驚くくらいそっくりである(ちなみにマーラーの方が9年後に初演された)。ゆえに「マーラーの盗作疑惑」がいま、ホットな話題となっている。

ワーグナー風サウンドあり、第2楽章ではブルックナーもどきの教会コラールが登場し、終楽章はブラームス/交響曲 第1番フィナーレを彷彿とさせる。ごった煮支離滅裂混沌としたシンフォニーだ。しかし確かに狂っているが、その一方で何とも言えぬ魅力も感じられる。That's 世紀末

”シェフからのメッセージ”に寺岡さんが、「聴いていてこう何だか胸が熱くなるのです。そしてなぜかとても悲しくなってしまうのです。うまく言葉にできないのですが、もう戻れない青春の日々のような、心の奥底に眠っている何かとても個人的で大切なものを思い起こさせるというか…」「私はこの交響曲の中に、他には代えられないかけがいのないものがあると思います」と書かれている意味がよく分かった。

ウィーン在住の寺岡さんの熱い想いがいっぱい詰まった、稀有な体験を我々聴衆も体験させて貰った。

ところで寺岡さん、20世紀前半にウィーンで時代の寵児となり、後に忘れ去られたエーリヒ・ヴォルフガング・コルンゴルトもいずれ近いうちに取り上げて頂けないでしょうか?僕、大好きなんです。

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過小評価されているマンフレッド交響曲を実演で聴く~フェドセーエフ/大フィル 定期

5月23日(木)ザ・シンフォニーホールへ。ウラディーミル・フェドセーエフ(御年80歳!)/大阪フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会。タクトなしで指揮。

  • ハイドン/交響曲 第91番
  • チャイコフスキー/交響曲「マンフレッド」

ロシア人指揮者のハイドンに全く期待はしていなかったのだが、意外に好演。第一ヴァイオリン16人の16型大編成。厚みはあるが弦楽器のヴィブラートが控えめで、ちゃんと18世紀の音がした。これはコンサートマスター崔 文洙さんの力もあるだろうし、古楽の権威・延原武春さんから3年間みっちりピリオド・アプローチを鍛えられた成果でもあるのだろう。第1楽章は溌剌としている。第2楽章は軽快。第3楽章メヌエットは勢いのある表現で、緊張とその緩和の対比が鮮明。第4楽章は弾力があり快速球。清々しかった。

「マンフレッド」は元々、イギリスの詩人バイロンによる詩劇。1824年ロンドンのコヴェント・ガーデンで上演された。マンフレッド交響曲は作曲された順番から言うと交響曲第4番と第5番の間に位置する。音楽評論家デイヴィッド・ハーウィッツによると、レナード・バーンスタインは本作を「屑」呼ばわりして、決して録音しようとしなかった。また交響曲全集を録音したカラヤン、アバドやゲルギエフもマンフレッド交響曲は完全無視である。チャイコフスキーを得意とするムラヴィンスキーがこれを振ったという話もとんと聞かない。滅多に実演を聴くことが出来ない不運な曲である。大フィルが定期でこれを取り上げるのは1995年(指揮:小林研一郎)以来2回目。

しかし美しい旋律が豊富な佳作だと僕は想う。少なくとも表面的演奏効果にしか価値がないR. シュトラウス/アルプス交響曲よりは断然本作に軍配を上げる。

アルプスの山中、マンフレッドは人間という存在の限界に思い悩み彷徨する。そして物語の最後、彼は山の神の住む宮殿で罪の赦しを乞うが叶わず、命が尽きる。これをマンフレッド=チャイコフスキー罪=同性愛者である自己 と読み換えると、このシンフォニーがまた別の様相を帯びてくるだろう。交響曲第6番「悲愴」第4楽章に登場する銅鑼と同様、銅鑼がどこで打ち鳴らされるかに注目。それは「最後の審判」の合図でもあるだろう。

第4楽章コーダにオルガンが入る改訂版ではなく、第1楽章コーダが回想される原典版での演奏。

さて僕はスヴェトラーノフやヤンソンスの録音でマンフレッドを聴いてきたが、フェドセーエフは速いテンポの出だしでびっくりした。しばらく激しい曲調が続くと、急にヴァイオリンのしっとりした、夢見るような歌になり、その鮮やかな変化にはっと息を呑む。第2楽章はメンデルスゾーン「真夏の夜の夢」を彷彿とさせるスケルツォ。僕は「マンフレッド」の物語とは無関係に粉雪の舞う中を犬ぞりが駆ける光景を幻視した。トリオは温い暖炉の前での団欒。第3楽章パストラーレの主旋律はビートルズ「ノルウェーの森」(村上春樹の小説表記は「ノルウェイの森」)にそっくりである。イギリス繋りだね。第4楽章は強烈な演奏。さすが本場の指揮者だと感心することしきりであった。

このコンサートは演奏の充実もさることながら、知られざる曲を取り上げたという意義が大きい。是非大フィルには今後もツェムリンスキー/抒情交響曲とかコルンゴルト/ヴァイオリン協奏曲など、一度も定期で演奏したことのない作品に挑んで貰いたい。それはきっと「大阪の文化」を育むことに繋がるだろう。

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2013年5月21日 (火)

笑福亭たま/繁昌亭爆笑賞受賞記念落語会

4月30日(火)天満天神繁昌亭へ。

  • 桂治門/野崎参り
  • 笑福亭たま/ペッパーラッパー (たま 作)
  • 笑福亭仁智/いくじい (仁智 作)
  • 桂三象/三象踊り
  • 笑福亭たま/高津の富

たまさんはオーストラリアの大学で上方のお囃子を研究テーマにしている女性がいることを紹介し、彼女とのメールのやり取りなどをマクラで。

ペッパーラッパー」はなんと古典「くっしゃみ講釈」のパロディ。講釈師・後藤一山はクラブのDJ "GO TO 一茶"に。EXILEの"Choo Choo TRAIN"あり、レディー・ガガまで登場する奇想天外な展開に。いやぁ、面白かったー

いくじい」は人気シリーズ「源太と兄貴」の30年後という設定。ただ源太は冒頭に出てくるだけで途中から消えてしまい、兄貴だけのエピソードになってしまうのは噺の構成として正直どうなんだろう??

三象踊りは藤あや子の「花のワルツ」に乗って。相変わらずの爆笑で大いに盛り上がり、おひねりまで飛んだ。

高津の富」は軽快な講座で、エキセントリックな登場人物も。最後に焦ったたまさんが小拍子を見台(けんだい)から落としてしまい、本来とは異なる「私も慌てております」をアドリブでサゲに。お見事!

ってな具合で、愉快な会でした。

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2013年5月20日 (月)

「アイアンマン3」 3D 字幕版

評価:A

Iron3

映画公式サイトはこちら

「アベンジャーズ」から1年後という設定。上の評価を見てお分かりだろうが、「アイアンマン3」は間違いなくシリーズ最高傑作である。脚本・監督を担当したシェーン・ブラックはなんとこれが監督第2作だとか!予算の大きい人気作を新人に託す勇気は凄いね。英断である。そしてその起用は作品の質・興業成績ともに大成功だった。

次から次に色々な出来事が勃発し、目まぐるしいアクション・シーンの連続で一瞬たりとも飽きさせない。映画3本分くらいのアイディアを出し惜しみすることなく注ぎ込んでいる。いやはや恐れ入りました。また悪役ベン・キングズレーのキャラクター設定が秀逸。ひねりが利いている。

愚鈍なマッチョ映画「アベンジャーズ」のキャッチコピー《日本人よ、これが映画だ。》に対し、映画評論家・清水節さんは本作を《アベンジャーズよ、これが脚本だ。》と評した。けだし名言である。

ロバート・ダウニー・Jrは正にはまり役で、このシリーズの彼は水を得た魚のように活き活きしている。シリーズは続くようだが、そろそろ彼にはオスカーを狙える役を演って貰いたい。忘れている人が多いだろうが、彼は1992年にチャーリー・チャップリンを演じ、英国アカデミー賞で主演男優賞を受賞、米アカデミー主演男優賞にもノミネートされた。それだけの実力がある役者なのだ。

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ヒラリー・ハーン/ヴァイオリン・リサイタル@兵庫芸文

5月16日(木)兵庫県立芸術文化センターへ。ヒラリー・ハーンによるヴァイオリン・リサイタル。満席。

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  • アントン・ガルシア・アブリル/ "First Sigh" from "Three Sighs" ★
  • デイヴィッド・ラング/Light Moving ★
  • モーツァルト/ヴァイオリン・ソナタ K.302
  • 大島ミチル/Memories ★
  • J.S.バッハ/無伴奏ヴァイオリン・パルティータ 第2番よりシャコンヌ
  • リチャード・バレット/Shade ★
  • エリオット・シャープ/Storm of the Eye ★
  • フォーレ/ヴァイオリン・ソナタ 第1番
  • ヴァレンティン・シルヴェストロフ/Two Pieces for Violin and Piano ★
     ワルツ、クリスマス・セレナーデ

……ヒラリー・ハーンのための委嘱作品

実は彼女、2011年3月21日に兵庫芸文でリサイタルを予定しており、僕もチケットを購入済みだったのだが、その直前に東日本大震災と福島原発事故が発生し、来日中止になった→詳細はこちら。2009年に同ホールで彼女を聴いた時のレビューはこちら

以前から僕はハーンのことを妖精みたいな人だと評していたが、その印象は今も変わらない。現在33歳だなんて俄に信じられない。心・技・体ならぬ心・技・音を兼ね備えた、麗しき女性である。彼女は頭が小さくて首が長い。つまりバレエリーナ体型なのだ。だから妖精を連想させるのかも知れない。

ハーンの音は線が細いが、芯があり純度が高い。凛とした佇まい。

モーツァルトは軽やかに駆け、コロコロ転がる子犬みたいな演奏。

バッハは力強さとか激しさよりも、むしろ気品があって高潔な解釈。囁くようなハーモニクスの高音が美しい。ヴィブラート:ノン・ヴィブラートの割合は3:7くらい。そしてヴィブラートの「揺れ」のスピードは変幻自在。お見事!

一転してフォーレではたっぷりヴィブラートをかけるが、上品さを保ち、繊細な表現力。第3楽章は軽やかさとスピード感があった。

First Sighは幻夢的。

Light Movingはフィリップ・グラスとスティーヴ・ライヒがまだ若くて貧しい時、ニューヨークで生計を立てるために「チェルシー・ライト・ムーヴィング」という運送会社を立ち上げたことに因んでいる。That's Minimal Music !と言いたくなるような小洒落た無窮動。ハーモニクスが涼やか。

映画音楽作曲家として知られる大島ミチルが書いたMemoriesは水の精を連想させる、揺蕩うような楽曲。ロマンティックで甘美な夢を描く。

Shadeは不思議な曲で、ピアノの最低音から最高音までを駆使。

Storm of the Eyeは眼内閃光がテーマで、映画「2001年宇宙の旅」のラストシーンを連想した。ヴァイオリン技法の可能性を広げる曲。 

Two Piecesは優しいメルヘン。まともな調性音楽で気に入った。

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アンコールのジェームズ・ニュートン・ハワードは映画「キング・コング」などの作曲で知られる。

Farewellは揺り籠のような、美しい楽曲だった。

小品ながら沢山の委嘱作品が聴けて愉しかった。

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2013年5月17日 (金)

さよなら、東京クヮルテット@いずみホール/ベートーヴェン 弦楽四重奏第14番を徹底分析する

古典派の殻を打ち破り、ロマン派への道を切り開いたベートーヴェン

彼の最高傑作、弦楽四重奏曲 第14番は7楽章で構成される。それ自体も異例だが、第1楽章がフーガというのも前代未聞(大バッハですら、「前奏曲とフーガ」「トッカータとフーガ」といった具合に、フーガを頭に持ってくることはなかった)。ソナタ形式が登場するのは、漸く終楽章になってからである。

実はこれ、弦楽四重奏曲 第13番と鏡面構造になっている。第13番の第1楽章は序奏付きソナタ形式。終楽章は当初「大フーガ」が配置された(初演後、友人からの助言や出版社からの要請があり、現行の第6楽章に置き換えられた)。第14番の第6楽章は短く、間を置かずアタッカで第7楽章に突入するので、ソナタ形式の序奏と解釈することも可能。第13番と第14番は対として考えるべき作品なのだ。

次に第14番における各楽章のおおまかな演奏時間を見てみよう。ちなみにデータはブタペスト弦楽四重奏団およびアルバン・ベルク四重奏団のCDを参照している。

第1楽章 7分
第2楽章 3分
第3楽章 50秒
第4楽章 14分
第5楽章 5分
第6楽章 2分
第7楽章 7分

主題と6つの変奏から成るど真ん中の第4楽章が極端に長い。ここに重心が置かれていることは明白である。そして第1・第7両端楽章の時間がほぼ等しく、曲全体がシンメトリーの構造になっている。完全な調和。

音楽評論家の故・吉田秀和はこの曲に関して次のように書いている。

私には,この曲が、このすべてがかけがえのない傑作ぞろいの中でも、ひときわよく書けた、そうして深い内容を具えた音楽にきこえるのである。

ことに第一楽章のフーガと、中間のアンダンテの主題の変奏曲が深い感銘をあたえる。光と影の交替の微妙さと、全体をおおう一種の超絶的な気配の独自さは、音楽史を通じても、ほかに比較するものが考えつかない。

また日本映画「鍵泥棒のメソッド」(←クリックでレビューへ)でこの曲が絶妙な使われた方をされている。是非ご覧あれ。

5月15日(水)いずみホールへ。東京クヮルテットのさよならコンサート。東京Qが結成されたのは1969年。創設メンバーは全員、桐朋学園大学の卒業生であり、斎藤秀雄の門下生だった。しかしその中で現在まで残っているのはヴィオラの磯村和英ただひとり。アメリカで結成されたこの四重奏団の日本デビューは大阪のフェスティバルホールであり、いずみホールではベートーヴェンの弦楽四重奏全曲チクルスをしたそう。

曲目は、

  • ハイドン/弦楽四重奏曲 第83番(未完)
  • ドビュッシー/弦楽四重奏曲
  • ベートーヴェン/弦楽四重奏曲 第14番
  • モーツァルト/弦楽四重奏曲 第20番「ホフマイスター」
     〜第2楽章 メヌエット
    (アンコール)
  • ハイドン/弦楽四重奏曲 第74番「騎士」
     〜第4楽章
    (アンコール)

ハイドンが書き残した最後の弦楽四重奏曲。彼は出版社に送った楽譜に次の言葉を添えた。「わが力すべて消え失せ、われ年老い、力尽きぬ」これは引退に際しての東京クヮルテットのメッセージでもあるのだろう。スメタナ弦楽四重奏団の最終公演でも演奏されたという。

柔らかい音色。老境を感じさせるが、気高い。第2楽章 中間部には躍動感があった。第3楽章 ニ短調のメヌエットには力強さを感じた。

我が家にあるドビュッシーはアルバン・ベルク四重奏団のCD。男性的な彼らの演奏に対して、東京クヮルテットは見目麗しい女性的解釈だった。やや遅いテンポで開始され、ヴァイオリンはよく歌い、流麗。それでいて強い意志もある。ピツィカート奏法を駆使した第2楽章は歯切れがいい。終楽章はppのハーモニーが美しく、緻密なアンサンブルによる音楽のうねりに陶酔した。

そしていよいよベートーヴェンの第14番。第1楽章のフーガはヴィブラート控えめで、清らかな透明感があった。第2楽章は生命力に満ち、活気がある。第4楽章の主題と変奏は小川のせせらぎを連想させ、開放感があって伸びやかに歌う。しかし綻びはない。第5楽章のスケルツォは引き締まり、丁々発止のやり取りに魅了された。終楽章は鋭く、厳しい音楽が展開される。僕はこれを聴きながら、急峻な(他者には超えられない)山を幻視した。

シューベルトは14番を聴いて、「この後で我々に何が書けるというのだ?」と言ったそうだ。その気持が痛いほどよく分かる。戦慄を禁じ得ない、空恐ろしい音楽だ。

アンコールの「騎士」は疾走し、鬼気迫る演奏。そこには4人の万感の想いが詰まっていた。

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2013年5月11日 (土)

市村正親、大竹しのぶ主演/戦慄の傑作ミュージカル「スウィーニー・トッド」

5月10日(金)シアターBRAVA !へ。スティーヴン・ソンドハイム作詞・作曲のミュージカル「スウィーニー・トッド」を観劇。

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2007年、宮本亜門(振付・演出)による「スウィーニー・トッド」が幕を開けた。僕はその初演と2011年再演を観ている。これが3回目の鑑賞。

映画版の出来はとてもいいが、作品の肝となる「スウィーニー・トッドのバラード」がカットされたことが残念だった。

今回の配役は、

スウィーニー・トッド:市村正親
ミセス・ラヴェット:大竹しのぶ
女乞食:芳本美代子
アンソニー(水夫):柿澤勇人
ジョアンナ:高畑充希
タービン判事:安崎求
ビートル:斎藤暁
ドバイアス:武田真治

2007・2011年版は乞食女:キムラ緑子、ジョアンナ:ソニンで、アンソニー役は城田優田代万里生だった。

8代目ピーター・パンを演じ、本公演でジョアンナに起用された高畑充希はもっと歌にビブラートを効かせて欲しかった。その方が”狂った”感じが出てこのミュージカルに相応しい。ソニンの役作りにはそれがあった。

市村さんは迫真の演技で壮絶だったし、大竹さんは決して歌が上手いとはいえないけれど、セリフを語りかけるような感じで音符に乗せ、お見事!1979年ブロードウェイ・オリジナルキャストのアンジェラ・ランズベリー(←DVDで観た)に決して引けを取らない、堂々としたパフォーマンスだった(同役で菊田一夫演劇賞受賞)。

劇団四季を退団した柿澤勇人(はやと)を観るのは実に3年ぶり。

相変わらずのイケメンぶりで歌唱力も文句なし。いい役者だ。

極めて充実したカンパニーだった。

さて、僕の考えるソンドハイム作品のベスト3は順不同で、

  • スウィーニー・トッド
  • Into the Woods
  • 太平洋序曲

である、いずれも宮本亜門演出で観た。ベスト5なら次の2作を加えよう。

  • カンパニー(山口祐一郎主演、小池修一郎演出、1999年)
  • リトル・ナイト・ミュージック(麻実れい/細川俊之 主演、ジュリア・マッケンジー演出、1999年)

「スウィーニー・トッド」という作品の凄さは、例えばラヴェット夫人が人肉パイを思い付く場面の二重唱でワルツになるところ。またトッドが床屋の椅子に腰掛けたタービン判事の首を髪剃で掻き切ろうとする時に、二人が歌うのが「プリティ・ウーマン」。ソンドハイムが作曲した全作品の中でも、極めつけに美しいバラードである。つまり描かれている場面と曲調にギャップがある。その齟齬/意外性が驚くべき化学反応を生むのだ。天才にしか成し得ない離れ業と言えるだろう。

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2013年5月10日 (金)

龍 真咲 主演 宝塚月組/ミュージカル「ミー&マイガール」

5月9日、梅田芸術劇場へ。

Me

宝塚月組でミュージカル「ミー&マイガール」を観劇。

5列目で鑑賞したのだが、4列目でオペラグラスを上げている女性客もいた。That's TAKARAZUKA. いつもの風景だ。

役替りがあり、僕が観たキャストは下記。

ビル:龍 真咲
サリー:愛希れいか
ジョン卿:越乃リュウ
マリア公爵夫人:憧花ゆりの
ジャッキー:凪七瑠海
ジェラルド:美弥るりか
パーチェスター:星条海斗

今回は過去の宝塚版・東宝版を併せて、僕が観た5種目のキャストとなる。

龍 真咲という人は「スカーレット・ピンパーネル」のショーヴランなど悪役が似合うと想っていたので、ビルはミス・キャストじゃないか?と予想していたのだが、杞憂に終わった。軽やかに演じ、なかなか良い。ただ背が低いことを気にしているのか、髪の毛を立たせていることに違和感があった。オールタイム・ベスト・キャストを選ぶなら95年月組版の天海祐希に止めを刺す。

愛希れいかは凄い美人なので、サリーという下町娘の役なのに、最初から品があり過ぎる気がした。ただ澄んだ歌声にはうっとりしたし、ダンスも申し分ない。欠点のない娘役である。ヒギンズ教授の助力でマイ・フェア・レディに変身するラストはパーフェクトな美しさだった。ちなみに僕が選ぶサリーのベスト・キャストは95年月組版の麻乃佳世か2006年東宝版の笹本玲奈。ふたりとも、いかにも下町娘なんだ。

凪七瑠海は以前「エリザベート」のタイトルロールを観ている。

彼女は本来男役なのだが、丸顔なので女役のほうが似合う。手足が細くて長く、スタイルは抜群。ただし、歌はいただけない。ジャッキーのベスト・キャストは断然2008年月組版の明日海りお

ジェラルド役は95年月組版の姿月あさとが一番アホっぽくて好き。

公爵夫人を演じた憧花ゆりのは月組・副組長で2000年に入団。86期生で同期に凰稀かなめがいる。熱演だが、ちょっとこの役には若すぎるかなと想った。

今回瞠目したのはパーチェスター(ヘアフォード家の弁護士)を演じた星条海斗!!低音の魅力に痺れた。ところが、結構高い声も聴かせる。見た目も格好いいし、ダイナミックなダンスとコミカルな演技力にほとほと感心させられた。文句なし、オールタイム・ベスト・キャストに決定。

宝塚大劇場の大階段とはいかないが、中階段が最後に登場するフィナーレ付き。宝塚版「ミーマイ」恒例、3組の合同結婚式もちゃんと執り行われた。

多分、誰しもそうだと思うが、「ミーマイ」で僕が一番好きなのは「ランベス・ウォーク」を全員で歌い踊る一幕フィナーレ。スプーンズ(スプーン2本を打楽器のように扱う)が始まり、出演者が舞台から客席に降りてくる瞬間、「これぞ舞台ミュージカルの醍醐味、真骨頂!」と叫びたい衝動に駆られる。本当に幸せな気持ちにさせてくれる作品だ。必見。

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2013年5月 8日 (水)

ハッシュパピー バスタブ島の少女

評価:B+

Beasts

米アカデミー賞に作品賞・監督賞・主演女優賞・脚色賞と4部門ノミネート。サンダンス映画祭グランプリ、カンヌ国際映画祭では新人賞のカメラドールなど4賞を受賞した。映画公式サイトはこちら

クヮヴェンジャネ・ウォレスは史上最年少の9歳でアカデミー主演女優賞にノミネートされた。現在、ミュージカル映画「アニー」リメイク版への出演交渉中と聞いている。

映画はアメリカ・ルイジアナ州の湿地帯にある「バスタブ」と呼ばれる村が舞台となる。

原題は"Beasts of the Southern Wild"まぁ、「南の野生の獣たち」という感じかな?17世紀に絶滅したオーロックスというウシ科の獣が登場する。

本作は一種のファンタジーだ。しかし決して甘くはない。どちらかと言えば「パンズ・ラビリンス」に近いダーク・ファンタジーだろう。

主人公の少女を取り巻く環境は平穏でない。母は出奔し、父は死の病にある。オーロックスの登場は少女の恐怖心や死神の象徴と解釈出来るだろう。映画全篇を覆うのは「世界の終末」のイメージだ。南極の氷は溶け、村は洪水となり、「ノアの箱舟」や「ヨハネの黙示録」を連想させる映像が続く。

しかし少女は絶望しない。すっくと凛々しく屹立する。その勇姿をNHK朝ドラ「あまちゃん」風に表現するなら、「かっけ~!」

爽やかな後味だった。カタルシスを感じたと言い換えてもいい。

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2013年5月 4日 (土)

室内楽の森へ~厳選!これだけは絶対聴いておきたい80曲 その2 《バロックから近代フランス音楽まで》

まずは下記記事からお読み下さい。80選の全リストも掲載している。

ではその1で取り上げなかった曲を年代順に解説していこう。

〈フランソワ・クープラン/王宮のコンセール 第4番 ホ短調〉 バッハ家と同様に多数の音楽家を輩出したフランスのクープラン家。中でもフランソワは一番有名。ラヴェル作曲「クープランの墓」はフランソワを指す。作曲家ルイ・クープランはフランソワのおじ。

フランソワ・クープランはルイ14世の王宮楽団員として国王の求めに応じ、1714年から1715年にかけほぼ毎日曜日に演奏会を開いた。その時に披露した作品を後に「王宮のコンセール」と題し出版した。コンセールとはイタリア語のコンチェルト(協奏曲)と異なり小規模な室内楽を指す。主に舞曲から構成された気高い音楽。「これらはクラヴサン独奏で演奏出来るだけでなく、ヴァイオリン、フルート、オーボエ、ヴィオラ・ダ・ガンバ、ファゴットで演奏することが可能です」と作曲家は書いている。曲は2段の五線譜に記されており、クラヴサン独奏のみならず、様々な楽器を加えて演奏出来る。しかし楽器の指定はなく、どのような編成で演奏するかは演奏家の判断に委ねられている。色々な組み合わせの録音があるので、その違いを愉しみたい。大らかな時代だったんだね。

〈C.P.E.バッハ/フルート・ソナタ「ハンブルク・ソナタ」WQ.133〉 カール・フィリップ・エマヌエル・バッハは大バッハの次男坊。生前は父ヨハン・セバスティアンより有名で、その「疾風怒濤」の作風はハイドンやベートーヴェンに多大な影響を与えた。彼はフルートの名手でもあったフリードリッヒ大王に28年間仕え、多くのフルート作品を作曲した。ベルリンを離れハンブルクに転居した後、1786年に書かれたのがこのソナタ。モーツァルトの歌劇「フィガロの結婚」が初演された年である。一陣の風が吹き抜けるような爽やかな曲。当時の楽器フラウト・トラヴェルソなら有田正広の演奏で、モダン楽器ならエマニュエル・パユか工藤重典でどうぞ。

ハイドン/弦楽四重奏曲 Op.20 No.5〉 ハイドンの弦楽四重奏曲は交響曲同様、彼が1766年にエステルハージ家の楽長に就任してから1772年頃までの、疾風怒濤(Sturm und Drang)の時代が最も充実している。特に短調がいい。6曲からなるOp.20「太陽四重奏曲」はいずれも名曲揃いだが、なかんずくNo.5 ヘ短調にとどめを刺す。この名称はアムステルダムのフンメル社から出版された楽譜の表紙に太陽の絵が描かれていたことに由来する。第35番とされることが多いようだが、ものによっては23番と記載されており、ややこしい。作品番号で確認して下さい。CDはモザイク四重奏団など、古楽器演奏を推奨する。

〈モーツァルト/アダージョとフーガ ハ短調 K.546〉 1788年(32歳)の作品。これは83年に作曲された「2台のクラヴィーアのためのフーガ」K.426をヴァイオリン2、ヴィオラ、チェロ、コントラバスのために編曲し、さらに52小節からなるアダージョの序奏を加えたもの。力強い対位法で書かれ、作曲する直前にモーツァルトが勉強したJ.S.バッハの影響が色濃く感じられる。実は僕がこの曲を初めて知ったのはアニエス・ヴァルダ監督映画「幸福」(1965,ベルリン国際映画祭金熊賞受賞、キネマ旬報ベストテン第3位)だった。これがなんとピアノ演奏でも弦楽アンサンブルでもなく、木管五重奏のバージョンだったのだ!どうやら独自のアレンジだった模様。魂を揺さぶられるような衝撃的体験だった。"Le Bonheur"(ル・ボヌール=幸福)というタイトルに騙されてはいけない。人の心の深淵を覗きこむような、空恐ろしい映画である。これを聴いてしまうと、ピアノ版も弦楽版も物足りない。是非映画をご覧あれ。モーツァルトといえば「音楽の天使」というイメージがあるが、この曲は厳しく、抗(あらが)えない宿命を感じさせる。

〈シューベルト/弦楽四重奏曲 第15番〉 シューベルトの室内楽ならまずピアノ五重奏曲「ます」や、弦楽四重奏曲 第14番「死と乙女」を挙げる人が多いだろう。両者は歌曲から旋律が引用されている。2曲あるピアノ三重奏曲もいい。村上春樹が昼寝(シエスタ)用に聴いているという弦楽五重奏曲(クリーヴランド弦楽四重奏団+ヨーヨー・マ)こそ最高傑作だとする意見も少なくない。闊達な退屈さ。しかし、ひねくれものの僕は1826年に作曲された最後のカルテットを敢えて推す。意外と知られていないが演奏時間45分に及ぶ、どっしり重厚な「隠れた名曲」である。誇り高く凛として、時折、遠いものへの憧れや焦燥が垣間見られる。それは狂気も孕んでいる。ブランディス四重奏団かアルバン・ベルク四重奏団の演奏を推奨する。この後、1828年に弦楽五重奏曲が完成し、さらに2ヶ月後にシューベルトは31歳で死去した。死因は梅毒治療に用いられた水銀が体内に蓄積し、中毒症状を起こしたためと言われている。

〈メンデルスゾーン/ピアノ三重奏曲 第1番〉 フェリックス・メンデルスゾーンチェロ・ソナタ 第2番が大傑作なのだが、記事「決定版!チェロの名曲・名盤 20選」で既に取り上げたので、ここでは小学生の頃から好きだったピアノ三重奏曲 第1番を語ろう。初めて聴いたのは友だちからレコードを借りたカザルスの「ホワイトハウス・コンサート」(モノラル)だった。

世間でメンデルスゾーンの評価が不当に低いことに、僕は常日頃憤りを感じている。それは彼が裕福なユダヤ人銀行家の息子であり、幸福な人生を送ったことと無関係ではあるまい。貧困のどん底で悪妻を娶ったモーツァルト、難聴で悩みハイリゲンシュタットの遺書を書いたベートーヴェン、梅毒が脳に達し精神病院で最後を迎えたシューマンとスメタナ。「芸術は苦悩の中からしか生まれない」という先入観がありはしまいか?またナチス・ドイツ台頭で反ユダヤ主義という暴風の煽りを食ったことも無視出来ないだろう。ピアノ三重奏曲 第1番 ニ短調はどこか寂しく、悲劇の季節への予感がある。「幸福なメンデルスゾーン」とは別な一面を見せてくれるだろう。ピアノの動きが華麗で、彼はピアニストとしても相当な腕を持っていたのだろうと想わせる。実際、初演は作曲家自身が弾いた。これを聴いたシューマンは「ベートーヴェン以来、最も偉大なピアノ三重奏曲」と評したという。またメンデルスゾーンのオラトリオ「聖パウロ(パウルス)」も一度聴いてみて欲しい。彼に対するイメージが覆ることは必定。

ところで、フェリックスの姉ファニー・メンデルスゾーン=ヘンゼルをご存知だろうか?彼女もピアニスト/作曲家として活躍した。600曲近い作品を遺したと言われている。ファニーが作曲したピアノ三重奏曲やピアノ四重奏曲もピアノが縦横無尽に駆け巡る。特にピアノ三重奏曲 ニ短調 Op.11はびっくりするくらいの傑作。どうしてこの素敵な作品が音楽史の中で埋もれてしまったのだろうか?

〈ヴェルディ/弦楽四重奏曲〉 ヴェルディ唯一の室内楽曲。「アイーダ」ナポリ公演中の1873年に作曲された。まるでオペラの四重唱のように各パートが豊かに歌う。劇的で血沸き肉踊る楽曲。

〈マーラー/ピアノ四重奏曲 断章〉 1楽章のみ残されたロマンティックな習作。ウィーン音楽院在学中の1876年=16歳の時に作曲科の試験に提出するために創作された。これを聴いてマーラーだと当てられる人は多分いないだろう。試しに、周りの人に試してみては?

〈スメタナ/弦楽四重奏曲 第1番「わが生涯より」〉は1877年に完成。次のような標題がある。

  • 第1楽章「青春時代の芸術への情熱、ロマンティックなもの、表現しがたいものへの憧れ、そして将来への一抹の不安」
  • 第2楽章「ポルカ風の楽章で、楽しかった青春の日々が甦る。その頃、私は舞曲を作曲し、踊りに夢中になっていた」
  • 第3楽章「のちに私の献身的な妻となった少女との初恋の幸せな思い出」
  • 第4楽章「民族的な音楽への道を見出し、仕事も軌道に乗ったところで聴覚を失うという悲劇に襲われる。暗澹たる将来と一縷の望みも……」

スメタナはこの頃、梅毒による幻聴・難聴の症状に悩んでいた(内耳梅毒)。後にこの病は脳を蝕み(梅毒 第4期)、彼はシューマン同様、精神病院で最後を迎えることとなる。

〈グリーグ/弦楽四重奏曲〉(1878年)は北欧らしい仄暗い抒情、鬼火のように隠微に、メラメラと燃える情熱がある。他にグリーグでは、有名なピアノ協奏曲に似たパッセージも登場するチェロ・ソナタもお勧め。

〈ブルックナー/弦楽五重奏曲〉(1879年)はいわば交響曲のミニチュア。未発表のシンフォニーを編曲したものだと言われたら、そのまま信じてしまうだろう。「ブルックナー休止」もあり、室内楽でこれをするのはどうなん?という率直な疑問も感じる。優れているとは言えないが、”けったいな作品”という意味で一聴の価値あり。

〈ボロディン/弦楽四重奏曲 第2番〉 愛を告白した20周年の記念として1881年に作曲され、その妻に献呈された。第3楽章「夜想曲(ノクターン)」が余りにも有名。優しい表情を見せ、朗らかで幸福感に満ちた音楽。ボロディンは医学部を卒業し、化学の研究者でもあった。30歳の時にバラキエフと知り合うまで作曲を学んだことがなかったという。あくまで本業ではなかったので、「日曜作曲家」と自称していた。ちなみにチャールズ・アイヴズもそう呼ばれている。

〈ライネッケ/フルート・ソナタ「ウンディーネ」〉 カルル・ライネッケ(1824-1910)はドイツの作曲家で36歳でライプツィヒ音楽院の院長の職につき、ブルッフ、グリーグ、スヴェンセン、ヤナーチェク、アルベニスなど門下生を育てた。またブラームス/ドイツ・レクイエム初演を指揮したことでも知られる。ちなみにブラームスは1833年生まれだから、ライネッケが11歳年長になる。管楽器のための八重奏曲や六重奏曲もいい。「ゆりかごから墓場まで」なんて面白い曲もある。「ウンディーネ」(1882年)はフーケの同名小説から想を得ているので、内容を知っていた方がより深く理解出来るだろう。あらすじは→こちら。幻想的で、19世紀のフルート・ソナタを代表する傑作。

〈ドホナーニ/ピアノ五重奏曲 第1番〉 これはハンガリー人の母と日本人の父のもとに生まれ、幼い頃からハンガリーで学んだピアニスト・金子三勇士さんとtwitter上で対話していた時に紹介して頂いた曲。ハンガリーの作曲家ドホナーニ・エルネーの作品中、金子さんのイチオシだそう。1895年に初演されたピアノ五重奏曲 第1番はブタペスト音楽アカデミー在学中(18歳)に作曲された。ブラームスに称賛され、彼の尽力でウィーンでも演奏されたという。新たに発見されたブラームス/ピアノ五重奏曲 第2番だと言われたら、殆どの人が鵜呑みにしてしまうだろう。ハンガリーの民族色とは無縁で、ロマン派のど真ん中を行く楽曲。

〈ショーソン/ヴァイオリン、ピアノと弦楽四重奏のためのコンセール〉(1892年)は幻夢の世界。その響きは妖しく、人の心を惑わす。

〈アレンスキー/ピアノ三重奏曲 第1番〉(1894年) アレンスキーはロシアの作曲家。博打打ち、かつ酒飲みで44歳で亡くなった。初期は恩師リムスキー=コルサコフの、晩年はチャイコフスキーの影響を受けた。甘美な夢を描く第1楽章、軽やかにスキップする第2楽章スケルツォ、ひとり侘しく回想に耽る第3楽章、そして情熱に身を焦がす第4楽章。佳作である。

〈ツェムリンスキー/クラリネット、チェロとピアノのための三重奏曲 ツェムリンスキーはウィーン生まれ。アルマ・マーラーが結婚する前に、彼女に恋焦がれていたことは有名(先生と生徒の関係だった。因みにツェムリンスキーはマーラーより11歳年少)。ナチス・ドイツが台頭すると、ユダヤ系だったため1938年にアメリカに亡命し、ニューヨークに暮らした。英語を喋ることが出来ず、無名のまま42年に不遇の最後を遂げた。クラリネット三重奏曲は作品番号3で19歳の時の作品。ブラームスがこの曲の出版をジムロック社に推薦したという。クラリネットをヴァイオリンに置き換え、通常のピアノ三重奏曲として演奏されることもある。ノスタルジックな、妙なる調べ。ちょうどアルマに出会った時期かも知れない。ちなみにアルマは後にツェムリンスキーのことを「醜男だった」と語っている。また彼女は17歳の頃既に35歳の画家グスタフ・クリムトと恋仲だったという。凄い女(ファム・ファタール)だね。

〈サン=サーンス/チェロ・ソナタ 第2番〉 1905年に書かれた。生命力に溢れ、覇気がある。活きがいい魚のようにピチピチしている。サン=サーンスという作曲家は恐らくベートーヴェン同様、人生を肯定的に捉えるPositive Thinkingの人だったんだね。ナヴァラ(チェロ)&ダルコ(ピアノ)のCDを推す。

〈ルーセル/ディヴェルティスマン〉 ルーセルの音楽の特徴を一言で集約するなら「異国情緒と旅愁」だろう。若いころは海軍に入り、フリゲート艦イフィジェニー号に乗りインドシナ近海 に勤務した。海軍を退き、ダンディが創立したスコラ・カントルムに入学したのが1898年、29歳の時。卒業時1908年には39歳になっていた。「ディヴェルティスマン」(ディヴェルティメント)は日本語で「嬉遊曲」と訳されるが、フランスにはルイ14世(作曲家リュリ)の時代からこのジャンルはあり、「余興」「お遊び」といったニュアンスが強い。Fl.Ob.Cl.Hrn.Fg.Pf.つまり木管五重 奏+ピアノという編成。音楽学校在学中の1906年に作曲された。ジャック・イベールも1930年に「室内管弦楽のためのディヴェルティスマン」を書いている。

〈シベリウス/弦楽四重奏曲 作品56「親愛なる声」〉 シベリウスは若書きのピアノ五重奏曲もいいね。ただこのロマンティックな楽曲を聴いて作曲家を当てることが出来る人は皆無だろう。さて、「親愛なる声」が初演されたのは1910年。フィンランドの森や湖、その空気を感じて欲しい。音楽による森林浴を体験出来るだろう。

〈ブリッジ/幻想的ピアノ四重奏曲〉(1910)しなやかで、美しい単一楽章。フランク・ブリッジはイギリスの作曲家。同時代のホルストやヴォーン=ウィリアムズらが民謡に依拠した作品を書いたのに対して、最先端の音楽の潮流を汲み入れ一線を画した。ベンジャミン・ブリテンの恩師でもある。

今回はここまで。その3をお愉しみに!

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2013年5月 1日 (水)

映画「リンカーン」とスピルバーグの病

評価:B-

アカデミー主演男優賞・美術賞受賞。映画公式サイトはこちら

Lincoln

アカデミー監督賞を生涯4回(史上最多)受賞したジョン・フォードの作品に「若き日のリンカーン」(1939)がある。弁護士時代のリンカーンをヘンリー・フォンダが演じた。アカデミー監督賞を2回受賞したスティーブン・スピルバーグは、この後日譚を撮りたかったのではないだろうか?勿論、あわよくば3回めのオスカーを狙っていたことは言うまでもない。

「予定通りにはいかない。番狂わせが面白い」
(ミュージカル「エリザベート」より)

立派な映画。でも、お世辞にも面白いとはいえない。「アメリカン・デモクラシーとは何か?」という勉強にはなる。そういう意味において、フランク・キャプラ監督「スミス都へ行く」(「若き日のリンカーン」と同じ1939年公開)や、シドニー・ルメット監督「十二人の怒れる男(1957)に近い作品と言えるだろう。ただし、「スミス」や「十二人」は映画としても優れているけどね。そこが違う。

ダニエル・デイ=ルイスの演技はパーフェクト。ただ他のキャラクターに魅力がない。前から感じていたことだが、スピルバーグという人は男女の恋愛(夫婦愛を含む)とか、親子の情といったものを描くのが本当に苦手だね。これはもしかしたら彼がアスペルガー症候群と診断されたことと関係があるのかも知れない。やはり「激突!」「ジョーズ」「未知との遭遇」「E.T.」といったところが彼の真骨頂だと僕は想う。

有名なゲティスバーグ演説の後、大統領が南北戦争をどう終結させ、奴隷解放を実現させるかという点に映画は焦点を絞っている。憲法修正案を議会で通すため、ロビイストを駆使して政敵の民主党票をどう切り崩すか(リンカーンは共和党)、その政治的駆け引きがスリリング(というか、それしかない)。理想だけでは現実は動かない。時には妥協や工作(根回し)が必要なんだね。そういうことを学んだ。大学の講義を受けた気分。

スピルバーグは次回作としてマーティン・ルーサー・キング牧師の伝記を検討しているという。誰か、彼の「オスカー欲しい病」を何とかしてくれないか!?もう十分だろう。

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