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室内楽の森へ~厳選!これだけは絶対聴いておきたい80曲 その2 《バロックから近代フランス音楽まで》

まずは下記記事からお読み下さい。80選の全リストも掲載している。

ではその1で取り上げなかった曲を年代順に解説していこう。

〈フランソワ・クープラン/王宮のコンセール 第4番 ホ短調〉 バッハ家と同様に多数の音楽家を輩出したフランスのクープラン家。中でもフランソワは一番有名。ラヴェル作曲「クープランの墓」はフランソワを指す。作曲家ルイ・クープランはフランソワのおじ。

フランソワ・クープランはルイ14世の王宮楽団員として国王の求めに応じ、1714年から1715年にかけほぼ毎日曜日に演奏会を開いた。その時に披露した作品を後に「王宮のコンセール」と題し出版した。コンセールとはイタリア語のコンチェルト(協奏曲)と異なり小規模な室内楽を指す。主に舞曲から構成された気高い音楽。「これらはクラヴサン独奏で演奏出来るだけでなく、ヴァイオリン、フルート、オーボエ、ヴィオラ・ダ・ガンバ、ファゴットで演奏することが可能です」と作曲家は書いている。曲は2段の五線譜に記されており、クラヴサン独奏のみならず、様々な楽器を加えて演奏出来る。しかし楽器の指定はなく、どのような編成で演奏するかは演奏家の判断に委ねられている。色々な組み合わせの録音があるので、その違いを愉しみたい。大らかな時代だったんだね。

〈C.P.E.バッハ/フルート・ソナタ「ハンブルク・ソナタ」WQ.133〉 カール・フィリップ・エマヌエル・バッハは大バッハの次男坊。生前は父ヨハン・セバスティアンより有名で、その「疾風怒濤」の作風はハイドンやベートーヴェンに多大な影響を与えた。彼はフルートの名手でもあったフリードリッヒ大王に28年間仕え、多くのフルート作品を作曲した。ベルリンを離れハンブルクに転居した後、1786年に書かれたのがこのソナタ。モーツァルトの歌劇「フィガロの結婚」が初演された年である。一陣の風が吹き抜けるような爽やかな曲。当時の楽器フラウト・トラヴェルソなら有田正広の演奏で、モダン楽器ならエマニュエル・パユか工藤重典でどうぞ。

ハイドン/弦楽四重奏曲 Op.20 No.5〉 ハイドンの弦楽四重奏曲は交響曲同様、彼が1766年にエステルハージ家の楽長に就任してから1772年頃までの、疾風怒濤(Sturm und Drang)の時代が最も充実している。特に短調がいい。6曲からなるOp.20「太陽四重奏曲」はいずれも名曲揃いだが、なかんずくNo.5 ヘ短調にとどめを刺す。この名称はアムステルダムのフンメル社から出版された楽譜の表紙に太陽の絵が描かれていたことに由来する。第35番とされることが多いようだが、ものによっては23番と記載されており、ややこしい。作品番号で確認して下さい。CDはモザイク四重奏団など、古楽器演奏を推奨する。

〈モーツァルト/アダージョとフーガ ハ短調 K.546〉 1788年(32歳)の作品。これは83年に作曲された「2台のクラヴィーアのためのフーガ」K.426をヴァイオリン2、ヴィオラ、チェロ、コントラバスのために編曲し、さらに52小節からなるアダージョの序奏を加えたもの。力強い対位法で書かれ、作曲する直前にモーツァルトが勉強したJ.S.バッハの影響が色濃く感じられる。実は僕がこの曲を初めて知ったのはアニエス・ヴァルダ監督映画「幸福」(1965,ベルリン国際映画祭金熊賞受賞、キネマ旬報ベストテン第3位)だった。これがなんとピアノ演奏でも弦楽アンサンブルでもなく、木管五重奏のバージョンだったのだ!どうやら独自のアレンジだった模様。魂を揺さぶられるような衝撃的体験だった。"Le Bonheur"(ル・ボヌール=幸福)というタイトルに騙されてはいけない。人の心の深淵を覗きこむような、空恐ろしい映画である。これを聴いてしまうと、ピアノ版も弦楽版も物足りない。是非映画をご覧あれ。モーツァルトといえば「音楽の天使」というイメージがあるが、この曲は厳しく、抗(あらが)えない宿命を感じさせる。

〈シューベルト/弦楽四重奏曲 第15番〉 シューベルトの室内楽ならまずピアノ五重奏曲「ます」や、弦楽四重奏曲 第14番「死と乙女」を挙げる人が多いだろう。両者は歌曲から旋律が引用されている。2曲あるピアノ三重奏曲もいい。村上春樹が昼寝(シエスタ)用に聴いているという弦楽五重奏曲(クリーヴランド弦楽四重奏団+ヨーヨー・マ)こそ最高傑作だとする意見も少なくない。闊達な退屈さ。しかし、ひねくれものの僕は1826年に作曲された最後のカルテットを敢えて推す。意外と知られていないが演奏時間45分に及ぶ、どっしり重厚な「隠れた名曲」である。誇り高く凛として、時折、遠いものへの憧れや焦燥が垣間見られる。それは狂気も孕んでいる。ブランディス四重奏団かアルバン・ベルク四重奏団の演奏を推奨する。この後、1828年に弦楽五重奏曲が完成し、さらに2ヶ月後にシューベルトは31歳で死去した。死因は梅毒治療に用いられた水銀が体内に蓄積し、中毒症状を起こしたためと言われている。

〈メンデルスゾーン/ピアノ三重奏曲 第1番〉 フェリックス・メンデルスゾーンチェロ・ソナタ 第2番が大傑作なのだが、記事「決定版!チェロの名曲・名盤 20選」で既に取り上げたので、ここでは小学生の頃から好きだったピアノ三重奏曲 第1番を語ろう。初めて聴いたのは友だちからレコードを借りたカザルスの「ホワイトハウス・コンサート」(モノラル)だった。

世間でメンデルスゾーンの評価が不当に低いことに、僕は常日頃憤りを感じている。それは彼が裕福なユダヤ人銀行家の息子であり、幸福な人生を送ったことと無関係ではあるまい。貧困のどん底で悪妻を娶ったモーツァルト、難聴で悩みハイリゲンシュタットの遺書を書いたベートーヴェン、梅毒が脳に達し精神病院で最後を迎えたシューマンとスメタナ。「芸術は苦悩の中からしか生まれない」という先入観がありはしまいか?またナチス・ドイツ台頭で反ユダヤ主義という暴風の煽りを食ったことも無視出来ないだろう。ピアノ三重奏曲 第1番 ニ短調はどこか寂しく、悲劇の季節への予感がある。「幸福なメンデルスゾーン」とは別な一面を見せてくれるだろう。ピアノの動きが華麗で、彼はピアニストとしても相当な腕を持っていたのだろうと想わせる。実際、初演は作曲家自身が弾いた。これを聴いたシューマンは「ベートーヴェン以来、最も偉大なピアノ三重奏曲」と評したという。またメンデルスゾーンのオラトリオ「聖パウロ(パウルス)」も一度聴いてみて欲しい。彼に対するイメージが覆ることは必定。

ところで、フェリックスの姉ファニー・メンデルスゾーン=ヘンゼルをご存知だろうか?彼女もピアニスト/作曲家として活躍した。600曲近い作品を遺したと言われている。ファニーが作曲したピアノ三重奏曲やピアノ四重奏曲もピアノが縦横無尽に駆け巡る。特にピアノ三重奏曲 ニ短調 Op.11はびっくりするくらいの傑作。どうしてこの素敵な作品が音楽史の中で埋もれてしまったのだろうか?

〈ヴェルディ/弦楽四重奏曲〉 ヴェルディ唯一の室内楽曲。「アイーダ」ナポリ公演中の1873年に作曲された。まるでオペラの四重唱のように各パートが豊かに歌う。劇的で血沸き肉踊る楽曲。

〈マーラー/ピアノ四重奏曲 断章〉 1楽章のみ残されたロマンティックな習作。ウィーン音楽院在学中の1876年=16歳の時に作曲科の試験に提出するために創作された。これを聴いてマーラーだと当てられる人は多分いないだろう。試しに、周りの人に試してみては?

〈スメタナ/弦楽四重奏曲 第1番「わが生涯より」〉は1877年に完成。次のような標題がある。

  • 第1楽章「青春時代の芸術への情熱、ロマンティックなもの、表現しがたいものへの憧れ、そして将来への一抹の不安」
  • 第2楽章「ポルカ風の楽章で、楽しかった青春の日々が甦る。その頃、私は舞曲を作曲し、踊りに夢中になっていた」
  • 第3楽章「のちに私の献身的な妻となった少女との初恋の幸せな思い出」
  • 第4楽章「民族的な音楽への道を見出し、仕事も軌道に乗ったところで聴覚を失うという悲劇に襲われる。暗澹たる将来と一縷の望みも……」

スメタナはこの頃、梅毒による幻聴・難聴の症状に悩んでいた(内耳梅毒)。後にこの病は脳を蝕み(梅毒 第4期)、彼はシューマン同様、精神病院で最後を迎えることとなる。

〈グリーグ/弦楽四重奏曲〉(1878年)は北欧らしい仄暗い抒情、鬼火のように隠微に、メラメラと燃える情熱がある。他にグリーグでは、有名なピアノ協奏曲に似たパッセージも登場するチェロ・ソナタもお勧め。

〈ブルックナー/弦楽五重奏曲〉(1879年)はいわば交響曲のミニチュア。未発表のシンフォニーを編曲したものだと言われたら、そのまま信じてしまうだろう。「ブルックナー休止」もあり、室内楽でこれをするのはどうなん?という率直な疑問も感じる。優れているとは言えないが、”けったいな作品”という意味で一聴の価値あり。

〈ボロディン/弦楽四重奏曲 第2番〉 愛を告白した20周年の記念として1881年に作曲され、その妻に献呈された。第3楽章「夜想曲(ノクターン)」が余りにも有名。優しい表情を見せ、朗らかで幸福感に満ちた音楽。ボロディンは医学部を卒業し、化学の研究者でもあった。30歳の時にバラキエフと知り合うまで作曲を学んだことがなかったという。あくまで本業ではなかったので、「日曜作曲家」と自称していた。ちなみにチャールズ・アイヴズもそう呼ばれている。

〈ライネッケ/フルート・ソナタ「ウンディーネ」〉 カルル・ライネッケ(1824-1910)はドイツの作曲家で36歳でライプツィヒ音楽院の院長の職につき、ブルッフ、グリーグ、スヴェンセン、ヤナーチェク、アルベニスなど門下生を育てた。またブラームス/ドイツ・レクイエム初演を指揮したことでも知られる。ちなみにブラームスは1833年生まれだから、ライネッケが11歳年長になる。管楽器のための八重奏曲や六重奏曲もいい。「ゆりかごから墓場まで」なんて面白い曲もある。「ウンディーネ」(1882年)はフーケの同名小説から想を得ているので、内容を知っていた方がより深く理解出来るだろう。あらすじは→こちら。幻想的で、19世紀のフルート・ソナタを代表する傑作。

〈ドホナーニ/ピアノ五重奏曲 第1番〉 これはハンガリー人の母と日本人の父のもとに生まれ、幼い頃からハンガリーで学んだピアニスト・金子三勇士さんとtwitter上で対話していた時に紹介して頂いた曲。ハンガリーの作曲家ドホナーニ・エルネーの作品中、金子さんのイチオシだそう。1895年に初演されたピアノ五重奏曲 第1番はブタペスト音楽アカデミー在学中(18歳)に作曲された。ブラームスに称賛され、彼の尽力でウィーンでも演奏されたという。新たに発見されたブラームス/ピアノ五重奏曲 第2番だと言われたら、殆どの人が鵜呑みにしてしまうだろう。ハンガリーの民族色とは無縁で、ロマン派のど真ん中を行く楽曲。

〈ショーソン/ヴァイオリン、ピアノと弦楽四重奏のためのコンセール〉(1892年)は幻夢の世界。その響きは妖しく、人の心を惑わす。

〈アレンスキー/ピアノ三重奏曲 第1番〉(1894年) アレンスキーはロシアの作曲家。博打打ち、かつ酒飲みで44歳で亡くなった。初期は恩師リムスキー=コルサコフの、晩年はチャイコフスキーの影響を受けた。甘美な夢を描く第1楽章、軽やかにスキップする第2楽章スケルツォ、ひとり侘しく回想に耽る第3楽章、そして情熱に身を焦がす第4楽章。佳作である。

〈ツェムリンスキー/クラリネット、チェロとピアノのための三重奏曲 ツェムリンスキーはウィーン生まれ。アルマ・マーラーが結婚する前に、彼女に恋焦がれていたことは有名(先生と生徒の関係だった。因みにツェムリンスキーはマーラーより11歳年少)。ナチス・ドイツが台頭すると、ユダヤ系だったため1938年にアメリカに亡命し、ニューヨークに暮らした。英語を喋ることが出来ず、無名のまま42年に不遇の最後を遂げた。クラリネット三重奏曲は作品番号3で19歳の時の作品。ブラームスがこの曲の出版をジムロック社に推薦したという。クラリネットをヴァイオリンに置き換え、通常のピアノ三重奏曲として演奏されることもある。ノスタルジックな、妙なる調べ。ちょうどアルマに出会った時期かも知れない。ちなみにアルマは後にツェムリンスキーのことを「醜男だった」と語っている。また彼女は17歳の頃既に35歳の画家グスタフ・クリムトと恋仲だったという。凄い女(ファム・ファタール)だね。

〈サン=サーンス/チェロ・ソナタ 第2番〉 1905年に書かれた。生命力に溢れ、覇気がある。活きがいい魚のようにピチピチしている。サン=サーンスという作曲家は恐らくベートーヴェン同様、人生を肯定的に捉えるPositive Thinkingの人だったんだね。ナヴァラ(チェロ)&ダルコ(ピアノ)のCDを推す。

〈ルーセル/ディヴェルティスマン〉 ルーセルの音楽の特徴を一言で集約するなら「異国情緒と旅愁」だろう。若いころは海軍に入り、フリゲート艦イフィジェニー号に乗りインドシナ近海 に勤務した。海軍を退き、ダンディが創立したスコラ・カントルムに入学したのが1898年、29歳の時。卒業時1908年には39歳になっていた。「ディヴェルティスマン」(ディヴェルティメント)は日本語で「嬉遊曲」と訳されるが、フランスにはルイ14世(作曲家リュリ)の時代からこのジャンルはあり、「余興」「お遊び」といったニュアンスが強い。Fl.Ob.Cl.Hrn.Fg.Pf.つまり木管五重 奏+ピアノという編成。音楽学校在学中の1906年に作曲された。ジャック・イベールも1930年に「室内管弦楽のためのディヴェルティスマン」を書いている。

〈シベリウス/弦楽四重奏曲 作品56「親愛なる声」〉 シベリウスは若書きのピアノ五重奏曲もいいね。ただこのロマンティックな楽曲を聴いて作曲家を当てることが出来る人は皆無だろう。さて、「親愛なる声」が初演されたのは1910年。フィンランドの森や湖、その空気を感じて欲しい。音楽による森林浴を体験出来るだろう。

〈ブリッジ/幻想的ピアノ四重奏曲〉(1910)しなやかで、美しい単一楽章。フランク・ブリッジはイギリスの作曲家。同時代のホルストやヴォーン=ウィリアムズらが民謡に依拠した作品を書いたのに対して、最先端の音楽の潮流を汲み入れ一線を画した。ベンジャミン・ブリテンの恩師でもある。

今回はここまで。その3をお愉しみに!

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