市村正親 主演 ミュージカル「屋根の上のヴァイオリン弾き」とユダヤ民族の歴史についての考察
4月14日(日)シアターBRAVA !へ。「屋根の上のヴァイオリン弾き」を観劇。
テヴィエ:市村正親、その妻ゴールデ:鳳蘭、長女ツァイテル:水夏希、次女ホーデル:大塚千弘、三女チャバ:吉川友 ほか。
このミュージカルがブロードウェイで初演されたのは1964年。演出・振付は「ウエストサイド物語」のジェローム・ロビンスだった。そして7年9ヵ月、3242回に及ぶロング・ランとなった。1971年にはノーマン・ジュイソン監督、トポル主演で映画化され編曲賞などアカデミー賞で3部門を受賞した。ジョン・ウィリアムズが映画のために作曲したヴァイオリン協奏曲はアイザック・スターンが独奏した。
日本の初演は1967年9月6日。テヴィエ役は1986年まで900回にわたり森繁久彌が務め、上條恒彦、西田敏行、そして市村正親が演じてきた。
僕は市村さんの「屋根の上のヴァイオリン弾き」を2004年5月1日に、いたみホール(大阪府伊丹市)で観ている。その時のキャストはゴールデ:夏木マリ、ツァイテル:香寿たつき、ホーデル:知念里奈、チャバ:笹本玲奈 だった。
市村さんはコミカルなテヴィエ像を描き、それを気に入らない人もいるだろうが、僕は好きだなぁ。笑いあり、涙ありで退屈する場面がない。鳳さんは堂々とした風格でいかにも5人の娘を持つ肝っ玉母ちゃんといった感じ。あと大塚千弘さんは可愛いし、四女・五女まで美人姉妹。素敵なカンパニーだった。文句なし。
初演から既に45年以上経過し、最早本作は”古典”と呼んで差し支えないだろう。村上春樹の小説「ノルウェイの森」で主人公(大学生)の先輩、永沢は言う。
「現代文学を信用しないというわけじゃないよ。ただ俺は時の洗礼を受けてないものを読んで貴重な時間を無駄に費したくないんだ。人生は短い」
「屋根の上のヴァイオリン弾き」もまた、”時の洗礼”を受け、命脈を保った作品なのである。
舞台となるのは19世紀、ロシア帝国ウクライナ地方の小さなユダヤ人村「アナテフカ」。劇中で長女は貧しい仕立屋と結婚。次女はキエフからやってきた革命を志す大学生と恋仲になり、逮捕されシベリア送りとなった彼の元へ旅立つ。三女はロシア人青年とロシア正教会で結婚、駆け落ちしてしまう。
このミュージカルを観れば、ユダヤ人の長年に渡る苦難の歴史を俯瞰することが出来る。高校生で映画版を観た時、最終的にテヴィエは長女と次女の結婚を認めるのに、どうして三女を決して許さず「チャバは死んだ」とまで言い切るのか、僕には理解不能だった。しかし今なら分かる。
ソロモン王が建設したエルサレム神殿が崩壊し(現在残る「嘆きの壁」はその残骸)、ユダヤ人たちがパレスチナの地を追われ離散(ディアスポラ)を余儀なくされたのは紀元70年の出来事だった。そして1948年にイスラエルが建国されるまで、彼らは実に約2千年の長きに及び、「約束の地」への帰還を夢見ながら世界各地で生息して来た。ここで驚くべきことは彼らがユダヤ人コミュニティの中だけで生き、戒律を順守し、ユダヤの血を保持してきたことである。つまり混血によりユダヤ民族が消滅することはなかった。南アメリカのマヤ文明やアステカ文明の末裔が現在どうなったかと比較すると、不屈の精神と言えるだろう。だからテヴィエがチャバを許せなかったのは宗教の違いだけではなく、「民族の血」の問題でもあったのだ。
この物語の最後では「ボグロム」というユダヤ人排斥運動のためテヴィエ一家は生まれた土地を追われ、アメリカに渡る決意をする。結婚仲介人の老婆イェンテは聖地エルサレムに行ってみると言う。これは後のイスラエル建国へと繋がっている。またチャバはテヴィエに「私達も帝政ロシア政府の家族に対する仕打ちに納得出来ないので、ポーランドのクラクフへ旅立ちます。そのことをお父さんに知っておいて貰いたかった」と告げる。今回初めて気が付いたのだが、ポーランドは1939年にナチス・ドイツにより侵略され、クラクフにもユダヤ人強制収容所が建設される(映画「シンドラーのリスト」の舞台はクラクフ)。つまりチャバの言葉はこれからも彼らの苦難が続くことを暗示している。何とも奥深い作品だ。
話は変わるが、バーブラ・ストライザンド(彼女はユダヤ系家族のもとに生まれ、ニューヨーク州ブルックリンで育った)が監督・主演を務めた”ひとりミュージカル”映画「愛のイエントル」もまた、「屋根の上」に近い物語だ。ヒロインはポーランドのユダヤ人コミュニティに生きている。しかし女に学問はいらないというコミュニティの固定観念に反発し、男装して学校に入学する。読書が大好きなチャバに似ている。最後に彼女は移民船に乗り、新天地(恐らくアメリカ)を目指す。
「屋根の上のヴァイオリン弾き」のタイトルはシャガールの絵に基づいている。
シャガールもユダヤ人で帝政ロシア領(現在のベラルーシ)に生まれた。またハイフェッツ、スターン、パールマンなど名ヴァイオリニストの多くはユダヤ人である。
日本人は不思議とユダヤ人と似ていて、弦楽器も得意だ。黒髪だし、YAP型など遺伝子的に共通する点も多い。舞台で日本人がユダヤ人を演じても、何の違和感もない。また、ヨーロッパでホロコーストの嵐が吹き荒れていた時代、「命のビザ」を発行し、6000人に及ぶユダヤ人を救った外交官・杉浦千畝のエピソードも有名である。
だからこそ「屋根の上のヴァイオリン弾き」は日本でも愛されているのではないだろうか?民族的共感性がきっとそこにはあるのだ。
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