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2013年3月26日 (火)

「音楽は数学、大バッハの作品は建築物」 【製作者、演奏者が語るいずみホールのオルガン】

3月21日、いずみホールへ。バッハ・オルガン作品全曲演奏会【特別企画】「製作者、演奏者が語るいずみホールのオルガン」を聴講。

講演の前後に小糸 恵さんによるオルガン演奏あり。

  • J.S.バッハ/ファンタジーとフーガ ハ短調 BWV537
  • フィッシャー/シャコンヌ
  • パッヘルベル/シャコンヌ

小糸さんはスイスのローザンヌを拠点に活躍するオルガニスト。音色の作り方が卓越している。多彩な音のパレットに心酔した。こんな凄いオルガニストがいたとは!世界は広い。僕達の知らないことがまだまだ沢山ある。

バッハ/ファンタジーは厳粛な響き。激しく、鋭い。フーガになると音楽は高鳴り、雲の間から眩い光が一筋差し込んでくる情景が幻視された。

フィッシャー/シャコンヌは一転して素朴な音で、清貧な生活と真摯な祈りを感じさせた。

パッヘルベル/シャコンヌは穢れのない純粋(pure)な音色で、優しく穏やか。包容力のある演奏だった。曲ごとにアプローチが全く異なることにも感心した。

いずみホールのオルガンを製作したイヴ・ケーニヒの講演の要旨を以下に記載する。

小説「失われた時を求めて」で有名な作家マルセル・プルーストは「音楽とは契約や脅迫のない、最も美しい宗教である」と書いた。

オルガンはピアノと異なり、音の強弱を付けられない。その代わりに、打鍵と離鍵のニアンスで時間をコントロールする。オルガンが音を奏でる仕組みはリコーダーに似ている。いずみホールのオルガンは3,623本のパイプがあるが、それは錫(スズ)と鉛の配合で出来た3,623本のリコーダーが起立してるとイメージして貰うといいだろう。

フランス語はまず重要な単語がポンと頭に登場し、付随的な言葉がそれに続く。だからセンテンスの頭だけで大体の内容が把握出来る。感情的言語とも言える。一方、ドイツ語は論理的で、センテンスの最後まで聞かないと正確な意味合いは分からない。この違いは音楽にも同様なことが言える。フランスのフランソワ・クープランはオルガン奏者だったが、彼が作曲したオルガン曲は数少ない。奏者が工夫して装飾音を付け加えることが必要で、それがないと色褪せてしまう。ドイツのブクステフーデはかっちりとして構築的だし、バッハの作品も幾何学的計算ずくの音楽である。そして余分な装飾は必要ない。

休憩後に登場した佐治春夫さんは物理学者・理学博士。オルガンを趣味で弾き、大阪音楽大学客員教授もされている。米宇宙航空局(NASA)で特別研究官を勤めていた時、宇宙探探査機ボイジャー1号、2号に搭載されるゴールデンレコードにバッハを入れるよう提案したという(詳しくはこちら)。以下講演要旨。

音楽の基本は人体を流れる血液の脈拍であり、自分のリズムと相手のリズムがシンクロナイズド(同時化、同期)した時に感動が生まれる。小糸さんの演奏は固有の体内のリズムを有し、そこに自然な緩急、ゆらぎがある。半分は予測できるけれど、半分は予測出来ない。そこが素晴らしい。能の序破急を連想させるものがある。足鍵盤がしっかりと支え、高音部は綺麗な澄み切った音がする。

ドビュッシーは「言葉で表現出来なくなった時に音楽は始まる」(仏語:La musique commence là où s'arrête le pouvoir des mots./英語:Music begins where words are powerless to express.)と語っている。

古代の地球に大きな地震があり、大地が隆起して山になった。上昇気流は雲を形成し雨を降らせた。しかし山の反対側には乾いた空気が流れ、サバンナとなった。四足歩行をしていた我々の祖先は森がなくなり敵から身を守る必要が出てきたため二足歩行に進化、重力の影響で顔が長くなり顎が発達して口腔が広がった。それにより言語が喋られるようになった。同じ二足歩行をする我々の仲間チンパンジーは喋れない。しかし彼らは歌う事が出来る。つまり言語より先に音楽があった

バリ島の踊りケチャではバロンという仮面の獅子が登場するが、仮面の裏に多数の鈴がついていて、それが鳴ることで脳内麻薬物質(β-エンドルフィン)が爆発的に分泌され、演者のトランス状態を誘発するのだと近年の研究で明らかになった(詳細はこちら)。バッハのオルガン音楽にも似た効用があり、だからこそ聴衆は”神”を感じるのではないだろうか?美しい音楽を聴くことは、そこに天国があることを意味している

音楽は数学であり、時間と空間の建築物である。純正律ではド・ミ・ソの和音は振動数が4:5:6の比率になっている。バッハの直筆楽譜を見れば、誰しもそれが建物のように錯覚する筈である。

いずみホール音楽ディレクター・磯山 雅さんと小糸さん、佐治さんのディスカッションではいずみホールのオルガンについて「リード管が素晴らしい。輝かしい」との話題も。また小糸さんが尊敬する歴史上の人物はニュートンとデカルトだそう。音楽と数学/哲学の興味深い関係が明らかにされた。

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