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2013年3月

三谷幸喜徹底批判!「ホロヴィッツとの対話」

ウラディミール・ホロヴィッツが1983年に初来日した時(当時79歳)、コンサートのS席が5万円と高額だったのにもかかわらず即日完売。しかしミスタッチが多く惨憺たる演奏で、音楽評論家・吉田秀和は「ひびの入った骨董品」と評して話題となった。これを聴きに来ていた坂本龍一は途中で席を立ち、久米宏がキャスターを務めていたテレ朝「ニュースステーション」で酷評した。

「東洋人と女にはピアノは弾けない」というのがホロヴィッツの持論だった。「ピアニストには三種類の人間しかいない。ユダヤ人か、ホモセクシャルか、下手くそだ」なんてことも言っている(彼はウクライナ出身でユダヤ系)。偏屈なジジイだったことは三谷幸喜 作・演出「ホロヴィッツとの対話」でも描かれている。

Horo

配役は調律師フランツ・モア:渡辺謙、その妻:和久井映見、ホロヴィッツ:段田安則、その妻ワンダ:高泉淳子。作曲・ピアノ演奏は萩野清子。荻野さんは「コンフィダント・絆」「グッドナイト スリプタイト」「国民の映画」(以上舞台)「ザ・マジックアワー」「ステキな金縛り」(以上映画)等で三谷さんと組み、最近ではNHK朝ドラ「純と愛」の音楽も担当している。

三谷幸喜作品で、僕が今まで生の舞台を観たものを以下列挙してみよう。「君となら」「笑の大学(初演・再演)」「ヴァンプショウ」「アパッチ砦の攻防」「温水夫妻」「オケピ!(初演、再演)」「竜馬の妻とその夫と愛人」「彦馬がゆく」「You Are The Top/今宵の君」「なにわバタフライ」「12人の優しい日本人」「コンフィダント・絆」「グッドナイト スリイプタイト」「ろくでなし啄木」「国民の映画」「90ミニッツ」の16作。

テレビ放送、DVDなどで観たものは「天国から北へ3キロ」「ショー・マスト・ゴー・オン」「巌流島」「バイ・マイセルフ」「マトリョーシカ」「バッド・ニュース☆グッド・タイミング」「東京サンシャインボーイズ returns」「ベッジ・パードン」の8作。合わせて24作。これが僕の観劇歴である。

で、はっきり言って最近の三谷さんは作家としての力が衰えてきている。

そりゃあ勿論、そこら辺で上演されている戯曲と比較すると、水準以上のウェルメイドな作品に仕上がっている。しかし三谷さんの本来の実力はこんなものじゃない筈だ。「彦馬がゆく」「12人の優しい日本人」「笑の大学」の頃はもっと凄み、鋭さがあった。物語の終盤に向かって収斂し、燃焼する膨大なエネルギーを内包していた。対して「ホロヴィッツとの対話」にあるのは燃えカス、抜け殻だ。その場限りの、そこそこの笑いは散発的にあるが、そのエネルギーが(過去の作品のように)有機的に結びつき、相乗効果をもたらすことはない。観客が味わうのは肩透かしのみである。

最近の三谷さんは「コンフィダント・絆」「国民の映画」「ホロヴィッツとの対話」など外国を舞台とした作品が多い。これは予め海外での上演を想定したものと思われる(実際「笑の大学」はロシアやソウル、カナダ、ロンドンで上演された)。いわゆる「赤毛もの」である。そこに欧米人への媚び、秋波を感じるのは僕だけではあるまい。物語が上っ面だけで、足が地についていないのだ。昔の三谷作品は「僕たちの物語」だったけれど、最近は「よそゆきの顔」をしている。「国民の映画」で描かれたナチスとか「ホロヴィッツとの対話」で唐突に出てくる第二次世界大戦中のドイツ空襲とか、シリアスな題材と笑いとが乖離し、ぎくしゃくしている。居心地が悪い。「ここで観客を感動させよう」というあざとさ、真面目なことを語って名声を得たいという欲を感じてしまうのだ。

役者たちは悪くなかった。しかし出来損ないの台本が彼らを生かしきれていない。帰り際、とある女性客が「面白かった。でも途中でちょっと寝ちゃった」と友達に話しているのが耳に入ってきた。実は僕も中盤でダレて、気が遠くなった。

正直、今だったら三谷作品よりも「大人計画」の松尾スズキ宮藤官九郎(クドカン)が書いた芝居の方が断然ワクワクする。

迷える子羊・三谷幸喜よ、目覚めよ!最近どうしちゃったのさ、もう才能が枯渇したの??どうかこのまま「ひびの入った骨董品」で終わりませんように。

P.S. : 「ホロヴィッツとの対話」は本日、WOWOWで生中継される予定。

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「音楽は数学、大バッハの作品は建築物」 【製作者、演奏者が語るいずみホールのオルガン】

3月21日、いずみホールへ。バッハ・オルガン作品全曲演奏会【特別企画】「製作者、演奏者が語るいずみホールのオルガン」を聴講。

講演の前後に小糸 恵さんによるオルガン演奏あり。

  • J.S.バッハ/ファンタジーとフーガ ハ短調 BWV537
  • フィッシャー/シャコンヌ
  • パッヘルベル/シャコンヌ

小糸さんはスイスのローザンヌを拠点に活躍するオルガニスト。音色の作り方が卓越している。多彩な音のパレットに心酔した。こんな凄いオルガニストがいたとは!世界は広い。僕達の知らないことがまだまだ沢山ある。

バッハ/ファンタジーは厳粛な響き。激しく、鋭い。フーガになると音楽は高鳴り、雲の間から眩い光が一筋差し込んでくる情景が幻視された。

フィッシャー/シャコンヌは一転して素朴な音で、清貧な生活と真摯な祈りを感じさせた。

パッヘルベル/シャコンヌは穢れのない純粋(pure)な音色で、優しく穏やか。包容力のある演奏だった。曲ごとにアプローチが全く異なることにも感心した。

いずみホールのオルガンを製作したイヴ・ケーニヒの講演の要旨を以下に記載する。

小説「失われた時を求めて」で有名な作家マルセル・プルーストは「音楽とは契約や脅迫のない、最も美しい宗教である」と書いた。

オルガンはピアノと異なり、音の強弱を付けられない。その代わりに、打鍵と離鍵のニアンスで時間をコントロールする。オルガンが音を奏でる仕組みはリコーダーに似ている。いずみホールのオルガンは3,623本のパイプがあるが、それは錫(スズ)と鉛の配合で出来た3,623本のリコーダーが起立してるとイメージして貰うといいだろう。

フランス語はまず重要な単語がポンと頭に登場し、付随的な言葉がそれに続く。だからセンテンスの頭だけで大体の内容が把握出来る。感情的言語とも言える。一方、ドイツ語は論理的で、センテンスの最後まで聞かないと正確な意味合いは分からない。この違いは音楽にも同様なことが言える。フランスのフランソワ・クープランはオルガン奏者だったが、彼が作曲したオルガン曲は数少ない。奏者が工夫して装飾音を付け加えることが必要で、それがないと色褪せてしまう。ドイツのブクステフーデはかっちりとして構築的だし、バッハの作品も幾何学的計算ずくの音楽である。そして余分な装飾は必要ない。

休憩後に登場した佐治春夫さんは物理学者・理学博士。オルガンを趣味で弾き、大阪音楽大学客員教授もされている。米宇宙航空局(NASA)で特別研究官を勤めていた時、宇宙探探査機ボイジャー1号、2号に搭載されるゴールデンレコードにバッハを入れるよう提案したという(詳しくはこちら)。以下講演要旨。

音楽の基本は人体を流れる血液の脈拍であり、自分のリズムと相手のリズムがシンクロナイズド(同時化、同期)した時に感動が生まれる。小糸さんの演奏は固有の体内のリズムを有し、そこに自然な緩急、ゆらぎがある。半分は予測できるけれど、半分は予測出来ない。そこが素晴らしい。能の序破急を連想させるものがある。足鍵盤がしっかりと支え、高音部は綺麗な澄み切った音がする。

ドビュッシーは「言葉で表現出来なくなった時に音楽は始まる」(仏語:La musique commence là où s'arrête le pouvoir des mots./英語:Music begins where words are powerless to express.)と語っている。

古代の地球に大きな地震があり、大地が隆起して山になった。上昇気流は雲を形成し雨を降らせた。しかし山の反対側には乾いた空気が流れ、サバンナとなった。四足歩行をしていた我々の祖先は森がなくなり敵から身を守る必要が出てきたため二足歩行に進化、重力の影響で顔が長くなり顎が発達して口腔が広がった。それにより言語が喋られるようになった。同じ二足歩行をする我々の仲間チンパンジーは喋れない。しかし彼らは歌う事が出来る。つまり言語より先に音楽があった

バリ島の踊りケチャではバロンという仮面の獅子が登場するが、仮面の裏に多数の鈴がついていて、それが鳴ることで脳内麻薬物質(β-エンドルフィン)が爆発的に分泌され、演者のトランス状態を誘発するのだと近年の研究で明らかになった(詳細はこちら)。バッハのオルガン音楽にも似た効用があり、だからこそ聴衆は”神”を感じるのではないだろうか?美しい音楽を聴くことは、そこに天国があることを意味している

音楽は数学であり、時間と空間の建築物である。純正律ではド・ミ・ソの和音は振動数が4:5:6の比率になっている。バッハの直筆楽譜を見れば、誰しもそれが建物のように錯覚する筈である。

いずみホール音楽ディレクター・磯山 雅さんと小糸さん、佐治さんのディスカッションではいずみホールのオルガンについて「リード管が素晴らしい。輝かしい」との話題も。また小糸さんが尊敬する歴史上の人物はニュートンとデカルトだそう。音楽と数学/哲学の興味深い関係が明らかにされた。

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児玉宏/大阪交響楽団 定期 《忘れられた作曲家たち》

3月14日(木)ザ・シンフォニーホールへ。

児玉宏/大阪交響楽団で、

  • マルトゥッチ/夜想曲
  • ブルッフ/2台のピアノと管弦楽のための協奏曲
  • スヴェンセン/交響曲 第2番

ピアノは山本貴志佐藤卓史

マルトゥッチは夢見るような、マーラー/交響曲 第5番 第4楽章 アダージェットを彷彿とさせる曲想。しかしイタリア人らしく明るい。

ブルッフは元々「管弦楽とオルガンのための組曲」として書かれたものを編曲したもの。第1楽章冒頭部は荘厳で宗教的。しかし途中から一転、音楽は生気を帯びて動き出す。ヴァイオリン協奏曲とかスコットランド幻想曲くらいしか知らなかったこの作曲家に対する印象がガラッと変わった。

ノルウェーのスヴェンセンは「健康的で楽天的なグリーグ」といった感じ。人生を肯定する音楽。児玉さんの指揮は卓越しており、第2楽章はエモーショナルな盛り上がりが素晴らしく、第3楽章は軽やかで躍動し、終楽章はカラフルな音色で雄弁。

初めて聴く曲ばかりだったが、児玉シェフにお任せしていれば何時だって極上の料理が供される。至福の2時間を堪能し、帰途についた。

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クラウドアトラス

評価:B

映画公式サイトはこちら。上映時間172分というSF大作である。

監督は「ラン・ローラ・ラン」で知られるドイツ出身のトム・ティクヴァとウォシャウスキー兄弟。もとい、片割れが性転換手術を受けたのでウォシャウスキー弟か。3人の共同監督って珍しい。

19世紀から文明が崩壊した未来にかけ、6つの時代を同時並行して描いていくというスタイルがユニーク。ただそこから導き出されるテーマが「すべては つながっている」というのがしょぼい。大風呂敷広げた割には中身が貧相だ。まぁ、「マトリックス」3部作もそうだったけれどね……ハァ。

トム・ハンクス、ハル・ベリー、ヒューゴ・ウィーヴィング(「マトリックス」「ロード・オブ・ザ・リング」)、ヒュー・グラントらがそれぞれ6役をこなすというのが面白い。

1936年編で作曲家志望の青年フロビシャーが大作曲家エアズの邸宅を訪れ、体が不自由な彼の口述を楽譜に起こすエピソードが描かれるが、これはイギリス生まれの作曲家フレデリック・ディーリアスと、彼を手伝ったエリック・フェンビーを明らかにモデルにしている(ケン・ラッセル監督「夏の歌」参照のこと)。ここで生まれるのがクラウドアトラス六重奏曲なのだが、6つの時代を描く映画のプロットとリンクしている。この音楽が結構いいんだ。

ウォシャウスキー弟は「マトリックス」(1999)のマシンガン撮影(Bullet-time)で世間をアッと驚かせ一世を風靡したわけだが、そういう映像的驚きが本作にはない。どうも彼らの才能は「バウンド」(1996)を頂点として、経年劣化しているという印象を結局拭い去ることは出来なかった。

ペ・ドゥナが相変わらず可愛かった。韓国映画「ほえる犬は噛まない」「グエムル」、日本映画「リンダ リンダ リンダ」「空気人形」とか、彼女の映画は結構好き。

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アカデミー賞(長編ドキュメンタリー部門)受賞「シュガーマン 奇跡に愛された男」

評価:B+

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公式サイトはこちら

1970年代にアメリカ・デトロイトで2枚のアルバムを録音・発表するも全く売れず、消え去ったシンガーソングライター/ギタリストのロドリゲス。しかし突如、反アパルトヘイト闘争の象徴=iconとして南アフリカで有名になった。彼の数奇な半生を描く。

事実は小説より奇なり。驚くべき物語である。正に映画「フォレスト・ガンプ」の有名な台詞「人生はチョコレートの箱みたいなもの。開けてみるまで分からない」(Life is like a box of chocolates. You never know what you're gonna get.)だ。生きる勇気を貰える映画。

そして僕が痛感したのは「ロックって、やっぱり世の中や常識に対する反逆なんだなぁ」

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映画「脳男」

評価:B+

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映画公式サイトはこちら

荒唐無稽なB級映画である。登場人物の行動(特に江口洋介演じる刑事!)は常軌を逸しており無茶苦茶だが、出来はすこぶるいい。

特筆すべきはハリウッドでロバート・アルトマン監督と組んだこともある撮影監督・栗田豊通の卓越した仕事ぶり。特に前半のオレンジ色を主体とする映像がスタイリッシュで素晴らしい。技術的に詳しいことは→こちらをご参照あれ。

あと「ヒミズ」でも強烈な印象を残した二階堂ふみのキレっぷりが凄まじく、唖然とした。顔が宮崎あおいそっくりなのが気の毒(あおいちゃんを些か下品にした感じ)だが、その女優根性、大いに気に入った。彼女の今後に期待したい。

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枝光・喬太郎 二人会@繁昌亭

3月19日(火)、天満天神繁昌亭へ。

  • 笑福亭喬介/牛ほめ
  • 桂 枝光/色事根問
  • 柳家喬太郎/抜け雀
  • 柳家喬太郎/極道の鶴
  • 桂 枝光/天神山

補助席まで出て満席。

陽気に登場した喬介さん。「楽しく落語を聴いて下さい!」と、そのための「あいうえお」を披露。でもこれ、桂文太さんのマクラ(開口0番)をそのままいただいたものだった。もうちょっと自分で工夫しようよ。

色事根問」は古典落語だが、中身は全く異なり「新版」だった。面白い!客席に「まずひとつの数字を頭に思い浮かべて下さい。2を掛け算し、10を足します。その答えを2で割り、さらに最初に思い浮かべた数字を引いて下さい。さぁ、今あなたの頭にある数字は5ですね」後で紙に書けば当たり前の計算式なのだが、口頭で言われるとびっくりした。さすが話芸だね。「もし5でなかったら、あなたの計算が間違っています」で場内爆笑。

喬太郎さんは大阪に初めて(プライベートで)来たのが万博で、次は二つ目の頃、「乾電池くんと輪投げをしよう!」というイベントの仕事だったそう。また青森で食べたほっけの刺身の話題を振り、「あれは絶対焼いたほうがいい!生で食うもんじゃありません」とキッパリ。

後半は大好きなウルトラマンの出囃子でゴキゲンに登場。「抜け雀」も「極道の鶴」も喬太郎さんで聴くのは2回めなのだが、まるで初めて聴くみたいに新鮮で、腹を抱えて笑った。言葉のリズム、声の調子、間も絶妙で、やっぱ天才だわ。同時代に生き、生の高座に触れられることの幸せを噛み締めた。

天神山」は初めて聴くサゲだった。人間と幽霊、そして動物が対等な立場で同居するこのネタが僕は大好きだ。

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柳家喬太郎・笑福亭三喬「東西笑いの喬演」

3月15日(金)大阪市立こども文化センターへ。

  • 高橋樺子/がんばれ援歌
  • 笑福亭三喬/近江八景
  • 柳家喬太郎/小政の生い立ち
  • 林家たけ平/扇の的
  • 柳家喬太郎/擬宝珠(ぎぼし)
  • 笑福亭三喬/佐々木裁き

2年前に東日本大震災が発生した日、ちょうどこの会が開催されていた(その日の記事はこちら!)。そこで今回、冒頭で被災地支援を目的とした応援歌が歌われ、CD販売もあった。僕は落語を聴きに来たのであって、演歌を無理やり聴かされてはっきり言って迷惑極まりなかった。これが歌手デビューだそうで、売名行為以外の何物でもない。高音は外れているし、聴くに耐えない。「負けたらあかんで がんばろう」という陳腐な歌詞、全てが偽善的で不快であった。つまらんCD買わせるんじゃなくて、義援金の募金箱にすべきだったのではないだろうか?志は理解出来るが、やり方が間違っている。主催者の「みほ企画」に反省を促したい。また、上方落語「無いもん買い」をもとに服部良一が作詞・作曲した「買い物ブギー」(1950)も歌われた。

落語会そのものは充実していた。

近江八景」は桂米朝さんの口演をDVDで鑑賞したことがあるが、生で聴くのは初めて。三喬さんは八景に膳所(ぜぜ)が入っていないのは、膳所城から眺めた風景だからという説を紹介(サゲの伏線になっている)。また「者」がつく職業(医者、芸者、役者、易者)は「上から目線」というマクラが秀逸だった。

「落語って面白いもんですねー、人によりますけれど」と喬太郎さん。「旅行」と比べると「旅」という言葉は重いと。例えば「旅に出ます」。またウエストポーチして東京駅をウロウロしていたら警察官から職務質問を受けたエピソードを披露。「小政の生い立ち」は浪曲ネタ。

たけ平さんは「ラマン(愛人)の法則」という出鱈目な理屈を展開。男の年齢を2で割り、7を足すと愛人に丁度いいというのだ。後から出てきた喬太郎さん。「私は今年50歳になりますので、32歳ですね。(舞台)袖で計算しました」場内は爆笑の渦に。また「弁慶ぎなた式(ぎなた読み)」という言葉を初めて知った。

仲入りを挟み喬太郎さん「昨年はウルトラセブンと私の師匠・さん喬の45周年という記念すべき年でした」そして初代ウルトラマンと、帰ってきたウルトラマン=ウルトラマンジャックはスペシウム光線を発射する姿勢が違うのだと熱弁を振るった。あと大阪のインデアンカレーが美味しいと。また三遊亭白鳥さんが若いころ古今亭志ん朝さんの前座で訳の分からない新作落語を演じ、お客さんがさぁ~っと引いていき、志ん朝さんが舞台袖で「いいねぇ、潮干狩りが出来る」と言ったというエピソードを披露。「擬宝珠」は明治の新作落語で喬太郎さんが復活させたもの。冒頭部、若旦那が気病(きやまい)で手伝いの熊五郎がその原因を探るためやって来るところまでは「崇徳院」と同じ。しかし、その真相は……!!赤塚不二夫的ナンセンスな展開でびっくり。はっきり言って変態の噺で、清々しいくらいバカバカしく、面白かった。

トリの三喬さん、佐々木信濃守の容姿は「青長白」だと。髪の剃り跡が青、面長で色白ということ。また大阪では「浜」、京都では「河原」、東京では「河岸(かし)」と、所によって言い方が違うと。またある講釈師が「雀落の暑さ」と言っていて、それが後で造語だと知り感心したという話が印象的だった。

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アカデミー助演男優賞・脚本賞受賞「ジャンゴ 繋がれざる者」

評価:B

映画公式サイトはこちら

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アカデミー賞でクエンティン・タランティーノ(以下タラちゃんと呼ぶ)がオリジナル脚本賞を受賞するのは「パルプ・フィクション」に続いて2回目。クリストフ・ヴァルツが助演男優賞を受賞するのはやはりタラちゃんが監督した「イングロリアス・バスターズ」に続いて2回目である。

いや、確かにクレジットのフォントといい、動きの早いズームアップ、エンニオ・モリコーネの音楽を多用するなど、タラちゃんらしいマカロニ・ウエスタン(英語ではSpaghetti Western)へのオマージュというのはビシビシ感じるし、従来の「復讐もの」というパターンを踏襲しながらも単なる模倣ではなく、アフリカ系アメリカ人のジェイミー・フォックスを主人公に持ってきたところが21世紀の映画らしい新機軸だというのも分かる。出来はいい。

ジェイミー・フォックスとクリストフ・ヴァルツが我慢に我慢を重ねて、最後にその怒りが大爆発してカタストロフ(大惨事)に至る過程は劇的で盛り上がる。

ただ僕としては「イングロリアス・バスターズ」の方が好きだ。「ジャンゴ」には痛快さがない。それだけの話。決して嫌いじゃないけどね。

既成の楽曲を使用されたモリコーネがこの映画に怒っているらしい。そのニュースは→こちら。「血が多すぎる」 - 御大の仰る通りだね。

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室内楽の森へ~厳選!これだけは絶対聴いておきたい80曲 その1

15年くらい前からインターネットを利用するようになり、クラシック音楽系のブログやツイッターを色々と読んで来た。そこで気付いたことがある。クラシック・ファンのうち、約8割の人々は普段オーケストラ曲かピアノ曲しか聴いていないという驚くべき実態である。

男性ファンの場合、オーケストラしか聴かないという人が多い。やはり派手で分かりやすいからだろう。あるブロガーが(自分が足を運んだ)「コンサート年間ベストテン」という企画を公表していて、それが全てオーケストラの演奏会だったのには呆れた。多分本人はその不自然さすら自覚していないだろう。女性の場合はそれにピアノ曲が加わる。多分幼い頃からピアノを習っていて、親しむ機会が多かったからではないかと推測する。

しかし一方で、弦楽四重奏曲など室内楽について語っている人たちは余りにも少ない。嘘だと思われるのなら検索してみて下さい。

試しに、身近にいるクラシック音楽ファンに次の質問を投げかけてみよう。

「あなたはベートーヴェン(あるいはブラームス)の交響曲を全部聴いたことがありますか?」

恐らく9割以上の人はYESと答えるだろう。では次の質問はどうだろう?

「あなたは16曲あるベートーヴェンの弦楽四重奏曲のうち5曲以上聴いたことがありますか?」あるいは「フォーレ(ドビュッシー/ラヴェル)の室内楽曲を聴いたことがありますか?」でもいい。

賭けてもいい。YESと答えられる人は1割を切る筈だ。

という訳で、少しでも多くの方々に室内楽の魅力を知って欲しい、その森の深さ、豊穣さを味わって貰いたいというのがこの記事を企画した趣旨である。

3ヶ月の準備期間を費やし300曲以上を集中的に聴き、その中から自信を持ってお薦め出来る80曲を厳選した。些か多すぎるかな?という気もするので、さらに優先順位を絞り、まず手始めにトライして欲しい究極の25曲赤字で示した。

なお、室内楽とは「2人以上10人以下のアンサンブル」と定義した。つまりピアノ・ソナタや他楽器の無伴奏ソナタは器楽曲の範疇となる。また1作曲家1曲のみに制約した。

リストは大まかに作曲された年代順に表示しているが、あまり厳密ではない。ご了承下さい。

また例えば弦楽四重奏やピアノ三重奏に偏ることがないよう、木管五重奏や金管五重奏、ヴィオラ・ソナタ、打楽器アンサンブルなどバラエティに富むよう心掛けたつもりである。

これはあくまで「室内楽の森」への入り口をご案内するものである。もしこの中で気に入られた曲があれば、更にその奥に広がる深遠なる世界へとご自身で進んで頂きたい。それが僕の願いである。

  • フランソワ・クープラン/王宮のコンセール 第4番 ホ短調
  • ルクレール/ヴァイオリン・ソナタ ニ長調 Op.9-3 
  • テレマン/フルートとリコーダーのための協奏曲
  • J.S.バッハ/音楽の捧げもの
  • C.P.E.バッハ/フルート・ソナタ「ハンブルク・ソナタ」 WQ.133
  • ハイドン/弦楽四重奏曲 Op.20 No.5(「太陽四重奏曲」集より)
  • モーツァルト/アダージョとフーガ
  • ベートーヴェン/弦楽四重奏曲 第14番
  • シューベルト/弦楽四重奏曲 第15番
  • メンデルスゾーン/ピアノ三重奏曲 第1番
  • シューマン/ピアノ五重奏曲
  • ヴェルディ/弦楽四重奏曲
  • マーラー/ピアノ四重奏曲 断章
  • スメタナ/弦楽四重奏曲 第1番「わが生涯より」
  • グリーグ/弦楽四重奏曲 
  • ブルックナー/弦楽五重奏曲
  • ボロディン/弦楽四重奏曲 第2番
  • チャイコフスキー/ピアノ三重奏曲「偉大な芸術家の思い出に」
  • ライネッケ/フルート・ソナタ「ウンディーネ」
  • フランク/ヴァイオリン・ソナタ
  • ブラームス/弦楽五重奏曲 第2番
  • ドヴォルザーク/ピアノ三重奏曲 第4番「ドゥムキー」
  • ドホナーニ/ピアノ五重奏曲 第1番
  • ショーソン/ヴァイオリン、ピアノと弦楽四重奏のためのコンセール(協奏曲)
  • ドビュッシー/弦楽四重奏曲
  • アレンスキー/ピアノ三重奏曲 第1番
  • シェーンベルク/浄められた夜(弦楽六重奏版)
  • ラヴェル/序奏とアレグロ(七重奏曲)
  • フォーレ/ピアノ五重奏曲 第1番
  • ツェムリンスキー/クラリネット、チェロとピアノのための三重奏曲
  • サン=サーンス/チェロ・ソナタ 第2番
  • ルーセル/ディヴェルティスマン(ディベルティメント)
  • シベリウス/弦楽四重奏曲 作品56「親愛なる声」 
  • ブリッジ/幻想的ピアノ四重奏曲
  • コダーイ/ヴァイオリンとチェロのための二重奏曲
  • ディーリアス/弦楽四重奏曲
  • ヒンデミット/ヴィオラ・ソナタ 作品11-4
  • レスピーギ/ドリア旋法による弦楽四重奏曲
  • ガーシュウィン/3つの前奏曲
  • ベルク/抒情組曲(ソプラノと弦楽四重奏のための原典版)
  • フランツ・シュミット/弦楽四重奏曲 ト長調
  • ロージャ/ハンガリー農民の歌による変奏曲
  • バルトーク/弦楽四重奏曲 第5番
  • ヤナーチェク/弦楽四重奏 第2番「ないしょの手紙」
  • イベール/木管五重奏のための3つの小品
  • ゴーベール/フルート・ソナタ 第3番
  • コルンゴルト/弦楽四重奏曲 第2番
  • メシアン/世の終わりのための四重奏曲
  • ケージ/4つのパートのための弦楽四重奏曲
  • プーランク/フルート・ソナタ
  • フランセ/木管五重奏曲 第1番
  • カステレード/笛吹きのヴァカンス
  • コープランド/六重奏曲
  • ブリテン/ラクリメ-ダウランド歌曲の投影
  • ヴィラ=ロボス/ショーロの形式による五重奏曲
  • ヒナステラ/弦楽四重奏曲 第1番
  • バーンスタイン/クラリネット・ソナタ
  • プロコフィエフ/フルート・ソナタ
  • ショスタコーヴィチ/弦楽四重奏曲 第8番
  • バーバー/夏の音楽
  • ハーマン/航海の想い出
  • リゲティ/弦楽四重奏曲 第2番
  • アーノルド/金管五重奏曲 第1番
  • ウォルトン/ピアノ四重奏曲
  • 黛敏郎/プリペアド・ピアノと弦楽のための小品
  • ロータ/九重奏曲
  • ペルト/フラトレス
  • 武満徹/雨の樹
  • ピアソラ/ル・グラン・タンゴ
  • コリリアーノ/ヴァイオリン・ソナタ
  • グレツキ/弦楽四重奏曲 第2番「幻想曲風に」
  • ライヒ/ディファレント・トレインズ
  • 吉松隆/デジタルバード組曲
  • グラス/弦楽四重奏曲 第3番「MISHIMA」
  • ナイマン/ソングス・フォー・トニー(サクソフォン四重奏)
  • ドアティ/歌え!フーヴァーFBI長官
  • カプースチン/フルート、チェロとピアノのための三重奏曲
  • マッケイ/ブレイクダウン・タンゴ
  • 譚盾 (タン・ドゥン)/Shuang Que
  • ヴァスクス/弦楽四重奏曲 第2番「夏の歌」
  • グバイドゥーリナ/弦楽四重奏曲 第4番

全ての曲はナクソス・ミュージック・ライブラリー(NML)で試聴可能である→こちら!加入して1年経過したが、豊穣なライブラリーで毎日充実したミュージック・ライフを堪能している。

さて、今回《その1》では赤字で示した究極の25曲について解説する。

ジャン=マリー・ルクレール(1697-1764、フランス)のヴァイオリン・ソナタはOp.5-7もいい。格調高く、品がある。ルクレールはルイ15世より王室付き音楽教師に任命されるが、地位をめぐる内部抗争で辞任、ハーグの宮廷楽長となった。しかし晩年は貧民街に隠れ住むようになり、惨殺死体となって発見されるという劇的最後を遂げる。犯人は未だ不明。なんともミステリアスだ。寺神戸亮かサイモン・スタンデイジによるバロック・ヴァイオリンの演奏でどうぞ。

テレマン(1681-1767)で協奏曲を取り上げるのが反則技だということは十分自覚している。しかしどうしてもフルートとリコーダーのための協奏曲にしたかった。何故なら、紛れもなくテレマンの最高傑作だからである。これは僕だけの私見ではなく、例えば日本テレマン協会の指揮者・延原武春さんも「テレマンの中で一番いい曲」と仰っている。最近は10人弱の小編成で演奏されることも多く、決して室内楽の定義から逸脱していない。作曲されたのはバロック音楽から古典派への移行期。表舞台から消え去ろうとするリコーダーと、それに代わって台頭しつつあったフルート(フラウト・トラヴェルソ)とのつかの間の邂逅。なんとも切なくなる。颯爽とした終楽章 プレスト(舞曲)が秀逸。お勧めはスタンデイジ/コレギウム・ムジクム90の演奏。

バッハ/マタイ受難曲が人類の至宝・究極の音楽遺産であることは周知の事実である。しかし編成が大きい(独唱、合唱、オーケストラ)。次に僕が好きなバッハ作品と考えて思い浮かんだのは無伴奏チェロ組曲ゴルトベルク変奏曲(チェンバロ独奏)、パッサカリアとフーガ ハ短調 BWV582(オルガン独奏)などだが、いずれも室内楽には当てはまらない。こうして逡巡した挙句「音楽の捧げもの」にたどり着いた。この曲集はフリードリッヒ大王から与えられた主題に基づいている。この《大王のテーマ》が格好いい。フリードリヒ2世自身の作曲ではないという説もあるようだが、大王はフルートの名手として知られ、フルート・ソナタやフルート協奏曲など多数作曲している(エマニュエル・パユも録音している)。「音楽の捧げもの」は3声・6声のフーガ(リチェルカーレ)、10曲のカノン(謎カノン)、トリオ・ソナタなどから構成される。お勧めのCDはモダン楽器使用ならリヒター、ニコレらによる録音。古楽器ならトン・コープマン/アムステルダム・バロック管とかクイケン3兄弟など。

弦楽四重奏曲 第14番は恐らく、ベートーヴェンが作曲した全作品中、最高傑作であろう。昨年亡くなった音楽評論家・吉田秀和さんも「私の好きな曲」(ちくま文庫)でこの曲を選出されている。哲学的啓示に富み、深い。映画「鍵泥棒のメソッド」では重要なガジェット(小道具)として使用されており、秀逸である。お勧め!なお、ベートーヴェン後期SQ、第13-16番はいずれも劣らぬ傑作揃いである。アルバン・ベルク四重奏団を推奨。

シューマンの室内楽曲といえば、誰もが迷うことなくピアノ五重奏曲を選ぶだろう。作曲されたのは1842年でシューマンが32歳の時。その2年前にクララ・ヴィークの父親相手に起こした裁判を勝ち、彼女と結婚している。作曲家が最も幸福で充実した日々を送っていた頃の作品である。甘美な夢を描く音楽の花束。リヒテル&ボロディン四重奏団かアルゲリッチ&フレンズあたりでどうぞ。

チャイコフスキーはノスタルジックなアンダンテ・カンタービレ(第2楽章)で有名な弦楽四重奏曲 第1番とか、凛として覇気がある弦楽六重奏曲「フィレンツェの思い出」も捨てがたい魅力を持っている(ボロディン弦楽四重奏団を中心とする演奏を推奨)。「偉大な芸術家の思い出に」(1882年)はピアニストで旧友ニコライ・ルビンシテインへの追悼として書かれた、哀しみに満ちた音楽である。ピアノ協奏曲第1番はニコライに初演を拒否され、書き直しを勧められたことは有名。ギドン・クレーメルが録音した2種類のディスクでどうぞ。あと、スーク・トリオとか。

フランク/ヴァイオリン・ソナタ(1886年)のイメージはアンニュイ。気怠い午後、野外テラスで紅茶でも飲みながらゆったりと耳を傾けたい、そんな音楽である。これはデュメイ&ピリスでしょう。セザール・フランクはベルギーに生まれ、フランスで活躍した。教会オルガニストだったということは頭の片隅に置いておくべきだろう。このヴァイオリン・ソナタは同郷のヴァイオリン奏者ウジェーヌ・イザイの結婚祝いとして献呈された。イザイ自身も無伴奏ヴァイオリン・ソナタなど作曲家としても知られている。

ブラームスとフォーレは室内楽作曲家として稀代の名手である。ブラームスの3つの〈ヴァイオリン・ソナタ弦楽四重奏曲ピアノ三重奏曲ピアノ四重奏曲〉、2つの〈弦楽五重奏曲弦楽六重奏曲クラリネット・ソナタチェロ・ソナタ〉、そしてクラリネット五重奏曲クラリネット三重奏曲ホルン三重奏曲など名作揃いで甲乙つけ難い。その中で演奏機会が少なく、あまり知られてない弦楽五重奏曲 第2番を選んだ。ブラームスの、特に後期作品の特徴は「憂愁」と「諦念」、「渋み」である。これほど秋が似合う作曲家はいない。弦楽五重奏曲 第2番(1890年)はト長調という調性のためか彼の作品としては比較的晴れやかで、前向きなものとなっている。ブランディス四重奏団か、アマデウス弦楽四重奏団の演奏がお勧め。

ドヴォルザーク/ドゥムキーは6楽章形式で、ソナタ形式の楽章がひとつもないという自由さが特徴。1891年に完成され、翌年作曲家は米国に渡った。ドゥムキーとは19世紀にスラブ系諸国で流行した民族色の濃い歌謡または器楽曲=ドゥムカの複数形。ポーランドが起源とされ、ショパンやチャイコフスキーの作品にも影を落としている。非常に民族色豊かな楽曲。スーク・トリオでどうぞ。また、渡米後に作曲された弦楽四重奏曲 第12番「アメリカ」が余りにも有名だが、僕がお勧めしたいのは第13番の方。ここにも新大陸の風が薫る。こちらはアルバン・ベルク四重奏団の演奏でどうぞ。

ドビュッシーラヴェルは当初、カップリングとして1つのCDに収められることの多い両者の弦楽四重奏曲を取り上げるつもりでいた(推薦盤:アルバン・ベルク四重奏団)。しかしそれでは芸がないので、ちょいと予定を変更。

ドビュッシーフルートヴィオラとハープのためのソナタとか、ヴァイオリン・ソナタチェロ・ソナタも素敵だ。弦楽四重奏曲は1893年に作曲された。オブラートに包まれた作品が多い中、この作曲家にしては珍しく感情が剥き出しの激しい音楽だ。

1899年に作曲された「浄められた夜(浄夜)」はシェーンベルクが12音技法を確立する前の楽曲で、マーラー同様に世紀末のむせるような香りがする。弦楽合奏版より僕は断然、オリジナルの弦楽六重奏版の方がいいと確信している。ラサール弦楽四重奏団を中心とする演奏が決定盤。

1905年に作曲されたラヴェル/序奏とアレグロはハープとフルート、クラリネットおよび弦楽四重奏のための七重奏曲。単一楽章で演奏時間11分程の美しく幻想的な小品である。エラール社ダブル・アクション方式ペダル付きハープ普及のため同社より委嘱された作品だそうだ。キャリー・マリガン主演のイギリス映画「17歳の肖像」で印象的に登場する。あとラヴェルは弦楽四重奏曲ピアノ三重奏曲もいいね。

ブラームスの項で書いたが、レクイエム、シシリエンヌ(「ペリアスとメリザンド」)、「夢のあとに」で知られる作曲家ガブリエル・フォーレも室内楽曲の達人である。2つある〈ピアノ四重奏曲ピアノ五重奏曲チェロ・ソナタ〉そしてピアノ三重奏曲。どれも魅力的だ。特にピアノ四重奏曲 第1番第2番はいずれも才気煥発の第2楽章が白眉であるとここで強調しておきたい。ピアノ五重奏曲 第1番を選んだのは、冒頭ピアノのアルペジオ(分散和音)が幻想的で煌めくように美しく、魅惑されるからである。作曲者自身のピアノとイザイの弦楽四重奏団で1906年に初演され、イザイに献呈された。なお、ヴァイオリニスト・矢部達哉氏はピアノ五重奏曲 第2番の魅力について、以下のようにツイートされている。

ヤナーチェク/弦楽四重奏 第2番「ないしょの手紙」は作曲家の最晩年、1928年に完成させた曲。当時彼は73歳で、38歳年下の人妻カミラ・シュテスロヴァーへの想いを綴ったもの。実際に書いた恋文は出会いから死までの11年間で600通以上に及ぶという。つまり不倫音楽だ。同年、カミラとその息子と一緒に休暇を過ごしている時にヤナーチェクは重篤な肺炎に罹り、死去した。カミラが最後を看取り、連絡が遅れたため妻のズデンカはヤナーチェクの死に目に会えなかった。とんでもないエロジジイである。あと弦楽四重奏曲 第1番「クロイツェル・ソナタ」もいい。トルストイの同名小説に触発された作品だが、実はこれも不倫の話なんだよね。なんともはや!「文化や芸術といったものが、不倫から生まれることもある」(by 石田純一)

イベール/木管五重奏のための3つの小品は1930年の作品。パリで生まれ、パリで没したジャック・イベールの音楽は軽やかで粋。洗練されている。

オペラ「死の都」「ヘリアーネの奇跡」などで時代の寵児となり、R.シュトラウスの後継者と目されていたコルンゴルト弦楽四重奏曲第2番は1933年に作曲された。彼がハリウッドに赴き、映画「真夏の夜の夢」のためにメンデルスゾーンの劇音楽を編曲するのは翌年のことである。ユダヤ人だった彼はやがてナチス・ドイツ台頭のためウィーンで活躍することが困難となり、アメリカに亡命する。映画「風雲児アドヴァース」(1936)「ロビン・フッドの冒険」(1938)で2度アカデミー作曲賞を受賞し、ハリウッド映画音楽の礎を築く。ライトモティーフ(示導動機)の使い方はジョン・ウィリアムズに多大な影響を与えた。

弦楽四重奏曲 第2番を支配する気分は19世紀ロマン派の残滓、豊穣な「ばらの騎士」の残り香である。第4楽章がワルツというのがノスタルジックでいいね!ブロドスキー四重奏団の演奏で。

メシアン/世の終わりのための四重奏曲(1940年)の編成はヴァイオリン、クラリネット、チェロ、ピアノという変則的なもの。これは第二次世界大戦中、作曲家がドイツ軍の捕虜となり収容所で演奏出来るよう作曲したからである。実際、ポーランドにある極寒のゲルリッツの収容所で初演された。曲想はヨハネの黙示録に基づき、正に終末の音楽である。後に武満徹も同じ編成で「カトレーン II」を作曲している。

プーランクはレ・ヴァン・フランセ(ル・サージュ、パユ、メイエほか)結成のきっかけとなった六重奏曲という極めつけの名曲があるが、どうしてもフルート・ソナタを外せなかった。何故なら有史以来あるフルート・ソナタの中で、紛れもなくこれこそが最高傑作だからである。1957年に完成。村上春樹さんの著書によると、プーランクは「私の音楽は、私がホモ・セクシュアルであることを抜きにしては成立しない」と語っていたそうだ。初演者のジャン=ピエール・ランパルか、エマニュエル・パユ、マチュー・デュフォーのフルートでどうぞ。

ショスタコーヴィチ/弦楽四重奏曲 第8番は1960年に作曲された。同じ年にアメリカで公開されたのがアルフレッド・ヒッチコック監督の映画「サイコ」。バーナード・ハーマンの音楽は不思議なことにこの弦楽四重奏曲と似た雰囲気を醸し出している。両者に共通するのは「冷戦時代の空気」「恐怖の音楽」なのだ。ベルリンの壁が築かれたのが翌61年、キューバ危機が62年。当時正にソヴィエト連邦とアメリカ合衆国は一発触発の不穏な状況だったのである。弦楽四重奏曲 第8番はドイツ語「Dmitri Schostakovich」のイニシャル、D-S(Es)-C-Hの音形が執拗に繰り返し登場する。つまり作曲家のサインである。この音形はショスタコの交響曲第10番にも引用されている。また不気味な"タンタンタン"と3つの激しい音が出てくるが、これはミーシャ・マイスキー(チェリスト)によると「KGB(諜報機関)がノックする音」だそうだ。つまりショスタコーヴィチとソヴィエト国家との駆け引き、闘いの日々が密かに描かれているのである。

ニーノ・ロータは天使のような人だった」と、映画「道」「カビリアの夜」「甘い生活」「8 1/2」などで一緒に仕事をした朋友フェデリコ・フェリーニ監督は回顧している。九重奏曲(1959/74/77)は正に「天使の悪戯」のような、機知に富んだ傑作である。なおロータはチャイコフスキー、プーランク、ブリテン同様、ゲイだった。

マルコム・アーノルド(1921-2006)はロンドン・フィルの首席トランペット奏者を務めた経歴がある。映画「戦場にかける橋」でアカデミー作曲賞を受賞。吹奏楽の世界では「第六の幸福をもたらす宿」組曲(やはり映画音楽で、瀬尾宗利 編曲)が圧倒的人気を誇る。金管五重奏曲 第1番は1961年にカーネギーホールで初演され、その後フィリップ・ジョーンズ・ブラス・アンサンブルの録音(「ジャスト・ブラス」1970)で一世を風靡した。輝かしい響きで格好いい!

アルヴォ・ペルトはバルト海沿岸・エストニアの作曲家。フラトレス(1977)は〈弦楽四重奏のための〉〈チェロとピアノのための〉〈独奏ヴァイオリンと弦楽合奏のための〉〈管楽八重奏と打楽器のための〉など10種類以上の異なる編成版が存在する。「フラトレス」とは「親族、兄弟、同士」といった意味で、信仰を同じくする仲間を指す。元々は古楽団体のために作曲された、静謐かつ清浄、沈思黙考する音楽。いわゆる「現代音楽」と呼ばれる不協和音とは無縁の作品である。ギドン・クレーメルの演奏がお勧め。あと「鏡の中の鏡」もいいね。

武満徹/雨の樹(1981年)はヴィブラフォンと2つのマリンバで演奏。打楽器の曲だ。武満の室内楽は1981年に東京クヮルテットが初演した弦楽四重奏のための「ア・ウェイ・アローン」や、アルト・フルートとギターのための「海へ」(1981年)なども迷った。いずれも絶えず変容し続ける繊細な「水のイメージ」が印象的。

ピアソラはフルートとギターのために作曲された「タンゴの歴史」と迷った。ル・グラン・タンゴ(Le Grand Tango)は1982年にロストロポーヴィチのために書かれたチェロとピアノのための楽曲。しかししばらく放置され、初めて演奏されたのはそれから8年後のことだった。情熱的で激しく、これぞタンゴ!という楽曲。ロストロの録音も残されているし、ヨーヨー・マの演奏もいい。ギドン・クレーメルが弾いたヴァイオリン版なんていうのもありますぞ。

ディファレント・トレインズはアメリカ生まれのユダヤ人作曲家スティーヴ・ライヒが自分の幼少時代と、同時期にヨーロッパで起こっていたホロコーストを汽車というキーワードで結びつけ、ミニマル・ミュージックの技法によって作曲したもの。ライヒが1歳の時両親は離婚し、父親と住むニューヨークと、母親のいるロサンゼルスに汽車で行き来していた。その記憶が第1楽章で描かれる。全体は3楽章から構成されており、

  1. アメリカ 第二次世界大戦前 (1939-1941)
  2. ヨーロッパ 第二次世界大戦中
  3. 第二次世界大戦後

弦楽四重奏の他に5人の声(うち3人はホロコーストを生き延びた証言者)、汽車やサイレンの音がミックス/コラージュされている。電車の中でiPodでこれを聴くと、凄く臨場感があるんだ。クロノス・カルテットの演奏でどうぞ。またライヒには2001年にアメリカで起こった同時多発テロを題材にした「WTC 9/11」という作品もある。こちらもクロノス・カルテットが演奏。

ミニマル・ミュージックは最小単位の音形が繰り返されることによって次第に聴覚が麻痺してくる。そしてその音形・和声が微妙に変化していく時に、えも言われぬ快感が得られるのだ。いわば音楽の麻薬である。伊福部昭(作曲)「ゴジラ」のテーマがそうだし、宮崎駿さんのアニメーションで有名な久石譲さんもミニマル・ミュージックの作曲家。北野武監督「ソナチネ」がその典型例である。

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残りは《その2》《その3》で。また、このリストを見て「あの名曲が入っていないじゃないか!」というご意見があれば、どしどしコメント欄にお書き下さい。僕ももっと視野を広げたいので、是非伺いたい。大いに語り合いましょう。

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カンヌ国際映画祭パルムドール&アカデミー外国語映画賞受賞「愛、アムール」

評価:B+

Amour

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カンヌ国際映画祭で最高賞のパルムドール、さらに米アカデミー外国語映画賞にも輝いた問答無用の作品だ。しかしね、アカデミー賞にはオーストリア代表として出品されたのだが(フランス代表は「最強のふたり」)、舞台はパリで言語はフランス語なのだからインチキじゃない??ちなみに監督のミヒャエル・ハネケはドイツ・ミュンヘン生まれ、現在はオーストリア・ウィーン在住。まあ黒澤明がソヴィエト連邦で撮った「デルス・ウザーラ」を日本代表で出品するようなもんだね(実際はソ連代表としてオスカーを受賞)。

老いとか夫婦愛をしっかり見つめた立派な映画。しかしテーマやプロットは目新しいものではなく、結末も想定内で「これが世間を騒がせるほどの傑作かぁ?」と僕は甚だ疑問に感じた。

正直、ハネケとは「白いリボン」でも相性が悪かったんだよね。

近年アカデミー外国語映画賞を受賞した作品なら、「おくりびと」(日本)とか、「未来を生きる君たちへ」(デンマーク)、「別離」(イラン)等の方が僕は断然好きだな。

史上最高齢(85歳)でアカデミー主演女優賞にノミネートされたエマニュエル・リヴァはアラン・レネ監督「二十四時間の情事」(1959)で有名だが、このフランス語の原題は「ヒロシマ・モナムール」(Hiroshima, mon amour)。正に《アムール女優》だね!

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染丸・文華/繁昌亭昼席

3月14日(木)繁昌亭昼席へ。

  • 桂そうば/時うどん
  • 笑福亭笑介/延陽伯
  • 桂春若/A型盗人 (小佐田定雄 作)
  • 旭堂南華/講談「徂徠豆腐」(そらいどうふ)
  • 桂枝曾丸/煮売屋
  • 桂文華/八五郎坊主
  • 笑福亭遊喬/犬の目
  • 古今亭志ん橋/熊の皮
  • サンデー西村/バイオリン漫談
  • 林家染丸/掛取り

「A型盗人」は桂九雀さんの持ちネタで一度は聴きたいと想っていたのだが、意外な形で実現した。ただ現代が舞台なのに古臭いというか、あまり面白くなかった。残念。

文華さんはリズム感、スピード感が抜群で爆笑だった。

染丸さんは昨年末脳梗塞で倒れられて以降、初めて聴く高座だった。若干言葉の不自由を感じたが、想像した(←例えば六代目・笑福亭松鶴の晩年)程ではなく、これならリハビリが進めば問題ないんじゃないかと感じた。四肢に片麻痺はなさそうで一安心。ハメモノ(音曲)がふんだんに入るネタで、賑やかで愉しかった。

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映画「横道世之介」

評価:A+

TwitterのTL(タイムライン)で話題沸騰していて興味を持ったので、映画館に足を運んだ。上映時間が160分という情報以外、予備知識ゼロ。監督も出演者も知らない真っ白な状態で観た。僕は時々こういう冒険をする。推す人々の言葉に耳を傾け、思い切ってそれに身を委ねるのだ。信頼が全て。ハズレることは殆どない。そこから未知の、新しい世界が広がってゆく。

Yoko

公式サイトはこちら

原作は吉田修一。2010年柴田錬三郎賞を受賞、本屋大賞第3位。長崎出身で法政大学経営学部に入学するという主人公の設定は原作者のプロフィールと同じ。脚本・監督は「南極料理人」で商業映画デビューした沖田修一。35歳、若いね!

映画はダサい新宿駅から、長崎から上京したダサい新入生が現れるところから始まる。駅前ではダサいアイドル(もどき)が歌っている。斉藤由貴の"AXIA"の大看板があるので、1986年頃だと分かる(丁度、原作者自身が大学に入学した頃だ)。「ねるとん」(紅鯨団、1987年10月放送開始)というキーワードが出てくるし、友人に子供が生まれた際ネームプレートに1988年と明記されている。

ダサい大学キャンパス(後に新校舎完成)にダサい下宿、そしてダサいサンバを踊るサークル(ラテンアメリカ研究会)。この映画はダサいもので埋め尽くされている。しかし何故か観ていて心地いい。それは同じ時代を生きてきた者にしか判らない《世代的共感》であるのかも知れない。そして僕は気が付いた。「そうだ、何時だって青春はダサいんだ!」と。例えば「東京ラブストーリー」(1991)に描かれたような、お洒落でトレンディーな青春なんて端から現実には存在しなかったのだ。そういう意味でこの映画が描く青春は僕にとってリアルでヴィヴィッドなのだ。

ヒロインの吉高由里子がいい。それからNHK大河ドラマ「八重の桜」で悲劇の会津藩主・松平容保を(常に涙目で)演じ、大ブレイク中の綾野剛が本作ではゲイ役で登場し、これがまたはまり役で驚いた。本当に素晴らしい新人が現れたものだ。

長尺だが一瞬たりとも退屈することはなかった。僕は同じ吉田修一原作の「パレード」や「悪人」より、断然本作の方が好きだな。

昨年の「桐島、部活やめるってよ」といい、本作といいい、才能豊かな新人作家がどんどん現れて(アニメーションには「おおかみこどもの雨と雪」の細田守がいる!)、日本映画の未来は明るいなと嬉しくなった。

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蘭寿とむ主演/宝塚花組「オーシャンズ11」

宝塚大劇場へ。再演となる花組「オーシャンズ11」を観劇。

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初演の感想は下記。

台本・演出は宝塚歌劇団のエース、小池修一郎。オーシャンと11人の仲間の物語だから、男役中心の宝塚にピッタリの題材。はっきり言ってスティーヴン・ソダーバーグが監督し、ジョージ・クルーニー、ブラッド・ピット、ジュリア・ロバーツらが出演した映画版より断然面白い。初演のレビューにも書いたが、僕はオーシャンがそれぞれ専門分野のプロフェッショナルを集めてくる過程が好きだな。

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蘭寿とむは宝塚音楽学校時代、入学から卒業まで成績が首席の座を一度も譲らなかったという実力派。華がないのが残念だが、安定した歌唱力、切れのあるダンス力共に申し分なし。特に踊りは組の中でもダントツだろう。格好良かった。

敵役(ベネディクト)の望海風斗も好演。

娘役の蘭乃はなは歌も踊りもそこそこだが、美人なので○。

「エリザベート」「スカーレット・ピンパーネル」「ロミオとジュリエット」など海外ミュージカルは別格として、宝塚オリジナル作品としては音楽の出来もいいし、最高峰の完成度ではなかろうか?足繁く通っても中々これ以上のものにお目にかかれるものではない。必見! 

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ミュージカル映画、今後の展望

ミュージカル映画「レ・ミゼラブル」が世界中で空前の大ヒットを飛ばしている。日本で12月に公開された本作が、まさか3月現在までロングランになるとは予想だにしなかった。

1950年代「雨に唄えば」「バンド・ワゴン」「パリのアメリカ人」などMGMミュージカルで頂点を極めたブームは、1960年代に「ウエストサイド物語」「マイ・フェア・レディ」「サウンド・オブ・ミュージック」といった名作を生んだ。1970年代になると明らかに衰退し、近年では《ミュージカル映画は当たらない》というジンクスがまことしやかに囁かれるようになっていた。

しかし21世紀になって風向きが変わり始めた。ロブ・マーシャル監督「シカゴ」(2002)がアカデミー作品賞を受賞したのである。ミュージカル映画が作品賞に輝くのは「オリバー!」(1968)以来、実に34年ぶりの快挙であった

2008年に公開された「マンマ・ミーア!」は、なんとイギリスで「タイタニック」の興行成績を塗り替える大ヒットとなり、ギリシャでもオープニング興行成績が歴代1位となった。《ミュージカル映画は当たる》時代が到来したのである。

「レ・ミゼラブル」のプロデューサー、キャメロン・マッキントッシュが次に考えているのは間違いなく、同じ作詞・作曲家コンビによるミュージカル「ミス・サイゴン」映画化だろう。ベトナム戦争を背景としテーマが重厚だし、十分アカデミー作品賞を狙える作品である。はっきり言って「レ・ミゼ」より映画向き。僕も大いに期待している。

「オペラ座の怪人」「キャッツ」のアンドリュー・ロイド=ウェバーが長年暖めているのが「サンセット大通り」。監督が「タクシー・ドライバー」「ヒューゴの不思議な発明」のマーティン・スコセッシにほぼ決まりかけた時期もあった。主役ノーマ・デズモンドの候補に上がった女優はグレン・クローズ、ライザ・ミネリら。脚本家ジョー・ギリス役はオーストラリア公演で同役を演じたこともあるヒュー・ジャックマンでお願いしたい。

ヒュー・ジャックマンと言えば、彼が演りたがっていたロジャース&ハマースタインの「回転木馬」再映画化の話はどうなったのだろう?記事は→こちら

次に映画化が既に決まっている作品をご紹介していこう。

まずはスティーヴン・ソンドハイム作詞・作曲「イントゥ・ザ・ウッズ(Into the Woods)」。監督は「シカゴ」のロブ・マーシャル。赤ずきんちゃんやジャックと豆の木、シンデレラなど童話の主人公たちがたくさん登場するファンタジックな作品。僕は宮本亜門演出で舞台版を観ている。

「リトル・ダンサー」「ものすごくうるさくて、ありえないほど近い」のスティーヴン・ダルドリー監督は「ウィキッド」を準備中。「オズの魔法使い」前日譚である。

またバーブラ・ストライザンドがミュージカル「ジプシー」再映画化に出演する可能性も取り沙汰されている。

アニメ「サウス・パーク」で人気者となったトレイ・パーカーとマット・ストーンはブロードウェイに乗り込み「ブック・オブ・モルモン」でミュージカル作品賞・演出賞・楽曲賞など9部門を制覇。映画化のプロジェクトが着々と進んでいる。

ビヨンセ主演、クリント・イーストウッド監督で4度目の映画化となる「スター誕生」は撮影直前の段階になりビヨンセの妊娠が発覚、延期となったが、果たして再開されるのかどうか……。ビヨンセはディズニー版「アイーダ」(作詞:ティム・ライス、作曲:エルトン・ジョン)も期待したい。

あとマックG監督でトニー賞受賞の「春のめざめ」が動いており、同じくトニー賞受賞した「ジャージー・ボーイズ」はコロンビア・ピクチャーズ、ワーナー・ブラザーズが製作を検討したが断念。現在暗礁に乗り上げている。

ウィル・スミスがプロデューサーのミュージカル映画「アニー」は当初、娘のウィロウ・スミスが主役を務める予定だったが、製作が遅れ12歳になってしまったので諦めた。「ハッシュパピー ~バスタブ島の少女~」で史上最年少アカデミー主演女優賞にノミネートされたクヮヴェンジャネ・ウォレス(9歳)が現在交渉に入っている。オリジナル版は大恐慌直後1930年代ニューヨークが舞台となるが、今回は設定を現代に移し、有色人種がアニーを演じるのがミソ。1982年にジョン・ヒューストン監督が映画化しているが駄作。しかし「シカゴ」のロブ・マーシャルが監督・振付したディズニー提供テレビ版「アニー」(1999)は大傑作だった。キャシー・ベイツや、トニー賞受賞者のアラン・カミング、クリスティン・チェノウェス、オードラ・マクドナルド(1970年生まれの彼女は既にトニー賞を5回!受賞している)など出演者が豪華。アニー役のアリシア・モートンも可愛い。超オススメ。閑話休題。

「アメリカン・ビューティ」「007 スカイフォール」のサム・メンデス監督は一時ソンドハイム作詞・作曲の「フォーリーズ」映画化を企画していたが、現在どうなっているかは不明。メンデスは昔「スウィニー・トッド」も暖めていたが、これを放棄しティム・バートンが実現した経緯がある。

サム・メンデスとロブ・マーシャルが共同演出でトニー賞のリヴァイヴァル作品賞に輝いた「キャバレー」は是非どちらかの監督で再映画化して貰いたい。ライザ・ミネリがオスカーに輝いたボブ・フォッシー監督版は優れているが、楽曲の約半分がカットされていることに不満が残る。

あと僕が映画化して欲しいのはソンドハイムの「リトル・ナイト・ミュージック」。イングマール・ベルイマン監督のスウェーデン映画「夏の夜は三たび微笑む」が原作である。ソンドハイムが黒船来航をテーマにした「太平洋序曲」もいいんじゃないかな?

様々な人種が織りなす人間模様を描く「ラグタイム」も希望する。「カッコーの巣の上で」「アマデウス」のミロシュ・フォアマン監督が以前同じ原作を映画化したが、非ミュージカルだった。

ブロードウェイ/ウエストエンド以外のミュージカルに目を向けると、映画として観たいのは小池修一郎・作演出「MITSUKO ~愛は国境を超えて~」、ウィーン・ミュージカル「エリザベート」、フレンチ・ミュージカル「壁抜け男」「ロミオとジュリエット」等である。三谷幸喜さんには近い将来ミュージカル映画を撮って貰いたい。「オケピ!」でもいいが、出来ればオリジナルで。

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ビルボード提供「ヴィーナスクラシックス」~村治佳織(ギター)&マティアス・シュルツ(フルート)

3月3日(日)、兵庫県立芸術文化センターへ。村治佳織ギターリサイタル。

僕は1995年1月31日に広島郵便貯金ホールで彼女の演奏を聴いている。グイド・マリア・グイダ指揮イタリア国立放送交響楽団との共演で、カステルヌオーヴォ=テデスコ/ギター協奏曲 第1番だった。彼女が16歳の時だ。 華奢で可憐な少女だった。その頃から既に完成されたテクニックを持っていた。

Muraji

今回のゲストは当初ウィーン・フィル首席ヴォルフガング・シュルツの予定だったが、彼は過去に心臓手術を受けており今回ドクター・ストップがかかり、息子のマティアス・シュルツ(ウィーン国立歌劇場フルート奏者)に交代した。

前半(ギター・ソロ)

  • モンポウ/「コンポステラ組曲」より
     
    プレリュード~コラール~ムニェイラ
  • ビー・ジーズ/愛はきらめきの中に
  • 坂本龍一/プレリュード
  • 坂本龍一/戦場のメリークリスマス
  • ドメニコーニ/コユンババ

後半(フルートとのデュオ)

  • バルトーク/ルーマニア民俗舞曲
  • ピアソラ/「タンゴの歴史」より II. カフェ1930
  • 武満徹/アルト・フルートとギターのための「海へ」
  • フランセ/フルートとギターのためのソナタ

アンコール

  • ピアソラ/「タンゴの歴史」より IV. 現代のコンサート
  • スペイン民謡/禁じられた遊び(愛のロマンス)

スペイン北部・カタルーニャ州(カザルスの演奏で有名な「鳥の歌」はカタルーニャ民謡)出身の作曲家モンポウは囁くようなピアノ曲「秘密」が大好きだ。

今回初めて彼のギター作品を聴いた。繊細で優しく、慰めに満ちた音楽。たちまち魅了された。

坂本龍一は左翼的言動があれだけど、「八重の桜」も含めやはり作曲家としては天才だね。「プレリュード」は2011年東日本大震災の後、村治さんのために書かれた曲で、坂本がピアノ譜で書き、佐藤弘和 氏がギター用に編曲した。「戦場のメリークリスマス」も。元々、村治さんは吉永小百合から坂本を紹介されたそう。

カルロ・ドメニコーニ(1947- )はイタリアのギター奏者、作曲家。「コユンババ」はトルコに滞在した時の印象を書いたものだそう。調弦が全く異なるのでギターを替えて演奏。スペイン音楽とは異質で、技巧的な作品だった。

ピアソラの「タンゴの歴史」と武満の「海へ」はオリジナルの編成だが、この組み合わせに接する機会が滅多にないので、初めて生で聴けて嬉しかった。

タンゴの歴史」は哀感漂い、愛おしい。「海へ」はアルト・フルートを尺八のように使っているのがユニーク。書かれた音符と音符の〈行間を読む(聴く)〉印象。

フランセは1912年に作曲されたという。小粋で愉しい音楽。

マティアスは音色・テクニックとも申し分なし。極めて選曲が優れた、満足度の高いコンサートだった。

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Unforgettable 《私家版ナショナル・ストーリー・プロジェクト》

「ねえ、あれN先生じゃない?」夕方NHK岡山のローカルニュースを見ていた母が僕に言った。テレビには瀬戸大橋の建設に反対する人々が映っていた。理由は瀬戸内海の美観を損ねるからだそう。「あ、本当だ!」

ロッキード事件で世間が騒然となり、岡山ー博多間の新幹線が開通した頃の話だ。僕は国立大学の教育学部附属小学校に通っていた。大学生の教育実習があったり、担任が全教科を教えなかったり、通常の公立学校とは異なるカリキュラムだった。N先生は道徳の授業を担当していた。

VHSも無い時代で、先生は学校の業務用ビデオに録画したTVシリーズ「ホロコースト -戦争と家族-」を僕らに観せた。ナチスによるユダヤ人大量虐殺の物語だ。またフランス映画「禁じられた遊び」をビデオ鑑賞後、「禁じられた遊びとは何か?」と問うた。同級生たちが「盗んだ十字架を使った動物の葬式ごっこ」などと答える中、手を上げた僕は「戦争!」と答えて褒められたりもした。

今から考えると先生はかなり思想的に偏っていた人だったのだと思う。「小学生相手にそんなこと教えるのはどうなん?」という疑問もある。しかし少なくとも言えるのは先生は信念の人だったし、子供心に鮮烈な印象を受けたという事実である。

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再びAKB48「So long ! 」MVについて/大林宣彦 擁護論

この記事は下記を補完するものである。

予想された通り、「So long !」発売後、ミュージック・ビデオ(MV)の内容を廻り、賛否両論熱いバトルが展開されている。意外だったのは肯定派が多かったこと。僕は3:7くらいで否定的意見が大勢を占めるのかと想像していたのだが、蓋を開けてみると概ね〈50/50 フィフティ・フィフティ〉かな?Amazonレビューを見ても気持ちいいくらい意見が割れている。

しかし考えてみると、これだけの論争を巻き起こす作品って最近では劇場公開映画でも滅多にお目にかかれないのではないだろうか?「話題になってこそナンボ」だ。無難な凡作に価値はない。この異形の問題作を世に出すと決めた秋元康プロデューサーの勝利と言えるだろう。

AKBヲタの代表として、漫画家・小林よしのり氏の意見をご紹介しよう→こちら! ちなみによしりん先生は元々、大島優子推しだったが、最近は市川美織(みおりん)や渡辺美優紀(みるきー)に傾いているみたい。ご本人はDD(誰でも大好き)と仰っているけれど。

「こんなクソMV撮りやがって。大林宣彦を絶対許せない!」と怒り、嫌悪しているヲタたちの意見をざっと読んでみると、彼らの非難は概ね以下に要約できるのではないだろうか。

  • 合成(特撮)がチープ
  • 内容が説教臭く、ウザい
  • 画面が暗く、メンバーたちの顔がよく見えない

全く仰る通り、ごもっともだ。アイドルMVの役割は彼女たちをより可愛らしく、魅力的に描くことであり、彼女たちがはち切れんばかりの笑顔で飛び跳ねている姿を見て「萌え~」っとなることだと定義するなら、「So long ! 」は余りにもかけ離れた存在であり、そういう意味では明らかに失格だろう。

しかし古くからの大林映画フリークの立場から観ると、これは立派な64分の映画(A MOVIE)である。大林監督は16mm個人映画「EMOTION 伝説の午後 いつか見たドラキュラ」(1967)を撮った頃からちっとも変わっておらず、アヴァンギャルド(前衛芸術)精神を貫いているなぁと嬉しくなる。勿論、それをアイドル相手にしていいことなのか?俺たちには関係ねーよ、と言われたら返す言葉はない。つまり「So long ! 」MVは本来存在してはならない、禁断の果実なのだ(←ヲタにとっては”腐った果実”だろう)。

それでは各項目について擁護を始めよう。

「合成がチープ」 : 好き嫌いは別にして、これは映像作家・大林宣彦のスタイルである。商業映画デビュー作「ハウス HOUSE」から、「ねらわれた学園」「漂流教室」「水の旅人」「この空の花 -長岡花火物語」もみなそう。要するにわざとなのだ。「映画とは花も実もある絵空事」であり、電気紙芝居なんだよというメッセージである。それが嫌という人がいるのは当然だろう。元々縁がなかったんだね、と諦めて貰うしかない。前田敦子には沢山のファンがいたけれど、それに匹敵するだけアンチがいた。それと同じ事。アンチを産まないものは大したことないのである。

「内容が説教臭く、ウザい」 : 「So long !」という作品は「この空の花」の続編であり、前作のエッセンスを凝縮し、戦争・爆弾・花火・大震災・原発事故を結ぶ教育映画なのだ。「何でアイドル使ってそんなことするんだ?」って疑問に想うのは当たり前だろう。「花がれき」とか、長岡市が震災がれきを受け入れた意義とか、いまどうしても伝えたいことが沢山あった。そうした要素が詰め込まれた密度の濃い作品に仕上がっている。AKB48も被災地の復興をテーマにした「風は吹いている」を歌い、支援するミニ・コンサートをこの2年間、毎月現地で行なってきた。中々出来る事じゃない。そんなアイドル、他にいる?つまり大林監督とAKB48両者の被災地復興への願い、”未来”への”夢”がひとつに結びついたのが本作なのだ。その想いこそ、僕はしっかりと受け止めたい。

「画面が暗く、メンバーたちの顔がよく見えない」 : 原田知世主演「時をかける少女」とか石田ひかり主演「ふたり」の時代、大林映画の照明はしっかり当たっていた。しかし確かに「So long !」の照明は不十分で、例えば「天国の日々」「ツリー・オブ・ライフ」のテレンス・マリック監督みたいに、レフ板を使用せず自然光だけで撮っているんじゃないかと想われる場面もある。どうしてなんだろう?と僕はしばし考えた。

大林監督は生者と死者が同居する映画を撮り続けてきた。「ふたり」「あした」「異人たちとの夏」「この空の花」などがそれに該当する。監督は2010年に心臓を患い、手術を受けた。僕が推測するに生死を彷徨ったその体験以降、作風はより一層、死者の側に引き寄せられたのではないか?こうして画面は沈んでいった。本作は棺桶に片足を突っ込んだ老人(75歳)が、若者に託した遺言みたいなものだ。死んだ妻を取り戻すために冥府に入ったギリシャ神話のオルフェウスとか、監督が愛してやまない福永武彦最後の小説「死の島」で喩えるなら、現世と「死の島」を行き来するカロンの艀(はしけ)に乗った情景を想像してみて欲しい。あの感覚だ。あっ!そういえば小説「死の島」は広島で被爆した女性がヒロインだった。「この空の花」「So long !」に繋がっている。

Tod2

「So long !」は生者と死者だけではなく、過去と現在、フィクションとドキュメンタリーも同居している。つまりメタフィクション (Metafiction)でもある。この混沌(Chaos)こそ、本作の真髄と言えるだろう。そこには暴走老人の狂気すら感じられるのである。

だから「So long !」を観た、健康な若い人たちが「意味が分からない」「得体が知れない」「不気味だ」と戸惑うのはごく自然な反応である。それでいいんだ。

大林宣彦、空恐ろしいアーティストである。

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進化する21世紀のカルテット/ハーゲン弦楽四重奏団

2月28日(木)いずみホールへ。

ハーゲン弦楽四重奏団のコンサート。オール・ベートーヴェン・プログラムで、

  • 弦楽四重奏曲 第1番 ヘ長調
  • 弦楽四重奏曲 第16番 ヘ長調
  • 弦楽四重奏曲 第7番 ヘ長調「ラズモフスキー第1番」

最初と最後の曲に中期のものを組み入れるという面白い構成。しかも全てヘ長調で統一されている。明朗な、日溜まりの音楽。作曲家のダーク・サイドは封印された。

今やベートーヴェンの交響曲を古楽器で演奏するとか、モダン楽器でピリオド・アプローチするのは当たり前になった。

しかし実は弦楽四重奏の世界で、ピリオド・アプローチの解釈に遭遇する事は稀である。理由は不明だが、このジャンルは明らかに立ち遅れている。例えばウィーン・コンツェントゥス・ムジクスの団員によって結成されたモザイク四重奏団はベートーヴェンの初期弦楽四重奏しか録音していないし、クイケン四重奏団は中期(ラズモフスキー・セット)までである。

だから今回、初めて生でピリオド・アプローチによる四重奏を体験した。ハーゲンの場合、弓を弦に当てた直後に奏でられる頭の部分と音尻は徹底してノン・ヴィブラート。伸ばした音の中腹で装飾的にヴィブラートを掛けるという手法だった。これが衝撃的にいい!pure tone(←ノリントン命名)の美しさに惚れ惚れした。

第1番 第1楽章の提示部はのびやか。しかし決して音楽は弛緩しない。展開部は激しく畳み掛ける。エッジが効いて切れ味鋭いが、決して攻撃的にはならない。知性のひらめきがあった。初期の作品だが、そこには明らかに後のベートーヴェンが刻印されていることが認知出来た。

全体を通して彼らの演奏から伝わってきたのは「ヴィブラートは決して常態として(恒常的に)用いるのではなく、ここぞという時の武器なのだ」という強い意志である。

弦楽四重奏団はヴィオラが弱いとそれが致命的欠陥になる得る。しかしヴェロニカ・ハーゲンは力強く雄弁だった。アルバン・ベルクSQが解散したいま、ハーゲンSQこそ世界最高のカルテットなのではあるまいか。

20世紀に常識だったcontinuous vibrato(ヴィブラートの垂れ流し)は害悪でしかない、と認識を新たにした夜であった。

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