15年くらい前からインターネットを利用するようになり、クラシック音楽系のブログやツイッターを色々と読んで来た。そこで気付いたことがある。クラシック・ファンのうち、約8割の人々は普段オーケストラ曲かピアノ曲しか聴いていないという驚くべき実態である。
男性ファンの場合、オーケストラしか聴かないという人が多い。やはり派手で分かりやすいからだろう。あるブロガーが(自分が足を運んだ)「コンサート年間ベストテン」という企画を公表していて、それが全てオーケストラの演奏会だったのには呆れた。多分本人はその不自然さすら自覚していないだろう。女性の場合はそれにピアノ曲が加わる。多分幼い頃からピアノを習っていて、親しむ機会が多かったからではないかと推測する。
しかし一方で、弦楽四重奏曲など室内楽について語っている人たちは余りにも少ない。嘘だと思われるのなら検索してみて下さい。
試しに、身近にいるクラシック音楽ファンに次の質問を投げかけてみよう。
「あなたはベートーヴェン(あるいはブラームス)の交響曲を全部聴いたことがありますか?」
恐らく9割以上の人はYESと答えるだろう。では次の質問はどうだろう?
「あなたは16曲あるベートーヴェンの弦楽四重奏曲のうち5曲以上聴いたことがありますか?」あるいは「フォーレ(ドビュッシー/ラヴェル)の室内楽曲を聴いたことがありますか?」でもいい。
賭けてもいい。YESと答えられる人は1割を切る筈だ。
という訳で、少しでも多くの方々に室内楽の魅力を知って欲しい、その森の深さ、豊穣さを味わって貰いたいというのがこの記事を企画した趣旨である。
3ヶ月の準備期間を費やし300曲以上を集中的に聴き、その中から自信を持ってお薦め出来る80曲を厳選した。些か多すぎるかな?という気もするので、さらに優先順位を絞り、まず手始めにトライして欲しい究極の25曲を赤字で示した。
なお、室内楽とは「2人以上10人以下のアンサンブル」と定義した。つまりピアノ・ソナタや他楽器の無伴奏ソナタは器楽曲の範疇となる。また1作曲家1曲のみに制約した。
リストは大まかに作曲された年代順に表示しているが、あまり厳密ではない。ご了承下さい。
また例えば弦楽四重奏やピアノ三重奏に偏ることがないよう、木管五重奏や金管五重奏、ヴィオラ・ソナタ、打楽器アンサンブルなどバラエティに富むよう心掛けたつもりである。
これはあくまで「室内楽の森」への入り口をご案内するものである。もしこの中で気に入られた曲があれば、更にその奥に広がる深遠なる世界へとご自身で進んで頂きたい。それが僕の願いである。
- フランソワ・クープラン/王宮のコンセール 第4番 ホ短調
- ルクレール/ヴァイオリン・ソナタ ニ長調 Op.9-3
- テレマン/フルートとリコーダーのための協奏曲
- J.S.バッハ/音楽の捧げもの
- C.P.E.バッハ/フルート・ソナタ「ハンブルク・ソナタ」 WQ.133
- ハイドン/弦楽四重奏曲 Op.20 No.5(「太陽四重奏曲」集より)
- モーツァルト/アダージョとフーガ
- ベートーヴェン/弦楽四重奏曲 第14番
- シューベルト/弦楽四重奏曲 第15番
- メンデルスゾーン/ピアノ三重奏曲 第1番
- シューマン/ピアノ五重奏曲
- ヴェルディ/弦楽四重奏曲
- マーラー/ピアノ四重奏曲 断章
- スメタナ/弦楽四重奏曲 第1番「わが生涯より」
- グリーグ/弦楽四重奏曲
- ブルックナー/弦楽五重奏曲
- ボロディン/弦楽四重奏曲 第2番
- チャイコフスキー/ピアノ三重奏曲「偉大な芸術家の思い出に」
- ライネッケ/フルート・ソナタ「ウンディーネ」
- フランク/ヴァイオリン・ソナタ
- ブラームス/弦楽五重奏曲 第2番
- ドヴォルザーク/ピアノ三重奏曲 第4番「ドゥムキー」
- ドホナーニ/ピアノ五重奏曲 第1番
- ショーソン/ヴァイオリン、ピアノと弦楽四重奏のためのコンセール(協奏曲)
- ドビュッシー/弦楽四重奏曲
- アレンスキー/ピアノ三重奏曲 第1番
- シェーンベルク/浄められた夜(弦楽六重奏版)
- ラヴェル/序奏とアレグロ(七重奏曲)
- フォーレ/ピアノ五重奏曲 第1番
- ツェムリンスキー/クラリネット、チェロとピアノのための三重奏曲
- サン=サーンス/チェロ・ソナタ 第2番
- ルーセル/ディヴェルティスマン(ディベルティメント)
- シベリウス/弦楽四重奏曲 作品56「親愛なる声」
- ブリッジ/幻想的ピアノ四重奏曲
- コダーイ/ヴァイオリンとチェロのための二重奏曲
- ディーリアス/弦楽四重奏曲
- ヒンデミット/ヴィオラ・ソナタ 作品11-4
- レスピーギ/ドリア旋法による弦楽四重奏曲
- ガーシュウィン/3つの前奏曲
- ベルク/抒情組曲(ソプラノと弦楽四重奏のための原典版)
- フランツ・シュミット/弦楽四重奏曲 ト長調
- ロージャ/ハンガリー農民の歌による変奏曲
- バルトーク/弦楽四重奏曲 第5番
- ヤナーチェク/弦楽四重奏 第2番「ないしょの手紙」
- イベール/木管五重奏のための3つの小品
- ゴーベール/フルート・ソナタ 第3番
- コルンゴルト/弦楽四重奏曲 第2番
- メシアン/世の終わりのための四重奏曲
- ケージ/4つのパートのための弦楽四重奏曲
- プーランク/フルート・ソナタ
- フランセ/木管五重奏曲 第1番
- カステレード/笛吹きのヴァカンス
- コープランド/六重奏曲
- ブリテン/ラクリメ-ダウランド歌曲の投影
- ヴィラ=ロボス/ショーロの形式による五重奏曲
- ヒナステラ/弦楽四重奏曲 第1番
- バーンスタイン/クラリネット・ソナタ
- プロコフィエフ/フルート・ソナタ
- ショスタコーヴィチ/弦楽四重奏曲 第8番
- バーバー/夏の音楽
- ハーマン/航海の想い出
- リゲティ/弦楽四重奏曲 第2番
- アーノルド/金管五重奏曲 第1番
- ウォルトン/ピアノ四重奏曲
- 黛敏郎/プリペアド・ピアノと弦楽のための小品
- ロータ/九重奏曲
- ペルト/フラトレス
- 武満徹/雨の樹
- ピアソラ/ル・グラン・タンゴ
- コリリアーノ/ヴァイオリン・ソナタ
- グレツキ/弦楽四重奏曲 第2番「幻想曲風に」
- ライヒ/ディファレント・トレインズ
- 吉松隆/デジタルバード組曲
- グラス/弦楽四重奏曲 第3番「MISHIMA」
- ナイマン/ソングス・フォー・トニー(サクソフォン四重奏)
- ドアティ/歌え!フーヴァーFBI長官
- カプースチン/フルート、チェロとピアノのための三重奏曲
- マッケイ/ブレイクダウン・タンゴ
- 譚盾 (タン・ドゥン)/Shuang Que
- ヴァスクス/弦楽四重奏曲 第2番「夏の歌」
- グバイドゥーリナ/弦楽四重奏曲 第4番
全ての曲はナクソス・ミュージック・ライブラリー(NML)で試聴可能である→こちら!加入して1年経過したが、豊穣なライブラリーで毎日充実したミュージック・ライフを堪能している。
さて、今回《その1》では赤字で示した究極の25曲について解説する。
ジャン=マリー・ルクレール(1697-1764、フランス)のヴァイオリン・ソナタはOp.5-7もいい。格調高く、品がある。ルクレールはルイ15世より王室付き音楽教師に任命されるが、地位をめぐる内部抗争で辞任、ハーグの宮廷楽長となった。しかし晩年は貧民街に隠れ住むようになり、惨殺死体となって発見されるという劇的最後を遂げる。犯人は未だ不明。なんともミステリアスだ。寺神戸亮かサイモン・スタンデイジによるバロック・ヴァイオリンの演奏でどうぞ。
テレマン(1681-1767)で協奏曲を取り上げるのが反則技だということは十分自覚している。しかしどうしてもフルートとリコーダーのための協奏曲にしたかった。何故なら、紛れもなくテレマンの最高傑作だからである。これは僕だけの私見ではなく、例えば日本テレマン協会の指揮者・延原武春さんも「テレマンの中で一番いい曲」と仰っている。最近は10人弱の小編成で演奏されることも多く、決して室内楽の定義から逸脱していない。作曲されたのはバロック音楽から古典派への移行期。表舞台から消え去ろうとするリコーダーと、それに代わって台頭しつつあったフルート(フラウト・トラヴェルソ)とのつかの間の邂逅。なんとも切なくなる。颯爽とした終楽章 プレスト(舞曲)が秀逸。お勧めはスタンデイジ/コレギウム・ムジクム90の演奏。
バッハ/マタイ受難曲が人類の至宝・究極の音楽遺産であることは周知の事実である。しかし編成が大きい(独唱、合唱、オーケストラ)。次に僕が好きなバッハ作品と考えて思い浮かんだのは無伴奏チェロ組曲、ゴルトベルク変奏曲(チェンバロ独奏)、パッサカリアとフーガ ハ短調 BWV582(オルガン独奏)などだが、いずれも室内楽には当てはまらない。こうして逡巡した挙句「音楽の捧げもの」にたどり着いた。この曲集はフリードリッヒ大王から与えられた主題に基づいている。この《大王のテーマ》が格好いい。フリードリヒ2世自身の作曲ではないという説もあるようだが、大王はフルートの名手として知られ、フルート・ソナタやフルート協奏曲など多数作曲している(エマニュエル・パユも録音している)。「音楽の捧げもの」は3声・6声のフーガ(リチェルカーレ)、10曲のカノン(謎カノン)、トリオ・ソナタなどから構成される。お勧めのCDはモダン楽器使用ならリヒター、ニコレらによる録音。古楽器ならトン・コープマン/アムステルダム・バロック管とかクイケン3兄弟など。
弦楽四重奏曲 第14番は恐らく、ベートーヴェンが作曲した全作品中、最高傑作であろう。昨年亡くなった音楽評論家・吉田秀和さんも「私の好きな曲」(ちくま文庫)でこの曲を選出されている。哲学的啓示に富み、深い。映画「鍵泥棒のメソッド」では重要なガジェット(小道具)として使用されており、秀逸である。お勧め!なお、ベートーヴェン後期SQ、第13-16番はいずれも劣らぬ傑作揃いである。アルバン・ベルク四重奏団を推奨。
シューマンの室内楽曲といえば、誰もが迷うことなくピアノ五重奏曲を選ぶだろう。作曲されたのは1842年でシューマンが32歳の時。その2年前にクララ・ヴィークの父親相手に起こした裁判を勝ち、彼女と結婚している。作曲家が最も幸福で充実した日々を送っていた頃の作品である。甘美な夢を描く音楽の花束。リヒテル&ボロディン四重奏団かアルゲリッチ&フレンズあたりでどうぞ。
チャイコフスキーはノスタルジックなアンダンテ・カンタービレ(第2楽章)で有名な弦楽四重奏曲 第1番とか、凛として覇気がある弦楽六重奏曲「フィレンツェの思い出」も捨てがたい魅力を持っている(ボロディン弦楽四重奏団を中心とする演奏を推奨)。「偉大な芸術家の思い出に」(1882年)はピアニストで旧友ニコライ・ルビンシテインへの追悼として書かれた、哀しみに満ちた音楽である。ピアノ協奏曲第1番はニコライに初演を拒否され、書き直しを勧められたことは有名。ギドン・クレーメルが録音した2種類のディスクでどうぞ。あと、スーク・トリオとか。
フランク/ヴァイオリン・ソナタ(1886年)のイメージはアンニュイ。気怠い午後、野外テラスで紅茶でも飲みながらゆったりと耳を傾けたい、そんな音楽である。これはデュメイ&ピリスでしょう。セザール・フランクはベルギーに生まれ、フランスで活躍した。教会オルガニストだったということは頭の片隅に置いておくべきだろう。このヴァイオリン・ソナタは同郷のヴァイオリン奏者ウジェーヌ・イザイの結婚祝いとして献呈された。イザイ自身も無伴奏ヴァイオリン・ソナタなど作曲家としても知られている。
ブラームスとフォーレは室内楽作曲家として稀代の名手である。ブラームスの3つの〈ヴァイオリン・ソナタ、弦楽四重奏曲、ピアノ三重奏曲、ピアノ四重奏曲〉、2つの〈弦楽五重奏曲、弦楽六重奏曲、クラリネット・ソナタ、チェロ・ソナタ〉、そしてクラリネット五重奏曲、クラリネット三重奏曲、ホルン三重奏曲など名作揃いで甲乙つけ難い。その中で演奏機会が少なく、あまり知られてない弦楽五重奏曲 第2番を選んだ。ブラームスの、特に後期作品の特徴は「憂愁」と「諦念」、「渋み」である。これほど秋が似合う作曲家はいない。弦楽五重奏曲 第2番(1890年)はト長調という調性のためか彼の作品としては比較的晴れやかで、前向きなものとなっている。ブランディス四重奏団か、アマデウス弦楽四重奏団の演奏がお勧め。
ドヴォルザーク/ドゥムキーは6楽章形式で、ソナタ形式の楽章がひとつもないという自由さが特徴。1891年に完成され、翌年作曲家は米国に渡った。ドゥムキーとは19世紀にスラブ系諸国で流行した民族色の濃い歌謡または器楽曲=ドゥムカの複数形。ポーランドが起源とされ、ショパンやチャイコフスキーの作品にも影を落としている。非常に民族色豊かな楽曲。スーク・トリオでどうぞ。また、渡米後に作曲された弦楽四重奏曲 第12番「アメリカ」が余りにも有名だが、僕がお勧めしたいのは第13番の方。ここにも新大陸の風が薫る。こちらはアルバン・ベルク四重奏団の演奏でどうぞ。
ドビュッシーとラヴェルは当初、カップリングとして1つのCDに収められることの多い両者の弦楽四重奏曲を取り上げるつもりでいた(推薦盤:アルバン・ベルク四重奏団)。しかしそれでは芸がないので、ちょいと予定を変更。
ドビュッシーはフルート、ヴィオラとハープのためのソナタとか、ヴァイオリン・ソナタ、チェロ・ソナタも素敵だ。弦楽四重奏曲は1893年に作曲された。オブラートに包まれた作品が多い中、この作曲家にしては珍しく感情が剥き出しの激しい音楽だ。
1899年に作曲された「浄められた夜(浄夜)」はシェーンベルクが12音技法を確立する前の楽曲で、マーラー同様に世紀末のむせるような香りがする。弦楽合奏版より僕は断然、オリジナルの弦楽六重奏版の方がいいと確信している。ラサール弦楽四重奏団を中心とする演奏が決定盤。
1905年に作曲されたラヴェル/序奏とアレグロはハープとフルート、クラリネットおよび弦楽四重奏のための七重奏曲。単一楽章で演奏時間11分程の美しく幻想的な小品である。エラール社ダブル・アクション方式ペダル付きハープ普及のため同社より委嘱された作品だそうだ。キャリー・マリガン主演のイギリス映画「17歳の肖像」で印象的に登場する。あとラヴェルは弦楽四重奏曲、ピアノ三重奏曲もいいね。
ブラームスの項で書いたが、レクイエム、シシリエンヌ(「ペリアスとメリザンド」)、「夢のあとに」で知られる作曲家ガブリエル・フォーレも室内楽曲の達人である。2つある〈ピアノ四重奏曲、ピアノ五重奏曲、チェロ・ソナタ〉そしてピアノ三重奏曲。どれも魅力的だ。特にピアノ四重奏曲 第1番と第2番はいずれも才気煥発の第2楽章が白眉であるとここで強調しておきたい。ピアノ五重奏曲 第1番を選んだのは、冒頭ピアノのアルペジオ(分散和音)が幻想的で煌めくように美しく、魅惑されるからである。作曲者自身のピアノとイザイの弦楽四重奏団で1906年に初演され、イザイに献呈された。なお、ヴァイオリニスト・矢部達哉氏はピアノ五重奏曲 第2番の魅力について、以下のようにツイートされている。
ヤナーチェク/弦楽四重奏 第2番「ないしょの手紙」は作曲家の最晩年、1928年に完成させた曲。当時彼は73歳で、38歳年下の人妻カミラ・シュテスロヴァーへの想いを綴ったもの。実際に書いた恋文は出会いから死までの11年間で600通以上に及ぶという。つまり不倫音楽だ。同年、カミラとその息子と一緒に休暇を過ごしている時にヤナーチェクは重篤な肺炎に罹り、死去した。カミラが最後を看取り、連絡が遅れたため妻のズデンカはヤナーチェクの死に目に会えなかった。とんでもないエロジジイである。あと弦楽四重奏曲 第1番「クロイツェル・ソナタ」もいい。トルストイの同名小説に触発された作品だが、実はこれも不倫の話なんだよね。なんともはや!「文化や芸術といったものが、不倫から生まれることもある」(by 石田純一)
イベール/木管五重奏のための3つの小品は1930年の作品。パリで生まれ、パリで没したジャック・イベールの音楽は軽やかで粋。洗練されている。
オペラ「死の都」「ヘリアーネの奇跡」などで時代の寵児となり、R.シュトラウスの後継者と目されていたコルンゴルトの弦楽四重奏曲第2番は1933年に作曲された。彼がハリウッドに赴き、映画「真夏の夜の夢」のためにメンデルスゾーンの劇音楽を編曲するのは翌年のことである。ユダヤ人だった彼はやがてナチス・ドイツ台頭のためウィーンで活躍することが困難となり、アメリカに亡命する。映画「風雲児アドヴァース」(1936)「ロビン・フッドの冒険」(1938)で2度アカデミー作曲賞を受賞し、ハリウッド映画音楽の礎を築く。ライトモティーフ(示導動機)の使い方はジョン・ウィリアムズに多大な影響を与えた。
弦楽四重奏曲 第2番を支配する気分は19世紀ロマン派の残滓、豊穣な「ばらの騎士」の残り香である。第4楽章がワルツというのがノスタルジックでいいね!ブロドスキー四重奏団の演奏で。
メシアン/世の終わりのための四重奏曲(1940年)の編成はヴァイオリン、クラリネット、チェロ、ピアノという変則的なもの。これは第二次世界大戦中、作曲家がドイツ軍の捕虜となり収容所で演奏出来るよう作曲したからである。実際、ポーランドにある極寒のゲルリッツの収容所で初演された。曲想はヨハネの黙示録に基づき、正に終末の音楽である。後に武満徹も同じ編成で「カトレーン II」を作曲している。
プーランクはレ・ヴァン・フランセ(ル・サージュ、パユ、メイエほか)結成のきっかけとなった六重奏曲という極めつけの名曲があるが、どうしてもフルート・ソナタを外せなかった。何故なら有史以来あるフルート・ソナタの中で、紛れもなくこれこそが最高傑作だからである。1957年に完成。村上春樹さんの著書によると、プーランクは「私の音楽は、私がホモ・セクシュアルであることを抜きにしては成立しない」と語っていたそうだ。初演者のジャン=ピエール・ランパルか、エマニュエル・パユ、マチュー・デュフォーのフルートでどうぞ。
ショスタコーヴィチ/弦楽四重奏曲 第8番は1960年に作曲された。同じ年にアメリカで公開されたのがアルフレッド・ヒッチコック監督の映画「サイコ」。バーナード・ハーマンの音楽は不思議なことにこの弦楽四重奏曲と似た雰囲気を醸し出している。両者に共通するのは「冷戦時代の空気」「恐怖の音楽」なのだ。ベルリンの壁が築かれたのが翌61年、キューバ危機が62年。当時正にソヴィエト連邦とアメリカ合衆国は一発触発の不穏な状況だったのである。弦楽四重奏曲 第8番はドイツ語「Dmitri Schostakovich」のイニシャル、D-S(Es)-C-Hの音形が執拗に繰り返し登場する。つまり作曲家のサインである。この音形はショスタコの交響曲第10番にも引用されている。また不気味な"タンタンタン"と3つの激しい音が出てくるが、これはミーシャ・マイスキー(チェリスト)によると「KGB(諜報機関)がノックする音」だそうだ。つまりショスタコーヴィチとソヴィエト国家との駆け引き、闘いの日々が密かに描かれているのである。
「ニーノ・ロータは天使のような人だった」と、映画「道」「カビリアの夜」「甘い生活」「8 1/2」などで一緒に仕事をした朋友フェデリコ・フェリーニ監督は回顧している。九重奏曲(1959/74/77)は正に「天使の悪戯」のような、機知に富んだ傑作である。なおロータはチャイコフスキー、プーランク、ブリテン同様、ゲイだった。
マルコム・アーノルド(1921-2006)はロンドン・フィルの首席トランペット奏者を務めた経歴がある。映画「戦場にかける橋」でアカデミー作曲賞を受賞。吹奏楽の世界では「第六の幸福をもたらす宿」組曲(やはり映画音楽で、瀬尾宗利 編曲)が圧倒的人気を誇る。金管五重奏曲 第1番は1961年にカーネギーホールで初演され、その後フィリップ・ジョーンズ・ブラス・アンサンブルの録音(「ジャスト・ブラス」1970)で一世を風靡した。輝かしい響きで格好いい!
アルヴォ・ペルトはバルト海沿岸・エストニアの作曲家。フラトレス(1977)は〈弦楽四重奏のための〉〈チェロとピアノのための〉〈独奏ヴァイオリンと弦楽合奏のための〉〈管楽八重奏と打楽器のための〉など10種類以上の異なる編成版が存在する。「フラトレス」とは「親族、兄弟、同士」といった意味で、信仰を同じくする仲間を指す。元々は古楽団体のために作曲された、静謐かつ清浄、沈思黙考する音楽。いわゆる「現代音楽」と呼ばれる不協和音とは無縁の作品である。ギドン・クレーメルの演奏がお勧め。あと「鏡の中の鏡」もいいね。
武満徹/雨の樹(1981年)はヴィブラフォンと2つのマリンバで演奏。打楽器の曲だ。武満の室内楽は1981年に東京クヮルテットが初演した弦楽四重奏のための「ア・ウェイ・アローン」や、アルト・フルートとギターのための「海へ」(1981年)なども迷った。いずれも絶えず変容し続ける繊細な「水のイメージ」が印象的。
ピアソラはフルートとギターのために作曲された「タンゴの歴史」と迷った。ル・グラン・タンゴ(Le Grand Tango)は1982年にロストロポーヴィチのために書かれたチェロとピアノのための楽曲。しかししばらく放置され、初めて演奏されたのはそれから8年後のことだった。情熱的で激しく、これぞタンゴ!という楽曲。ロストロの録音も残されているし、ヨーヨー・マの演奏もいい。ギドン・クレーメルが弾いたヴァイオリン版なんていうのもありますぞ。
ディファレント・トレインズはアメリカ生まれのユダヤ人作曲家スティーヴ・ライヒが自分の幼少時代と、同時期にヨーロッパで起こっていたホロコーストを汽車というキーワードで結びつけ、ミニマル・ミュージックの技法によって作曲したもの。ライヒが1歳の時両親は離婚し、父親と住むニューヨークと、母親のいるロサンゼルスに汽車で行き来していた。その記憶が第1楽章で描かれる。全体は3楽章から構成されており、
- アメリカ 第二次世界大戦前 (1939-1941)
- ヨーロッパ 第二次世界大戦中
- 第二次世界大戦後
弦楽四重奏の他に5人の声(うち3人はホロコーストを生き延びた証言者)、汽車やサイレンの音がミックス/コラージュされている。電車の中でiPodでこれを聴くと、凄く臨場感があるんだ。クロノス・カルテットの演奏でどうぞ。またライヒには2001年にアメリカで起こった同時多発テロを題材にした「WTC 9/11」という作品もある。こちらもクロノス・カルテットが演奏。
ミニマル・ミュージックは最小単位の音形が繰り返されることによって次第に聴覚が麻痺してくる。そしてその音形・和声が微妙に変化していく時に、えも言われぬ快感が得られるのだ。いわば音楽の麻薬である。伊福部昭(作曲)「ゴジラ」のテーマがそうだし、宮崎駿さんのアニメーションで有名な久石譲さんもミニマル・ミュージックの作曲家。北野武監督「ソナチネ」がその典型例である。
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残りは《その2》《その3》で。また、このリストを見て「あの名曲が入っていないじゃないか!」というご意見があれば、どしどしコメント欄にお書き下さい。僕ももっと視野を広げたいので、是非伺いたい。大いに語り合いましょう。
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