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2012年11月23日 (金)

僕とミュージカル「レ・ミゼラブル」、愛憎の20年 (+オールタイム・ベスト・キャスト選出あり)

僕が初めてミュージカル「レ・ミゼラブル」に興味を抱いたのは、島田歌穂さんが1988年の紅白歌合戦に出演し、レミゼのナンバー「オン・マイ・オウン -On My Own」を歌った時である(ちなみに翌89年の紅白は市村正親さんが「オペラ座の怪人」を歌った)。島田さんは世界の「レ・ミゼラブル」ベスト・メンバーに選ばれ、エリザベス女王御前コンサートでも歌った。さらにインターナショナル・キャスト(コンプリート)盤に抜擢され、同CDはグラミー賞を受賞している(英語で歌唱)。

そして1993年に舞台「フォービドゥン・ブロードウェイ」で初めてレミゼの楽曲を聴いた。出演者は5人。ブロードウェイ・ミュージカルの名作やヒット作、出演したスターなどを茶化したり、からかったりするパロディ・ショーである。レミゼについては「照明が暗く、衣装はボロボロ。盆(回転舞台)が作動しグルグルグルグル、出演者は目が回る」といった内容の替え歌で、ゲラゲラ笑い転げながら、同時に音楽の美しさにも心に刻み込まれた。

1994年、大阪の劇場飛天で遂に本篇を観た。ジャン・バルジャン:鹿賀丈史、ジャベール:村井国夫、エポニーヌ:島田歌穂、コゼット:佐渡寧子らといった面々だった。

1997年はバルジャン:山口祐一郎、コゼット:純名里沙らの配役で観た。エポニーヌは島田さんの回ばかりに足を運んだ。後に、一度は本田美奈子(2005年死去)を選ぶべきだったと後悔することになるのだが……。

その後、飛天が梅田芸術劇場に改称されてからもバルジャン:別所哲也今井清隆、エポニーヌ:笹本玲奈新妻聖子などのキャストで観ている。

こうして何度も観劇している作品だが、それほど愛着があるのか?と問われたら首を傾げざるを得ない。確かに楽曲は素晴らしい。文句ない。僕は特に第1幕のフィナーレ "One Day More"が大好きだ。登場人物たちがそれぞれの心中を同時に歌う八重唱+合唱という極めて複雑な曲で、声の力に圧倒される。映画版でトム・フーパー監督がこの場面をどう処理するのか注目される。また「一日の終わりに - At the End of the Day」もいい。このミュージカルは合唱のナンバーが傑出している。

しかし、どうしても気に入らないのがプロットである。(照明を含め)とにかく暗い。救いがない(ジャン・バルジャンは死をもってのみ救済される)。そして貧乏臭く左翼的である。日本の小説で言えば「蟹工船」みたい。本作に登場する学生たちがバリケードを築き、夢見るのは共産主義革命である。彼らに共感することは出来ない。

原作者のヴィクトル・ユーゴーはナポレオン3世の時代に生きた。このとき勃発したのがパリ・コミューン(第三共和国政府に反対し、蜂起したパリ民衆の革命政府。プロレタリアート政権)。しかしたった2ヶ月(72日)で共和国政府軍により鎮圧され、ユーゴーは軍の苛酷な殺戮を激しく非難した。ちなみにユーゴー自身もナポレオン3世の独裁に異を唱えたため弾圧され、19年間に及ぶ亡命生活を余儀なくされる。この時亡命先のガーンジー島で次女に起こった出来事(狂恋)を描いたのがフランソワ・トリュフォー監督の映画「アデルの恋の物語」である。

余談だが宮崎駿監督のアニメーション「の豚」挿入歌”さくらんぼの実る頃”(唄:加藤登紀子)はパリ・コミューン時代に流行ったシャンソンで、人々は歌詞にある「恋の痛み」を「パリ・コミューンを鎮圧された痛み」に読み替え、「短い季節=パリ・コミューン」を偲んだという。ちなみに「共産主義」と言う意味の英語communismは「共同体」=commune(コミューン)から派生している。宮崎アニメで言えば自給自足の「風の谷」や「たたら場」(もののけ姫)がそれに相当する。なお、ミュージカル「レ・ミゼラブル」でリトル・コゼットが"There is a castle on a cloud."(雲の上にはお城があるの)と自分の空想を歌うのだが、これって「天空の城ラピュタ」のことだよね!?宮崎駿とユーゴーは繋がっている。閑話休題。

「レ・ミゼラブル」第1幕で学生アンジョルラスが歌う「民衆の歌」(Do You Hear the People Sing ?)を初めて聴いた時、ロシア革命などで歌われた労働歌「インターナショナル」が思い浮かんだのは僕だけではあるまい。それこそが作詞・作曲家の狙いであろう。

作詞家アラン・ブーブリルはチュニジア生まれ、作曲家クロード=ミッシェル・シェーンベルクはフランス生まれ。2人は1973年にロック・オペラ「フランス革命」でミュージカルに進出(ブーブリルはNYで「ジーザス・クライスト・スーパースター」を観て刺激を受けた)、80年にパリで「レ・ミゼラブル」を初演し成功を収めた。12音技法を生み出し、「グレの歌」「浄められた夜」で有名な作曲家アルノルト・シェーンベルクはクロード=ミッシェルの祖父の兄に当たる。先祖はハンガリーで靴屋を営むユダヤ人だったという。またこのコンビは後にミュージカル「ミス・サイゴン」を生み出すが、これも反米(反アメリカ帝国主義)のメッセージが強い作品である。

こういうあからさまな左翼思想の作品に大量の資本を投じ、スペクタクル・ミュージカルに仕上げ、アメリカを含め世界で大ヒットさせ大儲けしたプロデューサーのキャメロン・マッキントッシュは只者ではない。実にしたたかである。が、僕は「レ・ミゼラブル」に通底するその思想を憎んだ。

しかし音楽は好きだったので繰り返し観劇している内に、次第に思想的に偏った胡散臭さが気にならなくなってきた。むしろレミゼは「誇り高い人々の物語」であると捉えるようになった。テナルディエ夫妻は別として、ジャン・バルジャンもファンテーヌ、マリウス、アンジョルラス、エポニーヌもみな気高い。そしてバルジャンを執拗に追うジャベール警部もその誇り故に、最後は自分の信じてきたもの(法)の価値が瓦解し、自殺せざるを得なくなるのだ。最初観劇した時はジャベールが死を選ぶ意味が理解できなかったが、今ではそれが必然であったことが僕には判る。物語の見方が変わってきたもう一つに、若い頃はエポニーヌの失恋に感情移入していたのに、現在はむしろファンテーヌの娘コゼットを思う気持ちが切実に感じられるようになったことも挙げられる。彼女が歌う 「夢やぶれて - I Dreamed a Dream」は哀しく、心に沁みる逸品だ。

このミュージカルには画家エミール・バヤールによって描かれたコゼットの木版画が象徴的イコンとして使用されている。

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この意味も当初は不明だったが、最近になって漸くコゼットこそこの作品で各登場人物を結びつけるキー・パーソンなのだということが納得できるようになった。コゼットがバルジャンとマリウスを出会わせ、バリケードに導く。そして皆が不幸な結末を迎える中、彼女だけがこの悲惨な物語の中で唯一の希望になるのだ。そのコゼットにソロ曲がないというのも面白い。

ミュージカル「レ・ミゼラブル」を映像で愉しむには主に3つのソフトがある。

1995年ロンドンのロイヤル・アルバート・ホールで10周年記念コンサートが開催され、17カ国のジャン・バルジャンが登場し「民衆の歌」(Do You Hear the People Sing ?)を歌い継いだ。日本からは鹿賀丈史が参加した。こちらはDVDでどうぞ。

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そして25周年記念コンサートはDVD,Blu-rayで発売中。なお10周年記念もそうだが、役者たちは舞台衣装を着て歌う。最後は1985年初演キャストが勢ぞろいというお楽しみも用意されている。

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さらに偉大なプロデューサー、キャメロン・マッキントッシュを讃える"HEY,MR.PRODUCER !"もある。

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「オペラ座の怪人」(ファントムをコルム・ウィルキンソン!)「キャッツ」なども収録、「ミス・サイゴン」はオリジナル・キャスト、レア・サロンガジョナサン・プライスで観れるのが嬉しい。

では次に「レ・ミゼラブル」オールタイム・ベスト・キャストを選出してみよう。

ジャン・バルジャン(映画版ではヒュー・ジャックマンが演じる)はやはりこの人しかいないでしょう。ロンドン/ブロードウェイのオリジナル・キャストで10周年コンサートでも抜擢されたコルム・ウィルキンソン。伸びる高音域が素晴らしい。映画版では司教役を演じる。25周年バージョンのアルフィー・ボーは、バズ・ラーマン監督(ムーランルージュ等)がブロードウェイで演出した「ラ・ボエーム」で主役を演じ、トニー賞に輝いた。オペラ歌手だから確かに歌は上手いのだが、演技力となるとやはり慈愛が滲み出るコルムの方が格上。

ジャベール警部(映画版:ラッセル・クロウ)はオーストラリア・オリジナル・キャストでインターナショナル・キャストCD、25周年コンサートでも歌っているフィリップ・クワストも渋くていいし、25周年のノーム・ルイスは背筋が伸びた立ち姿が格好よく、また声量の豊かさ、低音の魅力に聴き惚れる。彼が出てきた時は「えっ、黒人のジャベール!?」と違和感があったけれど(時代的にありえない)、次第に気にならなくなる。

ファンテーヌ(映画版:アン・ハサウェイ)は10周年コンサートのルーシー・ヘンシャルにとどめを刺す。その劇的表現力は他の追随を許さない。僕が1998年にイギリスを訪れた時、彼女とウテ・レンパーが出演しているミュージカル「シカゴ」のチケットを事前に日本で予約していた。ところが劇場に着くと、その日はルーシーの休演日で代役(アンダースタディ)だったのでがっかりした想い出がある。

マリウスはこの役を演じるために生まれてきたと称しても過言ではないマイケル・ボール。The One and Only.ロンドン・オリジナル・キャスト、10周年コンサート、インターナショナル・キャスト盤も担当。その甘い歌声は役柄にピッタリ。マリウスってのはやっぱり優男(やさおとこ)でないと。

エポニーヌはインターナショナル・キャスト盤も歌った島田歌穂を第1に推す。少し鼻にかかったような、甘えた声がキャラクターにピッタリ。僅差で10周年コンサートのレア・サロンガ。フィリッピン出身で「ミス・サイゴン」キム役オリジナル・キャスト。ディズニー映画「アラジン」「ムーラン」でもヒロイン役を歌っている(レアは25周年でファンテーヌを歌ったが、こちらはいただけない)。なお25周年のエポニーヌ役サマンサ・バークスは映画版にも起用された。でも彼女の顔は好きじゃない。顎が気になる。

アンジョルラスはインターナショナル・キャスト盤のアンソニー・ワーロウ(オーストラリア・キャスト)と25周年コンサートのラミン・カリムルー(ロンドン・キャスト)が双璧。カリムルーは「オペラ座の怪人」25周年記念公演でファントムを歌い、張りのある声で圧倒的存在感を示した。

コゼット(映画版:アマンダ・セイフライド)は純名里沙がずば抜けた歌唱力と可憐さで印象深い。25周年のケイティ・ホールはグラマーでキュート。彼女も捨てがたい魅力がある。

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ところで皆さんはトレイ・パーカー&マット・ストーンのアニメーション「サウスパーク/映画無修正版」(1999)をご存知だろうか?全編ミュージカル仕立てになっており、特に「レジスタンス -La Resistance」というナンバーは明らかに「レ・ミゼラブル」One Day Moreのパロディになっている。彼らの愛が溢れ抱腹絶倒なので、レミゼ・ファンに是非お勧めしたい。トレイとマットは後にブロードウェイに進出。2011年に「ブック・オブ・モルモン」でトニー賞の最優秀ミュージカル作品賞・演出賞・楽曲賞など9部門を独占したことは記憶に新しい。

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コメント

レミゼ……しばらく観ていませんね。でも本格的に観た最初のミュージカルだったかも!。今は無き梅田コマ劇場で、滝田栄、鹿賀丈史、野口五郎、岩崎宏美、コゼット誰だっけ? という面々だったような。初めは感動して観ていたのだけれど、そのうちやはり陰気くささに嫌気がさしていったとおもいます。せいしろう君見たさに昨年遠征しようかとも思ったのだけれど、重い腰が上がらず結局断念しました。なんかこのレミゼって、小ばかにして扱われがちですよね。宮本亜門さん演出のユーリンタウンって舞台でも 旗ふりミュージカルってパロディ化してとりあげられてたなあ。でも!映画は観るつもりです。

投稿: ディズニーラブ | 2012年11月22日 (木) 20時56分

ディズニーラブさん、コメントありがとうございます。

「サウスパーク/映画無修正版」におけるレミゼのパロディは決してバカにしているわけではありません。僕はむしろ「パロディとは愛だ!」と想いました。トレイ・パーカーとマット・ストーンはミュージカルが好きで好きでしょうがないんだなと。是非ご覧下さい。

映画版はきっとアン・ハサウェイがアカデミー助演女優賞を獲れると僕は信じています。

それから舞台版は来年、新演出になるそうですよ。

投稿: 雅哉 | 2012年11月22日 (木) 23時56分

偶然パリで新演出観ましたが船の場面以外前の方が良かった、黒人系のエポニーヌは島田さんよりはるかに下です。
フォービトン、面白かったです、アニメのレ・ミゼパロディ版は知りませんでした。
私はこの舞台それほど暗いとは思いません、確かにあの時代あまりの不平等に社会主義に走ろうとしましたが市民はついて行かず自滅。
最後にはバルジャンなど聖者として白い光に包まれ神に迎えられるので。
映画版も素晴らしいのですがエポニーヌの役割が小さすぎで。
10周年記念が良かったです。25周年記念DVD買いましたが。サロンガ、アジア系で選ばれて立派ですが映画版観た後ではあまりに恰幅の良さで。
バッハ家の60人の音楽家さすがですね。

投稿: hitomi | 2013年1月27日 (日) 16時51分

hitomiさん、コメントありがとうございます!

レミゼの新演出は今年、新装開店となるフェスティバルホール@大阪でも上演されるので、観に行く予定です(山口祐一郎さんの降板は痛い!)。

僕も25周年より10周年の方が好きです。レア・サロンガはエポニーヌの方が合っているし。レア、今年来日しますね!チケット購入しました。キム@ミス・サイゴンをオリジナル・キャストで観れるなんて夢のようです(最近の彼女、太りすぎだけど)。

それから「サウスパーク」のトレイ・パーカーとマット ・ストーンは後にトニー賞を受賞するコンビなので、ミュージカル愛が溢れています。是非ご覧下さいね!そのブロードウェイ・ミュージカル"The Book of Mormon"の映画化も決定しているそうです。

投稿: 雅哉 | 2013年1月27日 (日) 23時36分

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