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2012年9月

凰稀かなめ主演 宝塚宙組/銀河英雄伝説@TAKARAZUKA + 宝塚ガーデンフィールズ探訪

兵庫県宝塚市へ。まずガーデンフィールズに足を運んだ。宝塚歌劇のチケットがあれば、観劇日に入場無料となる。

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様々な草木が咲き誇り、クロード・モネが睡蓮の連作を書いた自宅、ジヴェルニーの庭を想い出した(僕は実際そこに行ったことがある)。

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庭園の中央に池があり、小川が流れ、ベンチも沢山配置されてゆったり出来る空間だった。次回はここで読書でもしたい。

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さて「銀河英雄伝説」の台本・演出は小池修一郎。主人公のライハルト役に凰稀かなめ、ヒロイン・ヒルデガルドに実咲凛音、参謀オーベルシュタインに悠末ひろ、朋友キルヒアイスに朝夏まなと 他。トップお披露目公演である。

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小池作品は大好きでデビュー作「ヴァレンチノ」をはじめ、「グレート・ギャツビー」「PUCK」など初期作品から観ている。今回も分かり易いエンターテイメントに仕上げて入るが、些か舞台化に無理を感じなくもなかった。

原作の田中芳樹によるSF小説は10巻あり(本伝)、さらに外伝が4巻あるという壮大なスペースオペラである。それを休憩時間・フィナーレを除くと約2時間ちょっとにまとめるのは土台、不可能な話だろう。登場人物も多すぎる。もっと大胆に刈り込んで整理できなかったものか?原作への思い入れも分かるが、ごちゃごちゃした印象を受ける。

それから戦闘シーンは基本的に肉弾戦ではなく宇宙戦なので、それをダンス(肉体)で表現する事に違和感があった。全体として照明が暗く華やかさに欠けるし、結論としてこれは宝塚向きの題材と言えないのではないか?

凰稀かなめさんは背が高く見栄えがするし、美しかった。悠末ひろさんはフィナーレの歌が上手かった。実咲凛音さんは「何でこのひとが娘役トップ??」と疑問符が頭の周囲を回った。

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米アカデミー外国語映画賞、フランス代表「最強のふたり」

評価:A

Intouchables

映画公式サイトはこちら

首から下が完全に麻痺し、車椅子生活を送る白人の大富豪と、前科があり貧民層の黒人介護者の物語。原題は "Intouchables"、英題は"Untouchable"、つまり「普通なら出会うことのない」「住む世界が違う」ふたりという意味だ。

昨年の東京国際映画祭で、グランプリおよび主演男優賞W受賞(フランソワ・クリュゼ×オマール・シー)。来年の米アカデミー賞、外国語映画部門のフランス代表にも選出された。

あらすじを聞くとアカデミー作品賞に輝いた「ドライビング Miss デイジー」(1989)みたいな感じかな?と一瞬考えるが、全然違った。いい意味で裏切られた。どんどん予想とは違った方向に進む物語の快感。

爽やかな映画である。読後感ならぬ”観後感”が実に心地よい。最終選考まで残り、アカデミー賞にノミネートされるのは確実。こういう地味なフランス映画が世界的にヒットし、日本でもミニシアターではなくシネコンで観れるというのは喜ばしい(僕はTOHOシネマズのレイトショーで鑑賞)。

ただ最終的に、本作がアカデミー外国語映画賞を制覇出来るかどうかはいささか疑問。というのはもし仮に僕がアカデミーの選考委員だったとして、この作品が2010年にエントリーされたら「未来を生きる君たちへ」(デンマーク)に投票するだろうし、2011年なら「別離」(イラン)を間違いなく選ぶ。2009年なら「瞳の奥の秘密」(アルゼンチン)よりはこちらかな?つまり映画賞というのはあくまで相対的評価であり、競う相手次第ということである。少なくとも十分チャンスはあるだろう。もし受賞出来れば、フランスが受賞するのは1992年「インドシナ」以来、21年ぶりということになる。

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「夢売るふたり」と現代女性監督・演出家事情

女性の舞台演出家、映画監督というのは20世紀に極めて少なかった。やはり演出とかオーケストラの指揮者という職業は、トップに立ち大勢の人間を動かす仕事であり、軍隊の指揮官のように絶対的独裁者でなければならない。それが女性だと男性スタッフからなめられたり、抵抗にあいやすいという側面は否めないだろう。

事情が大きく変化したのは1998年にジュリー・テイモアが演出したミュージカル「ライオンキング」がトニー賞で最優秀ミュージカル作品賞、最優秀演出賞を受賞した時からだろう。女性演出家初の快挙であった。この作品は2012年に「オペラ座の怪人」を抜き、ブロードウェイ史上最高の興行収入を上げた。ジュリー・テイモアは映画監督にも進出し、「フリーダ」はいい作品だった。

2001年にはスーザン・ストローマンが振付・演出したミュージカル「プロデューサーズ」が最優秀演出賞を含むトニー賞最多の12部門を受賞した(僕は同年ブロードウェイにて、オリジナル・キャストで観劇した)。ストローマンは同作品の映画版の監督も務めたが、こちらはトホホの出来だった。

そして2010年に映画「ハート・ロッカー」でキャスリン・ビグローが女性初のアカデミー監督賞に輝いた。

日本で女性監督のホープと言えば、なんてったって西川美和だろう。1974年広島県広島市生まれ。「ゆれる」(2006)でキネマ旬報ベスト・テンで日本映画第2位、「ディア・ドクター」(2009)では第1位に選出された。また「ゆれる」を自ら小説化した作品は三島由紀夫賞候補となり、「ディア・ドクター」の原案小説「きのうの神さま」は直木賞候補になった。才女である。その彼女が原案・脚本・監督した新作が「夢売るふたり」である。

評価:B+

Yume

出演は松たか子、阿部サダヲ、田中麗奈ら。映画公式サイトはこちら

結婚詐欺をテーマにした作品だが、女性映画として秀逸である。女の打算的でしっかりした側面、どうしようもなくだらしない側面、精神的強さ、そして弱さが赤裸々に、容赦なく描かれる。女性ならではの視線である。

松たか子が素晴らしい。圧倒的存在感だ。ナイーブで、ある意味「流される人」の阿部サダヲもいい。「ゆれる」の香川照之や「ディア・ドクター」の笑福亭鶴瓶が友情出演しているのも嬉しい。

この映画から受ける印象は男性と女性とで随分異なるのではないだろうか?そういう意味でも鑑賞後、色々と話したくなる作品である。

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松尾スズキ 作・演出「ふくすけ」

シアターBRAVA !へ。

Fuku

「ふくすけ」は91年に悪人会議プロデュースとして初演され、98年に再演されたストレートプレイ。薬剤被害で奇形となった少年(阿部サダヲ)が主人公。宗教ビジネスにのめり込んでいく人びと等、マイノリティーの生態を描く。ホテトル嬢(多部未華子)、盲目の女(平岩紙)、義眼の男、レズビアン、躁鬱の女(大竹しのぶ)、吃音の男(古田新太)などが登場。

松尾スズキは作・演出のみならず出演もこなし、八面六臂の活躍。他に出演はオクイシュージ、皆川猿時、小松和重、江本純子ら。

テレビ局の自主規制を嘲笑うがごとく、放送禁止用語のオン・パレード。タブーに挑戦し、演劇の自由さを謳歌する。

ある意味、映画「フリークス(怪物團)」(1932,米)とか、デヴィッド・リンチ監督「エレファントマン」(1980,英・米)を彷彿とさせる雰囲気があり、最後は皆殺しのカタストロフなのだが、観ていて嫌な気分になるとか、絶望感に囚われるということはなかった。

むしろパワフルでバイタリティに溢れ、「人生は祭だ!共に過ごそう」(映画「8 1/2」)と語りかけてくるフェデリコ・フェリーニ監督作品の如く祝祭的気分になる、摩訶不思議な作品であった。帰宅後調べてみると、確かに松尾さんがフェリーニについて言及している文章を発見した→こちら!フェリーニはサーカスや道化師が大好きだった。その精神が「ふくすけ」にも息づいている。

なお、映画「エレファントマン」で使用された楽曲、バーバー/弦楽のためのアダージョが本作でも流れる。さらに僕が大好きな、芥川也寸志が映画「鬼畜」のために作曲したストリート・オルガンによるテーマが登場したのも嬉しかった。音楽の使い方がめちゃくちゃ上手い!

松尾スズキ、大した才人である。

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新星・山田和樹の「幻想交響曲」!/大フィル定期

9月13日(木)、ザ・シンフォニーホールへ。

山田和樹/大阪フィルハーモニー交響楽団で、

  • 藤倉大/オーケストラのための"tocar y luchar"
  • グリエール/ホルン協奏曲
  • ベルリオーズ/幻想交響曲

Yama

山田和樹さんは1979年生まれの33歳。2009年にブザンソン国際指揮者コンクールで優勝したが、その時の本選課題曲が「幻想交響曲」だった。

イギリスの指揮者ダニエル・ハーディングが1975年、ベネズエラの「エル・システマ」の申し子=グスターボ・ドゥダメルが1981年生まれだからこの辺りと同世代と言えるだろう。

藤倉大さんは1977年大阪生まれ、イギリス在住。尾高賞および芥川作曲賞を受賞している新進気鋭の作曲家である。

"tocar y luchar"(トカール・イ・ルチャール)とはエル・システマの提唱者アブレウ博士が掲げたモットー「奏でよ、そして闘え」を意味する。ドゥダメル30歳の誕生日を祝い作曲され、ドゥダメル/シモン・ボリバル・ユース・オーケストラがベネズエラで2010年に初演した。

ハーモニーがとても美しく、幻夢的。僕の受けた印象では弦が(武満徹的)海と、そこを泳ぎまわる魚を表現し、木管楽器が(オリヴィエ・メシアン的)鳥を描いているように感じられた。その自然の対話、音のシャワーがすごく気持ちよかった!

20世紀ロシアの作曲家グリエールのソロを担当したのはベルリン・フィル首席ホルン奏者シュテファン・ドール。朗々としたffから囁くようなppまでウットリするような美音で、歌心に溢れた演奏。グリエールの曲も濃密なロマンティシズムを湛え、陶酔した。

ソリストのアンコールは、

  • メシアン/「渓谷から星たちへ」より恒星の呼び声

休憩を挟み、いよいよ幻想交響曲である。山田さんは暗譜で指揮。

第1楽章「夢、情熱」の序奏(導入)部は遅めのテンポでたっぷり濃厚な表現。音楽の彫りが深い。主部に入ると主旋律を奏でる第1ヴァイオリンが激しく動く。アクセントが強調され、低弦が鋭くリズムを刻む。

第2楽章「舞踏会」は絹のように滑らかで、流麗。ファンタジーに満ちている。

第3楽章「野の風景」は突き刺さる孤独。

第4楽章「断頭台への行進」は抗えぬ激情を表現。パンチが効いている。

第5楽章「魔女の夜宴の夢」は不気味な雰囲気が巧みに醸し出される。僕はこの演奏を聴きながら「魔法少女まどか☆マギカ」に登場する”ワルプルギスの夜”(=最後の審判)のことを想い出した。

そして最後のクライマックスは凄まじい推進力で破壊的。魔女たちが狂って狂って踊りまくる情景が目の前にパーッと広がった。

山田和樹、恐るべし。僕はハーディングやドゥダメルに対抗し得る桁外れの才能が日本で育っていたことを誇りに想い、そして音楽の神様に心から感謝する。

なお、面白いなと感じたのは第1楽章の提示部と第4楽章で楽譜に指定されている繰り返しが省略されたことである。これはカラヤン時代は当たり前のことだったが、アバド・ムーティ世代以降は愚直に繰り返し記号が敢行されることが通例となった(大植英次さんが大フィル定期で「幻想交響曲」を振った際も繰り返しはあった)。このあたり、山田さんがどういう考え(信念)で繰り返しをしないのか、一度訊いてみたいものである。

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映画「エイリアン」の前日譚、「プロメテウス」(3D上映)

評価:A

Prometheus

映画「エイリアン」が公開されたのが1979年。なんとその33年後に同じリドリー・スコット監督で前日譚が製作されるなんて、夢にも想っていなかった。

本作を面白いと思えるかどうかは、「エイリアン」(第1作目)をちゃんと観ていて、好きかどうか次第である。「エイリアン」が映画史に燦然と輝く傑作だということが理解できない人たちには、「プロメテウス」も無縁の存在だろう。

「エイリアン」の原案・脚本を執筆したダン・オバノンも、音楽を担当したジェリー・ゴールドスミスも既に亡くなった。本作でピーター・ウェイランド社長がホログラム映像で登場する場面にジェリー・ゴールドスミスが作曲した「エイリアン」のテーマが流れたのにはびっくりした。そして嬉しかった。実はゴールドスミスが「エイリアン」のエンド・クレジット用に書いた音楽は最終的に(編集のテリー・ローリングスがリドリー・スコットに推薦した)ハワード・ハンソン/交響曲第2番「ロマンティック」第1楽章に差し替えられてしまったのだ。だからスコット監督はゴールドスミスの曲が気に入っていなかったのかと思っていた。

ちなみに「エイリアン」ではウェイランド・ユタニ(湯谷)社になっているので、本作で描かれた事件以降、ウェイランド・コーポレーションは日系企業と合併したことが分かる。

近年スコット監督とコンビを組むマルク・ストライテンフェルトが新たに作曲した音楽も良かった。

「プロメテウス」のプロットは周到に「エイリアン」を踏襲している。宇宙船の乗組員の中にアンドロイドがいたら要注意という法則もそうだし、本作の主人公”エリザベス・ショウ”はリプリー並みにタフな女だ。シガニー・ウィーバーに対抗すべく、スウェーデンの大女優ノオミ・ラパス(「ミレニアム」3部作でリスベット・サランデルを演じた)がキャスティングされた。強烈な個性である。

「エイリアン」で謎のままだった宇宙船やスペースジョッキー(化石化した宇宙人)の正体が漸くいま、明らかになる。

リドリー・スコットの前身はグラフィック・デザイナー/セット・デザイナーである。僕は彼の創り出すスタイリッシュな映像が大好きなのだが、今回初めて取り組んだ3Dは非常に奥行きがあり、素晴らしかった。

未だ回収されていない伏線(謎)も残っており、製作が決定している「プロメテウス2」にも期待したい。

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大阪に響け、このファンファーレ!/大植英次プロデュース「大阪クラシック 2012」~展覧会の絵

9月6日(木)大阪クラシック5日目。

ザ・シンフォニーホールへ。大植英次/大阪フィルハーモニー交響楽団で、

  • ベルリオーズ/序曲「ローマの謝肉祭」
  • ムソルグスキー(ラヴェル 編)/組曲「展覧会の絵」
  • エルガー/威風堂々 第1番(アンコール)

ローマの謝肉祭」は近衛秀麿/ABC交響楽団が1956年9月6日、「朝日放送専属披露演奏会」(@宝塚大劇場)で取り上げたもの。ちなみにこのオケはヨーロッパ演奏旅行におけるトラブル続発により1961年に消滅している。

大植/大フィルはパンチが効いてエネルギッシュ、最速の演奏だった。

一方、「展覧会の絵」は今からちょうど30年前の1982年にザ・シンフォニーホールのオープニング式典で朝比奈隆/大フィルがメインに据えたプログラム。大植さんから「大阪でマエストロと呼べるのは後にも先にも朝比奈隆ただ一人です。僕のことは大植さんとか、えーちゃんとでも読んで下さい」と。

1. 小人(グノーム)は不気味、グロテスクな雰囲気満載。

2. 古城には鄙びたロマンティシズムがあった。また弱音の繊細なグラデーションが素晴らしい。

3. テュイルリーの庭は軽やかで、子供たちが賑やか。

4. ビドロ(牛車)は重心が低く、重い荷物を引き摺るような表現。

5. 卵の殻をつけた雛の踊りはおどけた滑稽さ。

6. サムエル・ゴールデンベルクとシュムイレは太った金貸しのユダヤ人が威圧的、粘着質なのに対して、ひょろっと痩せておどおどしたシュムイレの卑屈な態度が好対照をなす。

7. リモージュの市場はご婦人たちのぺちゃくちゃお喋りが姦(かしま)しい。

8. カタコンベは一転し、暗い洞窟の神秘性、悠久の時を表現する。

9. バーバ・ヤーガではインディー・ジョーンズが転がってくる岩や、飛んでくる吹き矢から全力で逃げている光景が目に浮かんだ。

そして、10. キエフの大門(終曲)に至り、そこまで内に秘めていたエネルギーが大爆発!突如として壮大な門が目の前に立ち現れ、その栄光の輝きが目映く聴衆を射た。

このように各曲の性格(楽想)の違いが鮮やかな快演であった。

アンコール「威風堂々」では英国BBCプロムスばりに客席も手拍子し、最後はチェロ奏者以外楽員全員が立ち上がり演奏、客席もそれにスタンディング・オベーションで応え、大いに盛り上がり幕を閉じた。

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究極(9曲)のベートーヴェン!!/大植英次プロデュース「大阪クラシック 2012」

9月5日(水)、大阪クラシック4日目。ザ・シンフォニーホールへ。

Osaka

第52公演は大植英次/大阪フィルハーモニー交響楽団で「究極(9曲)のベートーヴェン!!」と題されている。ベートーヴェンの交響曲全曲(1-9番)の第1楽章を一挙に演奏するという、前代未聞(おそらく世界初)の企画。休憩20分を含み、丁度2時間のコンサートだった。会場はびっしり満席。

弦は対向配置。コントラバスは舞台下手(第1ヴァイオリン側)後方に陣取った。提示部の繰り返しは一切なし。

第1番は切れと弾力があり、流れるような演奏。

第2番はスキップするように軽やか。

第3番「英雄」はテンポが速い!疾風怒濤。

第4番の序奏は透明感があった。提示部に入ると音楽は羽根のように中を舞い、清々しい印象。

そして嵐のように激しい第5番で前半は終了。

休憩の間、楽員が舞台裏に引っ込んでも大植さんはステージ上で喋り続ける。

交響曲 第3番「英雄」は「エロイカ」と呼ばれているが、これは女性形であり間違い。男性形は「エロイコ」だそう。

従来、交響曲 第5番のレコードは1913年ニキシュ/ベルリン・フィルの録音に始まるとされてきたが、実は1910年に全曲録音がなされていたことが最近になって判明した。指揮者は表記なし。オーケストラはGrosses Odeon Streich Orchester(大オデオン洋絃楽団)。これはベルリン国立歌劇場管弦楽団のメンバーと考えられる。

また、今まで出版されていたスコアで運命の動機「ダダダダーン」の最後の音(ダーン)は1回目よりも2回目の方が長く演奏されるよう指示されている。→冒頭部譜例へ

ところがベートーヴェンの自筆譜を見ると、どちらも二分音符のフェルマータで長さは同じだった。→写真へ

つまり作曲家の死後、誰かが書き換えていたことが分かり、今回は自筆譜通りに演奏したとのことだった。

さて後半。第6番「田園」はほっこり、柔らか。自然にわく感興が心地いい。

第7番になるとさすがに大植さんがバテてきたのか、些か音楽の勢い(スピード感)が失われた気がした。この曲に関しては明らかに2年前に聴いた演奏の方が良かった。

まぁ朝から大植さんは各会場を飛び廻り、ピアノ演奏も披露された訳で、疲労が溜まっていても当たり前。ご愛嬌でしょう。

アンコールは打楽器やピッコロ、コントラファゴット、トロンボーン奏者が登場し、第9番「合唱付き」第4楽章 終結部Prestissimo(約15秒)の熱い演奏で大いに盛り上がった。

僕は2007年にこのホールで同コンビによるベートーヴェン・チクルス全曲を聴いたが、あの時は大植さんの持病である首の状態が最悪で、鈍重で「死に体」のベートーヴェンだった。大植さんも辛かったろうが、聴いてる方も辛かった。

しかし今は病も癒え、水を得た魚。生き生きしたベートーヴェンに魅了された。

変わったのは大植さんだけではない。大フィルもまた、厚化粧だった5年前と比べ進化、バージョン・アップした。ヴィブラートはより控えめに、各フレーズごと弓はより早めにスッと弦から離される(水捌けがいい)。つまり奏法がより古楽的になったのである。これは延原武春さんと続けてきた、ウィーン古典派シリーズ@いずみホールでピリオド・アプローチに真剣に取り組んできた成果なのだろう。

「大阪クラシック」というお祭りに相応しい、中身が充実した愉しい一時だった。

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大植英次プロデュース「大阪クラシック 2012」/前売早期完売、近藤浩志-渾身のピアソラ!

大阪フィルハーモニー交響楽団の桂冠指揮者・大植英次プロデュース「大阪クラシック」も今年で7年目。

9/4(火)、第37公演@大阪ガスビル フラムテラス。ギュウギュウの満員で入場制限がかかった。

ヴァイオリン:石塚海斗、浅井ゆきこ ヴィオラ:小野眞優美 チェロ:織田啓嗣 で、

  • ドヴォルザーク/弦楽四重奏曲 第12番「アメリカ」
  • ハイドン/弦楽四重奏曲 第17番 第2楽章 セレナーデ(アンコール)

ドヴォルザークは一般に「国民学派」と呼ばれているが、この人の特徴は民謡の旋律をそのまま用いないところにあると僕は日ごろ感じている。例えばスメタナの「我が祖国」にはフス教徒の賛美歌「汝ら神の戦士」が引用されているが、ドヴォルザーク/交響曲 第9番「新世界より」やこの「アメリカ」にはアメリカのフォーク・ソングや黒人霊歌を彷彿とさせる旋律はあるものの、原曲を特定することは困難である。

今回、生演奏で「アメリカ」を聴きながら気が付いたのは、第2楽章が揺りかごを連想させるという事である。つまり子守唄なのだろう。そういう意味においてこの楽章は黒人しか出てこないガーシュウィンのオペラ「ポーギーとベス」”サマータイム”に明らかに繋がっている。

「期待の新人」石塚海斗さんはこの日、別の会場でピアノ伴奏によるブラームス/ヴァイオリン協奏曲全曲を演奏したとか。アンコールのハイドンではひとり立って演奏。大植さんも会場に現れ、「スター誕生!」と。

Osaka
(アンコールにつき、演奏中の撮影許可が降りた)

続いて第40公演@ザ・フェニックスホール。

チェロ:近藤浩志、ピアノ:永野沙織 で、「アストル・ピアソラ没後20年リサイタル」。

  • リベル・タンゴ
  • オブリビオン(忘却)
  • ル・グラン・タンゴ
  • タンティ・アンニ・プリマ(アンコール)

オブリビオン」と「タンティ・アンニ・プリマ(むかしむかし)」は「エンリコIV(ヘンリー4世)」のために書かれた映画音楽で、「タンティ・アンニ・プリマ」は遡って過去に作曲された「アヴェ・マリア」を流用したもの。

ここにも大植さんが登場。「携帯の電源はオフに」というプラカードを持ってステージ前に立ち、会場から笑いがこぼれる。何とこの公演は発売直後、一番最初にチケットが売り切れたそう。「他は《好評発売中》になっているのに、悔しい」と大植さん。

ピアソラを愛し、「僕の前世はブエノスアイレスに暮らしていたんじゃないか」と豪語する近藤さん。「リベル・タンゴ」から火傷しそうなくらい熱い演奏を展開した。切れ味抜群で、同時に豊かに歌う。

オブリビオン」はむせび泣く。声なき慟哭。ちなみに原曲は歌である。

そしてロストロボーヴィチのために作曲された雄弁な「ル・グラン・タンゴ」はチェロという楽器、匣(はこ)の性能を最大限に引き出した快刀乱麻のパフォーマンスだった。

一転して「タンティ・アンニ・プリマ」は静謐な祈りの音楽。

僕はヨーヨー・マが弾いたピアソラのCDを所有しているが、はっきり言って近藤さんの方が断然良かった。読者の皆さんなら、僕がお世辞を言わない人間だということはよくご存知ですよね?

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