大植英次/大フィルのマーラー交響曲 第9番
7月13日(金)ザ・シンフォニーホールへ。
大植英次/大阪フィルハーモニー交響楽団(コンサートマスター:三浦章宏) 定期演奏会(2日目)。
- マーラー/交響曲 第9番
本当はこのプログラムは2007年2月定期で演奏される予定だったが、大植さんの首の持病が悪化し、ドイツの病院に緊急入院することになりキャンセル、幻の演奏会となった。
同年6月には新聞沙汰にもなる、こんな事件もあった。
その後治療に専念し持病は完治、ダイエットにも成功。「激ヤセ」と言われるくらいスリムな体になった。丁度その頃から大植さんの音楽づくりは変わり始めた。「ストコフスキー化現象」である。その現象について僕が初めて言及したのは2009年だった。
また同年、物議を醸した定期演奏会も忘れられない。余りにも異様な解釈であり、”大植英次重病説”も飛び交った(僕はその説に組みしなかった)。
そうして漸く実現した待望のマーラー9番。演奏時間(第1楽章-第2楽章-第3楽章-第4楽章)をハノーファー北ドイツ放送フィルハーモニー(NDR)や、他指揮者による代表的CDと比較してみよう。
大植/大フィル:36分-20分-15分-31分
大植/NDR:32分-19分-15分-30分
バルビローリ/ベルリン・フィル:27分-15分-14分-23分
バーンスタイン/ベルリン・フィル:27分-16分-12分-26分
ワルター/ウィーン・フィル:25分-16分-11分-18分
大植さんとNDRのライヴCDも96分という史上最長の演奏だったが、今回はなんと102分に及んだ!この曲を丁度100年前の1912年に初演したワルター/ウィーン・フィルの演奏(1938年、オーストリアがナチス・ドイツに併合される数ヶ月前の録音。この直後ワルターはスイスを経てアメリカに亡命)が70分だから、桁外れである。大植さんの師レナード・バーンスタイン(レニー)よりも20分長い。
レニーが生涯でベルリン・フィルを指揮したのはただ一度だけであり、それがこの曲。またイスラエル・フィルとの来日公演でも第9番を取り上げ、その伝説的名演は後々まで語り草になっている(今年、同時期に録音されたライヴCDがリリースされた)。
対向配置。大植さんは暗譜で指揮。演奏時間が長かったからといって、ダレたかといえば全くそんなことはない。音楽は一時も弛緩することなく、中身は濃かった。
第1楽章 冒頭、アルバン・ベルクが「死それ自体」と呼んだシンコペーションを持つ3音符のリズムから開始される。コントラファゴットが低音で不気味に蠢く。大植さんの指揮は最初はゆったりとして、交響曲第5番 第4楽章アダージェットを彷彿とさせた。そして途中から速度を増し恣意的、積極的にテンポを動かす。さすが「なにわのストコフスキー」。ただし流れが悪く、ぎくしゃくしていた感は否めない。マーラー演奏はあざとくていいと想うが、死を前にして素直な心情を吐露したこの曲にそういった作為は不要ではないだろうか?
第2楽章は弾み、アクセントが強調される。ボヘミヤに生まれ、幼少期をそこで育ったマーラーの少年時代の想い出がいっぱい詰まった舞曲。しかしコントラファゴットによる不吉な死の影が忍び寄り、ティンパニが悪魔的に鳴り響く。粘っこく糸を引くような表現も。
第3楽章ブルレスケ(道化、笑劇)で大植さんは鬼の形相となり、畳み掛けるように音楽は進む。決然として苛烈に、また時には足を引きずるように。内なる炎がメラメラと燃え、魂が咆哮を上げる!一転して静かな中間部のトランペット・ソロで秋月さんが楽器を持ち替えたのが印象的だった。
そしてブルーノ・ワルターが「マーラーは心静かに世界に別れを告げている」と語った第4楽章。強烈な弦の出だし。痛切なカンタービレ。そこには万感の想いが込められていた。現世への未練、惜別の情、そして死の受容、別れの言葉。僕はこの時、「嗚呼、大植さんはいま、レニーと共に指揮台に立っているんだ」と感じた。次第に音楽は浄化され、そこに陽の光が差し込んでくる。ppppの終結部。世界は静寂に包まれる。ワルターは「紺碧の大空に溶け込んでいく雲のように」消えてゆくと語った。呼吸をするのさえ躊躇われるような緊張感。やがて大植さんはゆっくりとタクトをおろし、しばしの沈黙の後、割れんばかりの拍手が嵐のように巻き起こった。
一生忘れ得ぬ、体験であった。
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