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2012年7月

いずみシンフォニエッタ大阪「近代フランス魅惑の響き」

7月14日(土)いずみホールへ。

飯森範親/いずみシンフォニエッタ大阪で、

  • フランセ/セレナード(フランセ生誕100年)
  • 酒井建治/Danse Macabre ~27人の奏者のための(委嘱新作)
  • ドビュッシー/神聖な舞曲と世俗的な舞曲(ドビュッシー生誕150年)
     ハープ:内田奈織
  • プーランク/オルガン、ティンパニと弦楽のための協奏曲
     オルガン:土橋薫、ティンパニ:山本毅

また開演前にトランペット:菊本和昭、オルガン:土橋薫でプレ・コンサートもあった。

  • シャンパルティエ/テ・デウムよりプレリュード
  • サン=サーンス/プレリュード op.99-3 (ハープ独奏)
  • トマジ/クスコの聖週間

現代の作曲家トマジは短いながらトランペットがストレートミュートstraight muteやカップミュートcup muteを使い分ける面白い曲。プチ悪魔的雰囲気があった。菊本さんは最近、京都市交響楽団からNHK交響楽団に移籍。名手の妙技を堪能した。

フランセはお洒落な曲調で大好きな作曲家。セレナードの第2楽章はバスーンが超高音を奏でびっくりした!アルト・サックスの音色に近い。第3楽章は軽やかなピチカートが可愛い。第4楽章はウィットに富むワルツ。軽妙洒脱で愉しい!

酒井建治さんは1977年大阪生まれ。現在はパリで活躍し、エリザベート王妃国際コンクール作曲部門2011グランプリ受賞。世界初演となる新作はサン=サーンスの「死の舞踏」に触発されたもの。オリジナルがペストがもたらした多数の死者による内容なら、酒井作品は福島原発事故で飛散した放射性物質をペストに見立てている。通常ヴァイオリンの4弦は下からソレラミだが、「死の舞踏」同様、最高音ミを半音下げた調弦(スコルダトゥーラ)となっている。トランペット、トロンボーン、クラリネット、マリンバ奏者が2階サイドのバルコニーに配され、オーボエ奏者が1階客席真後ろで鶏の鳴き声を発する。曲の最後はアダージョとなり、大震災で亡くなった方々への弔意を表す。確かに思いつきは面白いが、やはり所詮フランスから眺めた客観的視線なので「よそ事」という感じ。切実さがなく、なんだか白々しかった。同じ「震災音楽」なら、いずみシンフォニエッタ大阪が初演した新実徳英さんの室内協奏曲 第2番の方を僕は断然支持する。

ドビュッシーは滅多に聴けない曲で嬉しかった。「神聖な舞曲」は高貴で中世の世界へと誘われる。「世俗的な舞曲」は優雅なワルツで幻想的。うっとり心酔した。

プーランクはいずみホールが誇るオルガンの効果が最大限に発揮された。プーランクといえばフランセ同様にお洒落な曲調というイメージだが、本作はカトリック信仰が重要な位置を占め、15世紀の修道院に向かう作曲家の姿が映し出されている。多彩な音色に魅了された。

新作はハズレだったが、全体としては満足度の高い演奏会であった。

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大植英次/大フィル、3度目のマーラー交響曲第5番

7月22日、岸和田市にある波切ホールへ。

Kisi

大植英次/大阪フィルハーモニー交響楽団で、

  • モーツァルト/交響曲 第35番「ハフナー」
  • マーラー/交響曲 第5番

7月19日の東京都交響楽団への客演を頚椎症の再発でキャンセルした大植さん。安静療養の結果、見た目は元気そうだった。

モーツァルトはのびやかで、ふっくらまろやか。第2楽章は速めのテンポで流麗。第4楽章は弾力に富み、スタート・ダッシュが小気味好い。大植さんは全身で音楽の歓びを体現していた。

同じコンビでマーラーの5番はフェスティバルホールと、3年前の定期@ザ・シンフォニーホールで聴いた。この定期は異様に遅いマーラーで話題騒然、大植さん重病説がまことしやかに囁かれた位である。

ドロドロとしてグロテスク。粘っこい糸を引くような解釈であった。

今回と演奏時間を比較してみよう。カッコ( )内は3年前の計測である。

  • 第1楽章:13分(16分)
  • 第2楽章:15分(19分)
  • 第3楽章:19分(24分)
  • 第4楽章:10分(16分)
  • 第5楽章:16分(19分)
  •      計:73分(94分)

なんと3年前より20分以上も短くなっている!大植さんの師、レナード・バーンスタイン/ウィーン・フィルのCDが74分46秒だから、ほぼ同じくらいといえるだろう。

上述した定期演奏会は2009年2月で、その年の3月22日に大植さんのお母さんが亡くなられた。つまり3年前の”異形のマーラー”は病状が思わしくない母のことを想い、大植さんが死の観念に囚われていたゆえにああなったのではないか?と僕は考えている。

今回は「病的なマーラー」のイメージが払拭され、生を肯定し、それを謳歌するような演奏であった。

弦は対向配置。コントラバスはステージ下手(客席から向かって左側)に配置された。

第1楽章は重量級の演奏。象がノッシノッシと歩くような、時には足を引きずる表現も。寂寞として孤独な印象。「情熱的に荒々しく」と書かれた第1トリオに入ると一転、テンポを積極的に動かす。

第2楽章は激情。音楽はうねり、表情がカメレオンのようにコロコロ変わる。終盤はエネルギーが爆発!今回初めて、第1,2楽章にベートーヴェン/交響曲第5番の「運命動機」が引用されていることに気が付いた。

第3楽章ではコンサートマスターの前に席が用意され、ホルンのソリスト(村上 哲さん)がそこで吹いたので驚いた。この楽章はマーラーが幼少期を過ごしたボヘミアの森を想起させるが、同時に大植さんは森の暗闇の不気味さも感じさせた。また弦の切れ味が良かった。

そして第4楽章アダージェット。息の長い旋律が想いを込めて、デリケートに表現されていた。まどろみの中に聴こえてくる天上の調べ。今にも消え入りそうなピアニッシモが、最後の一線でぎりぎり踏みとどまっているという絶妙さが素晴らしい。

第5楽章は生き生きと弾けるリズムが印象的。躍動感に溢れている。コーダはもの凄いスピードでパワフル!大植さんが前へ前へとつんのめると、指揮台が同時にググッと前進したのでびっくりした。こんな光景見たことない!

同じ指揮者がたった数年間でこれだけ違った解釈をするというのは、世界的に見ても他に例がないのではないだろうか?大植英次、油断も隙もない男である。

最後に、今回は大フィルのトランペットとホルン(村上さんを除く)がミスを連発。過去5年間で僕が聴いたうちでも最低の出来だった。余りのことに怒り心頭に発した。

以前から僕は大フィルの欠陥は弦高管低のアンバランスにあると繰り返し指摘してきた。しかし市からの補助金問題など台所事情は思わしくなく、状況は悪くなる一方である。そろそろ真剣に、センチュリー響と統合するなどして金管の強化を図るべき時期に来ているのではないだろうか?僕はこのオケの行末を憂う。

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佐渡裕 プロデュースオペラ「トスカ」

兵庫県立芸術文化センターへ。

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佐渡裕/兵庫芸術文化センター管弦楽団プッチーニ/歌劇「トスカ」を観劇。オーケストラ奏者のスペシャル・ゲストとしてトリノ王立歌劇場管弦楽団コンサートマスター、ステファーノ・ヴァニャレッリや元ウィーン・フィル首席クラリネット奏者ペーター・シュミードルらが招聘された。

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演出はイタリアの名指揮者クラウディオ・アバドの息子、ダニエレ・アバド。装置・衣装がルイジ・ペレゴでスタッフはイタリア勢で固められた。しかし考えてみればクラウディオ・アバド自身はプッチーニを振らないのに(専らロッシーニやヴェルディばかり)、息子が「トスカ」を演出するというのも面白いな。

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トスカ役のスヴェトラ・ヴァシレヴァはスタイルがよくワイルドな感じ。カルメンとか似合いそう。ただ、もっとトスカの嫉妬心など激しい表現力が欲しいと想った。歌唱は及第点だが、些か物足りなかったのも確か。

カヴァラドッシ役のティアゴ・アランカムはイケメン。張りがある甘い声で良かった。

白眉だったのがスカルピア役のグリア・グリムズレイ。背が高く背筋が伸び、渋くて格好いい。なにより声量豊かで威圧される。悪の魅力を放散。痺れたね。僕にとってスカルピアと言えばマリア・カラスと共演したティト・ゴッピに尽きるのだが、それに匹敵するくらいの存在感があった。

アンジェロッティ役のキュウ・ウォン・ハンも悪くなかった。

舞台装置は白い大理石の柱が並ぶシンプルなもの。スカルピアとその部下が黒ずくめの衣装で中には黒の革ジャンを着ている手下もあり、これはナチス・ドイツ(あるいはイタリア・ファシスト党の黒シャツ隊)への読み替えだなと気が付いた。第1幕最後にスカルピアが「行け、トスカ(Va, Tosca)」を歌いながらお立ち台に上がって行き、同時に舞台がゆっくりと回転していく場面はカタルシスを感じた!

また第2幕は全てが”SMシーン”だったんだなということを、この演出で初めて理解出来た。スカルピアはカヴァラドッシを拷問にかけ、苦しむトスカを見てどんどん性的に興奮していく。こいつは正真正銘のサディストだ!舞台後方に凸凹の鏡が配置されているのがとても効果的だった。そこに映し出される歪んだ世界。紫の照明もSMチック。

第3幕の序奏でサンタンジェロ城の白黒映像が背後のスクリーンに浮かび上がる。歌が入ると映像は消え青空が広がり、時間経過と共に次第に燈色に変化してゆく。朝焼けが巧みに表現されている。美しい幕切れだった。

この充実したプロダクションがA席(S席なし)12,000円という破格の安さで観れるなんて最高!佐渡さん、ありがとう。

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映画「苦役列車」

評価:B+

Kueki

山下敦弘監督は「リンダ リンダ リンダ」(2005)、「天然コケッコー」(2007)、「マイ・バック・ページ」(2011)がみな好きな青春映画だったので本作も期待していた。公式サイトはこちら

原作には登場しないヒロインをAKB48の前田敦子が演じるということで話題になった。2011年にこの原作小説で芥川賞を受賞した西村賢太は「前田さんは可愛いけど、キャスティングは不満」「柏木由紀さんとお願いしたが、聞いてもらえなかった」 「人気アイドルが演じることでの集客効果ということを除けば、オリジナルキャストはいらなかったんじゃないかと僕は思います」と言いたい放題。

主人公の名前は「北町貫多」であり、よく見ると「西村賢太」と対になっていることが分かる。これは私小説だから原作者としては自分自身の物語に架空のキャラクターが入り込むのが我慢ならなかったのであろう。しかし映画を観る限り不自然さはないし、巧みな改変であったと僕は考える。あっちゃんの役は演技が上手い、下手が問われるようなものではないが、とにかく可愛かった。初登場の場面でジョン・アーヴィングの小説「ガープの世界」を読んでいるのも良かった(古本屋でアルバイトしている大学生という設定)。下着姿で海に飛び込む場面は胸がキュンとした。だから僕は彼女の全てを肯定する。可愛いことは正義だ。それは他のどんな価値観をも超越する真理である。

森山未來はドラマ&映画版「モテキ」で本当にいい役者になったなぁと感心していたのだが、今度は完全な別人になり切っている。面構えといいその肉体といい、中卒の日雇い労働者以外の何者でもない。天晴れ!

山下監督の「マイ・バック・ページ」が学生運動で騒然とした1960年代後半の青春群像だとしたら、本作は1980年代後半の青春を生き生きと描いている。森山演じる主人公は面倒な男だ。こんな奴が近くにいたら誰しも敬遠するだろう。希望の光が見えないどん詰まり人生。しかし彼はどっこい生きてゆく。ただがむしゃらに。そのバイタリティにこそ救いがある。そんな映画である。

余談であるが、劇中に出てくる土屋隆夫著「泥の文学碑」は調べてみると、原作者にとってとても大切な小説のようだ。

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アメイジング・スパイダーマン(3D)

評価:B+

The_amazing_spiderman

映画公式サイトこちら

前作「(500)日のサマー」がVividな青春映画の傑作だったので期待していたが、マーク・ウェブ監督は鮮やかな手腕を発揮した。特にクライマックスで沢山のクレーン車を駆使し、スパイダーマンが摩天楼をスウィングして行く場面はヴィジュアル的にも感動した。またジェームズ・ホーナー(「タイタニック」「アバター」)の音楽も素晴らしい!

僕はあまりサム・ライミ監督の前シリーズが好きじゃなかった。自信なさそうで冴えないトビー・マグワイアも、いまだかつてヒーローものに、こんな「ブスのヒロイン」がいただろうか?というキルスティン・ダンストも。

しかしバットマン・シリーズ同様reboot(再起動)された今回はアンドリュー・ガーフィールド、エマ・ストーンともに良かった。

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意外だったのはピーター・パーカーの恋人の名前がメリー・ジェーンでなかったこと。ということは、エマ・ストーンは今回でお役御免となるのだろうか?それなら残念だ。それはさておき、次回作も実に愉しみだ。

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音月桂 主演/宝塚雪組 ブロードウェイ・ミュージカル「フットルース」

梅田芸術劇場へ。

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ケヴィン・ベーコン主演の映画「フットルース」は1998年にブロードウェイでミュージカルに生まれ変わった。それが今回、宝塚雪組で上演された。

主役のレンを音月桂、アリエルを舞羽美海。音月さんは格好いい青年役が良く似合う。ただ歌は低音が不安定だと感じられた。

Foot1

またウィラード役の沙央くらま、ラスティ役の愛加あゆが愛くるしくコミカルに好演。アリエルの母親役を演じた早花まこは歌が上手かった。

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物語は大都会シカゴに育った高校生レンがロックとダンスが禁止された保守的な田舎町ボーモントに転校してくるところから始まる。プロットに無理があり、つまらない。そもそも市の条例でロックンロールが禁止なんてリアリティが無さ過ぎる(ボーモントはテキサス州に実在する)。しかも最後は牧師の一存でロック解禁なんて、あり得ない!

ロック・ミュージカルといえば「ジーザス・クライスト・スーパースター」や「ヘアー」「トミー」「ロッキー・ホラー・ショー」「ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ」「RENT」など数多く観てきたが、それらと比べるとケニー・ロギンスらが参加した「フットルース」は楽曲が右の耳から左の耳にすぐ抜けてしまい、印象に残らない。ブロードウェイの停滞を感じた。

小柳奈穂子の演出はこれが初体験だったが、場面転換が巧みでスピーディ。感心した。さすが小池修一郎演出の「PUCK」(主演:涼風真世)を観て、演出家を志した人だけのことはある。不出来な作品ではあるが、演出家と出演者の力でそれなりに愉しめた。宝塚の(正統的)歌唱法はロックじゃないけどね。

生バンド演奏というのも嬉しかった。東京以外の劇場で(「マンマ・ミーア!」でさえ)厚顔無恥にもカラオケ上演を続ける劇団四季には歌劇団の爪の垢を煎じて飲んでもらいものだ。

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大植英次/大フィルのマーラー交響曲 第9番

7月13日(金)ザ・シンフォニーホールへ。

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大植英次/大阪フィルハーモニー交響楽団(コンサートマスター:三浦章宏) 定期演奏会(2日目)。

  • マーラー/交響曲 第9番

本当はこのプログラムは2007年2月定期で演奏される予定だったが、大植さんの首の持病が悪化し、ドイツの病院に緊急入院することになりキャンセル、幻の演奏会となった。

同年6月には新聞沙汰にもなる、こんな事件もあった。

その後治療に専念し持病は完治、ダイエットにも成功。「激ヤセ」と言われるくらいスリムな体になった。丁度その頃から大植さんの音楽づくりは変わり始めた。「ストコフスキー化現象」である。その現象について僕が初めて言及したのは2009年だった。

また同年、物議を醸した定期演奏会も忘れられない。余りにも異様な解釈であり、”大植英次重病説”も飛び交った(僕はその説に組みしなかった)。

そうして漸く実現した待望のマーラー9番。演奏時間(第1楽章-第2楽章-第3楽章-第4楽章)をハノーファー北ドイツ放送フィルハーモニー(NDR)や、他指揮者による代表的CDと比較してみよう。

大植/大フィル:36分-20分-15分-31分
大植/NDR:32分-19分-15分-30分
バルビローリ/ベルリン・フィル:27分-15分-14分-23分
バーンスタイン/ベルリン・フィル:27分-16分-12分-26分
ワルター/ウィーン・フィル:25分-16分-11分-18分

大植さんとNDRのライヴCDも96分という史上最長の演奏だったが、今回はなんと102分に及んだ!この曲を丁度100年前の1912年に初演したワルター/ウィーン・フィルの演奏(1938年、オーストリアがナチス・ドイツに併合される数ヶ月前の録音。この直後ワルターはスイスを経てアメリカに亡命)が70分だから、桁外れである。大植さんの師レナード・バーンスタイン(レニー)よりも20分長い。

レニーが生涯でベルリン・フィルを指揮したのはただ一度だけであり、それがこの曲。またイスラエル・フィルとの来日公演でも第9番を取り上げ、その伝説的名演は後々まで語り草になっている(今年、同時期に録音されたライヴCDがリリースされた)。

対向配置。大植さんは暗譜で指揮。演奏時間が長かったからといって、ダレたかといえば全くそんなことはない。音楽は一時も弛緩することなく、中身は濃かった。

第1楽章 冒頭、アルバン・ベルクが「死それ自体」と呼んだシンコペーションを持つ3音符のリズムから開始される。コントラファゴットが低音で不気味に蠢く。大植さんの指揮は最初はゆったりとして、交響曲第5番 第4楽章アダージェットを彷彿とさせた。そして途中から速度を増し恣意的、積極的にテンポを動かす。さすが「なにわのストコフスキー」。ただし流れが悪く、ぎくしゃくしていた感は否めない。マーラー演奏はあざとくていいと想うが、死を前にして素直な心情を吐露したこの曲にそういった作為は不要ではないだろうか?

第2楽章は弾み、アクセントが強調される。ボヘミヤに生まれ、幼少期をそこで育ったマーラーの少年時代の想い出がいっぱい詰まった舞曲。しかしコントラファゴットによる不吉な死の影が忍び寄り、ティンパニが悪魔的に鳴り響く。粘っこく糸を引くような表現も。

第3楽章ブルレスケ(道化、笑劇)で大植さんは鬼の形相となり、畳み掛けるように音楽は進む。決然として苛烈に、また時には足を引きずるように。内なる炎がメラメラと燃え、魂が咆哮を上げる!一転して静かな中間部のトランペット・ソロで秋月さんが楽器を持ち替えたのが印象的だった。

そしてブルーノ・ワルターが「マーラーは心静かに世界に別れを告げている」と語った第4楽章。強烈な弦の出だし。痛切なカンタービレ。そこには万感の想いが込められていた。現世への未練、惜別の情、そして死の受容、別れの言葉。僕はこの時、「嗚呼、大植さんはいま、レニーと共に指揮台に立っているんだ」と感じた。次第に音楽は浄化され、そこに陽の光が差し込んでくる。ppppの終結部。世界は静寂に包まれる。ワルターは「紺碧の大空に溶け込んでいく雲のように」消えてゆくと語った。呼吸をするのさえ躊躇われるような緊張感。やがて大植さんはゆっくりとタクトをおろし、しばしの沈黙の後、割れんばかりの拍手が嵐のように巻き起こった。

一生忘れ得ぬ、体験であった。

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延原武春/大フィル「ウィーン古典派シリーズ」(6/29)

6月29日いずみホールへ。

延原武春/大阪フィルハーモニー交響楽団で、

  • ハイドン/交響曲 第104番「ロンドン」
  • モーツァルト/オーボエ協奏曲(オーボエ:浅川和宏)
  • ベートーヴェン/交響曲 第2番

対向配置。ハイドンとベートーヴェンの編成は弦5部(1st.Vn.-2nd.Vn.-Va-Vc-Cb)が10-10-8-6-4。

3年間に及ぶこのプロジェクトも今回は7回目。僕は一度も逃さず聴いている。

当初、大フィルの楽員は古楽的アーティキュレーションなどピリオド・アプローチに不慣れで、ノン・ヴィブラート奏法が出来ている人もいれば、癖で無意識のうちにヴィブラートをかけていたりとバラバラ。ぎこちなさが目立った。しかし今では各自がこなれて、奏法を自分のものにしたという確かさがあった。

ハイドンの第1楽章序奏では堂々とゆったりした表現。主部に入ると一転して颯爽としたテンポで快刀乱麻、覇気のある音楽が展開された。第2楽章は凛々しく高貴。第3楽章メヌエットは勢いがあった。トリオ(中間部)では弦5部が各々ソロで五重奏に。第4楽章は疾風怒濤。

モーツァルトには透明感がありのびやかな音楽。その自然な感興が聴いていて心地良い。

そしてエネルギッシュで弾む、痛快なベートーヴェンへ!ピリオド・アプローチの分野においても大フィルは小回りがきいて機動力のあるオーケストラに成長した。頼もしい限りである。

このシリーズ、毎回アンコールはJ.S.バッハ/管弦楽組曲第3番よりアリアだが、回を追うごとにテンポが速くなり古楽奏法へと移行していっているのが面白い。

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アンドリュー・ロイド=ウェバー作曲/ミュージカル「サンセット大通り」日本初演、千秋楽

7月8日(日)、シアターBRAVA !へ。

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宝塚歌劇を愛し、ゆえに(観劇する時間が無くなるから)プロ野球の監督もコーチも決して引き受けない「世界の盗塁王」福本豊さんから、会場に豪華な花が届けられていた。

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ちなみに福本さんは安蘭さんが出演するミュージカルには必ず花を贈られている。

「サンセット大通り」日本初演までの紆余曲折は下記で語ったので、まずはそちらからお読み下さい。

今回初めて舞台を観て、ロイド=ウェバーがこれを作曲した当時の、迸り、炸裂する眩いばかりの才能の奔流に、めまいを感じた。「ジーザス・クライスト・スーパースター」はロック・ミュージカルだが、「サンセット大通り」はジャズとオペラの融合。凄い!ちなみに彼はこの作品でトニー賞/楽曲賞を受賞しているが、代表作「オペラ座の怪人」では逃している(その年に受賞したのはスティーヴン・ソンドハイムの"Into the Woods"だった)。

またチャールズ・ブラケット、ビリー・ワイルダーらによる原作映画「サンセット大通り」の脚本は本当に素晴らしいなと改めて感じ入った。時代を超える力がある。これは例えばシェイクスピアの「ロミオとジュリエット」にも匹敵する、永久不滅の古典である。

安蘭けいさんは演技、歌唱ともに申し分なし。ただ上の記事にも書いたが、やはり50歳という設定に対し彼女は若過ぎると想った。ノーマ・デズモンドは難しい役だ。老醜、腐臭、狂気、しかしそこにうっすらと残存する気高さ、といったもろもろのものを観客に感じさせないといけない。また5年後、10年後に彼女のノーマを観てみたい。

時折、安蘭さんがコミカルに観客を笑わせる場面があった。意外に想ったが、考えてみればこれはシリアス一辺倒の作品ではなく、人間の狂気と滑稽さは紙一重なのだろう。チンパンジーの葬儀など、ワイルダーは最初から笑いを意識していたのかも知れない。だって「お熱いのがお好き」とか「アパートの鍵貸します」などコメディーの名手なのだから。そういった作品の持つ、新たな側面を彼女から教えてもらった気がした。

田代万里生さんは”やさぐれた”感じが良く出ていたし、輝かしいテノールの美声に魅了された。

鈴木綜馬さんは劇団四季時代に「芥川英司」(←命名:浅利慶太)を名乗っていた頃(「キャッツ」のスキンブルシャンクス)から知っているが(退団後、芸名を返上)、今回が最高の名演だった。特に味わい深いソロには痺れたね。

彩吹真央さんはミス・キャスト。演技はいただけないし歌も駄目。でもそれほど重要な役ではないので、大して気にはならなかった。

鈴木裕美の演出はオーソドックスで、取り立てて言うべきものはない。才気はないが名作を鑑賞する妨げにはならない。大掛かりな舞台機構で赤字になったオリジナル・プロダクション(ウエストエンド&ブロードウェイ)の反省を踏まえて、安上がりで手堅く、コンパクトにまとめた感じかな。

千秋楽ということで最後に舞台挨拶あり。鈴木綜馬さんが執事マックスのナンバーのメロディーで千秋楽を迎えた気持ちを替え歌で歌われ、大いに盛り上がった!「これから喋ることを事前に考えていたんですけれど、今の綜馬さんの歌で内容をすっかり忘れてしまいました」と安蘭さん。

さらに安蘭さんは語る。「沢山の女優さんたちがこの役を演じたいと言っている意味が舞台に立って初めて分かりました。自分の運の良さを痛感しています。稽古中はすごく孤独で、今回は難産でした。子供を産んだこと無いけど(会場笑い)」それだけ大変な役ということだろう。

出演者は異口同音に千秋楽といってもこれで終わる気がしないと語っていた。きっと近い将来、再会出来る日は来るだろう。そう予感させた。

キャストはこのままで良いが、出来れば演出家を代えて再演を期待したい。もう一度絶対に観たいミュージカルである。

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河村尚子ピアノリサイタル@いずみホール

7月2日いずみホールへ。河村尚子さんはラベンダー色のドレスで登場。

  • シューマン/アベッグ変奏曲、アラベスク、献呈、子供の情景
  • モーツァルト/ピアノ・ソナタ 第12番
  • シューベルト/さすらい人幻想曲
  • メンデルスゾーン/無言歌集より「浜辺で」「浮き雲」(アンコール)
  • シューマン/献呈(アンコール)

シューマンは粒が揃い、音が立っている!「アラベスク」は繊細、「献呈」(元々は歌曲、リスト編曲)は気高く、しかし派手ではない。甘美な夢の世界がホール全体に広がっていった。

モーツァルトはタッチが柔らかい。喜びから哀しみへ。その音の表情の変化が鮮やかだった。

シューベルトは剛毅で力強い。女性ピアニストは小指の打鍵が弱いことが多いのだが、この人にはその心配もない。確かな手ごたえを感じさせる、文句なしの演奏だった。

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トリイどっかんBROTHERS(6/23)

TORII HALLへ。

  • 月亭遊方/ルーキーズ・スリル(遊方 作)
  • 桂 文華/たいこ腹
  • 笑福亭鶴笑/町(街角)の人形屋さん(パペット落語)

散髪してスッキリした文華さん、他のふたりから「上方落語界の”妖怪人間ベロ”から糸井重里になった」と。

各自のネタの前に三人の座談あり(マクラの代わり)。「スリ」のことは「ちぼ」とも言うそう。初めて知った。

女性は襲われたらアホのふりをすればいいと遊方さんが持論を披露。また講演会で高校生が全然聴いてくれないときに、切れたふりをしたエピソードも。場内爆笑。

鶴笑さんのネタおろしは「ドヒャー、ビャーで始まり、最後はほろりとさせます。大スペクタクルを愉しんでください」と。今年は日本をもっと元気にしたいと100ヶ所を目標にボランティアで全国を廻っておられるそう。なんと交通費も自腹!幼稚園や精神科の病院、老人ホーム、デイケアハウスでも。技術や話術を超えたもので勝負すると。

ネタおろしはミドリマンとブルーギドラの闘い。以前、桂雀三郎さんが鶴笑さんのパペット落語について「どれを見ても演っていることは同じ」と仰っていたが、今回も「ゴジラ対モスラ(時☆ゴジラ)」と中身は一緒だった。いや、鶴笑さんは偉大なるマンネリズムでいいのだ!だって面白いんだもん。

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