有田正広/「パンの笛」~ルネッサンスから現代フルートまで歴史をたどる旅
5月18日(金)大阪府豊中市にあるノワ・アコルデ音楽アートサロンへ。
今更言うまでもなく、フラウト・トラヴェルソ(古楽器)を吹かせたら有田正広さんとベルギーのバルトルド・クイケンは世界のツートップとして並び称される、比類なき名手である。
以前、有田さんの教え子である前田りり子さんのコンサートを同じノワ・アコルデで聴いたし、有田さん本人の演奏をいずみホールで聴く機会もあった。
有田さんは曲ごとに、作曲された時代に合わせた10種類のフルートを吹き分けた。また桐朋学園大学2年生の教え子がお付きで来ていて、楽器のメインテナンスを担当。
曲目は、
- ジョヴァンニ・バッサーノ/リチェルカータ第5番(1585)原曲:カッチーニ
ルネッサンス・フルート、リヨン、1530、レプリカ - ファン・エイク/「笛の楽園」(1648)より
わが麗しのアマリッリ、イギリスのナイチンゲール、ダフネが最も美しかったとき
ルネッサンス・フルート、パリ、1636、レプリカ - ジャック=マルタン・オトテール/ランベールの宮廷歌曲より
ある日僕のクロリスは(1720)
バロック・フルート・ダモーレ、パリ、1730 - フランソワ・クープラン/恋のうぐいす(1722)
バロック・ピッコロ、パリ、1730、レプリカ(杉原広一 製作) - テレマン/ファンタジー 第7番、第8番(1727)
バロック・フルート、ベルリン、1765、レプリカ(杉原&有田 製作) - ブラヴェ&クヴァンツ/組曲 ホ短調(1750)
バロック・フルート、ロンドン、1725、レプリカ(有田 製作) - アウグスト・エーベルハルト・ミュラー/モーツァルトの主題による変奏曲
ピアノ協奏曲 第17番 第3楽章より(1810)
H.グレンザー、クラシック・フルート、ドレスデン、1790 - ジョアネス・ドンジョン/練習曲 作品10(1885)より
エレジー、セレナード、風の歌
ゴドフロワ&ルイ・エスプリ・ロット、初期ベーム式木製フルート、パリ、1851 - クロード・ドビュッシー/パンの笛、またはシランクス(1913)
L.ロット、ベーム式フルート、パリ、1913 - 福島和夫/冥(1962)
ムラマツ、ベーム式フルート、日本、1999 - J.S.バッハ/無伴奏フルートのためのパルティータからサラバンド
アンコール、前曲と同じムラマツで演奏
最初の2曲は一本の樹で作られたフルート。2本目は装飾が加わり、3本目(フルート・ダモーレ)になると分割されたものに。
1曲目のカッチーニは「愛」とか「ため息」の音型が登場。
18世紀のフランス貴族社会においてフルートは「紳士のたしなみ」と見做されるようになり、フルート・ダモーレになると太く豊かな音色に変化していった。僕は「人の声」に凄く近いなと感じた(フラウト・トラヴェルソは基本的に鳥の声を模している)。
「恋のうぐいす」は当初、バロック・ピッコロで吹かれる予定だったが、それは冒頭のさわりの部分だけになり、代わって有田さんは原曲のチェンバロで演奏された。「僕は昔から『気まぐれ』『身勝手』『子供っぽい』と言われてきたんですけれど、60歳を過ぎて何やってもいいだろうと開き直りました」と本人談。
6曲目を編纂したプラヴェはパリで活躍したフルート奏者で、クヴァンツはフリードリッヒ大王(プロイセン)のフルートの先生。有田さんの演奏はppが繊細で美しかった。
有田さんによるとモーツァルトはピアノ協奏曲第17番 第3楽章について、「僕が飼っている小鳥(ムクドリ)が作曲したんです」と語ったそうである。
ドンジョンは初めて聴いたが、幻想的で耽美。伸びやかで、時に切ない。いっぺんに魅了された。著名なフルート奏者マルセル・モイーズ(1889-1984)の先生だそう。高踏派(パルナス)の詩人ゴーティエに触発された曲もあり、それが朗読された。「セレナード」は地上にいる青年が2階のバルコニーにいる恋人に手を伸ばすが、なかなか届かないというユーモラスな情景を音の跳躍で表現しているという。ここでフルートはベーム式に進化し、円錐管から円筒管に改良された。
「シランクス」は劇作家ムーレの舞台「プッシェ」の付随音楽として作曲された。ギリシャ神話に基づき、最後はパンの死が描かれている。
「冥」は文字通り、冥界=死後の世界をテーマにした作品。西洋のフルートではなく、日本の篠笛をイメージして書かれている。有田さんは作曲家から楽譜に指示がない限り出来るだけタンギングをしないで欲しいと言われたそう。息(風)の音が印象的で、フルートの(カバード)キィを打楽器的に叩いたり、フラッター(舌を震わせながら吹く)などの技法が駆使されている。
一夜でフルートという楽器の歴史を一気に俯瞰出来る、素晴らしいコンサートだった。
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