ザ・シンフォニーホールへ。
年一回、プロ・オーケストラの管楽器奏者が全国から結集する吹奏楽の祭典、なにわ《オーケストラル》ウィンズ(以下、NOWと略す)を聴く。今年は記念すべき10回目。昨年あった東京公演は会場の都合で今年はなく、大阪公演のみ2日間開催された。
指揮は大阪府立淀川工科高等学校(淀工)吹奏楽部の丸谷明夫先生(丸ちゃん)と岡山学芸館高等学校吹奏楽部の中川重則先生。岡山学芸館は昨年、全日本吹奏楽コンクール自由曲で「華麗なる舞曲」を披露し、見事に金賞を勝ち取った。中川先生はNOWの過去10回の公演、皆勤賞だそうである(昨年まで客席で)。岡山学芸館の生徒たちも沢山聴きに来ていた。
5月3日(1日目)
- スパーク/ジュビリー(五十年祭)序曲 (中)
- オリヴァドーティ/イシターの凱旋 (丸)
- 福田洋介/さくらのうた(課題曲 I ) (中)
- 和田信/行進曲「希望の空」(課題曲 IV ) (丸)
- スウェアリンジェン/狂詩曲「ノヴェナ」 (丸)
休憩
- モリセイ/組曲「百年祭」 (丸)
- 長生淳/香り立つ刹那(課題曲 V)
- リード/小組曲 (丸)
- スミス/華麗なる舞曲 (中)
5月4日(2日目)
- スパーク/ジュビリー(五十年祭)序曲 (中)
- ワルターズ/西部の人々 (丸)
- 足立正/吹奏楽のための綺想曲「じゅげむ」(課題曲 III ) (中)
- 土井康司/行進曲「よろこびへ歩きだせ」(課題曲 II ) (丸)
- カーター/ラプソディック・エピソード (丸)
休憩
- バーンズ/アパラチアン序曲 (丸)
- 長生淳/香り立つ刹那(課題曲 V )
- 福島弘和/百年祭(NOW2012用 改訂版) (中)
- スミス/ルイ・ブルジョアの賛歌による変奏曲 (中)
プログラムは上記曲目となっているが、実際は今年の吹奏楽コンクール課題曲が2日間とも全曲演奏されるという大盤振る舞い。これは都合で連続来ることが出来なかった中・高生への配慮と想われる。
また、アンコールもサーヴィス満点だった。
- (1日目)ルイ・ブルジョアの賛歌による変奏曲 !
(2日目)華麗なる舞曲 !
- アルフォード/シン・レッド・ライン (丸)
- 岩井直溥/アメリカン・グラフティ XV
(虹の彼方に〜ローズ〜ダイヤが一番) (丸)
また開演30分前にウェルカム・コンサートがあり、次の曲が演奏された。
- モリコーネ/映画「ニュー・シネマ・パラダイス」より
メイン・テーマ~愛のテーマ~トトとアルフレード~成長
(サックス四重奏)
- リード/エル・カミーノ・レアル
(ホルン五重奏、指揮と踊り:村上哲)
休憩時間にはサックス七重奏とマリンバ三重奏(マリンバ一台を三人で演奏)も。
丸ちゃんが客席に調査したところ、東京方面から聴きに来た人が50人くらい。また北海道や熊本から駆けつけたお客さんも。
さて、それぞれの曲について感想を書いていこう。
スパーク/ジュビリー(五十年祭)序曲は昨年の東日本大震災に際し、「陽はまた昇る」という楽曲を日本に提供し、その印税を全額被災地に送ってくれた作曲家スパークへの感謝の気持ちを込めて演奏された。NOWも昨年、いち早くこの曲を取り上げている。
曲は輝かしいファンファーレから開始される。そして主部は軽快に。変拍子が耳に心地よい。NOWの音は柔らかく、ホールを包み込むかのよう。
イタリア生まれのオリヴァドーティはまるでオペラのアリアのように美しい旋律が次々と現れる。まろやかで、ロマンティック。
ワルターズ/西部の人々は50年位前の曲。淀工吹奏楽部に入部したばかりの1年生はまずフルトンの「海兵隊」に取り組み、次に写譜をして勉強するのが「西部の人々」で、これは20年ほど前まで続いた伝統だったそう。簡単だが、なんだか懐かしさを感じさせるメドレー形式の音楽。またワルターズには「インスタント・コンサート」という28の名曲をたった3分に凝縮した作品もあるとか。
さくらのうた(課題曲 I )は久石譲さんの音楽を彷彿とさせる。もっと言えば「千と千尋の神隠し」に近い雰囲気。綺麗だがメリハリに乏しく、コンクールで勝てない曲だと僕は想う。
NOW恒例の実験では、丸ちゃん曰く「薄い」課題曲 I を「もっと薄くしたらどうなるか?」指揮者の目の前はサックス四重奏のみ、残りはオーケストラ配置でもう一度演奏。
行進曲「よろこびへ歩きだせ」(課題曲 II )を聴いて気が付くのはコラール風の教会音楽であるということである。僕は「この作曲家はクリスチャンに違いない」と確信した。そこで帰宅後、調査を開始した。すると……
土井康司氏プロフィール(抜粋):1964年、福岡県生まれ。東京藝術大学音楽学部作曲科で学ぶ。テレビ番組、ゲーム音楽等の制作を手がけていたが1987年、クリスチャンとなり、キリスト教音楽の創作を始める。作曲家として賛美の音楽を作る一方、クリスチャン・アーティストのアルバム制作においてディレクターを務める。また、福音讃美歌協会 (JEACS) 讃美歌委員として讃美歌編集に携わる。
BINGO !やっぱりガチだった。そもそもタイトルからして意味深である。こういうタイプのマーチは今までの課題曲になく、実にユニークな試みである。それにしても天理教や創価学会系の学校がこの曲を選ぶことはあるのだろうか?またコンクール全国大会が開催される普門館は宗教法人「立正佼成会」が所有するホール。そこにキリスト教の賛美歌が響くというのも面白い。
実験は透明感ある小編成と、音に厚みが感じられる大編成と2回演奏された。
吹奏楽のための綺想曲「じゅげむ」(課題曲 III )は日本の祭を連想させる。そして「停電でも演奏できるか?」というテーマで、各自が好きな所へ行って他の奏者が見えない位置で吹くという実験あり。こちらは勿論指揮者抜き。
行進曲「希望の空」(課題曲 IV
)はコンクールで演奏するという人が多い人気曲。マーチといえば丸ちゃん。引き締まり生き生きした表現力。またこれを指揮する時の表情がなんとも嬉しそう。実験は楽譜で指定されたオプション楽器なし(小編成)と、あり(大編成)でどう違うかを聴き比べ。いずれも活気があって吹奏楽の楽しさを満喫した。
長生淳/香り立つ刹那(課題曲 V )の指揮はNOW代表でコンサートマスターの金井信之さん(大フィル・クラリネット奏者)が担当された。僕はシェーンベルクの12音技法を経て、無調音楽が主流となった事が20世紀のクラシック音楽を駄目にした(聴衆の支持を失った)と想っているので、こういう曲はどうしても好きになれない。
カーター/ラプソディック・エピソードは躍動感があって格好いい!中間部はハーモニーの美しさが際立った。
モリセイ/組曲「百年祭」の第1楽章は壮麗。第2楽章はハーモニーの美しさ。そして金管と打楽器のみで鄙びた感じの第3楽章を経て終楽章のマーチへ。
バーンズ/アパラチアン序曲は2日目のリハーサルでも聴いたのだが、その時はフルート、クラリネット、サクソフォンがそれぞれ1人ずつ、14人による極小編成版だった。本番は通常編成。溌剌とした演奏で、アパラチア山脈の雄大な景色が目の前に広がるようだった。
リード/小組曲 I. イントラーダ(序奏)は高貴な雰囲気。II. シチリアーナ(シチリア風舞曲)はもの悲しく旅愁がある。III. スケルツォは子供がはしゃいでるかのよう。IV. ジーグ(アイルランドの速い舞曲)にはそこはかとない哀感が漂う。
福島弘和/百年祭は2005年、学校創立100周年にして廃校になった奈良県立城内高校の最後の吹奏楽部員10人のために作曲された。これを吹奏楽コンクールの奈良県大会で審査員として聴いた大フィル・ホルンの村上さんが感動し、関西大会ではクラリネットの金井さんがやはり審査員の立場で聴き涙を流したという。そして今回、その金井さんからの委嘱で大編成にアレンジされた。冒頭はボロディンの「中央アジアの草原にて」を彷彿とさせる雰囲気。しっとり、たおやか。優しい楽想が心に染み入る。凛とした佇まいがあり、深い感銘を受けた。これはけだし名曲!盛大な拍手の中、ステージに上がった福島さん。「書いて良かった。感無量です。声をかけて頂いて、人と人の絆の大切さを学びました」と。
「ルイ・ブルジョアの賛歌による変奏曲」は初めて聴いた。冒頭から音符の多さにたまげた!さすがスミス。万華鏡のように色彩感溢れる音楽。いいねぇ。全国大会では近畿大学、福岡工業大学、精華女子高校の3団体しか取り上げていないそうで、もっと演奏されてしかるべき曲だと想った。
同じC.T.スミスの「華麗なる舞曲」は2009年に精華女子高等学校が全国大会@普門館で金賞を獲った時や、プロの吹奏楽団・大阪市音楽団定期演奏会で聴いている。
原題は"Danse Folâtre"(Folâtreは「活発な」とか「滑稽な」という意味)。作曲家はアメリカ人なのに何故かフランス語なのである。これについてNOWメンバーで東京フィルハーモニー交響楽団オーボエ奏者の加瀬孝宏さんが疑問をtwitterに呟いておられた。僕もじっくり考えてみた。そしてひとつの仮説にたどり着いた。クロード ・T・スミスの名前の綴りはClaudeで、これはクロード・ドビュッシーと同じである。つまりスミスはフランス系アメリカ人か、両親がドビュッシーを好きだった可能性がある。さらに全音音階の多用というスミスの音楽的特徴はドビュッシーにも共通する。つまり自分のルーツであるフランス音楽に対するオマージュとしてフランス語による命名をしたのではないだろうか?ドビュッシーには「神聖な舞曲と世俗的な舞曲」( Danse sacrée et Danse profane )という作品があり、タイトルがそれに呼応しているとも考えられる。また変奏曲の主題となったルイ・ブルジョアはフランスの教会音楽作曲家である。
丸ちゃんは中川/岡山学芸館による「華麗なる舞曲」岡山県大会の演奏を録音で聴き、直ぐに中川先生に電話をしたそうである。「すごいで、アンタのとこは!」が、審査員の評価は県大会も中国地区大会も芳しくなかった。「どないなっとんねん!」しかし、全国大会は圧巻のパフォーマンスで文句なしの金賞に輝いた。丸ちゃん曰く「普門館が唸っていた」
さてNOWの「華麗なる舞曲」は実にダイナミックな演奏。聴いていて燃えた!それでもさすがに超絶技巧を要する難曲だけに、1日目はトランペットやファゴット等に微細な瑕があった。しかし2日目の演奏はさらに進化しており、パーフェクト。リズムに切れがあり、熱い塊がビュンビュン飛んでくる気合の入った演奏に唖然。音圧が凄かった。特にユーフォニアムの世界的名手・外囿祥一郎さん(航空中央音楽隊ソリスト)の人間離れした壮絶なパフォーマンスには心底痺れた。必聴!
この演奏会の模様は5月31日にライヴ録音CDが発売される。是非「華麗なる舞曲」は2日目のものを採用してもらいたいなぁ。
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