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2012年4月 7日 (土)

シリーズ《音楽史探訪》その3 交響曲の改革者ハイドン

下記記事も併せてお読み下さい。

一般にフランツ・ヨーゼフ・ハイドンは「交響曲の父」と呼ばれているが、厳密に言うとその表現は正確ではない。以後約150年間続くことになる交響曲の基本形、すなわち第1楽章がソナタ形式で、第3楽章に舞曲(メヌエット)を持ち、全4楽章という構成を最初に打ち立てたのはマンハイム学派の祖、ヨハン・シュターミッツであり、1750年代前期と考えられている(1757年にパリで出版)。ハイドンが同形式を用いる約10年前のことである。

ハイドンの初期交響曲(50番くらいまで)は作曲順に並んでいない。例えば第1番は1759年に作曲されたと推定されるが、交響曲第2番や第4番は1757-1761の間に作曲されたと考えられており、こちらが先の可能性もある。当時は楽譜に番号を書く習慣がなかったので、このような混乱が起きる。モーツァルトも同様で20世紀になって偽作と断定された作品もある。「おもちゃの交響曲」は20世紀半ばまでハイドン作曲と見做されていたが、その後レオポルド・モーツァルト(アマデウスの父)作とされ、1992年になってオーストリア、チロル地方出身でベネディクト会の神父エルムント・アンゲラー作というのが有力になるといった具合に、二転三転するケースもある。

交響曲 第4番(1762年)は3楽章形式。終楽章がメヌエットというのが不思議だ。同じ年に書かれたと推定される第18番も3楽章形式でアンダンテ・モデラートーアレグローメヌエットと変則的。

1760-1762に書かれた交響曲 第5番は4楽章形式だが第1楽章がアダージョで意表を突く。第2楽章アレグロ、第3楽章メヌエット、第4楽章プレストという構成。バロック時代の「教会ソナタ」(緩−急−緩−急)を模したものと思われる。これはハイドンが交響曲 第50番以降、よく用いることとなる第1楽章:アダージョの序奏→主部はアレグロのソナタ形式という方法論へと発展していくことになる。

さらに交響曲 第15番(1761年)は第2楽章にメヌエットを持ってきて第3楽章がアンダンテ。順番が逆転している。この時期のハイドンが実験を繰り返し、試行錯誤していたことが窺われる。だから彼のことは「改革者」と呼ぶべきだろうというのが僕の意見である。

C.P.E.バッハの影響を受けた片鱗が最初に現れるのは交響曲 第12番 第2楽章。このシンフォニーが作曲されたのは1763年。

そして1768年に作曲されたとさせる交響曲 第26番「ラメンタチオーネ」(哀歌)からC.P.E.の特徴でもある疾風怒濤の時代(Strum und Drang)が華々しく始動する。

この度この記事を書くためにハイドンの交響曲を番号順に全曲聴いた。前・中期がフィッシャー/オーストリア・ハンガリー・ハイドン管弦楽団による演奏、ロンドン・セットはミンコフスキ/ルーブル宮音楽隊のCD。後者は昨年、レコード・アカデミー大賞を受賞したディスクであり、超お勧め!

Hyd

なお交響曲 第88番「V字」から93番以降のロンドン(ザロモン)・セットに至る後期交響曲は傑作揃いなので、それより前の交響曲の中から印象に残った作品を以下、列挙しよう。

6-8番「朝」「昼」「晩」 協奏交響曲(コンチェルト・グロッソ)の趣。ソロが多い。
22番「哲学者」 ホルンが大活躍。
24番 第2楽章にフルート・ソロ。
26番「ラメンタツィオーネ(哀歌)」 疾走する悲しみ。グレゴリオ聖歌を引用した第2楽章の対位法は大バッハ的。疾風怒濤の時代の始まり。
30番「アレルヤ」 快活、明朗。
31番「ホルン信号」 文字通りホルンが八面六臂の大活躍。
35番 快活。
37番 ティンパニが派手で面白い。また第2,3楽章のコントラストが鮮明。
41番 第2楽章のフルートが印象的。
44番「悲しみ」 魅力的な短調交響曲。
46番 複雑で従来のしきたりを破壊する交響曲。主調は長調なのに第2楽章が短調という意外性。第4楽章、突然の休止も驚き。
48番「マリア・テレージア」 ラッパが祝祭的でパンチが効いている。
49番「受難」 劇的な短調。
55番「学校の先生」 聴衆を驚かせる仕掛けあり。
59番「火事」 唐突なアクセントが効果的。
60番「うっかりもの」 激烈な第4楽章がいい。
63番「ラ・ロクサーヌ」 活きがいい。
64番「時の移ろい」 第2楽章の陰影。表情の変化が魅力。
67番 第1楽章は明朗な長調で開始、途中短調に転調。陽陰の対比が鮮やか。第2楽章はよく歌う。第4楽章中間部がアダージョになったのには驚かされた。
69番「ラウドン将軍」 ティンパニや低音楽器の動きが面白い。
73番「狩」 第1楽章、短いモティーフの執拗な繰り返しが印象的。終楽章はホルンが賑やか。
75番 勢いがある。第2楽章は美しい。
78番 短調。押しては引く運命の波。
80番 これも短調。
82番「熊」 猪突猛進。
83番「雌鳥」 短調。
85番「王妃」 均整のとれた美しさ。
86番 威風堂々としてパワフル。素晴らしい!
87番 急き立てられる様な疾走感がいい。 

原則的に短調の交響曲に優れたものが多い。そしてニック・ネームあるものもはずれはない。つまり人気があったからこそ愛称が付いたと考えるべきだろう。ち なみに「時計」「驚愕」「太鼓連打」「ロンドン」などはハイドン自身の命名ではなく後世の人によるもの。「朝」「昼」「晩」だけが例外であり、そもそも当時ハイドンが仕えていたハンガリーの貴族エステルハージ候からお題を与えられ、作曲されたものと推定されている。

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