シリーズ《音楽史探訪》ブラームスとクララ・シューマン
ヨハネス・ブラームス(1833-1897)、ロベルト・シューマン(1810-1856)そしてクララ・シューマン(1819-1896)の関係について考察する。
これはブラームスのクララに対する恋愛感情を描いた映画で、大変出来がいいのでご覧になることを是非お勧めしたい。ロベルトとクララが結婚するまでのクララの父親とのドロドロした確執も上記記事に書いたので、ご一読あれ(クララの肖像画、写真つき)。
クララはブラームスより14歳年長だった。実はなんとブラームスの母も父より17歳も年上だったそうで、そういう女性を好きになるのは遺伝ではなかろうかと推察される。
ブラームスは1854年(31歳の時)に「シューマンの主題による16の変奏曲 作品9」を書いている。当時ロベルト・シューマンはライン河への投身自殺を図り救助されて、既に精神病院に収容されていていた。その死の2年前のことである。そして第10および、第12変奏をブラームスは8月12日聖クララの日にデュッセルドルフで作曲している。楽譜の表紙には「”彼の旋律”にもとづき”彼女”に捧げられた」と書き込まれ、クララに献呈された。実はそれよりも先にクララ・シューマンが作曲した「ロベルト・シューマンの主題による変奏曲 作品20」もあり、両者は同一の主題を元に作曲されている。何とも意味深ではないか!
またブラームスは交響曲 第1番 第4楽章に登場するアルペン・ホルンのメロディを手書きの五線譜に書き取り、それに詩を添えてクララの誕生日に手紙を送っている。その内容はこうだ。
"Hoch auf'm Berg, tief im Tal, grüß ich dich viel tausendmal!"
(高い山や、深い谷から、君に何千回も挨拶しよう!)
ここまで証拠を提示しても、まだブラームスのクララに対する恋心を疑う人はいるだろうか?
しかしシューマンの死後クララは再婚することなく、ブラームスも一生独身を貫いた。クララがブラームスに対してどういう感情を抱いていたかは音楽史の大きなミステリーである。
以下僕の仮説である。ロベルトとの交際を猛反対し、妨害工作した父親と裁判をしてまで結婚を勝ち取ったくらいだから、クララが夫を心から愛していたことは間違いない。だからその死後も裏切る気にはなれなかったのかも知れない。またロベルトと子供を8人も儲けているし(長男は1歳で死亡)、著名なピアニストとしての活動もあるから再婚どころではなかっただろう。
もうひとつ考えられることはクララはシューマンが梅毒を罹患し、その病が脳まで侵して死亡したことを知っていた(世間に対してはひたすらにその事実を隠そうとしたが)。だから当然、自分も夫から梅毒をうつされているかも知れないという恐怖が彼女にあったのではないだろうか?19世紀の医学ではそれを確認する術(すべ)はない。となれば才能と未来ある年若い作曲家に感染させてはいけないという気持ちがあったとしてもおかしくはないだろう。そしてブラームスは、そのことを知らなかった可能性がある(余談だが、スメタナの死因も脳梅毒である)。
ブラームスの作品は前期と後期で作風が随分変化している。
- 交響曲 第1番(1876年 完成)
- 交響曲 第2番(1877年 完成)
- ヴァイオリン協奏曲(1878年 完成)
- 大学祝典序曲、悲劇的序曲(1880年 完成)
- ピアノ協奏曲 第2番(1881年 完成)
- 交響曲 第3番(1883年 完成)
- 交響曲 第4番(1885年 完成)
- (ヴァイオリンとチェロのための)二重協奏曲(1887年 完成)
- クラリネット五重奏(1891年 完成)
- 2つのクラリネット・ソナタ(1894年 完成)
この年譜を見ると、悲劇的序曲を作曲したあたりから様子がガラリと変わっていることに気が付くだろう。
前期は希望に満ちていて、力強い。若草の萌える春、緑の夏の風景が広がる。positive thinkingである。しかし後期になると憂愁や諦念が支配的になる。秋から冬に向かう寂しさ、木枯らしが吹く肌寒さ。実にnegative thinkingである。
僕はこの心境の変化がクララとの関係と密接に結びついているのではないかと考えている。つまり青年ブラームスはまだクララと結婚できるのではないかという夢を抱いていた。そこには希望があった。しかし次第に、彼女にはその意思がないという厳然たる事実に向き合わないといけなくなっていった。希望は潰えたのだ。そんな物語を夢想する、今日この頃である。
ブラームスはクララが亡くなった翌年、その後を追うようにして息を引き取った。
さて皆さんは彼の音楽を聴いて、そこに何を感じられるだろうか?
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