最後の利久寄席/桂雀々、東京へ!
11月19日(土)大阪府堺市の商店街にある、うどんちり 利久へ。
利久寄席は平成元年7月に始まり、23年間続いた。第179回、最終回である。お店自体をこの11月末でたたむそうだ。名残惜しい。
この寄席の最初の世話人が桂 喜丸さん(1956-2004)。その死後、同期のむ雀さんが引き継ぐが2005年に脳出血で倒れた(現在はリハビリに励みながら、鳴り物の太鼓を叩いている)。そして米平さんにバトンタッチされ今日に至る(松竹新喜劇に出演中のため最終回には参加出来ず)。
木戸銭は牡蠣蕎麦付きで二千円ポッキリ。お値打ちである。
- 桂優々/牛ほめ
- 桂紅雀/向う付け
- 桂雀々/八五郎坊主
当初の予定では雀々一門会になる筈だったが、二番弟子・鈴々さんが辞めたので紅雀さんが代演。
一番弟子の優々さんはスピーディな高座。
紅雀さんは「落語は1,500人も入るような大ホールには合いません。《ちょっとした親戚の法事》みたいなこんな場所が相応しいんです」と開口一番。場内爆笑。続いて喜丸さんの想い出を語った。マクラで何言っているか分からなかったこと、枝雀寄席の鳴り物担当の時に、拍子木の代わりに間違えて丸めたバスタオルを持ってきたこと(←意味不明!)など。また、最近仕事で行った熊本の市場を覗くと、マンゴーが1個8千円で売っていたそう。そしてデコポンが1,800円。しかし3人の演者がいた落語会は入場料がたった1,500円だったと!「向う付け」は爆発的な男が登場するハイテンションな一席。
雀々さんは昭和34年6月1日に16歳で桂枝雀に入門し、今年で34年。この11月末に米朝事務所を辞め、自宅を売却し、心機一転東京に引っ越されるそう。マクラで利久寄席の第100回目には米朝師匠が来られたこと、179回で千秋楽というのは何という切の悪さ、中途半端かと言い、客の笑いを誘った。でもそんなことろがこの会らしいと店主を労(ねぎら)った。また師匠との稽古の想い出で、一対一で向き合い枝雀さんが自分のためだけに「ボウフラが水害に遭ぉたよぉな恰好」や「伊勢海老が税金を納めに行く恰好」「鋳掛屋(いかけや)が軍艦の注文を受けた時の表情」などを演ってくれたとき、どれくらい笑い転げたかということを愉しそうに語られた。
いろいろな意味で寂しい気持ちになる落語会だったが、雀々さん、東京での益々のご活躍を期待しています!多分、来年に自伝「必死のパッチ」が映画化されるんですよね?
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