ヴィスコンティ映画「ベニスに死す」の謎
ルキノ・ヴィスコンティ監督の「ベニスに死す」(1971)が現在、ニュープリント版でリバイバル公開中である(公式サイトはこちら、予告編あり)。
この映画はマーラーをモデルにしていることが有名であり、交響曲第5番 第4楽章アダージェットは本作公開と同時に世界的に大ブレイクした。
主人公グスタフ・アッシェンバッハの名前は確かにグスタフ・マーラーから採られている。原作者のトーマス・マンはマーラーと交流があり、執筆直前に死去した作曲家の名前を借りた。アッシェンバハの容貌もマーラーを模している(小説では作家という設定になっている)。
映画にはアダージェットは無論のこと、マーラー/交響曲第3番 第4楽章や交響曲第4番も登場する。
また映画でアッシェンバッハは友人アルフレッドと「美」について論争するが、このモデルは作曲家アルノルト・シェーンベルクと考えられている。
しかし僕が長年疑問に感じていたのは、ヴィスコンティがアッシェンバッハをゲイとして描いていることである。ご存知の通り、マーラーはゲイではない。ではどうしてこのような設定になったのだろう?
その回答がようやく最近になって見つかった。アッシェンバッハはマーラーだけではなく、もう一人の人物をモデルとし、両者を融合させたキャラクターと推定されるのである。
それはバレエ・リュスを主催していた興行師セルゲイ・ディアギレフである。このバレエ団はストラヴィンスキーの「火の鳥」や「春の祭典」、ドビュッシー「牧神の午後」、ラヴェルの「ダフニスとクロエ」を初演したことでも有名。まずはディアギレフの写真をご覧あれ。
どうです?アッシェンバッハの顔と類似していると想いませんか?
もうひとつお見せしよう。
写真左からディアギレフ、ニジンスキー、ストラヴィンスキーである(1912年撮影)。帽子に注目!ディアギレフは同性愛者であり、ニジンスキー(ダンサー、振付師)と関係を持っていた。さらに彼は1929年にベニスで客死しているのである。
少なくとも映画のアッシェンバッハはマーラーの写真とは似ても似つかない。
つまり元々小説家として想定された主人公にヴィスコンティは作曲家とバレエ・プロデューサーのイメージを重ねることにより「芸術家」の総体像とした。そしてアッシェンバッハが恋焦がれる美少年タッジオはヴィーナス=美の象徴であると同時に、ニジンスキー=舞神のメタファーであるというのが現在の僕の解釈である。
映画「ベニスに死す」はこのように重層的意味を帯びながら響く、シンフォニーなのである。
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コメント
ヴィスコンティ映画「ベニスに死す」の謎を
拝見しわが意を得たり!と感動致しましてコメントさせて頂きました。
若かりし頃、ニジンスキーに魅せられて夢うつつの時代を過ごしました。
近頃、再びニジンスキーを調べていくうち、ベニスの水辺のカフェに二人座っている写真を見つけました。
嬉しそうなディアギレフ、しかめっ面のニジンスキー。
二人とも可哀想でした。
リドの浜辺で手を水平にかざし佇むニジンスキーの油絵。
名曲アルバムのアダージョの背景に写るあの古いホテルを見た時、アッ!ベニスに死すはあの二人の物語りでもあるのだ!!!
と、気付きました。
そして、いろいろ調べていくうち、ヴィスコンティが一番撮りたかった映画は何と!「ニジンスキー」だったのです。
しかし、ニジンスキーを演じられるダンサー兼役者が見つからず断念したそうです。
当たり前ですよね‼
かつてヌレーエフが「私がニジンスキーを演じるなどとんでもない!そんな畏れ多いこと!」と辞退したこともあるそうですが、
キャラが違い過ぎますから、まさかヴィスコンティの要請ではないと思います。
あの美しい「薔薇の精」を演じきれたダンサーなど私は見たことありません。
とにかく、命尽きるまで、ヴィスコンティは「ニジンスキー」を撮ることを夢見ていたそうです。
ヴィスコンティもニジンスキーに夢中だったのですね。
鋭いご考察、誠にありがとうございました!
投稿: 羽衣 | 2023年5月 8日 (月) 20時01分
羽衣さん、コメントありがとうございます!嬉しく拝読しました。
ヴィスコンティに関する本も幾つか読んだのですが、「ニジンスキー」の映画化を夢見ていたというのは初耳です。出典は何でしょうか?
彼の果たせなかったライフワークとして有名なのはマルセル・プルーストが書いた長大な小説「失われた時を求めて」です。これはシナリオが完成しており、翻訳されたものを読みました。ロケハンの写真まで掲載されています。
当初の予定では上映時間4時間で、ヴィスコンティの頭の中ではマルセル(小説における語り部)にアラン・ドロン、モレルにヘルムート・バーガー、オリアーヌ・ド・ゲルマンにシルヴァーナ・マンガーノ、シャルリュス男爵にマーロン・ブランドまたはローレンス・オリヴィエ、アルベルチーヌにシャルロット・ランブリング、ナポリ女王にグレタ・ガルボという大体の配役も決まっていたそうです。
マルセル・プルーストはゲイであり、結局アラン・ドロンは後に「失われた時を求めて」第1篇 第2部を原作とするフォルカー・シュレンドルフ監督の映画「スワンの恋」にシャルリュス男爵役で出演しています。このシャルリュス男爵も同性愛者です。
投稿: 雅哉 | 2023年5月 8日 (月) 21時09分
ありがとうございました。
ルキーノ・ヴィスコンティある貴族の生涯
その1 をご覧ください。
やはり、ヴィスコンティはヌレーエフ主演で創ろうとしたようですね。
でもヌレーエフは慎ましく辞退したのだと思います。そう言えばロモラ・ニジンスキー夫人が大反対したというのを思いだ出しました。
ジョルジュ・ドンも生涯ニジンスキー愛を貫いたとか、舞踏の神ですものね!
皆さん心得ていらっしゃいます。
そうそう、映画評論家の淀川長治さんも熱愛していらっしゃったようです。
投稿: 羽衣 | 2023年5月 9日 (火) 01時31分
羽衣さん
ジョルジュ・ドンはAIDSで亡くなり、そして「よどちょう」さんとゲイ繋がりですね。
ジョルジュ・ドンが東京バレエ団を従えて踊るラヴェルの「ボレロ」を僕の地元・岡山市民会館で観たことがあります。正に舞踏の化身、圧巻のパフォーマンスでした。
投稿: 雅哉 | 2023年5月10日 (水) 22時32分